【一章一節】シノア・ネグレスタの着任
私がギルドナイトになった日。
きっと私はこの日の事を忘れないと思う。
とある狩場に向かう飛行船の中。
手渡された
後ろに纏めた白い髪。それとは真逆の黒色の羽帽子と、帽子と同じ色のコート。
これがギルドナイトと呼ばれる人達の制服で、私は今日からこの姿で仕事をする事になるらしい。背中に愛刀である身の丈程の大剣を背負えば、立派なギルドナイトにも見えるだろうか。
「よーし、着れたか。サイズも良し、似合うじゃねぇの、ギルドナイトの制服。着任おめでとう、シノア」
赤い羽帽子を軽めに被った男性が、手放しにされた顎髭を弄りながらそう言って私の顔を覗き込む。
目元まで隠れる赤い髪。その下にある生気の感じられない眼が、私の上から下までを二回ほど往復した。
「そ、そんなに見ないで下さい。クライス先輩」
「良いじゃないの、減るもんじゃなし。こちとら愛娘の独り立ちを見学する気分なんだぜ?」
帽子と同じ───赤いスーツを着ている彼の名はクライス・アーガイル。
彼に私は子供の頃からお世話になっていて、そんな彼こそ私をギルドナイトに推薦してくれた人物なのである。
ギルドナイトとは、ハンターズギルド直属のハンターだ。
ギルドから直接危険な任務を引き受けたり、未確認の新種モンスターの調査、時には密猟の取り締まり等。
ハンターズギルドの大黒柱として働く、ハンター達からも憧れの存在。それが、ギルドナイトである。
聞いた話だと、ギルドのルールに従わないハンターを消す───なんて怖い噂もあるけれど。
「あっはは……。でも、孤児だった私がギルドナイトにまでなれたのはやっぱりクライス先輩のおかげです。本当に、ありがとうございます」
私───シノア・ネグレスタは孤児だった。
子供の頃、キャラバン隊と一緒に家族と旅行をしている時に盗賊に出会い───キャラバン隊は私以外全員家族も殺されてしまって。
その時に私を助けてくれたのが、このクライスさんなのである。
彼は殺されてしまった家族に代わり私を狩人として育ててくれた。
親であり、師であり、先輩である彼を私は敬意を込めてクライス先輩と呼んでいる。
「着方、コレで良いんですよね? 先輩は……着崩し過ぎでは?」
「俺はコレで良いの。お前はなんだ……なんか執行人って感じがするわ、俺の見立ては伊達じゃないな」
帽子のつばを人差し指で持ち上げながら、そんな事を言うクライス先輩。
彼はコートをちゃんと閉じていないし、シャツの着方も雑だ。だけど、元々見た目通り真面目な性格ではないからその方が似合っているといえば似合っている。
「ほ、褒めてくれるのは嬉しいんですけど……。えへへ」
「あ? けど?」
「うーん、黒って……ちょっと格好良い感じあるじゃないですか。もう少しこう……私も女の訳ですから」
私は自分の胸元を見ながらそう言った。
何がとは言わないが平面。
コレを弄られるのは嫌いだし、一応コンプレックスである。
「だから、その……もう少し可愛い色でも良かったかなって?」
「ピンクか」
「そ、そこまで言ってないです……」
流石にピンクは恥ずかしい。というかピンクのコートって何。そもそもそんな歳でもない。
私ももう二十歳。
ハンターになって六年。運が良かったのか、私はここまで登りつめる事が出来た。
私の師匠だった頃のクライス先輩曰く、ハンターはこの世界の理に触れる存在である。
この世界は、モンスターと呼ばれる生き物の世界だ。私達人間はちっぽけで、そんなモンスターの足元にも及ばない。ただ、私達人間はこの世界の理と向き合う為の力がある。
それが、ハンター。
人々とこの世界の理を結ぶ物。
時には狩り、狩られ、助け合い、私達人間をこの世界と繋ぐ者達。
そんなハンター達が身を置くハンターズギルド直属で仕事をするギルドナイト。
危険な仕事も多くて、技量の伴う者でないとその勤めを果たせない。だから、確かに師匠のおかげで上位ハンターに名を連ねた私だとしても、その責任は重荷だと思っていた。
「でも本当……ビックリしましたよ。私がギルドナイトなんて」
「いや、お前にはその実力がある。その実力を、俺が付けた」
彼は自信に満ち溢れた声を漏らして私の頭を突く。私にその実力があるかどうかは分からないけど、その実力を持った彼が言うのだから間違いは無いのかもしれないと思った。
一週間前。
突然先輩にギルドナイトをやってくれと言われた時は、頭が真っ白になって固まってしまうくらいビックリしたのを覚えている。
あれは確か、恐暴竜イビルジョーというモンスターが異常発生。その討伐に参加した帰りの事だった。
突然ギルドナイトの格好で現れた師匠が「よぅ、シノア。突然だがギルドナイトになってくれ」なんて言ってきたのである。
私はその日まで彼がギルドナイトをやっているなんて知らなかった。そもそもギルドナイトの存在自体、私は都市伝説か何かだと思っていたのである。
ギルド直属のハンター。
危険な仕事や、時にはギルドのルールを破る者を粛清する仕事を担っているとか。
そんな噂が立つようなギルドナイトなんて組織が、本当にあるのか。私は当時疑っていた。
「しかしなぁ、やっぱり似合うぜ。確かにお前が今まで使ってたフルフルの装備よりは軟いかもしれねぇが、狩りの時までそれを着てろなんて規則はないんだ。仕事着として慣れてくれや」
「善処します……」
格好付け過ぎに見えたりしないか、少し不安ではある。
「なぁ、モッスも似合うと思うだろ? 可愛くて興奮するだろ?」
「……モス」
俯いて恥ずかしがっている私を見かねたのか、この場に居るもう一人に先輩は話し掛けた。
窓から外を見ている、クライス先輩より体格の良い男性。
私達の正装───翠色のギルドナイトのスーツを着た彼はモッス先輩。
つい先日知り合ったばかりの人なんだけど、とても無口で何を考えているか分からない。
ただ、大きく。マイペースな人だと記憶している。
「興奮したか? 襲いたくなったか?」
「ちょっと先輩……」
怒るぞ、とは言えないのだけど。
「……モス」
「なるほど」
なるほどって何。モスってしか言ってないけど。
しかしずっと窓から外を見て、何をそんなに見る物があるのか。謎だ。
飛行船の窓は移り行く景色はあるかもしれないけれど───見えるのは木々の集まりだけだと思う。
「もう着くか? モッス」
「……モス」
「お、いーねー。やっぱり飛行船は早い」
「え、モッス先輩の言ってる事分かるんですか?」
「もう少しで渓流のベースキャンプに辿り着く。降りる準備をした方が良い。新人のシノアには簡単な指導をした方が良いと思う。ウェイン君の読みが正しければ、争い事になるかも知らない。……だとさ」
「いやモッスさんがさっき口にしたの『モス』だけでしたよね? その二文字にそんな深い意味があるの!?」
「え?」
「えぇ!?」
私がおかしいの?
「そうだな、ウェインの奴の読みなら当たりだろう。この事案は間違いなく……アレだな」
そう言いながら私のツッコミを無視して、机の引き出しを開けるクライス先輩。
そこから取り出したのは、片手で持てそうな小さなボウガンのような物だった。
「これ、持っとけ」
そう言ってクライス先輩は、その小さなボウガンの玩具みたいな物を私に渡す。
見た目より少し重いソレを私は受け取ると、彼は「制服の腰にホルダーがあるから仕舞っておけ」と、私の腰を指さした。
「なんですか? これ」
「銃」
「えぇ!?」
先輩の言葉に、私は取り乱して
「おいこらアホ。弾入れてあんだから気を付けろ」
「え、いや……え? 銃って、あの銃?」
「見りゃ分かんだろぉよ?」
「嘘……実在したんですか」
私の知る限りの知識では、都市伝説的な存在としてボウガンを小さくした銃なる武器が有るという話を聞いた事がある。
威力はボウガンに劣り、大型モンスターに傷を着ける事は適わないけどケルビ等の小さな生き物や───人間の身体位なら簡単に貫通する鉛玉を発射するんだとか。
巷の噂話。
ギルドナイトは罪を犯したハンターを抹殺する、というのはもしかしたら間違っていないのかもしれない。
でも、なんでこんな物を私に渡したのか。
「ギルドナイトだけが持って良いし使って良い代物だ。あ、持ち出しとかしたら他のギルドナイトに殺されるから気を付けろよ」
「ひぃ!?」
なんて物を渡すんだこの人。
「あの……先輩?」
「ギルドナイトがモンスターの相手だけしてると思うなって、俺はお前を誘った時言った筈だぞ? お前も知ってるとは思うが」
そこで先輩は言葉を区切って、自らの本来の得物───太刀に手を向けた。私はそんな彼を見て自分の背負った大剣に視線を向ける。私が大剣を背負っているのは、彼にソレが一番合うと言われたからだ。
「ハンターの武器は絶対に人に向けるな。なんでか分かるか?」
「え? なんでか、ですか? えーと……。危ないから? そういうルールだから?」
でも、そんなのは当たり前の事。態々人に聞くような事ではないと思う。
「んー、成る程。ダメなものはダメ、結構。ギルドナイトとしては最適だな」
何故か褒められた。
「さて、俺達が今何処に何をしに向かってるかお前は分かってるよな?」
「はい。渓流にとある二人組のハンターが狩りに出ていた所、目標のアオアシラ討伐後にセルレギオスに遭遇。一人が犠牲になった。この事案の現場に向かって調査をする、ですよね?」
「ほい、模範解答。大正解」
よし。
「んで、俺はどーもこの事案キナ臭いと思ってんだよ」
「臭い? ババコンガ?」
「お前のそういう真面目なのに脳筋の所は汚点だな」
一言余計では?
「二人組の情報は頭に入れてるか?」
「あ、はい。二人はお互いに上位ハンターの男性。ヘビィボウガンと太刀のコンビで故郷の村でも腕の立つ二人らしくて、実力は確かなようですね。亡くなったのはヘビィボウガンを使うオーウェン氏で、彼はセルレギオスの討伐に一度成功の経験があるにも関わらず───と、これ誰が調べたんですかね?」
セルレギオスの討伐数なんて個人情報、どこから出て来たのだろうか。私は飛行船に乗る前に聞いた話を思い出しながら首を傾げる。
「そんなもんはギルドの記録から抜き出せば簡単に出て来るんだよ。抜き出したのはウェインだけどな」
「さっきも言ってましたけど……そのウェインという方は、誰ですか?」
この飛行船には私と先輩、モッスさんに飛行船の運転手さんしか乗っていない。もう一人の名前が出て来るのは不思議だった。
「ギルドナイトは一つのギルドにつき最大十二人。俺達タンジアギルドには今ここに居る三人を含めて七人のギルドナイトがいる」
「へぇ、そんなに」
「そのウェインってのは残りの四人の内の一人でな、お前と同い年だがお前よりも早くギルドナイトになってる男だ」
「凄腕のハンターって事ですか?」
私でもギルドナイトに選ばれるなんて早いと思っているくらいなのに、私と同い年で私よりも早くギルドナイトになった男。
悔しいという気持ちよりも、そのウェインという男がどんな人物なのかという興味の方が大きい。
私はコレでも狩人の中でも実力者といわれる上位ハンターとして活動している。そんな私よりも早く、実力を認められた男だ。きっと先輩に並ぶような凄い人に違いない。
「いや、狩りの腕はからっきしだな。確かこの前イャンクック相手に悲鳴あげてたわ」
「は?」
しかし、そんな私の興味は先輩の言葉で何処かに吹っ飛んでいってしまう。いや、むしろなんでそんなハンターがギルドナイトに選ばれているのか不思議で気になった。
「まぁ、どんな人かはさておき……。そのウェインという人は私の先輩にあたる人で───どこに居るんですか? 見掛けませんけど」
「ん? そこに居るだろ」
赤い帽子と髪の毛の下の目が私の背後を見詰める。だけど、振り向いてもそこには誰も居ない。
「え? えーと、え!? 幽霊!? えぇ!?」
「嘘だよ」
「師匠ぉ!!」
「今は先輩」
ニッと笑う先輩は悪戯を成功させてご満悦そうだ。
私は少しでも抵抗をと頬を膨らませてみるけど、逆効果なのか彼は満足そうな表情をしてからこう続ける。
「丁度ウェインは今ユクモ村に出向いて貰っててな。別で向かって貰ってる所だ。そもそもこの事案自体ウェインが持って来た仕事だしな」
「なるほど」
「ま、先輩つっても同い年よ。仲良くしてやってくれや」
先輩の言葉に、私はウェインという男がどんな人なのか想像を膨らませた。
同じギルドナイトの仲間として、親しい関係になれるならそれにこした事はない。
先輩は先輩だし、モッスさんは正直関われば関わる程謎が増えていく変な人だから。もう少しこう、気軽に話せる相手が欲しいと思っていた。
「仲良く出来そうな人だと良いんですけど」
「ぶっちゃけ難しいと思う」
突然不安になるような事言わないで下さい。
でも大丈夫、モッスさんのようにコミュニケーションが取れないレベルの人なんてそうそう居ない。
「モッスー、もう着くかー?」
「……モス」
「オッケー、上々。二人共降りる準備だ」
本当にその二文字にどんな意味が込められているのだろう。イントネーションか。
「シノア」
「あ、はい。なんですか?」
「さっき俺が言った事、忘れるなよ」
「先輩が言った事?」
直ぐにソレがなんなのか出てこなくて、私は少しだけ頭を傾げた。
「ハンターの武器は絶対に人に向けるなって奴だよ」
そんな私の耳にに、聞き慣れない声が届く。誰の声。
「え、今の声誰の声!? 先輩じゃ無い声!? まさかウェインさんは本当に幽霊で!?」
「私だよ」
そう目の前で口を開くのは、モッスさんだった。
「普通に喋れるですかモッスさん!!」
「……モス」
「えぇぇぇええ!?」
この人何なんですか。
「おーい何してる。船が降りるぞー」
ハンターの武器を絶対に人に向けるな、か。
先輩に渡された銃を仕舞いながら、私はあの時の事を思い出す。
ギルドナイト、その仕事の意味を考えながら。