とあるギルドナイトの陳謝【完結】   作:皇我リキ

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【四章四節】犯行の手口

 眼光が刺さる。

 

 

「───良い訳ないでしょ?」

 アルト君とタリバン氏の肩を掴んで、ウェインは低い声でそう言った。

 

 

「な、何故ですか?」

「あんた言ったじゃないか。ランポスは頭をハンマーで殴られて死んでたんだろ? 僕は片手剣使いだぞ」

「あれれー、僕は一言も()を殴られたなんて言ってないんですけどね? 僕は、()()による攻撃としか言って居ませんよ?」

 自分のこめかみを人差し指で突っつきながらアルト君に詰め寄るウェイン。それはいつもの彼で、何故か私は安心してしまう。

 

 私の考えていた事くらい、やはり彼は思い付いていた。

 

 

「……っ。こ、言葉の綾だよそれは!」

「あ、そうですか? いや、まぁ、落ち着いて下さいよ。謝礼なら後で払うのでご協力をお願い致します」

 両手を挙げながら二人の前に回って、ウェインは二人を押し戻す。

 席に二人が座るのを確認して、彼もさっきまで立っていた所に戻った。

 

 

「コイツ何がしたいんだ……」

 呆れ返ったような口調で言葉を落とすジルソン氏。気持ちが分からない訳ではない。

 

「僕は犯人が知りたいだけですよ。自らの欲望だけの為に、それだけの為に、他の何の意味も成さない理由で生き物の命を奪った───その最低最悪な事件の犯人が知りたいだけです」

 静かにそう言うと、ウェインは二枚の資料を取りながら一旦眼を閉じる。

 

 そうしてから開いた眼は、まるで品定めをするように四人を見比べた。

 

 

「えー、この二枚はですね。あなた方二組のクエスト完了報告書です。ここにはー、討伐したモンスターと数、持ち帰った素材やアイテム、それとクエスト開始時の状態が記入されています。ほら、シノアさんも目を通しておいて下さい」

 書類をチラつかせるウェインに、四人は苛立ちを隠せない様子である。本当に彼は人を苛立たせる天才だ。

 

 

 でも、人という生き物は苛立つと余計な事まで話してしまう。そういう生き物だ。

 

 

「まずはジルソン氏とヤヨイさん。討伐したモンスターはイャンクック一匹。間違いはありませんか?」

「そ、そうです……」

「ランポスも討伐したら書くっての。密猟する程金には困って───困っては……ない事は……ないけど」

 困ってるんだね。

 

 

 そんな二人のクエスト報告書に私は目を通す。

 持ち物は剣士らしく砥石や回復薬。特に不審な物はない。

 

 持ち帰った素材はイャンクックの鱗と翼膜、ちゃんと規定以下に収めてあった。

 

 

「アルト氏とタリバン氏、あなた方は討伐したモンスターが居ないと記入されてますが、間違いはありませんか?」

「間違いないよ。そうですよね? タリバンさん」

「も、勿論だとも」

 そんな二人の報告書にも目を通す。

 やはり剣士のアルト君は砥石や回復薬を持っていて、片手剣らしく閃光玉や音爆弾などのサポートアイテムも所持していたらしい。

 

 刃薬は使わないのだろうか。

 私は片手剣使いじゃないから詳しくないけど、知り合いの片手剣使いが刃薬について話していた時の事を思い出した。

 

 ただ、護衛のクエストでいつモンスターが現れるか分からない以上そういう下準備のいるアイテムは邪魔なだけなのかもしれない。

 

 

 護衛の仕事をしていると、予期せぬモンスターと鉢合わせる事が多数である。

 ハンターならともかく、ハンターではない商人はモンスターから逃げる事が難しい。

 

 だから多くの場合はハンターがモンスターの相手をする事になって、討伐しなければならない事も多い。

 勿論逃げる事が出来たり、モンスターの方から逃げていけば討伐する必要はないのだけども。

 

 

 

「さて、それでは次は何を聞きましょうかねぇ。商人さんの荷物の中身でも確認しましょうかねぇ?」

「……なぁ、もう良いだろう? 僕達は関係ないじゃないか。片手剣じゃ打撃攻撃を与えるには無理があるよ。まさかランポス全員を盾で殴りつけて殺したとでも?」

 ゆっくりと話すウェインに我慢が出来なくなったのか、アルト君が席を立ちながらそう言い放った。

 

 

 確かに彼は片手剣使い。ギルドの規約と管理の問題でそれ以外の武器を持ち込んだ可能性は低い。書類上もそれは証明されている。

 実際彼には犯行は不可能ではないだろうか。片手剣は基本的には斬撃武器。ランポスの死体にはそれらしい傷跡は残されていなかった。

 

 

 

「……片手剣にも、打撃攻撃をする方法はありますよね?」

 アルト君の言葉の後、少し目を瞑ってから低い声でそう言うウェイン。

 その口角が少し釣り上がる。

 

 

「だ、だからそう言ってるじゃないか。盾! 盾で殴ったとでも? ランポス数匹にも囲まれてる中で!?」

「あれ? 僕、ランポスが数匹いたなんて言いましたっけね? 一匹かもしれませんけど?」

「……っ」

「まぁ、別に、言葉の綾かもしれませんが?」

「……い、いや、おかしいだろ! 僕が、片手剣の盾だけでランポスを何匹……も、倒したって? そんなの現実的じゃない! そうだろ!?」

 仰け反るアルト君に詰め寄るウェイン。その横でタリバン氏の表情は青ざめていた。

 

 

「口滑らせたな」

 私の隣でそうやって言葉を落とすクライス先輩の瞳は、真っ直ぐにアルト君を見ている。

 

 本当に彼が犯人なのか。

 だけど、決定的な証拠がない。物理的に彼には犯行が不可能だ。

 

 なのに、なぜ。

 

 

 彼は確かに口を滑らせている。

 ランポスへの攻撃が全て頭への攻撃だった事も、密猟されたランポスが一匹だけではない事も、それは犯人と私達しか知らない事実だ。

 

 

 でも、やっぱり彼の言う通り片手剣の盾だけで全てのランポスを殴り殺すなんて現実的ではない。

 もし彼の荷物に()()()()があったなら、話は変わっていたかもしれないけれど───

 

 

「盾以外にないんですかね? 打撃方法」

 何故か不思議そうにそう聞くウェイン。性格の悪さが滲み出てる。

 

 

「例えば、減気の刃薬とか」

 刃薬。

 片手剣に塗る事で、武器を一時的に強化するアイテムだ。

 単純に攻撃力を上げる会心の刃薬、破壊力を上げる重撃の刃薬、弾かれにくくする心眼の刃薬。

 

 そして彼の言う───減気の刃薬。

 これは、使用する事により刃を覆った薬品が武器の切れ味を損なう代わりに、片手剣を鈍器として利用する事が出来るようになるアイテムである。

 その用途は、モンスターのスタミナを奪う事。それに鈍器として扱いモンスターの頭部を叩く事で脳震盪(スタン)狙う事が出来る優れ物だ。

 

 

 このアイテムを使う事により、片手剣でも打撃攻撃が現実的になる。

 ただ、アルト君の所持アイテムには減気の刃薬はなかった。

 

 

 いや、例えばアルト君が持っていなかったとしても───

 

 

 

「僕の荷物にそんな物なかっただろ!!」

「減気の刃薬は使っていないと?」

「そうだよ!! なんなんだよ!! 僕はそんな物使ってない!!」

 ウェインの質問に声を荒げながら答えるアルト君。

 

 

「そうですよね。……道中モンスターに合っていないなら使っていない筈ですよね? そうなんですよ、使っていない筈なんですよ。あなたはモンスターと交戦していない筈なんですからね?」

 詰め寄って腰が引いたそんな彼を、ウェインは見下ろしながら威圧的にそう言う。

 そうして一度間を空けてから、こう言い放った。

 

「───では何故、タリバン氏の商品の一品である減気の刃薬が減っていたのでしょうか?」

 ───アルト君が持っていなかったとしても、共犯者である商人の彼が持っていれば話は変わる。

 

 

「僕、言いましたよね? 商人さんの荷物もチェックしたと。……ねぇ、何ででしょうかねぇ? 気になりません?」

 人差し指で自分のこめかみを叩きながら、言葉を失っているアルト君に手を伸ばすウェイン。

 そしてその手でアルト君の胸元を掴み、力の入っていないその身体を持ち上げた。

 

 

「……答えろよ」

「ひ……っ」

 突然出た低い声に、アルト君は遂に小さな悲鳴を挙げる。

 まるで飛竜に睨まれたケルビのように足を震わせて、目をそらす事も出来ずに顔を青ざめさせた。

 

 

「……僕が、やりました」

 そして耐えられなかったのか、アルト君はとても小さな声で罪を認める。

 それで乱暴に離された彼の身体は地面に叩き付けられ、捕食されるのを待つ小動物のように震えていた。

 

「そんな……」

 それを横で見ていたタリバン氏は小さく声を落とす。

 手で抱え込んだ顔は青ざめていて、後悔が滲み出たような、そんな表情。

 

 

 

「んだよ、俺達関係ないんじゃねーか」

「ま、まぁまぁそう言わずに!」

 その悶着を見ていて無用な事に付き合わされたと感じたのか、ジルソン氏はアルト君を見下ろしながらそわな言葉を落とした。

 そんな彼を宥めるヤヨイちゃんだけど、ジルソン氏の気持ちも分からない訳ではない。

 

 きっとウェインは初めから犯人が分かっていて、ジルソン氏やヤヨイちゃんを呼んだ理由はアルト君が口を滑りやすくする為の茶番を演じる為である。

 

 

「いやぁ、申し訳ありません。人ってのは心の余裕があると隙が生まれやすいんですよ。あ、勿論貴方達の事を疑ってなかった訳じゃないんですけどね?」

 さっきの低い声とは一転。いつものようにヘラヘラと軽口で二人に頭を下げるウェイン。

 

「勿論、後程謝礼はお払い致しますのでこの事は御内密にお願い致します」

 ただ、言葉の態度とは裏腹に確りと頭を下げるウェインを見て二人は顔を見合わせて納得したようだった。

 

 

 そんな無実の二人を見送った後、集会所の裏方は静かな重い空気が漂い始める。

 

 

 自白したアルト君と、その横で頭を抱えるタリバン氏。

 そんな彼等を睨み付けるウェインの表情はとても冷たかった。

 

 

 

「どうして、この二人だって分かったの?」

 そんな空気に耐えられなくて、私はウェインにそうやって話しかける。

 

「そもそもタリバン氏の商品の一覧を出発前と出発後で見比べて、滅気の刃薬だけが減っているのを見つけちゃったんですよね。たーだーし───」

「ただし?」

「───態々使用武器の偽装、さらにはそれを自らの所持物から外している以上犯行は計画的。そう簡単には口を開かないだろうと思いましてね。彼の心の隙を突く必要があった」

「その為に無実の二人を追い詰めるような言い方をしたって事ね」

「確たる証拠がないとこっちも手を出さないんで。……自白してもらうしかない訳ですよ」

 態々大きな声でそう言ったのは、頭を抱え込んでいる二人に聞かせるためだろうか。

 その言葉を聞いたアルト君はハッとした表情をした後に、さらに顔を青ざめさせた。

 

 

「なっ……」

「だから態々あなたが安心する様にしむけ、そこからストレスを与えてやった訳です。身の回りの急な状況変化に対応出来なくなると人は喋らなくて良かった事まで喋ってしまう。そこまで計画的な行動をした君が冷静であれば、刃薬が減っていた事を突かれても適当な言い訳で逃れる事も出来たかもしれませんしね。と、まー、そういう訳です」

 犯人二人に向かって、態々大きな声で説明してからウェインは私に振り向き説明を終える。

 そうしてから二人を見下ろすその瞳は酷く冷たく見えた。

 

 

「それじゃ、御同行願いましょうか」

「ぼ、僕達をどうする気だ……」

「待ってくれ。私には家族が居るんだ!」

「大丈夫大丈夫。ちょっと話を聞くだけですよ」

 笑顔で大嘘を着くウェイン。彼が笑顔の時は、いつも嫌な感じがする。

 だからか、そんな彼が二人を飛行船に乗せるのに着いて歩く私の手に触れた銃がとても冷たくて、悪寒がした。

 

 

 

 今から、彼等は殺される。

 

 

 

 ギルドはハンターの犯罪を見過ごす訳にはいかない。

 

 

 それを闇に葬る為に、私達は存在するのだから。


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