航路の下にある渓流は私にとって馴染み深い狩場だ。
タンジアで活動している私にとっては庭みたいな場所で、ギルドナイトとしての初めての仕事場もこの場所だった事を思い出す。
私はギルドナイトである前にハンターだ。だから、確かにあの仕事は私にとって大きな事だったとしても───渓流は私にとってまだモンスターと戦う狩場である。これから先もそうあって欲しい。
だからか、ふと狩人である私の記憶が頭を過った。
「それは?」
「これは減気の刃薬というアイテムで、片手剣の刃に塗るとこうやって固まって───ほら、鈍器みたいになるんですよ」
「片手剣を棍棒にするって事か……。でもそんな事してどうするの? 刃で切った方が、ダメージ与えられると思うけど」
「これでモンスターの頭を叩いて気絶させられたら、そのモンスターを殺さなくても良いかなって」
私の知り合いの狩人の一人に、とても優しい心の持ち主の狩人がいる。
あの子に私の今の仕事を知られたら、どんな反応をするだろうか。
きっと私を心配してしまうだろうから、私はあの子に会っても自分の仕事を教えない事に決めていた。アーシェにも、言えなかったし。
◇ ◇ ◇
ユクモ村。
渓流の近くに位置する温泉が有名なこの村は、珍しい雰囲気も特徴的である。
東にあるとある国の建築物を模した和やかな景色。
村人の着物も鮮やかで、村全体が明るい雰囲気を持つ村だ。
そんな村の集会所。その裏。
「えー、あなた達四人がここに呼ばれた訳をまず話しておきますね。あ、ちなみにこの事は外に出ても御内密にお願いします」
ユクモ村に到着してから二時間経たず。
ウェインの仕事はとても早かった。
まずは集会所の裏方で過去のクエスト情報からお目当のクエスト内容を探り出し、そのクエストの発注者と受注者を特定。
そこからギルドに登録されているハンター二人の住所まで持って来て二人のハンターを拉致して来たかと思えば、商人組合の集まりから二人の商人を拉致。
なんの手詰まりもなく今回のモンスター密猟事件の容疑者四人を、この集会所に集めてしまったのである。彼の手際の良さに私は目を回しそうだった。
「あなた方四人にはモンスターの密猟の疑いが掛かっています。ここでの発言は裏でこっそり誰かがメモしているので、嘘はつかないで下さいね。あ、嘘ついたら殺します」
営業スマイルとでも言うのだろうか。普段の彼からは掛け離れた表情でそう言葉を落とすウェインの前で、四人の容疑者は彼の物騒な発言に少し身を引く。
「み、密猟なんてそんな……。わ、私達はやってないです」
可哀想に。ウェインが怖かったのか、視線を逸らして声を震わせながらそう語るのはユクモ村に在中するハンターのヤヨイ・ハルノ。
まだ若い少女といった雰囲気の彼女は、発育の良い身体をスパイオシリーズで包み込みユクモノ木槌を背負っていた。
ランポスの死因である鈍器による頭部損傷。ハンマー使いの彼女なら確かに容疑者になりえる。
「彼女の無実は俺が証明するぜ。彼女に護衛を頼んだのは俺だからな」
前に出て半目でそう語るのは旅の商人ジルソン・ディリアン氏。
毛先の尖った茶髪を後ろに流した、二十代半ばの男性だ。彼はユクモ村在中ではなく、各地で旅をしているらしい。
そんな中で急ぎの用事が出来て、ユクモからタンジアそしてまたユクモへ戻る最短の道の護衛がヤヨイちゃんの受けたクエストだったという訳だ。
「その証言は無効ですね」
「は? なんでだよ」
「もし共犯なら、誰にでも付ける嘘です」
「んだとぉ?」
「や、辞めておいた方が良いですよジルソンさん!」
ウェインを睨み付けるジルソン氏。ヤヨイちゃんはそれを見て慌てて二人の間に入る。
確かにウェインの言う通りで、この密猟事件は護衛のハンターと商人が共犯の可能性が高かった。
そもそも護衛を演じてモンスターの密猟をするメリットは何らかの私怨がない限り一つしかない。
それは金。
ハンターはモンスターを殲滅する為に存在する訳ではなく、モンスターと共存する為に存在する。
無用な狩猟は生態系を崩す可能性があり、必要最低限の狩猟がハンターズギルドの暗黙のルールだ。
そして何より、モンスターを狩猟しても剝ぎ取る素材は一定量までと定められている。残りの素材はギルドで管理、その大半は自然に返される事も多い。
しかし、そのルールを破り───あのランポスのように皮一枚も残さない程に素材を剥ぎ取ると何が起きるか。
それは単純明快。大量に剥ぎ取った素材に変わるもの、金。
違法行為で手に入れようが素材は素材。モンスターの素材は多種多様な使用が出来る為高く買い取られる資源だ。
それをギルドの規則を破って大量に手に入れられれば、程良く儲けられるという訳である。
これが、モンスターが密猟される殆どの理由だ。
自らの私利私欲の為、命を奪う。そんな事は殺人と何ら変わりない。
モンスターだって、生きているのだから。
「焦ってる君達が怪しいんじゃないかな」
ウェインに掴みかかりそうになるジルソン氏の横で、一人の少年が冷静にそんな言葉を落とした。
短い黒髪をジャギィシリーズの防具から覗かせる彼はアルト・ハーレイ氏。
まだ若い出で立ちの少年は、背中にソルジャーダガーを背負うタンジアのハンターである。
「んだとぉ、ガキ」
「ジルソンさんってばぁ!」
今度はアルト君に掴みかかろうとするジルソン氏をヤヨイちゃんが止めた。忙しい人であるが、確かにアルト君の言う通りそういう人が怪しいという気持ちは分かる。
「そうですねぇ、彼等は怪しい」
アルト君に続くのは、彼にタンジアからユクモまでの護衛を依頼している商人。タリバン・リアストン氏。
四十代半ばと思われる彼は、帽子の乗った白髪の混じった短い髪を自分で叩きながらそう言った。
ただ、誰がなんと言おうが思おうが、私達はただ事実を見ることしか出来ない。ウェインの言葉を借りるなら私達は探偵ではないのだから。
しかしそれを考慮して、怪しいだの感情論を抜いたとしても、ヤヨイちゃんとジルソン氏の方がこの事件に関わっている可能性が高く思えた。
ランポスの死因は全て鈍器による頭部損傷。片手剣は盾を叩き付ける攻撃はあれど、やはりハンマーのように打撃攻撃が主体という訳ではない。
そうすると、この二組から犯人がどちらかと聞かれればヤヨイちゃん達二人と答えるのが無難だと思ってしまう。
「まーまーまーまー、ここで決め付けるのは良くないですよ。申し訳ないですがここに犯人は居ないのかもしれませんし、どちらとも限りません」
「だったら証拠不十分だろ。こちとら忙しい中付き合ってやってんだぞ」
「なので、少しだけ。すこーしだけ、事情聴取にご協力頂きたいのです。勿論、迷惑料は払いますよ」
苛立ちを見せるジルソン氏を、ウェインはそう言って宥めた。
どちらにせよ、確たる証拠がなければ私達は動く事が出来ない。
証拠もないのに犯人と決め付ける事なんて出来ないのだから。ただ、確りとした証拠が見当たらない以上、動こうにも動けないのが私達の現状である。
「どうする気、ウェイン」
定石としては、当人しか知りえない情報を喋らせるというのが犯人探しの鉄則。
この事案で言えば被害にあったモンスターがランポスである事と死因が鈍器による頭部損傷だという事。
この事はランポスを殺した本人しか知らないはずで、その事で口が滑ればその人物を犯人だと特定する事が出来るけれど───
「あいつは多分、お前の思ってるやり方はしねーぞ」
私の横で、ギルドの裏方から資料を持って来たクライス先輩がそう口を開いた。
その資料は何ですか? 私がそう聞こうとした次の瞬間、ウェインは四人の前でこう口を開く。
「お聞き下さいね。今回密猟の被害にあった可哀想なモンスターはランポスでした。その全てが、鈍器による
完全に口を滑らせた。
私達が今知っている唯一の情報、犯人しか知らない情報を───彼は言ってしまったのである。
これで、私の思い付いた犯人しか知らない事を言わせるという事すら出来なくなってしまった。悔しいけど、私の思い付く事くらいはウェインなら思い付いている筈。そう思っていた私の信頼が崩れた瞬間である。
もしかしてウェインはバカか。
「ちょ、ま、え!? あんたが口滑らせてどうするの!!」
ウェインの発言に固まる容疑者四人。特に打撃武器を背負ったヤヨイちゃんは顔を真っ青にしていた。
私は焦ってウェインの後ろから怒鳴りつけるけど、当の本人は半目で私を見てから人差し指を口の前で立てる。
黙っていろと? この状況で黙っていろと?
「さてさて、所でここにある紙はお二人方がクエストを受注した時に書いた契約書です。ここにはなんとー、あなた達がクエストに出る時の武器種と手持ちアイテムが正確に記入されています。商人さんの分は、荷台に積んだアイテムも。ご自身で書いてギルドも確認する物なのでここには一切の嘘も書かれておりません」
そこで私の後ろにいたクライスさんが持ってきた資料を受け取ったウェインは、それを持ち上げて周りに見せびらかした。
ハンターはクエストに出る際自分の持ち物を防具から武器、アイテムに至るまでギルドに提出する。
その理由はもしもの時の身元の確認だったり、クエスト内容が適正であるかギルドが判断する為でもある。
その提出に嘘は許されない為、ギルドはハンターが出発する前に確りと確認を取って記入していた。
余程の事がない限りはこの記述に間違いは無い。
「えー、それで、ですねー。この書類によりますとですね? なんと! ランポスが倒れていた場所を通ったあなた達四人の中に打撃武器を持っていたのは一人しか居なかったんですよ。……ねぇ、ヤヨイさん?」
「……ぇ、ちょ、えぇ!?」
ヤヨイちゃんの目前まで近付いて、これが証拠ですとでも言うように書類を突き付けるウェイン。
その書類にはヤヨイちゃんがクエストに出る前に記入した、使用する武器防具と持ち込むアイテムが記入されている。
使用する武器は、ハンマー。ユクモノ木槌。
見たまんま、現状証拠だ。この中でランポスを打撃武器で殺す事が出来るのは彼女しか居ないのだから。
ただ、そんな単純な事なのだろうか?
「この中に打撃武器を持っている方はヤヨイさん、あなたしか居ないんですよ。勿論商人さんの積荷の記録も調べましたが、その中にも打撃武器はなかった」
「そ、そんな! 私じゃありませんよ!」
「そうだ、この子じゃねぇよ。俺はずっとこの子に護衛されてたがその時はモンスターはイャンクックしか出て来なかった。……クエストの完了報告書にも討伐したモンスターはイャンクックだけだって書いてあるだろ?」
慌てて身を乗り出すヤヨイちゃんと、ヤヨイちゃんが護衛をした商人のジルソン氏。
「だーかーらー、あなたも共犯ならその証言には何の意味もないんですよ」
だけど、ジルソン氏を小馬鹿にするような態度でウェインはそうやって言い返した。
確かに、現状証拠だけを見ればヤヨイちゃんとジルソン氏がユクモとタンジアを結ぶ道でランポスの密猟をした可能性が高い。
でも、そんなのは決め付けでしかない。ギルドが把握している容疑者がこの四人だけであって、もしかしたらまったく関係ない人物が犯人だという可能性だってある。
今回のウェインは強引過ぎる気がした。
「それじゃ、僕達は関係ないようだし帰っても良いかな?」
「そうですね。私達は忙しいので」
その悶着を見ながら、もう二人の容疑者であるアルト君とタリバン氏が座っていた席を立つ。
自分達には関係ない事だと、私達に背中を向けた。
「───良い訳ないでしょ?」
ただ、そんな二人の肩を後ろから叩くウェイン。
いつものような人を小馬鹿にした声。それでも、少し低めのその声に私は聞き覚えがある。
彼が、いつも罪を犯した人に向ける声だ。
もしかして、彼が本当に疑っているのは───