とあるギルドナイトの陳謝【完結】   作:皇我リキ

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【四章二節】先輩の言葉

 ユクモ村に向かう飛行船。

 

 

 私とウェインとクライス先輩は、その船の中で静かに過ごしていた。

 特に空気が重いと言う訳ではない。ただ、なんとも言えない雰囲気に私は耐えられなくて言葉を漏らす。

 

 

「……極刑なの?」

「暗黙の了解って奴よ。そもそも、ギルドに極刑なんてルールはない」

 そう答えたのはクライス先輩。

 

 

 ──それじゃ、行きましょうかー。……犯人を殺しにね──

 ウェインはランポスの死体を見た後、そう言っていた。

 

 モンスターの密猟。当たり前だけど、それはいけない事である。でも、殺さなければならないのだろうか。

 

 

「……どういう事?」

「ギルドには密猟、殺人を禁止する規則はあれど、規則を破った物に対する処罰は決まっていないんです。そもそもハンターによる犯罪なんて物はギルドからしたらあってはならないので、処罰何て物は存在しなくて良いという話なんですけどね。……ところでシノアさん、初仕事の次の日に僕が書いていた報告書の事を覚えていますか?」

「あの、嘘が書いてあった奴の事?」

 ウェインが言っているのは、私がギルドナイトになったその日に起こった一つの事件の報告書の事だ。

 

 

 その報告書には、二人のハンターが乱入してきたセルレギオスに襲われて死亡したという報告が書かれていたけれど、事実は違う。

 一人のハンターはもう一人に殺され、その犯人は私達が殺した。ウェインがギルドに提出していたのは、そうやって事実を捻じ曲げた嘘の報告書。

 

 

 

「そうですね。その時になぜ僕がそんな報告書を書いたか説明しましたよね?」

「ハンターによる殺人を明るみにしないため。ギルドの公式の記録に残さない為……」

 全てを、闇に葬るため。

 

 

「そういうこと。つまり、ギルドは公式に罪を犯した人を裁く事をしないんです。そしてその代わりに闇の中で犯罪者達を裁くのが、僕達」

「ギルドナイト……」

 犯罪を明るみにせずに闇に葬り、世界の秩序を守る。

 それが、私達ギルドナイトだった。

 

 

「だから、僕達の殺人は暗黙の了解。実際僕達がやってるのは法に則った処罰なんかではなく……ただの殺人なんですよ」

「……殺人、か」

 腰の銃に手を触れる。

 

 

 あんなの、処罰なんかじゃない。殺しだ。

 先日私が殺した男の顔を思い出しながら、私はそうやって納得する。

 

 

 

「まぁ、別に殺さなくても良いんですよ」

「……え?」

 ただ、続くウェインの言葉は私は目を丸くした。言っている事が無茶苦茶である。

 

 

「あくまでも暗黙の了解ですから。ギルドからすれば犯罪を闇に葬ってくれればそれで良いんです。でもやっぱり犯人ごと消してしまうのが手っ取り早いから殺す。……僕達が人を殺す理由はそれ」

「そんな……。殺さなくたって、罪を償わせる事は出来るかもしれないのに!」

「じゃぁよ、殺人を犯した奴はどうやって罪を償う。どう償わせる」

 私の言葉にそう返したのは、クライス先輩。

 

 

 赤い髪の毛の裏に隠された鋭い目が、真っ直ぐに私を見ていた。

 

 

「金を払えば殺した奴が戻ってくるか? 人生を捧げて奴隷のように働いたら、殺した奴は戻ってくるか? 違うだろ」

「そ、それは……」

 先輩のそんな質問に、私は答えを出す事が出来ない。

 罪を償うという事は、簡単な事じゃない。人を殺すという事はそれだけ罪深いのだから。

 

 

「でも……私達だって、人殺しだ。その人を殺したら、死んだ人が戻ってくるって訳でもない!」

「そうさ。だからその咎はいずれ受けるだろうぜ、その身でな」

 今度は私から目を逸らしながら、彼はそんな言葉を落とす。

 そんなふざけた態度が私は許せなかった。

 

 

「なんで───なんで私をギルドナイトにしたんですか!!」

「いずれ分かるさ」

「ふざけてないで真剣に答えて下さい!」

「おーおー、落ち着きがないねぇ。恨んでんのか?」

「あ……っ、あ、当たり前じゃないですか!」

 身を乗り出して、私は先輩を睨み付ける。

 

 

 信じていた親代りだった彼。私に狩りのノウハウを教えてくれた師匠。ギルドナイトとして私をスカウトしてくれた先輩。

 そんなクライス先輩を私は信じて付いてきた。それが、そんなふざけた態度を取られるなんて。

 

 

「ガキだったお前が家族ごと皆殺しになる所を助けてやったのは誰だと思ってやがる? その命は俺のも───」

「もう、黙って」

 その眼前に、私は銃を突き付けた。ウェインはそんな私を見ても、興味がなさそうに視線を逸らす。

 

 

「───撃てよ。憎いだろ、俺が」

 けど、彼はなんの動揺もせず、ただ私を真っ直ぐ見ていた。

 

 

 彼との思い出が頭を過る。目の前の彼と、思い出の顔は変わらなかった。

 我が子のように接してくれた顔。優しく、時に厳しく、私を育ててくれた彼の顔。

 

 この引き金を引けば、その顔を吹き飛ばす事になる。あの時、私が初めて殺した男のように。

 

 撃てる筈がない。

 

 

 

「……あなたは、最低です」

 そう言いながら、私は銃を降ろした。

 ちゃんと弾は入っている。私が引き金を引けば彼は本当に死んでいた筈だ。

 

 それでも良いとでも言うように、いずれ受ける咎を受け入れたとでも言うように、彼は真っ直ぐ私を見る。

 

 

 なんで───

 

 

 

「なんでって顔してんな」

「……そりゃ、そうでしょ」

 死ぬのは、誰だって怖い。

 

 

「お前になら、俺の罪を押し付けても良いと思ってなぁ。残念だ、その引き金を引いてくれなくて」

「……っ。……殺せる訳、ないじゃないですか!」

「いや、殺すさ。お前はいつか、俺を殺す。さっき理由を聞いたなぁ。その答えがそれだよ。……俺は、俺を殺させる為にお前をギルドナイトにした」

 そうとだけ言うと、クライス先輩は細目を私から外した。

 

 

 彼の視線は飛行船の窓。ユクモ村が見えて、飛行船も高度を落とし始めている。

 

 

 私はそんな彼に、もう一度銃を突き付けた。

 

 

 

「……殺す気になったか?」

「……はい、目を閉じて覚悟を決めて下さい」

 確りと、彼の眉間に狙いを定める。そんな私を見ても、ウェインもクライス先輩本人も何も動じないんだから気分が悪い。

 

 

「……罪を償って」

 そして私は引き金を引いた。少しだけ、銃口をズラして。

 

 次の瞬間、フリントロック式の銃が火花を飛ばす。瞬きより早く発射された弾丸はクライス先輩の頬を掠めて飛行船の窓を割った。

 

 

 

「……下手くそが」

「……これだ」

「あ?」

 素っ頓狂な声を上げるクライス先輩。私が銃を突き付けたなんて事より、余程驚いた顔をしているのは不快だけど。

 

 

「罪を認めて、受け入れる。それは罪を償う事にはならない……?」

「お前……何言ってんの?」

「要は殺すのはあくまで暗黙の了解。罪を償わせて闇に葬って仕舞えば、それで良いんでしょう?」

 私の言葉に、クライス先輩は細目をまた私に向ける。

 

 髪に隠れた眼球が、真っ直ぐに私を睨み付けた。

 

 

 

「シノアさんのしようとしてる事は、分かります。ただ、そう上手くいく話はないですよ」

 そんな私に、さっきから黙っていたウェインが呆れ顔で意見を落とす。

 その視線は、私もクライス先輩の間を行ったりしたりしていた。

 

 

「勿論……素直に罪を償おうとする人なんて、居ないのかもしれない。でも私は、自分の罪を償おうとする人まで殺したくない」

「その判別方法が、犯人に銃を突き付ける……だとでも?」

「罪を償う気がなかったら、反撃するでしょ?」

「その反撃でシノアさんが死んだら元も子もないでしょうに。その時あなたはまたその引き金を引けるんですか?」

 ウェインは指で銃の形を作って、それを私に突き付ける。

 そんなウェインに対抗して、私も指で形だけ作った銃を彼に突き付けた。

 

 

「……引くよ」

 そうしてから、彼の目を真っ直ぐ見ながら答える。

 もう私は人を殺してしまった。これは、その咎だ。

 

 

 

「……面倒臭い人だなぁ」

 どうとでも言え。いや、でも面倒臭いは酷い。

 

 

 

「ハッハッハッ、こいつぁ傑作だ!」

「……な、何がおかしいんですか!」

 私の銃に傷付けられた頬の血を拭いながら、クライス先輩は腹を抱えて笑い始める。

 いや、この状況でなんでこの人は笑い始めた。信じられない。だけど、その飄々とした彼の態度はいつも通りでどこか安心する。

 

 

「やっぱり、お前を選んで正解だったわ」

 そんな彼はそう言って、私の頭をその大きな手でわしゃわしゃと撫でた。

 まだ小さかった頃は良くこんな事をされたっけ。懐かしさの反面、クライス先輩の本音を聞いた私の心境は大きく揺れる。

 

 

 

 私はこの人を嫌いになんてなれないんだ。

 

 

 父親で、師匠だった彼を恨む事が出来ない。

 

 

 なんて、ズルイ人なんだろう。

 

 

 

「でもな、シノア。お前はいつか俺を殺すさ。絶対にな」

 ただ、彼はそうとだけ言って崩れた帽子を一度持ち上げた。眼まで隠す赤い髪は整えられていなくて、いつも通り所々跳ねている。

 そんな彼の頭を追い掛けて、こんな所まで来てしまった。本当に、殺してやりたい。

 

 

 でも、絶対に。

 

 

「……殺しません」

「……そうかい。ほら、降りるぞお前ら。ユクモ村到着だ」

 割れた窓から外を覗き込む彼の髪が、着陸の振動で少し揺れる。

 

 

 船はユクモ村に辿り着いた。まだここに犯人が残っているのなら、私達はまた人を殺す。

 

 

 

 

 

 

 それが、私達の仕事だから。


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