ユクモ村とタンジアの港を直線で結ぶ、狩場としては登録されてない樹海。
突如現れて私に強烈な印象を与えたアキラさんの話では、この一帯でモンスターの不審な死体が確認されるようになったとの事。
この不審な死体の調査が今回の私達の仕事だった。
ハンターの取り締まり以外にも仕事があった事に、私は少し安心している。
「さて、ここで予想でも付けておきますか。不審な死体の原因はなんだと思います? シノアさん」
アキラさんを覗いたギルドナイト四人。私達は調査の為、飛行船から飛び降りて樹海を歩いていた。
人の手が届いていないどころか獣道もない、そんな場所に飛行船を着陸させる訳にはいかない。
だから私達は、パラシュートで現場に降りる。これは、狩場が危険な状態になってる上位クエストでも良くある事だ。
そんな危険な場所で、呑気に言葉を漏らすウェイン。緊張感というのはないのか。
ここはモンスターの世界。いつ何処から彼等が飛び出してくるかだって、分からない。
「もう少し緊張感はないの?」
「僕が集中した所でモンスターの接近に気が付ける気がしないので、そこら辺は皆さんにお任せしますね」
なら話し掛けるな素人ハンター。
「で、犯人は何者だと思います?」
「犯人か……」
原因は今から調査するというのに、予測なんて立てて意味があるのだろうか。
まぁ、ただ私も歩いているだけじゃ暇だし。ウェインの話に乗る事にする。
モンスターがいきなり現れても良いように警戒はしながら。
「やっぱり、イビルジョーなんじゃないかな。ほら、最近大量発生したし」
私がギルドナイトに着任する前、タンジア付近でイビルジョーの大量発生という事件が発生した。
その時のイビルジョー討伐に私は参加したのだけど───それはともかく、その件のイビルジョーの生き残りがこの付近に迷い込んだというのが私の考えである。
私にしては上出来な考えなんじゃないだろうか。もう脳筋ゴリラとは言わせない。
「脳筋ゴリラ」
「なんで!?」
「イビルジョーなら死体は多数も見つかりませんよ。食べちゃいますし」
「あ、そ、それもそうか……。いや、知ってたけどね」
「へぇ」
「そんな目で見ないで。はい、嘘です。何も知りません」
下手に見栄を張るものではないという事だけは学習した。
「それじゃ、僕の予測をお話しましょう。これは多分───」
「多分?」
ウェインは帽子を人差し指で押しながら、勿体振って口を閉じる。そんな、勿体振らなくて良いから。
「───狂竜ウイルスによる仲間同士の同士討ちです」
「それって確か……」
狂竜ウイルスは二年ほど前から世界中で確認されるようになった狂竜化という現象の元凶だ。
とある龍が発生させる物質をモンスターが取り込むと、そのモンスターが狂ったように暴れ出すという厄介な代物。
その龍は一人のハンターによって討伐されたんだけど、世界中に広がったウイルスはモンスターからモンスターへ感染したり同種の龍が現れたりと確認から二年経った現在も収まる気配はない。
件のセルレギオスが生息域を大きく変えたのもその狂竜ウイルスのせいなのだから、その影響は計り知れない物がある。
「なるほど……。私はてっきりウェインの事だから、これは密猟ですね、とか言うと思ってたけど」
「……偏見ですよ」
確かに、これは偏見だったかもしれない。
「ギルドナイトの仕事は何もハンターのハントだけじゃねぇって事よ。こういう事も仕事の内だ」
赤くて長い髪に隠れた瞳を私に向けながら、クライス先輩はそんな言葉を落とした。
確かに。それもそうか。
「クライス先輩は……」
「ん?」
「……こういう時の為に、私をギルドナイトにしたんですか?」
一応、タンジアじゃ名も知れ出したハンターの私。
そんな私なら、対モンスター戦で役に立つと思ってギルドナイトに選ばれたのだろうか?
ここ数日。なんで私がギルドナイトに───なんて疑問を、先輩に問い掛ける。
「ちげぇな」
ただ、返って来た答えは違った。
「なら、なんで───」
「モス!」
「お、何か見つけたかモッス」
私の言葉を遮ったのはモッス先輩の鳴きご───じゃなくて声。
いや、なんで先輩はその二文字で意思疎通が出来るの。どういう存在なのその人。
「何かあるんですか?」
ただ何かを見つけたという事実を無視する訳にも行かず、私は愛刀に手を添えながら先輩に続いて声を上げる。
「……モス」
「へぇ、血肉の匂いがプンプンと」
「あー、アレですね」
そこでウェインが立ち止まって、木々の隙間に映る光景を一点指差した。
その光景に全員が同時に視線を合わせる。そこにあったのは───血肉。
「……酷い」
地面に横たわる五体の鳥竜種。五匹はそれがどの種のモンスターなのか分からない程に、無残な死に方をしていた。
「こいつぁ、狂竜ウイルスなんてもんじゃねぇな」
「……残念ながら、そうですねぇ」
私達の正面にあるのは、血と肉と骨。
全身の皮はほとんど剥ぎ取られ、爪も牙も鱗も何も残っていない。
「……何、これ」
私はただ言葉を失うしかなかった。こんな酷い殺し方を出来る生き物なんて、この世界に一種類しか存在しないのだから。
「不本意ですがシノアさんの予測はある意味当たっていたという事でしょうか。……これは密猟ですね」
密猟。
「……モス」
「なるほど、こいつぁはランポスか」
少しだけ残された皮を見て、クライス先輩はそう判断する。
私も二人が見下ろす死体を見てみると、血で汚れた青と黒の皮が少しだけ残っていた。
「ランポス五頭の密猟、ですか。さーて、犯人は何者か」
「こんな道でもない場所で起きた密猟で、犯人の特定なんてとてもじゃないけど無理なんじゃ……」
この五匹が殺されてから直ぐならともかく。もうこの付近に犯人が残っているとは思えない。
「そう考えるのが普通ですよねぇ。……だから、犯人は証拠を隠そうともしなかったのか? それともわざとか。あ、これ見てみて下さい」
いつものようにふざけた調子で話すウェインは、一匹のランポスの死体の頭の側に座り込んで私達を呼んだ。
クライス先輩と目を合わせてから、二人でウェインの視線の先を視界に入れる。
「……打撲痕?」
皮が剥ぎ取られ、嘴と肉と骨しか残っていないランポスの死体の頭。
その頭には妙な凹みが確認出来て、潰れた筋肉や眼球とバラバラになった頭蓋が死因を物語っていた。
「ピンポーン、正解。良く出来ました。このランポス、ハンマーか狩猟笛か、何れにせよ打撃武器で頭を攻撃されたのが死因でしょう」
「でも世界中のハンマーと狩猟笛使いを取り調べる気? タンジアや、近くのユクモに絞っても何人いるか分からないよ?」
ユクモ村はともかく、タンジアの港は人が多く集まる。ハンターだってそれは例外じゃない。
「その中でも、この数日で商人の護衛クエストを受注した人物に絞ればかなりの人数に絞れるのではないでしょうか」
「……商人の護衛クエスト? なんで?」
商人の護衛クエスト。
集落を渡り商品の流通をする商人にとって問題になるのは、陸路でモンスターに襲われる危険である。
空路がそもそもなかったり、空路を使う為のお金の節約のため陸路を使う商人にとって付き纏う問題だ。
商人は多くの場合ハンターではなく、モンスターと戦う術を持っていない。
それでも商売の為にはモンスターが生きるこの世界を歩くしかない事もあって、そんな時に必要なのがハンターによる護衛である。
護衛クエストの名前の通り。商人の陸路を護衛するのがそのクエストの仕事だ。
「この場所はタンジアとユクモを直線で結んだ道の上にあります。ただし、未開拓でどんなモンスターが居るかすら調査が進んでいないこの地は目に見えて危険ですからね。ギルドもこの陸路は禁止はしないにしろ使うのに許可の申請を求める、そんな場所です。余程の事でもない限りハンターですら通らないんですよ」
当たり前の事ではあるけども。
危険だと分かっていて態々立ち入るのは自殺行為。
モンスターの危険を分かっているハンターなら、そんな事は分かっている。
「そしてその許可を取れる人は限られます。最短ルートでタンジアとユクモを結ぶこの危険な道を態々使わなければならない人物とは?」
「それが、商人って訳」
「そういう事です。他にも、緊急伝達の為の使いの人や書士隊の方と挙げられますがその人達はギルドの使い。まず密猟に関わる事は……ないと思いたいでしょう?」
一応疑ってはいると。
「んじゃ、ウェインがそう言ってる事だし俺達も戻るか。最初はユクモにするか?」
ウェインの話を聞き終わると、クライス先輩はランポスから視線を離して歩き出す。
「もう良いんですか? 現場の検証や資料作りは?」
「そりゃ、モッスに任せる」
「……モス」
え、モスさん置いてくの。
「一人でここに残るなんて危ないですよ!」
「モッスはお前が思ってる以上にヤバイから。気にすんな」
ヤバイって何? 確かにヤバイ人だけど。
「それじゃ、行きましょうかー。……犯人を殺しにね」
そう言った瞬間、ウェインの目の色が変わった気がした。
私はその目を知っている。
それは、人殺しの目だ。