瞼に突き刺さった日の光で眼が覚める。
「……んっ、っぁぁ───朝?」
どれ程寝ていたのだろうか? 目覚めは心地良く、気分が良かった。
「いや、昼ですけど」
「うわぁぁっ!? ウェイン!?」
そして聞こえるそんな声に、私は思わず悲鳴を上げながら飛びのいた。
「きゃぁぁ!」
それで自分のはだけたシャツが布団から露になるや、さらに悲鳴を上げながら私の手を握ってくれていただろうウェインの手を払い退ける。
「……な、なんて仕打ちだ」
私の反応を見て、彼はふだんのような飄々とした声で。
そして半目で私を見ながら、そんな言葉を落とした。
彼の顔を見て落ち着きを取り戻した私は、昨日何があったのかをようやく思い出す。思い出すと、私が今した事がどれだけ酷い事なのか、彼には申し訳ないとしか言えない。
私は昨日、ウェインに一日泣き付いて。身の回りの世話までしてもらって、彼は私が起きるまでこの手を握ってくれていたんだ。
「……ご、ごめん」
本当は彼にとても感謝している。お礼を言いたい。でも、なんだかそのタイミングを失ってしまった。
「まぁ、その元気があれば大丈夫でしょ。起きた所、早速で悪いんですがスーツに着替えて下さい」
ウェインは立ち上がり、自分のコートが掛けてある場所まで歩きながらそう言う。
そのまま隣にあった私の黒いコートを、彼は私に投げつけた。
「……仕事、なの?」
「でしょうね。今朝先輩が呼びに来たんで、対応に困りましたよ」
もしかしてそれはこの現状を先輩に見られたという事なんじゃないだろうか。だとするならとんでもない勘違いをされた可能性もある。先輩に会いたくない。どう説明しろと。
「この仕事を辞めてもきっと、誰も責めませんよ。今なら戻れるかもしれない。でも、今そのコートを着てしまえば……本当に戻れなくなるかもしれません」
彼は自分のコートを着ながらそう言った。
「かもね」
私は手元のコートと、ウェインを見比べる。
ささっと着崩してコートを着た彼は、私を真っ直ぐに見ていた。
「……あっち向いてて」
「……あー、はい」
そうとだけ言って、私はウェインに背を向けてシャツを脱いだ。
そして綺麗になった白いシャツとコートを着込み、同じ黒いズボンを履く。
これで防具というのだから、おかしな話だけど。
私はこの動き易さが、なんだか心地良かった。
「私さ……」
背中を向けたまま、髪を束ねて縛りながら私はウェインに話し掛ける。
「夢を見たんだ。何処か……深い所に沈んで行く夢を」
縛った髪を、予め口に咥えていたゴムで止めて。
スーツを整えて、頬を叩いて気合を入れた。
「私はもう多分、戻れないんだ」
「ハンターのくせに綺麗な身体してますね」
そうして決意を込めた言葉を落としながら振り向いた先に居たのは、普通に私の方を向きながらそんな事を言うウェインだった。
「……っなぁっちょ、ぇぅぉぇぁお、ぇおま、お前、えぇ!? なんでこっち見てんの!!」
「いや、この状態で素直に他所向く奴が居ると思ってるんですか? 物語の見過ぎですよ。夜もなんの警戒もせずに寝てるもんだからもうイタズラし放題」
「ウェインんんんんん!!」
「うぉ、ドドブランゴが咆哮を上げた」
ぶん殴るぞ!! 今から私はお前をぶん殴るからな!?
「ぁ、ちょ、ま、冗談ですって。ちゃんと直前まで他所向いてましたって。何もしてませんし。うわぁああ!?」
こんの野郎!! たまに優しいかと思ったら!!
「私の感心を返せこの……バカ……っ!!」
「ごめんなさいってぇ!」
ったく、この調子者は。
ありがとね。
◇ ◇ ◇
タンジアギルドの集会所。その裏。
ギルドのスタッフが慌てふためきながら歩き回るそんな場所に、四人のギルドナイトが立っていた。
一人は私、そしてもう一人はウェイン。
もう一人は、翠色のギルドナイトスーツを着た体格の良い男性。
何を考えているのか分からない、何を言っているのかも分からない、無表情の彼はモッス先輩。
もう一人は、赤色のギルドナイトスーツを着た赤髪の男性。
眼が隠れるほど長い前髪、ウェインとは別の方向で飄々とした態度。
彼は孤児になった私の育て親でもあり、ハンターとしての師匠でもあり、そしてギルドナイトとして先輩であるクライス先輩。
私達四人はここタンジア付近の地図が広げてある机を囲うように立って、ただ待っていた。
「姉さんいつ来るんですか?」
黙っていられないのが、彼なんだろう。
数分の沈黙にも耐えられずウェインはクライス先輩にそう聞いた。
「あー、なんか、メイク直してるらしいから。もうちょっと待ってやれ」
赤い羽帽子を取って、小指を耳に突き刺しながらそう言う先輩。
ここに集合してから数分。
どうやら三人は誰かを待っているようだけど。
メイク、という単語から女性なのだろう。
でもギルドナイトの仕事で集まっているというのに化粧で人を待たせるなんて───と、思ってしまうのは真面目過ぎるのだろうか。
「姉さん、とは?」
「ん? あー、シノアはアッキーの事知らねーのか」
そう言うクライス先輩は、私とウェインを見比べた。アレは誤解だと一応説明は終わっている。
先輩は耳に突き刺していた小指を引き抜いて口の前に向け、フッと息を吹きかけた。そうして、彼はこう続ける。
「タンジアギルドのギルドナイトの一人でなぁ。タンジア付近の生態系を調べたりもしてる人なんだが」
そういう仕事もあるんだ。
「ま、そっちは趣味らしいが。なんでも、探してる竜が居るらしくてな」
何それ。
「んで、そのアッキーことアキラちゃんがな。モンスターの群れが異様な死に方をしてるって報告をくれた訳よ。今回はその調査。今は化粧直し中のアッキー待ち」
成る程。
「……モス」
クライス先輩の説明の後、そんな鳴き声みたいな声を上げるモッス先輩。
いや、この人は本当に謎だ。ギルドナイトは変な人しか居ないのか。
「ん、来たか? モッス」
「モス」
会話が成り立っているのが不思議でならない。
その、アキラさんという女性も変な人なのだろうか。
せっかくの同性の同業者なんだし、仲良くなりたいとは思う。
いや、会う前から変な人と決め付けるなんて人として最低だ。
ここは好意を持って接しよう。
相手がどんな人かなんて、見た目じゃわからないんだから。
「お、来た。よー、アッキー。おひさー」
そう考えている間に、視界に映ったのはピンク色のスーツだった。
それに、派手にフリルなどで加工されたそのスーツは胸元をはだけさせ
赤いメッシュが入った紺色の髪は左側でサイドテールに纏められて、黄土色の瞳がギラリと私を睨み付けた。
クライス先輩よりも体格の良い身体。フリルのついたピンクのスーツ。
物凄い濃い化粧が乗った───ゴツい顔。
「あぁら、あなたが新人のシノア? ったく、華奢な小娘が偉そうにナイトだなんて笑えるわねぇ」
極め付けは、その野太い声。
もう一度言おう。人を見た目で判断するなんてのは、それはもう最低の行為だ。
でも、これだけは違う。これだけは断じて違う。
これだけは言わせて欲しい。
「自己紹介くらいはしてあげるわ。私はアキラ・ホシヅキ。ギルドナイト紅一点の、お姉さんよ」
「いや、どう見てもおっさんなんだけど!?」
ギルドナイトは変人しか居ない。
ギルドナイトが変態の集まりだという事を忘れていた訳ではない。
ただ、ここまでとは思っていなくて。私は頭を抑えながら地面に倒れ込んだ。
「あれ、大丈夫ですか? シノアさん。また死者の声でも聞こえました?」
「そんなもん吹き飛んだんだけど……」
オネェだよ。オネェ。屈指の肉体を持ったオネェのギルドナイトだよ。
そんな人が突然現れたらもう思考が止まる。何も考えたくなくなる。
「ったく、ダラシない小娘ね」
想像を絶するとはこういう事を言うのだと、私はこの時そんな事を考えていた。何度でも言おう、ギルドナイトは変人しか居ない。
「もしかして、私の美貌に見惚れちゃったのかしら」
寝言は寝て言えおっさん───なんてとても口には出来ないのだけど。だってこの人、姿のせいで体格がより強調されている。正直言うと色んな意味で怖い。
「寝言は良いからとっとと話を進めようぜアッキー」
私の心の代弁をしてくれたのはクライス先輩でした。
アキラだから、アッキー。名前に騙されて女性だと思っていたけど、そもそも女性じゃない。お姉さんじゃない。オネェだし。
「何が寝言ですって?」
「美ぼ───ぐぼぉっはっ」
伸ばされたオネェの剛腕は、クライス先輩の顔面を地面に叩き付ける。
木で出来た床にはヒビが入って、集会所の裏方で働いてる人達は皆一様に固まってしまった。
「先輩ぃぃいい!!」
私が言うのもなんだけどなんだこのゴリラは!
いや私が言うのもなんだけど!!
「美貌がなんですって?」
「あ、いや。なんでもないわ。ごめん」
先輩が謝った!?
「あの人の女心を弄ると先輩みたいになるので注意ですよ」
小声で私の耳元に話し掛けるウェインの声は珍しく真剣な声で、その言葉には裏表がないんだと感じられる。
なんかもう、関わりたくない。
「私は忙しいの。本題に入るわよ」
これがギルドナイト。
ギルドナイトは変人の集まりという言葉を、私は今日この日、やっと真の意味で理解したのであった。