とあるギルドナイトの陳謝【完結】   作:皇我リキ

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【二章五節】とある狩人の事案

 天を飛ぶのと地を進むのとでは、文字通り天と地の差がある。

 

 

 休まずに歩く草食種(アプトノス)が引く竜車は、飛行船がタンジアを出て直ぐに見つける事が出来た。

 直ぐにでも降りようと提案したけど、竜車を広い所で休ませるまで待機するらしい。

 

 飛行船は着陸する為に広い面積が必要だから、私達が飛び降りるのは良いけれど拾ってもらうのが面倒になってしまうからだとか。

 そして、待つ事数時間。荷車を引く竜車は川沿いの道でその歩みを止める。

 

 

 時は、来た。

 

 

「どもー。ギルドナイト、です」

 ジャスティン氏が荷を整理している所へ、ウェインは飛行船の上から声を掛ける。

 飛行船はまだ着陸してないけど、彼は言い終わると飛行船から飛び降りてジャスティン氏の目の前に降り立った。

 

 本当に下位ハンターなのだろうか。身のこなしは充分に見える。

 そんな事を思いながらも、私も彼に続いた。

 

 

「な、ぇ、ちょ、ギルドナイト、なんで!?」

「早速ですが、死んでくださーい」

 腰に差していた銃を、彼と対面するなりその額に突き付けるウェイン。

 待て。

 

「ウェイン!? 彼は犯人じゃないでしょ!?」

「共犯者でしょ?」

「まだ何も分かってない。決定的証拠もないのに、いきなりそんな事するのはおかしい!」

「……温いなぁ」

「ぎ、ギルドナイトのお二人……な、な、なんの用なんだ?」

 明らかに挙動不審になるジャスティン氏は、私がウェインから銃を下させると後退りながらそう口を開く。ウェインはというと不機嫌に口を尖らせていた。落ち着いて欲しい。

 

 

「……えーと、ディセン氏にお話があって参りました。彼はどこへ?」

「息子なら水を汲みに行くとさっきこの場を離れたよ……。な、なぁ、ギルドナイトさん。息子が何かしたってのか?」

「とぼけないで下さい。その荷物の中にあるんでしょ? 消費期限切れのカクサンデメキンが、ね」

 確信に向けて、彼は自分のこめかみを指で突きなながらジャスティン氏に詰め寄る。

 曰く、消費期限切れのカクサンデメキンやハレツアロワナの商的取引は禁止されているらしい。

 

 

 そんな物をこれから商人として出向く彼が持っているのは、おかしい事だ。

 

 

「そ、そんな物持っていない!」

「じゃぁ、荷物を確認させてもらっても良いですか?」

「え、いや、それは……えーと……」

「では失礼し───」

「親父の荷物じゃない」

 ウェインが積荷に手を掛けた時、私達の背後からそんな声が聞こえる。

 

 冷静で、落ち着いた雰囲気のある声。

 

 振り向いたその視線の先に立っていたのは、全身にハプルボッカ装備を身に纏いショットボウガンを私達に向けるディセン・クルーパ氏の姿だった。

 

 

「おやおやおやディセン氏、もうお怪我は良いのですかー? それは良かったー」

「親父から離れろ。親父は関係ない」

「あ、その前に質問良いで───」

「ディセン! お前何をしてるんだ!! ボウガンを降ろせ!!」

 余裕な表情のウェインの背後から、ディセン氏の父親であるジャスティン氏の怒号が飛ぶ。

 ジャスティン氏のこの反応からみるに、彼は何も知らないのか。

 

 

「親父、この二人は多分私の手口を知ってここまで来た。私にもう未来は無い」

「ディセン……お前……」

 やっぱり彼は───

 

「その前に質問良いですか?」

「どうぞ?」

「四人に消費期限切れのカクサンデメキンを売り付けたのは貴方ですか?」

「そうだね」

「やけに素直ですねぇ? どうして?」

「手口がバレているなら、逃げられないだろうからね。ただ、親父は俺に言われて期限切れのカクサンデメキンを持ってるだけだ。親父は関係ない。だから親父からは離れてくれないかな? 銃にビビって腰を抜かして可哀想なんだ」

「具体的にはどの位離れた方が良いですかね? あ、いや、当てましょうか。……十メートル」

「……五メートルで良い」

「あまり腕に自信がないのかな?」

 そんな事を言いながら、ウェインはディセン氏に言われた通りジャスティン氏から距離を離してしまう。

 ウェインは分かってるのだろうか。そんな事したら私達は———

 

 

「───格好の的になってしまうー」

 誰に向けて言ったのか。ウェインは空を見上げながらそう呟いた。

 

 

「ディセンさん。ここで僕達を殺した所で他のギルドナイトに追われるだけですよ」

 態々殺される為にジャスティン氏から離れたその口で、彼はそう言う。

 ウェインの狙いは何? 

 

「妬ましかったのさ」

 ウェインの言葉を聞いた彼の口から出たのは、そんな言葉。

 会話がまるで繋がってない。

 

 

「私はどれだけ頑張ってもハプルボッカを倒すのが精一杯だった。それなのに、若者はどんどん私の先に行く。私も若い頃は期待の新人ガンナーと……皆に言われていたのに、だ」

「そんな理由で、四人ものガンナーを殺したって言うの……?」

「そんな理由だと? 私には大きな理由さ。私以外のガンナーが全員死ねば、私というハンターの需要が高まる。本当はもっともっと死んでもらいたかったし、その上で私がガンナーとして頂点に立ちたかった!!」

「だからガンナーに狙いを定める為に、タンジアが忙しくなってきたこの時期にグラビモスのクエストを用意した。そしてクエストを受注した人に、私が発注者ですと近付いてカクサンデメキンを安売りでもしたんですかね」

「そうだよ。安売りではなく、快くタダで渡してあげたけどね。……でも、まぁ、まさかギルドナイトに手口がバレるなんてな。完璧な作戦だと思っていたのに。まさか、まさかなぁ……。だから、まぁ……私は人生を諦めよう。でも、この妬みだけは消えない。若者にばかりに良い顔されるなんて、たまったもんじゃない。お前ら若者を出来るだけ殺して、私も華々しく散ろう!!」

 冷静に語るウェインに、声を荒げながらボウガンを向けるディセン氏。

 

 

 多分、そのボウガンに装填されているのは散弾。

 発射と同時に広範囲に広がる弾は威力は少ないけど人間一人を殺すのには充分だ。

 

 勿論、それは私達が素材の柔らかいギルドナイトスーツを着ているからであって。

 逆にウェインが散弾を撃ったとしてもディセン氏は仰け反りもしないだろう。

 

 

 広範囲を攻撃するため、避けようにも避けようがない。

 彼の父からウェインが離れたのは、失策以外の何でもなかった。

 

 

「……最後に質問です」

「何かな?」

「楽しかったですか?」

「……勿論。特にあのネブラ装備の女がカクサンデメキンを受け取った時は最高に気分が良かった。同い年の親友の為に、カクサンデメキンが沢山欲しかったそうだ。私が、なら余分に持っていくかい? と聞いたらとても喜びながらカクサンデメキンを受け取ったよ。これでシノアに楽をさせてあげられる! とか言ってね。……あれは傑作だった!!!」

「あ、アーシェ……」

 こいつが。

 

 

 こいつが……。

 

 

 

 こいつが……っ!! 

 

 

 

「言い残す事はありますか?」

「はっ!! こっちの台詞だ若いの。散弾を避ける術なんてお前達にないだろうが!!」

「や、辞めるんだディセン! そんな事しても何にもならん! 俺も一緒に謝るから一緒に罪を償おう、な!?」

「親父は黙ってろ! これは私の問題なんだ!!」

「ディセン!!」

 名を呼ぶ父親を無視し、彼は私達に向き直る。

 

 

 その表情は歪んでいた。

 

 

「死ね」

 ふざけるな。

 

 こんな奴に、アーシェが。

 

 

「……っ」

 背中への衝撃と肩を掠る何か。足をバネにしてそれを受け流す。

 放たれた散弾を、私はウェインの正面に立って背中に背負った大剣でガードした。

 

 

「……若いのは健気だな。だが、いつまで待つかな?」

 うん、確かに大剣のガードで身を守るには限度がある。実際私の肩を掠った欠片があと少しズレていたら、私の肩には穴が空いていたかもしれない。

 

 だから、次で決める。

 

 

 そんな意思を、私は瞳でウェインに伝えた。

 

 

「戻れなくなりますよ……?」

「良いよ……」

「その武器を、誇りを、一度でも人に向けてしまえば……もうあなたはこの闇から抜けられない。人を殺すって、そう言う事です」

「良いよ」

「……そうですか」

 そんな表情しないでよ。

 

 

 仲間でしょ。

 

 

「その傘広げれば盾になるんだよね?」

「そうですね」

「じゃ、貴方の心配はしないから」

 そうとだけ彼に伝えて、私は向き直る。

 

 

 背には大剣、斬竜剣アーレー。

 アーシェと二人で作った私の愛刀。

 

 私の誇り。

 

 

 モンスターの甲殻は、並の武器では傷一つ付けられない。

 その素材を使って作られた装備もまた、並の武器では傷一つ付かない。

 

 でも、対モンスター用に作られた武器はその甲殻だって───防具だって両断する。

 

 

 

「散弾で蜂の巣になってしまえ!!」

 トリガーが引かれる、その瞬間。

 

「はぁぁぁああああっ!!」

 私はその誇りを、地面に叩きつけた。

 

 

 比喩表現ではなく、叩き付けられた私の愛刀は地面を抉り岩盤を叩き割る。

 そして舞い上がった砂や岩は発射された散弾を全て弾いた。

 

「───はぁ!?」

「許さない」

 それを確認した私は、勢いの死んでいない大剣から手を離す。

 地面を割っただけでは消えなかった力が握力を離れ向かう先は、ディセン・クルーパが立つ方角。

 

 私はそこから地面を蹴り、奥義を描くように回転する大剣の柄を再び掴む。

 そのまま、地面を大剣で削りながら、ディセンがトリガーを引く前に彼に肉薄した。

 

 

「───ひっ?!」

「許さない!!」

 削った大地ごと、振り上げられる大剣。

 ついさっき放たれた散弾の弾より大きな固まりが彼を襲う。

 反射的に彼がトリガーを引いた時には既に彼の腕は空へ飛んでいた。

 

 照準は合っていたのか、散弾が発射されるもウェインは自前の傘を広げて弾から逃れている。

 

 

「ぁ……ひっ、う、ぅ、うぇ!? 腕!! 私の!? 私の腕がぁぁああ───ぐぇっ」

 耳元で騒がしい男を蹴り倒した。それと同時に地面に落ちるショットボウガンと、それを握っていた彼の両手。

 

 

 ハプルポッカの堅牢な甲殻ごと彼の両腕を切り落とした私の愛刀から血が滴る。

 これで、もう戻れない。

 

 私は、人に狩人の誇りを向けた。

 

 

「ぐぃぅ、ひっ、ぁぁ゛っ」

「言い残す事は、ある?」

 でも、まだ終わりじゃない。

 

 これをして、私は初めて───

「シノアさんストーップ」

 腰から銃を取り出す私を、背後からウェインの声が止めた。

 

「でぃ、ディセン!」

「はーい、親子最後の対面です」

 振り向くと、明らかに怯えているジャスティン氏の背中を押して私達の前に連れてくるウェインの姿が視界に映る。

 そんな彼の手に握られた銃は、ジャスティン氏の頭に向けられていた。

 

 

「ウェイン? ジャスティン氏は関係ないんじゃ……」

「ゔぅ……ほ、そ、ぅそうだ! 親父は関係ない!!」

「腐ったデメキンは父親から譲り受けた物では? それを商人が所持するのは重罪ですよ」

「そ、それは……。も、もう俺も息子も許してくれよ! 充分反省したって!!」

 それは、違う。

 

「親父は関係ない! 殺すな!!」

「そんなの知るかよ」

 冷たく言い放つウェイン。

 

 

「ウェイン、ま、待って、ジャスティン氏は実行犯じゃ───」

「さっきまで人殺しの眼をしていたのに、随分と甘い事を言うんですね」

「そ、それは……」

 人殺しの眼。

 

「ギルドはこの事件も闇に葬らなければいけません」

 それが、ギルドナイト。

 

 

「親父は関係ないだろ!?」

「ならあなたが殺した人達は何が関係あったんですか? 自分の腕を磨かず相手を蹴落とす事しか出来なかったあなたが殺した四人の人達は、どんな関係が? その四人にも大切な人が居ました。その四人が大切な人も居ました。あなたの罪は重い」

 そう言ってから、彼はジャスティン氏の頭に突き付けられた銃の引き金に指を掛けた。

 

 

「ひ、ひぃ!? ひぃぃぃっ!?」

「や、辞めろ!! 辞めろって!! なぁ悪かった。俺が悪かった辞めろ!! 辞めてくれ!!」

 これが、ギルドナイト。

 

 

「これが、あなたの罪です」

「辞め───」

 銃声が鳴り響く。肉と何かの破片が飛び散って、ディセンの頬を血液が濡らした。

 

 

「あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁぁぁぉ!! あ、悪魔……ぁ…………ぉ、お、お前ら、人間じゃねぇ!! ふざけるな!! この悪魔! 悪魔がぁぁ!!」

「悪魔はあなたでしょう……。この人を殺したのはあなた自身ですよ」

「ふざけるな糞がぁぁあああ!! 殺してやる。殺してやる殺してやる殺してや───げぉっ」

 顎を蹴り飛ばされて、地面を転がるディセン。

 

「ぐぇぉ……ぅ…………ぁぁ……」

 切り飛ばされてなくなった腕を、彼は自分の父親の亡骸に伸ばす。

 

 

 そう、あなたにも大切な人は居た。

 

 でもあなたは、他の人の大切な人を殺した。

 

 

 今になって、彼はその罪の重さを噛み締めていると思う。

 

 

 

「後は任せますよ」

「ウェイン……」

「なんです?」

「私達って、最低だね」

 これがギルドナイトだっていうなら、最悪だ。

 

 

 最低の仕事だ。

 

 

「まだ、戻れるかもしれませんよ」

「それは、無理かな」

「……そうですか」

 だって、もう引き返せない所まで来てしまったから。

 

 

 目の前の扉の鍵を開けた所まで、私は来てしまったのだろう。

 

 後は、この扉を開けるだけだ。

 

 

 そしたら、前の世界には戻れない。

 

 

 

「糞ぉ……ぁぁ…………うぁぉ……」

 うめき声を上げる彼に、私は腰から取り出した銃を向ける。

 フルフェイスではない防具だから、銃でも彼の頭を吹き飛ばす事は簡単だった。

 

 

 この距離だ、外さない。

 

 

「ディセン・クルーパ氏。四人のハンターの殺害の罪で、極刑を執行します」

「ゔぅ…………ぁ゛ぁ゛ぁ……」

 トリガーを───

 

 

「辞───」

「ごめんなさい」

 ───引いた。

 

 

 何かが地面に転がる。

 

 

 

「……」

 これが、ギルドナイトというもの。

 

 これが、人を殺すという事。

 

 

 師匠は───先輩は、私をどうしたくてギルドナイトにしたのだろうか。

 

 

 それが少し、分からなかった。


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