とあるギルドナイトの陳謝【完結】   作:皇我リキ

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【二章四節】被害者の死因

 グラビモスの狩猟を終えた後、帰還の飛行船にて。

 

 

 「シノアさん……」

 ベージュの羽帽子を床に置きながら、ウェインは私の名前を呼んだ。

 そんな彼の表情は───何故だろうか、普段より酷い半目。

 

「なんでそんなに不満げなの?」

「そりゃぁ、不満にもなりますよ。だってそうでしょ? 同い年の人があんなにハンターとしての実力があると流石に妬む訳です。僕はギルドナイトなんてやってますが、ハンターとしての実力は下位なんですよ。下位? いや、僕はイャンクックすらまともに戦ったら負けます」

 クライス先輩がそんな事を言っていた気がする。

 

 

「でもギルドナイトって、優秀なハンターがなるイメージだったけど」

「クライスさんも言っていた通り、僕は優秀なハンターですよ。……対ハンター用のハンターとしてはね」

 目を細めてそういう彼に恐怖を覚えたのは、彼が人を殺してしまった所を思い出したからだろうか。

 

 

「勿論、モンスターハンターとして優秀であるに越したことはないです。今回のように調査の過程でモンスターの討伐を依頼される事や、未知のモンスターの調査もやっぱりギルドナイトの仕事ですからね。その点僕は不合格な訳ですが、そこは置いといて。僕は貴女が羨ましい、妬ましい」

「そんな事言われても」

「そりゃね。まぁ、シノアさんが実は悪魔の使いだとか魔法使いだとか正体はドドブランゴだとか言われた方が僕としては嬉しいんですよ。だって歳上なら兎も角、同い年の人と自分の腕が天と地の程も差があるなんて情けなくなるでしょ? 羨ましい、妬ましいと思う訳ですよ。これ、シノアさんがもし歳下だったりしたら僕はもう悲しみに明け暮れちゃいますよねぇ。……犯行動機としては充分どうなんでしょう」

 いつもみたいに饒舌に話す彼は、最後の部分だけを強調して私の眼を真っ直ぐに見た。

 まるで瞳の奥を見られているかのような錯覚に陥る程、真っ直ぐな視線。

 

 

「犯行動機……?」

「シノアさん。僕が異常に見えますか?」

「え、どういう事?」

「実力者を妬ましいと思う僕の考えは異常に思えますか?」

 その気持ちが分からなくはない。

 

 

 狩りの実力とかではなくて、人として自分が何か負けていると思うと悔しく思うのは当たり前の事だと思う。

 以前知り合った金髪の少女に感じた気持ちが、それに該当するかもしれない。

 

 

「普通の考えじゃない?」

「そう! これが普通なんですよ。流石に殺したいとまで思いはしませんけどね?」

「ど、どういう事?」

「あのグラビモスにハンター四人を葬る力なんてなかった。なーらーばー、一体全体、何が、四人を、死に、追いやったのか?」

「殺したい───って、まさか!?」

「はいピンポーン。ちょっと歳を重ねているのに実力の付いてこないガンナーさんを最近見かけましたよね? そんな彼なのに、出会った時は歳下を応援する様な事を言っていました。定年過ぎのおっさんが言うならまだしも彼はまだそんな歳でもない、若いのに抜かれないように切磋琢磨する歳だ」

「待って! でも彼は───」

 彼───ディセン・クルーパ氏にはアリバイがあった筈。それに、悪い人には見えなかった。

 そんな事を言おうとした私の口を、彼の人差し指が塞ぐ。

 

 

「確かに彼にはほぼ完全なアリバイがあります。でもね、僕達はギルドナイトであって別に探偵なんかじゃないんですよ。ただ目の前の現実を追って行くしかない。四人を葬ったのがグラビモスではないと断定出来た今、一番怪しいのは誰でしょう? 今僕達には彼しか手掛かりがない訳です」

「そうだね……」

 確かに、私達に今それ以外の手掛かりは残されていない。

 

 

 でも、一つだけ分かった事はあった。

 四人を殺したのはグラビモスじゃない。

 

 

「ま、後は帰ってからですね。正直な所、ディセン氏には完璧なアリバイ。暗殺者を雇っていたとしても僕達に喧嘩を売る事をしなかったという事は引き際を弁えているか、彼が黒だろうが白だろうがその証拠を探さないと」

「帰ってから?」

 私達に他に手掛かりがあるのだろうか。

 

 

「被害者の三人の死体を少し拝ませて頂きましょう。三人の死体の状態って知ってます?」

「バラバラ……」

 アーシェの両親に聞いた話だけだけど、彼女の身体は全身がバラバラになっていたらしい。

 そうなった彼女を想像しては、気が滅入りそうになる。

 

 本当に、彼女は死んでしまったんだ。

 

 

「死体に何らかの手掛かりがあるかもしれません。僕はタンジアに着き次第遺体の安置所にこの足で行く事にします。シノアさんは今日は帰って良いですよ」

 それは、私を気遣って言ってくれた言葉なんだろう。

 

 でも、ここで私が逃げたら意味がない。

 

 

「……私も行く」

「そうですか」

 いつも饒舌なウェインだけど、その後は一言も話さずにただ帽子を深く被っていた。

 

 アーシェ、会いに行くね。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 タンジア付近の葬儀は水葬で行われる。

 決められた日数、遺体を安置所に置いてから海に遺体を返すのだとか。

 

 

 それはハンターのアーシェや他の犠牲になった二人も例外ではなかった。

 私達はグラビモスを狩ったその足で、犠牲者三人の遺体を確認する為に安置所に足を運ぶ。

 

 勿論、ギルドナイトの特権を使って入っているのであって本来はそんな事出来ないのだけども。

 

 

 

「アーシェ……」

 今、目の前には私の親友が眠っている棺桶が置いてあった。

 

「あー、シノアさん? 彼女は僕が見るんで。てか、着いてきて下さっただけでも嬉しいんで外で休憩していてくれて大丈夫ですよ?」

「ウェインにしては気を使うんだね」

「僕を何だと思ってるんですか……」

 お互い様でしょうに。

 

 

「着いて来ただけじゃ意味ないでしょ」

「暗殺者の奇襲とか来たら僕死んじゃいますし」

 そっちかい。

 

「私が居なかったらどうするつもりだったの?」

「暗殺者がもし居たら死ぬしかないでしょうねぇ。この傘、広げるとボウガンの弾だって弾けるくらい硬くて接近戦もこなせますけど。僕自体が弱いんで」

 その傘何なの。ライトボウガンだよね。

 

「多分暗殺者を使ってる可能性はないですけど」

「なんじゃそりゃ」

 こいつ、もしかして不器用だな。

 

 

「まぁ、シノアさんが見ると決めたなら、彼女の事はお任せします」

 そう言いながら、彼は残りの二つの遺体が置いてある棺桶を引っ張り出す。

 

「……うん」

 この中に、アーシェが居る。

 

 

 私がハンターになってから、彼女とはずっと一緒だった。

 どんなに危険なクエストだって、彼女と私なら無事に成功させられる。

 

 そんなアーシェが、一人だからってグラビモスに一撃も攻撃を与えず死ぬ訳がない。

 グラビモスは無傷だった。彼女はグラビモスと戦っていない。

 

 

 ──ほいじゃ、ささっと行って睡眠弾で寝かしてタル爆弾、麻痺弾から拡散弾で祭り上げてくるわ──

 

 不意に彼女が出発する前に言っていた事を思い出す。

 もしそれが成功していたなら、グラビモスが無傷だったのはおかしい。

 

 

「……開けるね、アーシェ」

 嫌かもしれないけど。ごめん。

 

「……っぁ…………ぁ……」

 棺桶の蓋を開けて目に入って来たのは、肉塊だった。

 

 

 頭は半分しか残ってなくて、バラバラになった身体の一部が棺桶に収められている状態。

 それでも辛うじて残っていた肉の塊は、アーシェの物だって理解出来た。私はずっと、彼女と居たのだから。

 

 

「……っぅ……ぁぁ…………ア……シェ……っ」

 酷い、よ。こんなの。

 

 こんなの、人の死に方じゃない。

 

 

「だぁぁ……シノアさん、だから外で休憩していて下さいと───」

「ねぇ、ウェイン」

 ウェインの言葉を私は遮る。

 

「シノアさん……?」

「アーシェの髪の毛、ちょっと見て欲しいんだけど……」

 吐きそうになる身体を抑えて、私はウェインにそう言った。そう言って、私は崩れ落ちる。

 

 

 気のせいかもしれないし。何の手掛かりにもならないかもしれない。

 

 

「髪の毛、燃えてない?」

 アーシェの黒くて綺麗な髪は、見て分かるくらいに燃えてチリチリになっていた。

 普段から女子として髪の毛には気を使っていた彼女の髪とは思えない程に。

 

 

「えーとどれどれ……」

 私の言葉を聞いて、ウェインは興味深そうに棺の中に視線を落とす。

 怪訝な表情をしながらも、彼は髪の毛を見てからアーシェのバラバラになった身体を全身眺めた。

 

 

「所々焦げている……」

 そう言うが早いか、彼はアーシェの棺桶から離れると残る二つの棺桶の蓋を乱暴に開けて中の遺体を確認する。

 しかし、顔を上げたウェインの表情はあまり良いものでは無かった。

 

 取れなかった口の中の異物がまた奥に挟まった、そんな表情をしている。

 

 

「全員肉が燃やされて、いや焦げてます。グラビモスにやられたとしたら熱線のブレスかガス噴射か……」

「イャンクックも倒せないのに詳しいね……」

「傷付くなぁ。これでもハンター志望だったんで勉強は頑張ったんですよ」

 なるほど、セルレギオスの鱗の事も知ってたしね。

 

「死因に繋がる手掛かりを見付けたのに、どーにも結論に至らない。歯の間に魚の骨が詰まってそれが取れない感じがする、もどかしい」

 魚の骨、ねぇ。

 

 

「全員が燃えている、グラビモスとは戦っていない筈なのに? いや、全員ではないか……行方不明の一人がそうだとは限らない。でも事件性を考えるのなら全て同じ手口であった方が不自然じゃない……。なぜ燃やされ、身体がバラバラになるような死に方をしたのか。彼女達を死に至らしめた物———」

「魚……」

 突然、私の意思と関係無しに口が開いた。

 

 それと同時に、アーシェの言葉が再び私の脳裏で木霊する。

 

 

 ──ほいじゃ、ささっと行って睡眠弾で寝かしてタル爆弾、麻痺弾から拡散弾で祭り上げてくるわ──

 

 

「魚……?」

「ウェイン! 魚だよ!! 魚!!」

 そうだ、魚。

 

 

 ──シノア、まさかボックスの中にカクサンデメキンとか放置してないよね? 冷凍保存されてるからって、アレほっておくと消費期限過ぎて死んじゃって爆発するよ? ──

 ──冷蔵庫の食材殆ど消費期限ギリギリでしたよ? 消費期限過ぎた物なんて食べたら何が起きるか分からないんですから気をつけて下さい。中にはほって置くと爆発する物まであるんですからね──

 

 二人の言葉が、私の中で木霊した。

 

 

「いや、何ですか。まさかこの状態で食欲でも湧いたんですか? 流石にドン引きですよ。魚ならシノアさんの冷蔵庫に消費期限ギリギリの物が何匹───そういう事か!?」

 私の言葉に身を乗り上げるウェイン。

 その瞳は気のせいか、輝いていたようにも見える。

 

 

「冷凍が溶けた時、消費期限が過ぎていればあの魚は爆発する。氷結晶で凍らしておけば長期冷凍が可能だが、火山の高熱でそれも溶けてしまうから」

「で、でも、ハレツアロワナやカクサンデメキンが爆発した所で人の身体をバラバラになんて出来ないと思うけど……。そもそも燃えないよね?」

 自分で魚って言ったんだけど、私はそんな疑問に思い当たってしまった。

 

 

 私のそんな疑問を耳にしたウェインは呆れ返ったような表情で、私の眼を見てこう口を開く。

 

 

「大タル爆弾Gですよ」

「大タル爆弾……」

 大きなタルに火薬を詰め込み、衝撃で大爆発を起こすハンターが使うアイテム。それが、大タル爆弾だ。

 非力な人間がモンスターに大ダメージを与える事が出来るこのアイテムは外殻が丈夫なモンスターにとても有効だけど、それなりの重量があって狙ってモンスターに投げ付けたりするのは難しい。

 

 だから、このアイテムは相手の動きを封じて使うのがベストとされている。

 

 

 罠や、状態異常の属性を宿す弾を扱う事が出来るガンナーがソロでグラビモスに挑むならば必須とも言えるアイテムだ。

 

 アーシェが言っていた事を思い出す。

 眠らせて、タル爆弾。彼女は確かにそう言っていた。

 

 

 その大タル爆弾は、中にカクサンデメキンを調合する事でより強力な大タル爆弾Gとなる。

 そのカクサンデメキンがもし、消費期限を過ぎていたのだとすれば───

 

 

 

「───火山の熱による解凍での時限……爆弾?」

「そういう事です。それなら全員身体がバラバラになり、身体を焼かれていたのにも納得がいきます。飛行船は何らかの理由で飛行中にカクサンデメキンが解凍され、爆発に巻き込まれ何処かに墜落したのでしょう。航路の下を隈なく探せば見つかる筈です……バラバラになった飛行船がね」

 そんな。

 

 

「もしそれが本当なら、計画的な犯行って事? 誰が、何のために!?」

「まーだ分からないんですか? このクエストを受ける人物を特定出来、尚且つ腐ったカクサンデメキンを簡単に手に入れる事が出来る人物はそう居ません」

「……ディセン氏」

「大正解」

 あの人の良さそうだった、ディセン氏が? 

 

 

 アーシェを殺した? 

 

 

「シノアさん。今日は休みましょうか」

「え、なんで急に。犯人が分かったっていうのに。逃げられたらどうするの?」

「そう焦らない焦らない。まぁ、僕達がクエストをクリアした事はギルドを介して彼には伝わっているでしょうね。と、なれば件の陸路が使えるようになり……彼はタンジアから逃亡するでしょう。ジャスティン氏と共にね。と、いうかもう出発してるかも」

「なら今すぐにでも!」

「だから焦らない」

 いや、だって。

 

 

「彼等が住んでいるのは住宅街。もし戦い合ったら周りにも被害が出ます」

「そ、それはそうだけど」

「じゃ、泳がせましょう。大丈夫、海に返してもそこは網の中です」

「ごめん、意味わからない」

「ギルドナイトから逃げられる訳がないって事ですよ」

 低い声で彼はそう言って、後片付けは自分がするからと私は追い返されたのだった。

 

 

 今日は家でゆっくり休めと、彼は言う。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ねぇ、シノアさんって結構勘が良いのかもしれませんよ。どーするんですか、あんな化け物相手にしたらいくら貴方でも本当に殺されちゃいますよ? ぇ、あぁ……そうですかぁ、へぇ……。え? 冷たい? ノンノン。だって───」

 私は彼に従って、家で寝る事にした。アーシェ、きっと私はこの事件を解決してみせるからね。

 

 

 

「───貴方が悪いんですから」

 だから、私を見守っていて。


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