とあるギルドナイトの陳謝【完結】   作:皇我リキ

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プロローグ
【プロローグ】ギルドナイトの仕事


 ギルドナイトという人達を知っていますか?

 

 

「なんで銃に引き金が付いているのか、分かりますか?」

 ギルドナイトと呼ばれる人達がいた。

 

「え? 銃を撃つ為?」

「バカ丸出しな答えをありがとうございます」

 ギルド専属の狩人(ハンター)として、選ばれた凄腕のハンターが集まり未知のモンスターの調査や密猟者の取り締まりをする───それが()()の表向きの仕事。

 

 

「引き金を引く為ですよ」

「いや、意味がわからない。引き金なんだからそうだけど───ちょっと、人に銃を向けるな」

 でもそれは、表向きの仕事。

 

 

「僕が銃を向けたところで、弾は出ません」

「そりゃそうだけど」

 私達はギルドナイト───

 

 

 

「この引き金を引けば、あなたは死ぬ。それを決めるのは、引き金に手を掛けた者だ。僕はこの引き金が嫌いです。刃と違って銃は命を奪う感覚が伝わってこない。それなのに銃は人を殺してくれない。人を殺すのは、引き金を引いた者だから」

「それでも、私達は引き金を引かないといけない」

 ───この世界の闇に生きる者。

 

 

 

 その引き金を引くのは誰だろう。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 バルバレと呼ばれる町で不幸な殺人事件があった。

 

 

「移動する町? 何それ。ウェイン、いくらなんでも私の事をバカにし過ぎ」

「いやシノアさん知らないんですか? バルバレの事」

 同僚である男に疑念の視線を送るが、彼は目を半開きにしてバルバレという町の名前を呟く。

 曰く、一定の周期で施設ごと各地を巡る町が存在するらしい。言われてみれば聞いた事があるような気もした。

 

 

 その同僚の男───ウェインは、ベージュ色の羽帽子が飛ばされないように片手で掴みながら飛行船の窓から顔を出す。

 同じ色のコートが風に靡いて、腰にしまってある銃が視界に入った。

 

「ほら、見えて来ましたよ」

 性格とは真逆の親しみやすそうな童顔を向けて、ウェインは私に窓の外を見るように促す。

 

 

 飛行船。

 空を飛ぶ船に乗って来た私は、移動する町───バルバレを空から見下ろしてそれがなんなのか理解した。

 

「キャラバン隊の集まり?」

「そう、それが集まって大きな町になってるんですよ。面白いでしょ」

 確かに面白い。

 

 

 だけど私達は観光の為にここまで来た訳ではなく、ギルドナイトの仕事の一環として来たのである。

 

 

 

「ギルドナイトのお二人ですか?」

 町に着くと、初老の男性が出迎えてくれた。

 

「はい。タンジアのギルドナイト、シノア・ネグレスタです」

 黒い羽帽子を手に取り頭を下げる。帽子と同じ色のコートの下には、ウェインと同じく銃を隠して。

 

 

「ウェイン・シルヴェスタです。早速ですが案内して貰っても良いですか?」

「はい。こちらになります」

 ウェインの言葉に、初老の男性は少し歩いて大きな建物の中に私達を案内した。

 

 ハンターズギルドの集会所。

 モンスターを狩る事を生業とするハンターが集う場所。その裏口から入って視界に入った光景に、私は目を細める。

 

 

「被害者ですか」

 それは死体だった。

 

 後頭部が大きく抉られた女性の遺体。頭は布を被せてあったが、布の中を覗き込んだウェインは「うわぁ」と表情を引き攣らせる。

 

 

「ボウガンの弾で即死って所ですかね。南無阿弥陀。あ、シノアさんは見ない方が良いですよー」

 感情を感じない声でそう言った彼は布を戻して、初老の男性に「犯人は?」と問いかけた。

 

 

「こちらです」

 男性は私達を集会所の外にある小さな小屋の中に案内してくれる。

 

 小屋の中は狭く、小さなランプが天井にぶら下がっているだけで他には何も置いていない。

 そんな寂しい小屋の中に、ハンターの男が一人手足を縛られて座っていた。

 

 

「彼ですか?」

「えぇ。それでは、後は宜しくお願いします」

 初老の男性は私達に頭を下げると、早足でその場を去っていく。座っている男は、私達を強く睨んでいた。

 

 

「貴方が被害者を殺したハンターですか」

 ウェインがそう聞くと、男は「そうだよ」と低い声で言い捨てる。

 

 

 

 後頭部を抉られた女性。

 それはこのハンターの男が、狩りに使う武器を向け───その引き金を引いた凄惨な事件の被害者だった。

 

 

 

 どうしてと、私が聞く前に男はこう口を開く。

 

「アイツが悪いんだ! アイツは俺の事を馬鹿にしやがった。遠くからしかモンスターに攻撃しない卑怯者だってな!」

 息を荒げて声を上げる。縄で縛られた手足を震えさせ、虚空を睨んで叫んだ。

 

 

「俺だって必死に戦ってんだ。何も分かってないくせによ! ハハ、だから、分からせてやったんだよ。ボウガンでもちゃんとモンスターに攻撃してるってな。人間なんて簡単に殺せるような武器で俺は戦ってるんだ! 俺は!! 卑怯者なんかじゃねぇ!!」

 だから女性を殺したと、彼は笑いながら口にする。

 

 

 

 モンスターは強大な生き物だ。

 彼等は人の何倍もの巨体を持ち、人の何倍もの速度で移動する。火を吐き、雷を纏い、氷を武器とする。

 私達人間は非力で、モンスターに打ち勝つ為には協力な武器が必要だった。武器は小さなモンスターなら一撃で倒す事の出来る恐ろしい物だ。

 

 それは、人を簡単に殺せる。

 

 

 強大なモンスターと戦う為に作られた武器は、人間なんて貧弱な生き物の命を奪うには充分過ぎる品物だ。

 だからハンターズギルドには、狩人の武器を人に向けてはいけないというルールがある。

 

 

「───知ってますか? このルール」

「知ってるさ! それがなんだ!」

 そのルールを破った者への粛清───

 

 

「な、なんだその小さなボウガンみたいなのは」

「あー、コレですか? 小さなボウガンですね」

 ───それが私達ギルドナイトの仕事の一つだった。

 

 

 腰に隠していた銃。

 それは携帯出来るほどに小型化されたボウガンで、私達ギルドナイトのみが使用を許可された物である。

 

 

「そんなんでモンスターに攻撃したって傷一つ付か───」

 銃声が男の声を遮った。

 

 ランプが割れて、ガラスが飛び散る。

 

 

「そうですね。しかし、人間の頭くらいは軽く吹き飛ばせます」

 煙を漏らす銃口を男に向けながら、ウェインは不敵な笑みを浮かべてそう言った。

 

 

「ま、待て……俺を殺す気か? な、なんなんだお前!」

「あ、申し遅れました。ギルドナイトです」

「……ギルドナイト?」

 その名を聞いた男は、目を見開いて呻き声を漏らしながら固まる。

 

 

 巷ではこういう噂が流れていた。

 

 ギルドナイト。

 ギルド専属の狩人として、選ばれた凄腕のハンターが集まり未知のモンスターの調査や密猟者の取り締まりをする。

 しかしそれは表向きの仕事で、彼等は裏でギルドの決まりを破った者や罪人の()()をしているのだとか。

 

 

「───ひ、ひぃぃっ」

 男はソレを理解して、全身のありとあらゆる穴から水を漏らしながら暴れ出した。

 しかし、縄で縛られた身体は全く動かない。ウェインはそんな男の額に銃口を向ける。

 

 

「自分は死なないと思っていたんですか?」

 無機質な瞳が男を刺していた。見下ろすようなその瞳は、無表情なようでどこか怒りが困っている。

 

 

 

「あなたは人を殺しました。被害者が悪い? いいえ、被害者にどんな罪があろうとも人殺しは人殺しです。あなたは人を殺しました。これはそもそも許される事ではない。あなたは人に狩人の武器を向けました。これはギルドが定める禁忌の一つです。どうしてか分かりますか? 狩人の武器はとても危険だからです。あなたは自分で言いました。ボウガンでも人間くらい簡単に殺せる物だって。だからギルドは狩人の武器を人に向けてはならないという掟を作りました。もう一つだけ教えてあげましょう。どうして狩人の武器を人に向けてはいけないのか。危険だからです。え? 知っている? まぁ、聞いてください。実はこれ案外知られていないんですよ。狩人って人間を簡単に殺せるんです。強大なモンスターに立ち向かう彼等にとって人間は赤子も当然なんですよ。この事実は皆さん分かっているようで分かっていないんです。それに気が付いた人は貴方のように人を殺してしまえるから。だから我々ギルドナイトは貴方のような人を()()する。そうです! あなたは今から死にます! この銃で頭を吹っ飛ばされて! 殺されないと思っていましたか? 自分はハンターだから、人に必要とされているから、人よりも強いから、人を殺しても、自分は殺されないと、そう思っていたんですか? あなたは死にます。今から死にます。しかも誰にも認知されずに。闇の中で、寂しい死に方をします。誰の記憶にも残らない、なんの記録にも残らない、僕達が残さない。死体も残さない。きっと貴方の知り合いには彼はクエスト中にモンスターにミンチにされたと言われるでしょう。あなたは人を殺していない事になる。良かったですね。まぁ、それがギルドナイトの仕事ですから。さて───」

 有無を言わせない言葉の弾丸。

 

 

「───言い残すことはありますか? 聞きませんけど」

 男はただ震えていた。

 

 

 

 銃声が鳴る。

 

 

 

「さて、残りの処理はギルドの人に任せるとして───シノアさん?」

 男の死体に手を合わせる私を見て、ウェインは目を細めて首を傾げた。

 そんな奴に手を合わせる必要はないとでも言いたいのだろう。

 

「でも、私達も人殺しだよ」

 被害者にどんな罪があろうとも人殺しは人殺しだ。

 

 

 

ギルドナイトという人達をしっていますか?

 

 

「知ってますよ。だから、次は僕の番かもしれない。……そんなのに構ってる心の余裕がないんです」

「そう」

 私達はギルドナイト。

 

 

「所でなんでタンジアギルドの僕達が態々バルバレまで来ないと行けないんですかねー」

「バルバレギルドのギルドナイトは今調査とかに出回ってて忙しいって話でしょ?」

 ギルド専属の狩人として、選ばれた凄腕のハンターが集まり未知のモンスターの調査や密猟者の取り締まりをする───それが()()の表向きの仕事。

 

 

「はー、なんですかソレ。表の仕事じゃないですか。いいな、ずるいな、僕もそっちが良い」

 でもそれは、表向きの仕事。

 

 

「わ、わがままか……。でもほら、どうせ出発の飛行船まで時間あるし。観光とかして行こうよ」

「あ、良いですねそれ。賛成です」

 私達はギルドナイト───

 

 

「死ぬ前にまたここに来れるとは限りませんしね」

「うん」

 ───この世界の闇に生きる者。

 

 

 

 

「それではバルバレ名物食べ歩き行きますかー」

「ちょ、まずはギルドの人に連絡!」

 その引き金を引くのは誰だろう。


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