博麗神社
博麗神社、そこは人里の人間達からは妖怪の巣窟と言われ、妖怪達からは化物の巣窟と言われている。
そんな蝉がけたたましく鳴く神社の境内に生えている木の一本を背にして座り込んでいる一人の男がいる。
「…………」
左の膝を伸ばしもう片方の膝を立ててその膝の上に右手を置いている。
暁のメンバーを示す外套を羽織り、黒髪黒目の青年で視線の先にある境内の石畳を興味なさそうに見ている。
◆
博麗神社の巫女、博麗霊夢は神社の正面の縁側でお茶を飲んでいる。側には茶菓子が置いてあり、時折口に運んでいく。
霊夢の視界には黒髪の男が入っているが、霊夢はその男がいないかのように振る舞っている。
そこに右手に酒瓶を持ち、左手に寿司折のような包みを持った少女がやって来た。
「お〜い!霊夢〜!」
「……うるさいのが来たわね」
縁側でのんびりしていた霊夢は訪れて来た客に悪態をつく。
「そう言うなよ霊夢、酒とツマミを持って来たんだ。……で、あそこにいる男は何だい?もしかして霊夢の
神社に来た客は座っている男に視線を移して右手の小指を立てる。
霊夢はムッとした表情でそれを否定する。
「そんなんじゃないわよ。迷い人よ、ま・よ・い・び・と!」
「な〜んだ、違うのかい。霊夢にもやっと青春が来たと思ったのに」
ケラケラと笑うその人物には両側の側頭部から角が一本ずつ生えており、身長は明らかに低い。
霊夢と親しく話す少女、伊吹萃香は鬼と呼ばれる種族である。さらに彼女は鬼の中でも山の四天王と呼ばれ、人間だけではなく妖怪からも恐れられている。
だが、彼女からはそういった恐れといったものは感じられない。
「神社の近くで倒れてたのよ。気力とか全然ないから運ぶのはとても大変だったわ」
「……地面に引きずってきてないだろうねぇ〜」
「…………」
萃香は疑うような目で霊夢を見るが、当の本人は素知らぬ顔でお茶を飲む。
「しっかし、あの迷い人も大変だねぇ〜。よりによって博麗神社に辿り着いちまうとは……」
萃香は手に持っている酒瓶と包みを縁側に置いた。
「ちょっと!それどういう意味よ!」
萃香の言葉に突っ込む霊夢は右手にお祓い棒を持つ。
「霊夢それをしまってくれ。そういう意味で言ったんじゃない。妖怪の巣窟である
「……よ〜し、あなたを一回退治しないといけないわねぇ〜」
お祓い棒を持ったまま立ち上がる霊夢。鬼をも殺すようなオーラに包まれた霊夢を見た萃香は身構える。
「お、おい霊夢。あれは冗談だ、冗談。物の例えだ」
「……萃香」
お祓い棒を持った手がダラリと下がり、オーラも消えた。その様子を見た萃香は許してくれた、と思ったが……
「もう遅い‼︎」
そんなことはなかった。
「うおーっ!霊夢。ま、待ってくれ!本気になるな!」
「うるさい!今日という今日は退治してやるわーっ!」
「ぎゃーっ‼︎」
霊夢は懐から数枚のお札を取り出し霊力をこめ、萃香に向けて投げつけた。
萃香は飛んでくるお札を自分の体を霧状にして躱し、お返しにとばかりに気弾を放つ。
霊夢は気弾を避けて、萃香に負けじと気弾を放つ。
博麗神社ではこのような光景は日常茶飯事である。
◆
境内に生えている木に座っている男は、霊夢達の喧嘩を見てどこか懐かしく感じた。
男には神社の近くに倒れる前の以前の記憶がなく、自分の名前さえも覚えていない状態だった。
「…………」
男はただじっと座り、木々から漏れる空を見つめ続けた。
そんな魂の抜けたような男にお祓い棒を肩に置いた霊夢は話しかけた。
「あなた、いつまでここにいるか知らないけれど何もしない人には何もあげないわよ」
話しかけられた男は霊夢に視線を向けた。
霊夢と戦っていたはずの萃香は石畳の上で仰向けに倒れ目を回している。
「…………」
男は何も言わず立ち上がる。霊夢の頭が男の肩の辺りにあり、自然と霊夢は男を見上げるかたちになる。
「……何をすればいい?」
男はしばらくの間、博麗神社に厄介になることになった。
次からは本格的に進めていきます。