東方暁暴走録 〜暁メンバーが幻想入り〜   作:M.P

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あけましておめでとうございます。(遅い)


5. 心の奥底

 うちはイタチの記憶を戻す為に彼の頭の中に潜り込んだ古明地さとりは、スキューバダイビングの要領でイタチの奥へ奥へと潜っていった。

底無し沼のようにどこまでも潜れそうな程にさとりは沈んでいく。

 

「随分と深いですね、それにとっても静か。よほど思い出したくない記憶でもあるの?」

 

 普通の人間の頭の中は騒がしいものだが、イタチの中は真っ暗闇の海のように虚無の空間が広がっていた。

 ここまで心を閉ざしている人間はそうそういるものではない。

 

 彼をここまでにした原因を探るべく、さとりは第三の目も導入して深く進む。

 

 すると不意に、思わず目を瞑る程の白色がさとりを襲った。イタチの記憶の中に入ったのだ。とはいっても、それは記憶の一部であり、ここだけで彼の記憶を戻せるとは限らない。

 さとりは人の庭に立っていた。空は茜色から黒色に変わりつつあり、外からは人々の賑やかな声が聞こえてきた。祝い事でもしているのか、とさとりは思った。

 

「ここは、誰かの家の庭、ですか。恐らくは––」

 

 さとりが言いかけると、庭の奥から誰かがやって来た。二人組だ。片方はさとりも知っている人物だ。

 

「一人は昔のイタチさんですね、もう一人の方は」

 

 その人物の背丈からもう一人は子どもだと分かる。紺色の着物を着てひょっとこのようなお面を頭の横に付けている。手にはりんご飴を持っていて、祭りかなにかの帰りのようだ。しかし、その子どもの顔は真っ黒に塗りつぶされていた。

 

「イタチさんと他の景色は鮮明なのに、あの子だけ……。あの子が記憶を戻すキーになりそうね」

 

 子どもの方がさとりの方に向かって走ってきた。ただ、さとりはイタチの記憶の中を渡り歩いているようなものであり、ここにいるわけではない。

 

「兄さん! 早く、早く!」

 

「×××、そんなに速く走ると転ぶぞ」

 

 予想できたというべきか、顔のない子どもは落ちていた石ころに躓いて派手に転んだ。痛みを我慢しているのか、泣き声は聞こえなかった。

 仕方がないな、という表情を浮かべたイタチが手を伸ばすと、子どもは渋々ながら彼の手を握り返した。

 

「何をそんなに焦っているんだ。父さんから何か言われたのか?」

 

「兄さんが約束を破ったからじゃん。オレの勝負から逃げてばっかりだ」

 

 イタチはフフッと笑って子どもの額にトンと指を置き、

 

「許せ×××……また今度な」

 

 子どもが拳を振り上げたところで記憶は終わった。二人と景色が黒いモヤのようなものに包まれていく。

 

「弟さん、でしょうか? 少し年が離れているようね」

 

 さとりは再び暗闇の中を深く潜っていく。彼女を囲む黒は身体に絡みつくように張り付く。これが侵食すればさとりもただでは済まない。時間はかけられない。

 

 場面が切り替わる。イタチの記憶の中に入ったのだ。

 

 さとりが立っていたのは何かの施設の中だった。無機質なパイプが何本も入り組んでおり、さながら別世界の中に閉じ込められているような錯覚に陥りそうだ。

 戦闘装束に包まれたイタチは片膝をついていた。彼の前には男が立っている。顔の半分を包帯で覆い、右手で杖をついている。イタチの記憶からダンゾウと呼ばれた男は、イタチを見下ろして、

 

「イタチよ、決断の時は迫って来た。覚悟は決めたのか? お前はどちらにつくのだ?」

 

 イタチは何も答えない。それを見てダンゾウは溜め息をつく。

 

「もう一度言おう。お前がこちら側に、“里”側につき、一族を自らの手で滅ぼすというのならば、弟の命だけは助けてやろう。しかし、“うちは”につくというのなら、うちはの一族はお前の弟を含めて皆殺しにしなければならん。里と一族の抗争になる。そうなれば他里との戦争に発展することになる。どちらに転んでも茨の道だが、イタチよ。お前が真に里のことを思っているならば、どちらにつけばいいか。聡いお前なら分かるだろう。とうの昔から“うちは”は滅亡の道から外れることはできないのだ」

 

 場面が再び切り替わる。今度はイタチが身内や仲間、友人、さらには恋人を殺し回っているところだ。悲鳴、怒声、怨みが混じり合って地獄のような光景だった。

 イタチは泣いていた。血の涙を絶え間なく流していた。

 イタチが最後に訪れたのは、彼自身が生まれた家だ。父と母を座らせイタチが少し腕を振れば手に握っている刀が、二人の命を終わる。

 

「……イタチ、×××を頼んだぞ」

 

 イタチは流れ出る涙を拭うこともせず、非情の刀を振るった。

 

 景色は暗転して、次に映ったのは二人組の男たちだった。彼は自らをカブトと名乗り協力者であろうマダラと呼ばれた仮面を付けた男が揃っている。少なくとも仲は良さそうではない。

 イタチの横には、この地霊殿に現れた角都、そして彼らの仲間のデイダラ、サソリ、“暁”のリーダーの長門が並んでいた。顔に生気はなく、まるで死人のようだ。

 

(これは一体、まさか彼らは一度死んでいるの?)

 

 カブトはの口ぶりからして彼が使っている術、『穢土転生』は死者をこの世に蘇らせ、無理矢理に使役する術らしい。

 さらにイタチたちだけではなく、他に何人も復活している。ただの死人ではなく、選りすぐりの兵隊として、眠っていた忍たちを動かすのだ。

 

 さとりの記憶旅行はそこで終わった。イタチの記憶としてはまだまだ不十分なところが多いと彼女は思った。

 本当に重要な記憶はこちらが情報を整理して推理するしかない。

 

 イタチが死んだ理由も記憶にないことからそれは分かっていた。彼の弟と思わしき人間についても情報を集める必要がある。

 だがイタチの記憶を戻したところでどうなるというのか。さとりが思っていた以上にイタチが背負っていたものは大きかった。

 

(イタチさんの記憶は、本当に戻していいんでしょうか。もし戻したら、この人は忘れ去っていた苦しみと悲しみを一度に襲われることになる)

 

 そうなってしまえば彼は内側から崩壊するかもしれない。身体に受けるダメージと違い、心に負うダメージは簡単には治らない。

 

(しかし、記憶の中のイタチさんと飛段さんから読み取った思考からして、こいしが盗んだのは、禁術『穢土転生』について書かれた巻物。イタチさんの記憶の一部から見ただけでも分かる相当危険な術。放っておけるわけない)

 

 さとりがまごついている理由はそれだ。

 死者の魂を生者を犠牲にして呼び出し、無理矢理に従わせる禁術。イタチの記憶ではそれは戦争に使われて多くの犠牲者を出している。

 

 使い方によっては国をも滅ぼしかねないこの術が幻想郷で解き放たれたとしたら、どれほどの被害を被るのだろうか。さとりはそれだけは阻止したい。だが、『穢土転生』を防ぐにはイタチの凄惨な記憶を呼び起こさなければならない。

 一人の人間と幻想郷を天秤にかけてしまえばどちらをとらなければいけないのかは明白だ。さとりも地底を治める者の立場としてそちらを選択するのだ。愛する妹と、自分を慕うペットたちを危険から守るために。

 

 さとりはどれだけ潜ったのか、時間を計ることさえ忘れる程潜った。

 そうしていく内に、彼の奥底に辿り着いた。真っ暗な地面に立っているのは、うちはイタチだ。しかし、彼はボーッとしていて覇気もない。

 

「これは、イタチさん? いえ、無意識の彼ね。でも、無意識だったら彼の本心を聞くことができる」

 

 ゆっくりと着地して彼に近寄る。

 

「うちはイタチさん、貴方は何がしたかったのですか?」

 

 この問いかけにほとんど意味はない。彼からの返事はないのだ。

 ただ、この言葉は誘導するのだ。彼自身も知らない本心を導くために。

 

「……俺は」

 

 イタチが口を開いた。

 

「貴方が本当に救いたい人はいなかったのですか?」

 

 ここからは慎重に言葉を選ぶ必要がある。間違えてしまえば彼の心が瓦解する諸刃の剣だ。

 




他の暁メンバーに比べて、イタチは書きにくい。
目的や主張がないからかな。

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