大地をあれほど暑く照らしていた日が沈み、幻想郷の空が闇に包まれようとしている逢魔が時に鬼鮫とデイダラがアジトに到着した。一日がひどく長く感じていた二人は少しでも早く身体を休ませたかった。特に、鬼鮫は守矢神社で大量のチャクラを消費した。思った以上に疲弊していると、鬼鮫は今でも残っている戦いの余韻を胸に床に散らばる河童たちの発明品を避けて壁にもたれた。
アジト内を見回すが角都とサソリの姿はなかった。デイダラは発明品をどけて椅子にドカッと、思いきり座ると机の上に取っておいた粘土をこね始めた。
「角都とサソリはまだ帰ってきてないぜ。ッたく、サソリの奴は人を待たせねーんじゃなかったのか?」
大鎌を枕にして寝転んでいる飛段。刃は壁の方に向けているとはいえ、鬼をも切った鎌がむき出しになっているのを鬼鮫は大丈夫か、と思った。
「おや、二人が見えましたよ」
沢の向こうのから、包みを大事そうに抱えるサソリと遠くからでも不機嫌と分かる角都が歩いてきた。二人はアジト内に入るや否や、デイダラに詰めかけた。
「デイダラ、まずは最初に言っておくことがあるだろ」
包みを机の上に置いて、デイダラを指さすサソリ。
「……サソリの旦那、アンタに言うことは今は何もないぜ」
デイダラは冷や汗をかきながらもこねる手を止めない。
「風見幽香」
その名前を聞いた途端、デイダラはこねていた粘土を落とした。魔法の森で出会った少女の家から脱出した時に、その少女が風見幽香の名前を口にしているのを聞いていたのだ。
「人里で会ったぞ、お前のことを相当怨んでいた」
「そんな馬鹿な、オイラの粘土でちゃんと吹き飛ばしたはずだぜ! うん!」
サソリはハァッと溜め息をつく。デイダラよりは考えて行動するサソリは冷たい身体の中にある怒りをぶつける。
「やっぱりてめーが原因じゃねェか」
苛立ちをまるで隠さないサソリは一歩、また一歩と重い足取りでデイダラに近付いていく。
「デイダラ、オレはいつも言っていたよな。相手がちゃんと死んだかどうか確認しろってな」
「旦那、オイラは確かに見たんだ。あの女が爆発に巻き込まれて地面に落ちていくのをな」
奥の部屋に掛けてある傀儡にチャクラ糸を飛ばすと、しばらくしてカチャリと音がした。
サソリが指を動かす度にそれは大きく、少しずつこちらに近付いてくる。デイダラも危機を感じたのか、サソリから距離を取り、手のひらの口に粘土を食べさせる。
「そんなことより、イタチはどこだ」
角都は相当イラついているのか、声に怒気を含ませていた。イタチの単語が出てきて、サソリは手を止めた。そして、アジト内を見回すが、イタチの姿がないことに気がつく。
「……イタチさんは神社にはいませんでした。二つの神社を探しましたが、すでに去ったあとでした。どうやらイタチさんは人里にいるみたいです」
「何ッ!?」
流石の角都も予想外だったのか、頭巾とマスクの間から見えるわずかな目を見開いた。
腕を組んで頭をひねる。イタチがいれば今日にでも情報を引き出すはずだったが、予定が狂ってしまった。
「……飛段」
「ああ、大丈夫だ。ここにいるぜ、それよりもだ! 聞いてくれェ! 角都ゥ! こいつがジャシン教に改宗してくれるってよォー!」
縛られて地面に転がされているこいしを指して意気揚々に語る飛段。一方の本人は困惑した顔をして、
「うーん、私まだ変えるって言ってないよ。でもその内入るかもってだけで」
角都はこいしを一瞥しただけで、気にも留めなかった。傀儡を一旦しまったサソリが、会話に入ってきた。
「それよりもこれからどうする。うちはイタチの居場所は人里だと分かったが、誰が行く? 風見幽香がしばらく来ないと言っていたが、オレたちが人里に入れるかどうか怪しいぞ」
「おい角都ゥ! ジャシン教に入信する奴がいるのにそれはねーだろーが。もっと祝ってもいーだろーによー」
飛段の言葉は無視された。角都の視線は鬼鮫たちに向けられていた。
「人里にはオイラが行く。あいつが生きているか確かめてーからな、うん」
「では私も同行しましょう。しかし、本当に振り回されますね。もう一騒動ありそうな気がします」
「鬼鮫の旦那、それは言っちゃいけない台詞だぜ。うん」
角都に詰め寄る飛段はジャシン教の話は諦めたのか、今後のことについて彼に尋ねた。
「角都、オレたちはどうする?」
「しばらくは様子見するしかあるまい。下手に動けば人里で出会った風見幽香か、そいつ以外の大妖怪に出くわす。戦う準備が整っていない今は幻想郷の状況を把握することが肝だ」
「チェッ、またお留守番かよ」
チャクラ糸で傀儡を操ったまま、サソリは設けられた部屋の方にに歩いた。
「オレはしばらく部屋に籠る。本にある技術を傀儡に取り入れたいからな。河童どもはまだオレの知らない技術を隠しているが……、まぁ、それはいい。課題もあるしな」
部屋の外で隠れて様子を見ていたにとりがピィッ、と声を上げた。
「課題って何だ? 旦那」
サソリは言うかどうか少しだけ迷って、
「傀儡の強度の問題だ。もし、里で会った奴以外の妖怪もあれほど力があるとなると、オレの傀儡がもたない。素材に限界がある。そうなると、妖怪を使おうと思っているが、あの河童がうるさいからな。まだ知らない技術を渡さないのもそれだ」
ビクビクしながら、にとりは部屋に入ってきた。その目に怯えはあるが、同時に強固な意志も見られた。
「あ、当たり前だろ! アンタのやってることは死者の冒涜なんだ! 私の仲間にそんなことはさせないからな!」
「妖怪は自分勝手な奴ばかりで、仲間のことには無頓着だと聞いたが?」
「そりゃ、強い奴はな! 山の妖怪の結束力を舐めるな!」
幻想郷の山にはその昔、四天王と呼ばれる鬼が山全体を支配していた。圧倒的な強さを誇る鬼には妖怪たちも頭を下げるしかなかった。
力で劣る妖怪たちが取った行動は結束だった。弱い妖怪ほど数で対抗するようになったが、それでも鬼には敵わなかった。勝てないと判断した妖怪たちは神輿に担いで鬼を持ち上げた。
お山の大将気取りになった鬼たちは、気分がすこぶる良くなった。その中には聡い鬼もいたが、彼らはわざと誘いに乗ったのだった。
その後、支配に飽きた、または人間を厭んだ鬼たちはこぞって地底に移り住んだ。一部の鬼たちは山に居座ったのだが、調子に乗り過ぎて賢者の怒りを買い、粛正された。
鬼たちが地底に移った時は、山の妖怪たちは手放しで喜んだ。彼らがいなくなった今は天狗が山を支配しているが、鬼に比べれば平和だ。
「私は仲間を売らないぞ! 傷つけさせもしない! 私が皆を守るんだ!」
言い切ったにとりをデイダラたちは感心していたが、鬼鮫だけはどこか遠い目で見ていた。
◇◆◇
サソリたちが去った後の人里の昼間の騒ぎはとっくに収まり、人間たちは思い思いに過ごしていた。とはいっても、空が暗くなってきたので行動している人は少なかった。数少ない道行く人を呼ぶ声もいまだにあるが、それらは小さかった。
仙人の茨木華扇は、饅頭がいっぱいに入った袋を片手に点々とある明かりで照らされた道を歩いていた。場違いなピンクの髪が浮いていた。普段連れている動物はいない。
今日の晩飯は何にしようか考えていると、小さい明りに照らされている、最近里に移り住んできた人間が目に入る。華扇は少し思考の海に入って、彼に駆け寄った。
「おやおや、ナナシさんではないですか。昼にここで騒動があったみたいですが」
「華扇さん、……ええ、ですがもう大丈夫です。もう誰も気にしていません」
華扇はそれは嘘だと見抜いた。大妖怪の風見幽香が暴れた、と噂話で聞いていたからだ。それ程の強い力を持った妖怪を里の人間たちが恐れないはずがない。
「明日は向かいの家の人たちの商売を手伝おうかと、無理をしない程度にですけど」
身体の調子を巧妙に隠しているナナシ。彼女が普通の人間ならば、彼の身体には何事もないように見えただろう。しかし、華扇は仙人だ。彼を蝕んでいる病魔の存在に気が付いている。
(この人、やはり病に蝕まれている)
黒い霧がかかったようにぼんやりとでしか見れないが、それらは確実にナナシの身体を包んでいる。
「ナナシさん、これを」
華扇はポケットから小さい巾着袋を取り出して、ナナシに手渡した。
「……これは?」
「中に入っているのは、まあ、栄養剤みたいなものです。それを飲めば明日も健康に過ごせますよ」
後ろ手で頭をかきながら、お人好しのこの人なら飲むだろう、と華扇は思った。
「……華扇さん、ありがとうございます」
こいし「ねぇねぇ、トイレに行きたいんだけど」
飛段「あぁ? そんなもん勝手にやればいーだろーが」
にとり「その子は少しでも目を離すといなくなること忘れるなよ」
角都「そうか、飛段。お前が見張りにつけ」
飛段「あぁ!? なんでオレが!」
角都「そいつを認識できるのは、お前だけだ。見張りにつけ」
飛段「……ッ! ングッ、ガッ」
角都「縄で繋いであるから見る必要はない」
飛段「誰が見るかァ!」
こいしは無事にトイレを終えました。