霧の湖
霧の湖、読んで字の如く霧に包まれている湖である。今幻想郷の季節は夏であり昼になると汗が滝のようになる程暑くなるが、この湖の周りは夏の昼でも涼しい。
霧に包まれている為陽の光を遮り、比較的涼しい気温を保っている。
そんな湖の中心から少しズレた所で一人の男が
〈水遁
右手の指先から五匹の鮫のようなものが湖に解き放たれた。
(……これも問題なし、と次は……)
「やい、あたいと勝負しろーっ!」
男は水遁が発動したことを確認し、親指を噛み次の術の印を結び湖の中に手を入れた。
〈口寄せの術〉
湖の中にまた鮫が数匹解き放たれるが、この鮫は作りものではなく本物である。
鮫はしばらくは暴れるように泳いでいたが、時間が経つにつれて弱っていくのが目に見えた。
(……口寄せの術も使えますが、ここではあまり持ちませんね。やはり海ではないと)
「こらーっ!あたいを無視すんなー!」
「チ、チルノちゃん、その人の邪魔しちゃダメだよ」
〈解〉
男が術を解除すると湖を泳いでいた鮫は、ボンッ!という音とともに煙を出し跡形もなく消えた。
(……さて、これからどうしましょうか)
「お前っ!いい加減にしろー!」
「チルノちゃん!」
男の近くに二人の少女が
最も男は二人のことを無視していて、耳を傾けようともしなかった。
(やはりココから移動した方がいいのでしょうかねぇ)
「ぐぬぬ……、どこまでもあたいを無視するつもりだな。だったらこれをくらえー!」
「……⁉︎チルノちゃん‼︎ダメー‼︎」
チルノは痺れを切らすと男に向かって氷の礫を打った。が、ヒラリと躱され礫は湖に波紋をつくっただけだった。
男は礫を打ってきた少女に顔を向けた。
「やれやれ、さっきからウルサイガキですね。アナタとはお話したじゃないですか」
「お前が勝負しないからだろー!あたいと戦え!」
「ダメだよ、チルノちゃん。その人は外の世界から来たんだから弾幕ごっこはできないよ」
男はチルノを相手をすることを煩わしく思っていただけだったが、術の実験を邪魔されてまで怒らない人物ではなかった。
◆
男の名は干柿鬼鮫、肌の色は青黒く目が黄色に輝いており、口の中からは鋭い歯が見えている。服は黒地に赤雲が描かれており、彼もまた暁の一員であることが分かる。
彼が
そんな鬼鮫を見つけたのは氷の妖精チルノと大妖精だった。鬼鮫はチルノと大妖精との会話によってここが幻想郷であるということを知る。
鬼鮫は体内に大量のチャクラを持っているが、術が使えなければ意味がない。そこで鬼鮫は湖の中心辺りに向かって歩き、水遁の術を試しているのである。
水遁の術が簡単に発動したことによって、鬼鮫の懸念は消えたがどこまでの術を発動できるのか試している真っ最中である。
だが、鬼鮫の水遁の術を見て勝負をするには十分と考えたチルノは鬼鮫に決闘を申し込んだ。
当然、鬼鮫はこの決闘を受けるわけはなく無視をしたが、あまりにもしつこいのでチルノの顔面に〈水遁 水鮫弾の術〉を叩き込んだが、すぐに復活したので鬼鮫はチャクラの無駄になると考え、再び無視を決め込んだ。
◆
(死ぬのでしたら殺してやりますのに……チャクラの無駄になるだけですからね)
術の実験を邪魔された鬼鮫だったが、チルノを殺そうにも死なないということ、殺しても復活するためチャクラの無駄になることから術を使うに使えない。鬼鮫のストレスは溜まっていくばかりであった。
だが、溜まるのはストレスだけでなく情報も少しずつたまっていった。チルノと大妖精との会話から幻想郷の存在だけではなく人里があると知ってそこに行こうと決めた鬼鮫だったが……
「やい、お前強いんだろ!何で戦わないんだ!」
「……何故、ですか。……まぁ理由としてはチャクラの無駄使いになることとアナタに勝っても私には何のメリットがないということですよ」
チルノが人里に行かせてくれない、という理由で湖の上にとどまっているのである。鬼鮫が走るスピードよりもチルノが飛ぶスピードの方がやや速いため振り切れないのだ。チルノに戦わない理由を言ったところで聞くはずもなく……
「いい加減にしてくれませんかねぇ、邪魔ですよ」
「じゃあ、あたいをやっつけてから行け」
「では、そうさせてもらいましょう」
鬼鮫はもう我慢できず、チルノを押し退けようと印を結ぼうとした時……
「チルノちゃん、ゴメン!」
大妖精がチルノに不意打ちを仕掛けた。
「ええっ、大ちゃん⁉︎うげっ!」
大妖精が放った炎弾は避ける間も無くチルノの顔面に直撃し、チルノは湖に落ちた。
「⁉︎」
大妖精の突然の攻撃に驚いた鬼鮫だったが、大妖精は鬼鮫に向き直り頭を下げた。
「チルノちゃんが迷惑をかけました、すいませんでした」
「……アナタが謝る必要はないと思うんですが……」
「いえ、チルノちゃんを止めなかったのは私の責任です」
大妖精の謝罪に鬼鮫は答えに困っていた。
「チルノちゃんは人に会うと勝負を仕掛けるのはいつものことです。でも、今回はやりすぎでした。チルノちゃんには後で言って聞かせるので許してあげてください」
「……分かりました。ちゃんと言い聞かせて下さいよ?」
「‼︎……はい!体に叩き込んでおきます!」
大妖精はチルノを引き揚げ、背中に背負って森の中へと帰っていった。
大妖精と別れた鬼鮫は人里に向かおうと湖が歩いて行く。
(やれやれ、とんだガキでした。あの好戦的な態度は飛段を思い出しますねぇ。……術は発動した、チャクラもある、これで〈大刀・鮫肌〉があれば良かったんですがやはり八尾に取られたままですか)
干柿鬼鮫は忍刀七人衆と呼ばれる特殊な忍刀を扱う七人の一人であったが彼が扱っていた生きた刀、鮫肌が敵の忍を気に入りそのまま敵の手に渡ってしまった。
鬼鮫は森の入り口手前で立ち止まった。
(…………)
鬼鮫は忍術を発動した時に忍術が発動できるのかという懸念とは別の懸念を抱いていた。そして、それは的中した。
(……やはり、ですか)
鬼鮫が抱いたもう一つの懸念、それは……
(チャクラの回復が遅い)