東方暁暴走録 〜暁メンバーが幻想入り〜   作:M.P

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キャラクターが多いからなかなか物語が進まない。


5.アジトのひと時と二人

 護衛と監視を任されただ一人アジトに残された飛段は今にも爆発しそうな怒りを抑えながら機械油の匂いがするソファを陣取っていた。

 

 その様子をどこか嬉しそうな表情で見ているこいし。じっくりと見定めるようなその目がさらに飛段をイライラさせた。

 

「ああァーーッ! クソッ! なーんでガキのお守りをしなきゃいけねーんだ」

 

 こっそりくすねたキュウリの漬物をポリポリと食べながら飛段は角都たちが戻ってきたら何をしてやろうか、と考えた。

 見兼ねたこいしが縛られて転がされているまま、「そんな姿勢で食べるのは行儀が悪いよ」と言った。

 

「うるせェ!!」

 

 怒りのぶつけどころがない飛段は、ふと不気味に黒く光る大鎌をジッと見た。

 

 それは前の世界で持っていた大鎌よりも斬れ味が抜群だが、いかんせん仕掛けもないただの鎌なので攻撃が当たりにくい。

 大鎌に何かしらの細工を施して儀式を成功させる確率をなるべく高めたかった。とにかく相手の血を手に入れないことには始まらないのだ。

 

「あの唐傘女を探すしか……いや、待てよ?」

 

 “暁”の中でもかなり頭がいいサソリにも分からないと言わしめる技術を持つ河童たちだ。

 

「あいつらに言えば、()()を前のみたいに改造してもらうか」

 

 目の前の少女の件が終わったら、早速頼み込むつもりだ。それが終わったら、本格的にジャシン教の布教活動をするのだ。前の世界ではジャシン教を理解できない人間が多かったが、様々な価値観を持つ妖怪たちが跋扈する幻想郷ならばジャシン教を理解し、入信する信者がいるだろう。

 

 頭の中で未来のビジョンを加速させていると、こちらを値踏みしているようなこいしの視線に気が付いた。

 

「お兄さんって、何かやってるの?」

 

「オレか? オレは誠実なるジャシン教の信者だ。ジャシン教はいつでも信者募集中だぜ」

 

「いいね、何かに必死になれる人。私は羨ましいよ」

 

 どこか噛み合っていない会話に飛段は頭を捻らせながらも、ジャシン教をこれでもかとアピールする。

 

「ジャシン教の教義は『汝、隣人を殺戮せよ』。んで、モットーは殺戮だ。どうだ、入るか? ジャシン教」

 

「うーん、楽しそうだけどなー。でも私はもう他のお寺さんのところに入ってるし」

 

「うがッ! 何だよ、もう入ってたのかよ」

 

「うん。形だけだけど」

 

 その途端、飛段は全身から力が抜けた。

 

「なーんだ、それならそうと早く言ってくれよ。なら、ジャシン教に改宗してくれるか? もし入ってくれるなら大歓迎だぜ」

 

 ジャシン教は周りに死体を築き上げていく存在だ。飛段はそれが妖怪にとってもプラスになると考えている。だが、それは少し違う。

 妖怪もまた周りと切っても切れない関係にあるからだ。ましてや、自分から周りを殺していくのは自らに蜘蛛の糸のように細い糸で徐々に首を締めていくのと同じだ。

 

 口を少しだけ開けてポカンとしているこいし。何を考えているか全く読み取ることができない彼女に飛段はただ相手の返事を待つ。

 

「……うーん、ちょっとだけ考えさせて」

 

 目線を外してこいしは黙ってしまった。宗教に関しては無理強いはしない飛段。

 

「おう! いい返事を待ってるぜ。しっかし、あのクソリーダーどもはどこに行ったんだァ? それにあいつらも帰りがおせーしよー」

 

 マヨネーズをつけたキュウリをポリポリと食べながら飛段は四人の帰りを待った。

 

 

「あいつ、一体何やってるんだよォ」

 

 飛段とこいしの一連の様子をこっそりと見ていたにとりは胃を押さえてながら、いつか彼らがここを去ることをただ願うばかりだった。

 

 ◇◆◇

 

 魔法の森を抜け、再思の道と呼ばれる道を進んだ先の幻想郷の外れには名前のない墓が数え切れない程に立ち並んでいる。いや、墓と呼ぶには疎放で、辺りには大きめの石が置かれているだけで墓石で弔われているのはほんの一部の霊だけだ。

 

 幻想郷の住人からは無縁塚と呼ばれているその墓地に“暁”であった小南と長門はいた。長門は小南に支えられて、やっとのことだった。

 

 彼らは真の“平和”を探して幻想郷を渡り歩いていた。それは当てもない旅同然だった。

 流れ着くようにやって来た無縁塚で、二人はとある人物に出会った。

 

 その少女は墨で書かれた笏をキッチリと立てて、二人を鷹の目のように見据える。

 

「この危険な土地で一体何をしているのでしょうか? ここは誰にも弔われない人たちの墓です。未練があるのならば引き返さない」

 

 危険と言った土地にいるのは少女も同じだ。普通の少女がこんな墓にいる筈はなく、小南が長門を守るように立ちはだかる。

 

「アナタは?」

 

「私ですか? 私は四季映姫・ヤマザナドゥ、しがない閻魔です」

 

 

 

 その少女、四季映姫・ヤマザナドゥはその日の死者を裁く仕事を終えて、日課になった説教を兼ねた散歩をしていた。無縁塚に差し掛かった時に、二人の人間を見かけた。最初は自殺志願者に思えたが、支えられている男の目は燃えたぎる炎が入っていると錯覚する程に輝いていた。

 

 事情を知りたくなった映姫は二人に歩み寄った。最初は警戒していた二人だったが、自分が閻魔だと明かすと、二人は驚きはしたがそれだけだった。長門曰く、天人がいるのだから地獄の住人がいてもおかしくない、らしい。

 

 その後すぐに、長門が映姫にしたことは、悔い改めだった。

 平和を目指そうとして仲間を募ったこと、家族同然の人間が死んでから変わってしまったこと、平和を目指す組織が殺戮集団になり代わったこと、自分たちを育ててくれた心から尊敬する人を殺してしまったこと、

 長門たちの過去を閻魔が持つ浄玻璃の手鏡を通して見た映姫。しばらくの間、思考の海に入っていたが、フウッと息を吐いて、

 

「なるほど、貴方たちの言い分は分かりました」

 

 映姫は蓮の花のように白い手に持っていた手鏡をしまった。

 

「たしかに、貴方たちが犯してきた罪は一世代では到底償いきれるものではありません」

 

「しかし、世界征服することで世界から戦争をなくすとは面白い発想ですね。まぁ、だからといってやっていいことと悪いことがありますけど」

 

「『痛み』を知ることは大切です。『痛み』を知れば、誰でも次は気を付けますからね。ですがそれは一時的なもの。『痛み』を知るのはその本人だけで、他の人には『痛み』が伝わらない」

 

「大切なことはむやみやたらと恐怖を与えずに、いかに『痛み』を教えるか、です。貴方はもう一度、何をしたいかを心の底から考えてみましょう。そして、壁に突き当たってしまったのなら、横にいる人に助けを求めるのです」

 

 映姫は握っている笏を強く締めると、コホンと咳払いして、

 

「では、私はこれで失礼します。部下が仕事をサボっているかもしれないので。今からその見回りに行きます」

 

 長門は背を向けた映姫に問いかける。

 

「アナタは私たちが何をしてきたかを知ってなお、私たちに何もしないのですか?」

 

「私が裁くのは死者だけです。なので、貴方たちを裁くことはありません。それは貴方たちを殺すことになってしまいますから。ただ説教されてほしいなら、喜んでやりますよ。私はたまにこの辺りを歩き回っているので説教されたいのならば、またここに……いえ、ここでは流石に危険ですね。説教に適した所でやりましょう」

 

 そのまま歩き出した映姫だったが、程なくして足を止めた。

 

「もし今でも罪に苦しんでいるのならば、そう貴方は、無理に罪を償おうとはせずになるべく人に出会った方がいいでしょう。出会いは人を成長させます。価値観の違いは人の思考を広げさせます。言葉はその人の心を理解できます。貴方に必要があるものとすればそれです。こことは別の幻想郷の外れに命蓮寺という寺があります。そこの住職の話を聞くと少しは貴方の助けになるのではないでしょうか。もしくは神霊廟という道教の道場に行くのもいいでしょうね」

 

 映姫が去った後、長門は動かない自分の身体を動かそうとした。転ぶ前に小南が支えたが、それでもなお長門は前に進もうとする。

 

「……長門、アナタは今無理に動いてはダメなのに」

 

 幻想郷に来たばかりの長門は見るからに生気が感じられない有様だったのだが、今は目に希望を宿している。

 小南としては今の希望溢れる長門の方がいいが、前の世界のように死ぬまで無理をしてしまうことは簡単に予測できた。

 

「……そうだな、今は身体を休ませよう。オレたちはもう急がなくていいんだ」

 

 これまでに酷使してきた身体は、もう無理をすることを止めた。長門は全身に入れていた力を抜いて考えることもなくなる。

 

「それにしても、彼らを放っておいていいの? “暁”という名の鎖から解き放たれた獣は獲物を求めて暴れるわ」

 

「この幻想郷とやらには相当の実力者が何人もいるらしい。あいつらでもそう簡単に倒せないし、倒されないだろう。お前が天界で会った竜宮の使いに苦戦したように」

 

 小南はムッとした。電気を通さない小南の紙だが、相手の広範囲かつ遠距離からの攻撃にかなりの実力を持つ筈である小南もなかなか攻めることが出来ず、長門を連れて天界から脱出した。

 さらに長門は天界で出会った少女もかなりのやり手だと彼自身が思っている。小南の実力を一番知っている長門が強いと判断したのだ。彼女たち以外にも強い人物はこの幻想郷にもいると推測している。

 

「それに、聡い角都やサソリ、鬼鮫が飛段とデイダラを抑える筈だ」

 

 小南はそうね、と少し笑って答えた。長門もつられて笑った。

 来た道とは別の道を歩いている途中、小南は墓の間に光る何かを見つけた。

 

「あら、あれは何かしら?」

 

 墓石と墓石との間にできた溝の中にすっぽりと収まっている、手のひらに乗せてしまえる程の小さい御堂のようなそれは、まるで誰かをずっと待っているように見えた。


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