妖怪の山にある守矢神社は妖怪と人間の二つの信仰を集めている神社だ。その為か、博麗神社よりも裕福で生活には困っていない。
立派な神社の本殿の後ろには、守矢神社を象徴する巨大な御柱が何本も大地に湖に巨木のように立ち構えている。近くの森からは蝉がせわしなく鳴き、それに負けない程に湖の蛙もゲコゲコと鳴く。
神社の境内を一人の巫女が箒を片手に境内を歩き回っている。
「神奈子様〜、諏訪子様〜、どこにいらっしゃるんですか〜? ご飯できましたよ〜」
彼女の名前は東風谷早苗。現世の生活を捨てて幻想郷にやって来た人間だ。
向こうで人間からの信仰が無くなりつつあった守矢神社だったが、二柱の神が信仰を集める場として幻想郷に移住してきたのだ。こちらに来た時に一悶着あったが、今では幻想郷に馴染んでいる。
幻想郷に来て何度目かの夏になるが、早苗は上がりつつある気温に慣れないでいた。
全身から湧き出る汗を拭きながら、名前を呼んでいるが、誰も来ない。どうしようかと考えていると、早苗の視界には久しぶりの参拝客が階段を登って来る姿が見えた。
「しかし、驚くほどに何も起きなかったな。うん」
「何も起きないことはいいことですよ。おかげで、トラブルもなくここまで来れましたから」
鬼鮫とデイダラはロープウェイに乗って山の上まで来た。まだできて間もないロープウェイは風もなく、快晴の空の中をトラブル一つなく彼らを運んだ。
「あ、参拝の方ですか?」
営業スマイルを浮かべる早苗。人里の男たちなら目を奪われるところだが、鬼鮫とデイダラはそれを無視した。鬼鮫はいきなり本題を切り出す。
「いえ違います。私達はうちはイタチという人に会いに来ました」
「うちは? すいません、その名前に聞き覚えはないですね。特徴は何かありますか?」
「特徴ですか……そうですね、背の高い黒髪の人で目つきが鋭いですね」
「服はオレ達が着てるのと同じだと思うんだが知らねーか? うん」
早苗は二人の服をあらためて見る。黒地に描かれた赤い雲という記憶に残りやすい服だったが、そんな服を見たことがあるなら、彼らを見た瞬間に声を上げている。
「その服を着ていて知らない、というのは流石にないですよ」
早苗は、もう一度チラっと服を見て小声でカッコいい、と呟いた。
「おかしいな、あいつは神社はここだって言ってたんだけどな」
神社と聞いて早苗はある予感がした。
「あの……もしかしてその神社って博麗神社じゃないですか?」
「うん? 神社って一つだけじゃねーのか?」
「はい、幻想郷には二つの神社があります。一つは妖怪の山にあるここ守矢神社。もう一つはここからずっと西にある博麗神社です。探している人はそっちにいるんじゃないですか?」
鬼鮫は頭を抑えて、デイダラは頭を抱えてうずくまった。
「そういえば、あの河童はただ神社があるとしか言ってませんでしたね。私も言い方が悪かったので、少し反省しています」
「あの〜、貴方達は一体?」
「おや、そういえば自己紹介がまだでしたね。干柿鬼鮫、今後会うかどうかは分かりませんが、以後お見知り置きを」
「オレはデイダラってんだ。向こうじゃオレを知らねー奴はいない程の芸術家だったぜ、うん」
二人が名乗りをあげると早苗も身支度を整えて、
「あ、私は東風谷早苗です。この守矢神社で巫女をしています。鬼鮫さんにデイダラさん、ですよね? どうしてそんな格好をしているんですか?」
鬼鮫とデイダラの服は同じだ。だがペアルックには見えないし、どちらかと言えば制服のようにも見える。
「私達は一昨日までとある組織にいましたがこちらに来て暇を出されまして」
「目的がなくなったって言ってリーダーが解散させちまったからな、まー、オイラたちもこっちでやりたいことをやりてーんだが……」
「だが? 何ですか?」
鬼鮫は言っていいことか少し迷ったが、彼女たちにしか知らないこともあるかもしれないと判断して、
「実は盗難に遭いまして」
「ええッ!」
「その犯人を捕まえたはいいんですが、犯人も盗んだ物をどこにやったかを忘れてしまったようで」
「口を割らせよーにも、相手が悪すぎてな。うん」
「古明地こいし……でしたかね。彼女の姉に聞いてもいいんですが、可能性は低いと言われました。なので、そのこいしから拷問以外の方法で盗んだ物の在り処を吐かせられる人を探しているんです。どなたか心当たりはありませんか?」
頬にわざとらしく指をついて、しばらく頭の引き出しを探った早苗だったが、頭を軽く振って、
「いえ、すいませんが。それに私、その子のことあまり知らなくて」
「……そうですか」
あまり期待はしていなかったが、関係がなくてもはっきりと言われると心に響く。
鬼鮫は盗まれた物に対して重要性が高くなかった。それに対して、サソリや角都が過敏に反応しているあたり、“暁”にとって肝要な物だとは分かったが、関係がないと割り切っていたので見つかればラッキーのオマケ程度に考えていた。
「ごめんなさい、期待に応えられず」
「別にいいぜ、オイラたちはイタチの野郎を見つけるのが主だったしな」
空気が悪くなっていくのを肌で感じ取った早苗は話題を変えようと辺りを見回して、改めて二人の体格を舐め回すように見る。
「しかし鬼鮫さんは体格がすごいですね。スポーツか何かやられてたんですか?」
「いえ、私は忍です。忍はそれなりに鍛えないといけないので」
その瞬間、早苗の目がギラリと光った。それは鬼鮫たちにも見て取れたが、
「忍! それって忍者ですか!?」
神速のごとく速さで詰め寄ってくる早苗に鬼鮫は思わずたじろいだ。
「……ええ、そうです。しかしそこまで興奮しますかね? 普通は」
「興奮も何も忍者はロマンじゃないですか! 敵地に忍び込み情報を集め、華麗に敵を倒していく。いやー、こっちに来て幽霊やら魔法使いやらいろんな人たちを見てきましたけど、忍者だけはとうとう見なかったですから。何ででしょうね? こっちに来てもおかしくはないんですけど……やはり何だかんだで、みんな忘れられないんですかね? あぁーーッ! 外の世界がとっても気になります!」
早苗の止まらぬトークにただ圧倒される鬼鮫。
「随分とおしゃべりですね」
「……まぁ、口うるさいとはよく言われます」
「いいことだと思うけどな、うん」
「しかし、忍者ですかー、忍者はもういないと言われてますからね。だいたい二、三百年ぐらい前にいなくなったと思います」
衝撃的な事実に鬼鮫とデイダラは動揺する。青天の霹靂だった。
忘れられてくるものが入り込む幻想郷だ。“暁”が忘れられたというのは、まだ理解できていたが、まさか忍がそんな時代遅れの存在になっていたとは鬼鮫とデイダラは想像もしていなかった。
「あぁっ!? それは本当か!? うん!!」
「はい、戦国時代が終わり世の中が平和になると忍者のやることがなくなって少しずつ消えていったと聞いています」
「戦国時代?」
会話のどこかに食い違いがあると思った鬼鮫は、少しの間だけ思索する。思い出したのは、幻想郷の住人が知る外の世界と自分たちがいた外の世界は違うと、にとりが言っていたことだ。
「デイダラさん、私たちは彼女が知っている世界とは別の世界から来ています。私たちの世界はまだ忍はいると思いますよ」
「なるほど、どこか会話がおかしいと思ってたんです。そうですか、私が知っている世界とはまた違う世界きらやって来たんですね」
「素直に受け止めますね」
「並行世界もロマンですから!」
早苗は胸を張って言った。普通の少女が抱く恋心や妄想、服などの周りの目を気にする年頃の娘に対して、まるで少年のような冒険心溢れる彼女に感心すると同時に辟易していた。
「ところで鬼鮫さん!」
そろそろ神社を離れようとしていた鬼鮫に早苗は慌てて声をかけた。
「はい、何でしょう?」
「私と手合わせ願えませんか!」