東方暁暴走録 〜暁メンバーが幻想入り〜   作:M.P

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そろそろ彼らを暴れさせたい。


アリスと魔理沙と幽香と

 

 幻想郷で森と言われれば、まず名前が上がるのは『魔法の森』だ。様々な茸が生息し、瘴気も発生するその森には、魔法使いなどの瘴気に耐性がある生物以外はほとんど立ち入らない。

 

 その森にはいくつか開けた場所があるが、その開けた場所の一つの中央には西洋風の一軒家が建っていた。玄関ドアには『霧雨魔法店』と小さい文字で付けられた看板がかけられている。

 

 家の主人と思われる人物が空から颯爽と降りてきて、ドアを蹴飛ばすように開ける。彼女は自分のお気に入りの椅子に座り今回の成果を机上にぶちまけた。

 魔法使いを示す黒い三角帽を知り合いから、かっぱらってきたポールハンガーに放り投げて、大図書館から持ってきた本を一冊一冊手に取ってはしげしげと眺めていた。

 

 彼女の名前は霧雨魔理沙。立派な魔法使いになるために日々努力している少女だ。

 

 そんな彼女が本から目を離さずに手だけを袋に入れてまさぐっていると、妙な感触が手についた。

 魔理沙はおかしいと思い、それを掴んで引っ張り出すと、それはこぶし大程のモノを包んだ袋だった。

 

「何だ、これ」

 

 袋の中を覗くと、土のような物が入っていた。首を傾げながら中身を一部だけ取り出す。

 それはサラサラではなく、かといって硬くもなく、少し粘っとしていて軟らかかった。

 

「……これ、粘土か? 何で粘土なんかを持ってたんだ?」

 

 幻想郷でもそれほど珍しいわけでもない粘土だったなら、魔理沙もそこまで気にしなかったが、大図書館で出会い頭にぶつかり、その時に落としてしまったであろう男の物だったからだ。

 ただの粘土を袋に入れて持ち歩くのは普通ではない。

 

「もしかしたら、すごい粘土なのかな」

 

 もしかしたら思いがけないものを手に入れたかもしれないと思った魔理沙は目を輝かせた。しかし、意図せず持ってきてしまったので魔理沙はまごついていた。さらに知らない人の物なので余計に扱いづらい。これには、流石の魔理沙も使うのはマズいと思っていると、玄関の扉が開いた。入って来たのはアリスだった。

 

「魔理沙、邪魔するわよ」

 

 魔法の本を片手にアリスは気圧差で吹き出してきた埃を払う。おかげで、新調したばかりのアリスの黒いゴスロリ風の服は汚れてしまった。

 

「あッ! アリス、勝手に入るなよ。その辺りには大事な本が置いてあるんだぜ」

 

「それは貴方の言えることじゃないでしょうに。それに、大事な本ならちゃんとした所に管理しておきなさいな。それと、この服どうしてくれるのよ」

 

「あー、悪いな」

 

「全くもう」

 

 ふくれっ面のアリスを魔理沙は何とかなだめようとするが、結局アリスは家を出るまで機嫌は直らなかった。

 

「それで、何の用だ?」

 

「私が貸した魔法の本、そろそろ返してくれるかしら? 調合とか実験とかに使うから」

 

「あ、あー、あれか」

 

 視線を逸らす魔理沙。嫌な予感がするアリスは額を押さえた。

 

「……まさか」

 

「いや、いやいやいや! 失くしてないぜ! ほら、ここにあるから。な!」

 

 本の山に飛び込んで慌てて持ってきた魔理沙。だが、アリスの目はその本の山の麓に向けられていた。その辺りからカナブンや百足などの虫が本の間から這い出てきたのを見て、手に取る気が失せる。

 

「それはたしかに私の本だけど、その本は貸した覚えのない本なんだけど」

 

 魔理沙を本ごしに訝しげに見るアリス。

 

「あ、あれェ!? そ、そうだっけ? あー、えっと……あ! これだ! これだよな?」

 

 持っていた本を机上に置いて、再びうず高く積み上げられた本の中に飛び込んだ魔理沙は今度こそと本を手に戻ってきた。

 魔理沙が持っている数冊の本はたしかにアリスが貸した本だった。しかし、これら以外にも何冊かやられているだろうと考えるとどうも信用できない。

 

「ふーん……ふーん」

 

「あっ! なんだ!? アリス、その目は! そんなに私が信用できないっていうのか!?」

 

 他人の物を勝手に持っていく人をどうしたら信用できるのだろうか。

 

「あ、そうそう。大図書館で変な奴と会ったぜ。そん時にお互いに持っていた物をぶちまけちまったみたいなんだけど、間違えて持ってきちまった」

 

 何をやっているんだ、と頭を抱えたくなるアリスはとりあえず、

 

「その人……どんな格好をしていたの?」

 

「えーっと、たしか黒っぽい服だったな。あと何か模様があった気がしたけど、何だったかなー?」

 

 それだけ聞けば充分だ。魔法の森ではどんな人物かは測れなかった。あのパチュリーが負傷したというのだから、相当な実力者だと予想する。

 

 考え事をしていて、視線が自然と下がっていたアリスは魔理沙が持っている粘土に気が付いた。

 

「……その粘土」

 

「なんだ、アリス。これ、どこかで見たことあるのか?」

 

「はっきりとは見ていないけれど、これと同じ物を使っている人間なら会ったわ。魔理沙が大図書館でぶつかった人と同じ人よ。最近こっちに来たばかりみたいだったけど」

 

 アリスが耳にかかった髪をかきあげた。

 

「へー、そいつは初耳だな。そんなやつが幻想郷に来ているのか。それで、この粘土は何に使ってたかアリスは知ってるか?」

 

「知っているけど、知らないわ」

 

 なぞなぞのようなトンチのような答えに魔理沙は口をへの字にする。

 

「何だそれ? 知っているのか知らないのかはっきりしてくれ」

 

「彼は粘土細工の芸術家みたいだったわ。人を乗せられる大きさの鳥を見たわ。どうやって作ったのかはわからない」

 

 アリスの言葉を魔理沙は両手を頭の後ろで組んで聞いていた。

 

「魔術……とまではいかないけれど、何らかの術が関与していると思うの。彼の両の手のひらに人間の口が付いていたから」

 

「へー、そいつはまた面白そーじゃねーか。今はどこにいるんだろうな」

 

「……魔理沙、彼は今、あの幽香を怒らせてしまって追いかけられているの」

 

 魔理沙は眉をひそめて、見てわかるほどに嫌な顔をする。

 

「うへぇ、そいつは大変だな。よりによって、あの幽香を怒らせちまったのか」

 

 昔、魔理沙が幽香を怒らせた時は、それはもうひどい有様だった。魔理沙の家は半分近く破壊され、貴重な本やサンプルが消失してしまった。

 それ以来、魔理沙は風見幽香にはなるべく関わらないようにしている。

 

「でも、手のひらの口ってのが、気になるな。あの情報屋にでも聞くか? 居場所くらいなら知っていると思うし」

 

 おそらくは射命丸文のことだろう。記事をデタラメに書くアリスはあまり快く思わないが、情報の速さだけで言えば幻想郷一と言ってもいい程の速さだ。

 それに、心配はしばらくはしなくていいとアリスは思っている。

 

「大図書館で会ったなら、彼も生きているでしょうね。彼、そう簡単に死ななそうだったし」

 

 幽香の不意の一撃を避ける程の身のこなしだ。ひょっとしたら、彼以上に素早い人間はいないのかもしれない。

 アリスがそこまで考えていると魔理沙が、

 

「そういえば、あの日はパチュリーが飛んで来なかったな。いつもならすぐに邪魔してくるのに」

 

「むしろ邪魔はして当然だと思うんだけど」

 

 邪魔ならアリスでもするのだ。これ以上の被害を出さないために。

 

「いやー、すごかったぜ。派手にドンパチやってたみたいだったからな」

 

 魔理沙よりも優先することがあったのか、それとも手が離せなかったのかはわからない。だが一つだけ言えることがある。

 

「ということは、彼の他にもいるわけね。外から来た人間たちが」

 

「会ってみたいなー、外から来た人間は久しぶりだからな」

 

 突然、魔理沙は思い出したかのように、

 

「なぁ、アリス。さっきから彼、彼って言ってるが、何で名前を言わないんだ?」

 

「……彼からの自己紹介をしてもらっていないから」

 

 粘土を扱う人間もそうだが、アリスはどちらかと言えば彼が言っていた人形の男が気になっている。そんな事情を知らないで、魔理沙はグイグイ聞いてくる。

 

「何で名前を聞かなかったんだ? いくらアリスでも不用心すぎないか?」

 

「ドタバタしていたのよ」

 

 アリスは貸した本と貸された本を人形に持たせると、服に埃が付いていないかを確認して、魔理沙の家を後にした。

 パチュリーへの見舞いついでに、彼女から外から来た人間たちの話を聞こうと思った。

 

「そういえば彼、私のハンカチを持っていったままね。返してくれるといいけど」

 

 ◇◆◇

 

 幽香は夏の突き刺すような赤い日差しを受けながら、花畑を通って自宅へと歩いていた。

 一面に咲く背の高い向日葵畑をも超す家の頭が見えてきた頃、幽香は誰かが家の前にいることに気が付いた。

 

「……あら、貴方たち、まだいたの?」

 

 玄関前で腕を組み、背中を反らしているのは幽香もよく知るチルノだった。

 氷の妖精なのに暑くないのか、と思っていると、

 

「遅かったじゃない! ずっと待っててキツかったんだぞ!」

 

 上から目線で話すチルノに、普段ならば一撃を入れる幽香だが、人里で発散しきってしまったのか、気に障ることもなくチルノの言葉を身体で受けた。

 

「……ねぇ、バカ」

 

「バカじゃない! あたいにはチルノっていう立派な名前があるんだぞ!」

 

「……ねぇ、チルノ。一つ頼まれてくれないかしら」

 

「えっ? 何を?」

 

 格上からのまさかの頼みに目を輝かせるチルノ。

 

「頼みっていうのは、簡単よ。貴方が前に言っていた服を着ている金髪の人間を探してほしいの。間違ってもあの黒蠅じゃないわよ」

 

 幽香が言った黒蠅とは魔理沙のことだ。大妖怪の彼女からすれば、魔法使い見習いで盗人の魔理沙のことを害虫と同様に見ていた。

 

「そいつを見かけたら私に知らせてほしいの。できる?」

 

「フフーン! あたいにできないことなんてないんだ!」

 

「じゃあ、引き受けてくれるのね」

 

「当ったり前でしょ! 幽香が困っているんならあたいはいつだって助けるよ!」

 

 チルノの言葉に幽香は一瞬キョトンとしたが、

 

「……そう、ありがとう」

 

 幽香はここ最近で一番の笑顔になった。


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