東方暁暴走録 〜暁メンバーが幻想入り〜   作:M.P

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2. 襲撃

 筆記用具を小鈴に片付けさせていた阿求は揺れ終わった暖簾をいまだに見続けていた。

 店内に絶え間なく運び込まれる冷風によって浮く髪を抑えながら阿求は物思いにふける。

 

「行ったわね、あの二人」

 

 見たこともない二人だった。外からやって来たのはあの二人で間違いないが、彼らがこの幻想郷にとって害のある人間かどうかの判断材料はまだ少ないが、先程のやり取りを見た限りではこちらから何もしなければ向こうも何もしない、そんな人物に思えた。

 そこまで考えて、貸本屋の小さな主人が黙っていることに気がつく。

 

「……小鈴?」

 

 阿求が呼び掛けるが、小鈴は死んだ魚の目のような表情で筆を洗っている。そして、きれいになった穂先を指を整えていると、

 

「ねぇ、阿求。何で私があんたの道具を片付けているのかな」

 

 と言った。たしかに完全記憶を持っていると言ったのは小鈴だ。だからといって、召使いのようなことをやらせるのはどうだろうか。

 

「それにしても……サソリさん、か」

 

「ちょっと小鈴、貴方どうしたのよ? さっきから様子が変よ」

 

「ううん、何でもないよ。それよりさっきの人たちはいい人……だよね? 本を大事そうにしてたから」

 

 小鈴が思い返すのは借りた本を大事そうに抱えたサソリの姿だった。二枚目の彼はそれだけで絵になった。

 

「人間にはそうでもないかもね」

 

「え? それってどういうこと?」

 

「私さっき言ったわね、外の世界から来た人がどうこうって」

 

「ええ、言ってたわね……まさか、それって!」

 

「十中八九そうでしょうね。鈴奈庵の存在を知らない、稗田家及びその九代目の私を知らなかったり、他にも幻想郷に住んでいれば当たり前のことや知っているはずのことを知らない。これらのことから外の世界から来たのはあの二人、でも噂からだともう何人かいると思うけど」

 

「……あれだけのことでそこまで分かるなんて、伊達に推理小説を書いているだけあるわね。アガサクリスQ」

 

 書道用品の片付けをさせられた意趣返しに阿求は頭を抱える。

 

「その名前はあまり口にしないで」

 

 アガサクリスQとは阿求が書物を書くときに使う別名義だ。阿求自身もそれを隠しているつもりはないが、あまり言い広められては困る。周りがうるさくなるからだ。

 

(それにしても、彼らは私のことをあまりよく思っていない感じだったけど)

 

 阿求は少しの不安と好奇心が心の中でグルグル混ざり合っていると、ドオオオォン、と大きな衝撃が店の中に響き、本棚から何冊もの本がバラバラと落ちてきた。

 咄嗟のことで近くの物に捕まることが出来なかった阿求たちは荒れた店内に呆然とするも、すぐに気持ちを切り替えた。

 

「……今のは?」

 

 例の二人が店を出て時間は経っていない。この衝撃も彼らが関わっていると阿求は考えた。その時にはすでに、阿求の身体は店を飛び出していた。

 

「あっ! 阿求! ちょっと待って! 本が!」

 

 棚から落ちた本を急いで拾う小鈴を置いて阿求は人里を駆けた。

 

 ◇◆◇

 

 一方、鈴奈庵を出た二人は手から提げた収穫を確かめていた。借りた本を熟読して妖怪についての知識や習性を身に付けたいところだ。

 また、二人は本屋で出会った阿求についても話していた。

 

「それであの阿求とかいう小娘はどうする? 顔を覚えられてしまったぞ」

 

 二人の身長差故にサソリは顎をわずかに上げてそう言った。

 

「別に問題はあるまい。オレは拠点をここに移そうと考えている。たまに見かける看板をチラと見たが、この里にも賞金首がいるようだ。やっていることが小さい分、懸けられた金額も少ないがな」

 

 角都は“暁”の一員として任務を遂行しながら、副業として賞金稼ぎをしていた。金に目がない彼はなるべく懸賞金の額が大きい首を狙った。

 後々、賞金首の名簿をもらうつもりだ。そして、それを飛段にも手伝わせようと目論んでいる。

 

「それにしても、完全記憶とでも言えばいいのか。あの女の能力が厄介なことには変わりはないな」

 

 数日前に出会った人の顔を()()()()()()()完璧に書く人間が多いとは流石の二人にも予想外だ。

 

「ヒルコに代わる傀儡を作らないとな」

 

「あの閉じ籠る傀儡か、効果的だが根本の解決までには至っていないぞ」

 

 人里には何度も足を運ぶことになるが、別段やましいことを考えてはいないので問題は特にない。しかし、サソリは顔がいいので彼に会おうとする人に囲まれるのが煩わしく思うのだろう。

 角都は歩きながら、金が生まれる方法を考えていたその時、ドオオオォン!! と雷が目の前にでも落ちたかのような大きな音と衝撃が襲ってきた。しかし、戦闘や戦の経験が豊富な二人は直前にそれに気が付き避けていた。

 

「キャアアアアアッ!!」

 

 平和な人里に悲鳴が響き渡り、衝撃で打ち上げられた土埃が広場を包んだ。井戸端会議を繰り広げていた奥方たちも二人の後ろを歩いていた腕っぷしのある男たちも裸足で逃げ出した。

 

「あらあら、あの人間じゃなかったのね。残念だわ」

 

 叩きつけた日傘を構え直して土埃から姿を現したのは明らかに不機嫌と分かる風見幽香だった。

 

「何だ、お前は? これはどういうつもりだ」

 

「私が誰だとか、そんなことはどうでもいいの」

 

 よく見れば襲撃者の左手には包帯が巻かれていて、それはわずかに見える足首にもあった。

 角都たちはそれだけで目の前の女が手負いだと判断したが、先程の攻撃から油断はできない。

 

「ただ貴方たちを殺せればそれでいいの」

 

「なぜオレ達を狙う?」

 

「格好が同じなの、髪の色が違うけど。そういうことだから素直に殺されてくれるかしら?」

 

 いきなりの殺害宣言を受けた二人は納得がいかない。

 

「オレがお前に狙われる覚えはなかったが、誰か何かやったのか?」

 

 覚えがあるとすると“暁”が集合する前のことしかないが、それは二人の知ったことではない。

 

「あら? 貴方たちのところに金髪の人間がいるはずでしょ。そいつが私の大切なモノを傷つけようとしたの。あと私怨もあるわね。理由は言ったわ、死んで」

 

 女の言葉をよそに二人の頭の中にはある人物が思い浮かんだ。

 

((デイダラか))

 

 幽香は日傘を構え直すと、照準をサソリの心臓に定めた。それに対抗しようとサソリと角都は忍術を使おうとするが、周りに人の目が多く、二人がまだ満足に術を使えないことが戦いの火蓋が切られない要因だった。

 生半可な反撃は敵を怒らせるだけだ。ましてや、日傘で地面を破壊する程の力を持ち、殺意を剥き出しにしている風見幽香ではそれが顕著に現れるはずだ。いや、それだけでは済まないかもしれない。

 

「これは一体何の騒ぎだ!?」

 

 遠巻きに見ていた野次馬を押しのけて一人の青服の少女が三人の間に割り込んできた。慌てて来たのか、衣服が少し乱れていた。

 幽香は目だけを動かして、そしてチッ、っと舌打ちをした。

 

「……邪魔をしないでくれるかしら。上白沢慧音」

 

「こちらは授業を止めてまでここに飛んで来たんだ。原因を調べに来るのはごく当たり前のことだと思うが。それと先程までここに二人ほど誰かがいたような気がしたが、どこに行ったのだ?」

 

「……ッ! いつの間に」

 

 そう言われて幽香は辺りを見回すが、すでに二人の姿はどこにも見当たらず人垣の中にいるのは二人だけだ。怒りの矛先がいなくなった幽香はワナワナと腕を振るわせながら日傘を肩に乗せる。

 

「気がそれたわ。邪魔をして悪かったわね」

 

「……風見幽香、貴方が何をされたかは知らないが、これ以上人里で暴れさせはしない」

 

 幽香は慧音をジッと見た。半妖のくせして人間に肩を持つ慧音に昔から軽蔑していたが、今でもその考えが変わっていない彼女に幽香は、

 

「貴方はまだそんなきれいごとを言うのね。でも私が殺したいのはここの人間じゃない、外から来た人間よ。それでも止めるというの?」

 

「ああ、たとえどんな事情を抱えていたとしても私は人間を守ると決めたんだ」

 

 幽香はそれを見て、つまらなそうな顔を浮かべて、

 

「話は変わるけど、あの服を着ている人間、貴方は他に知らない?」

 

「その質問に私が答えるとでも」

 

「……そう、騒ぎを起こして悪かったわね。しばらくは来ないわ」

 

(今回のことで、あの人間たちもしばらく人里には近寄らないだろうから)

 

 幽香は地面に置いてあった買い物袋を拾うと、ゆっくりと歩いて去った。その影が見えなくなるまで慧音は気を抜かない。

 

「……全く、変わらないな」

 

 騒ぎが収まり野次馬がその場を離れ始めた頃、幽香に襲われた二人は物陰に身を潜めていた。あのどさくさで何も落としていないことを確かめると、

 

「あの女が言っていた人間はデイダラか?」

 

 角都は答えがほぼ分かっているが一応の確認として聞いた。

 

「あいつ以外に誰がいる」

 サソリは怒りを含ませながら、そう答えた。

 

「あの女はここにはしばらく来ないと言っていたが、ほとぼりが冷めるまで里に来るのは避けるか?」

 

 腕の中にある包みを見て、借りた本をどうやって返そうかサソリは考えながら聞いた。

 

「いや、それは悪手だ。今は少しでも目立つことは控えて地道に情報を集めることに集中するべきだ。まだ準備が整っていない内はなるべく厄介ごとはない方がいい。それにいざとなったら、デイダラを差し出せばいい。原因はほぼあいつだと思うからな」

 

 デイダラへの怒りを伴いながら二人は物音一つ無くその姿を消した。

 

 

 

 サソリと角都が離れた数分後、二人と同じ服を着た人間が広場に顔を出した。その顔を見た人たちからは安心の声が上がった。

 

「何かあったのですか?」

 

「ああ、貴方でしたか! いえ、大丈夫です。何事もなく終わりました。ナナシさん」

 

 人里に住居を移した男は誰にでも優しくするその姿から、数日で人里に溶け込んだ。記憶と名前をなくした男は周りからナナシと呼ばれた。

 黄色い声援を受けながら男は誰も怪我をしていないことを確かめると、

 

「誰も傷つかないでよかった」

 

 慧音もそれを幸運なことと捉えた。自分よりも他人を気遣い、その身を犠牲にする彼はこの場に一人でも怪我人がいれば、処置が済むまで側にいるだろう。

 

「そうですね。あっ、いやでも、あの衝撃の余波で建物に被害が及んでいますね。ですが、それほどでもないみたいです」

 

 慧音と男は衝撃で蜘蛛の巣のような跡がつけられた地面を見る。

 

「ハァッ、ハァッ! 何事ですか!?」

 

 そこへ、夏用の薄い着物の袖をはためかせながら阿求が駆け込んで来た。阿求は吹き出た汗を拭いて衣服の乱れを整える。

 

「これはこれは、阿求ではないですか。実は先程、風見幽香が広場を破壊しました。誰かを狙っていたようですが、逃げられたみたいですね」

 

 阿求は幽香が残した破壊跡を見た。そして、周りを見渡して人里のいつもの空気に戻っていることにホッと息をついた。

 

「そうですか、怪我人は……いないようですね」

 

 人里や幻想郷の住人がいる場所で大妖怪が暴れると、大抵は怪我人が現れる。人間がそれに巻き込まれて全員が無傷なのは奇跡に近かった。

 人間たちからすれば災厄のごとく暴れる彼女たちが通り過ぎるまでただ待つしかないのだ。

 

「あッ!! 授業を止めていたのを思い出しました! では私はこれで失礼します!」

 

 慧音はそう言って、寺子屋の方がへと駆けて行った。授業を受けている子どもたちからすれば、このまま授業が止まったままの方が嬉しいみたいだが。

 広場はすでに活気を取り戻していて、真夏の暑さにも負けない人を呼び込む声がそこかしこから聞こえてくる。

 

「阿求さん、私もこれで失礼します」

 

 男は軽く一礼すると、人の群れの中へと消えていった。ただ彼は里の人間たちよりも背が高く、群衆から頭一つ突き出たそれを阿求はジッと見つめた。

 

(……ナナシさんも、外からやって来た人。でも、それは里の皆が知っている)

 

 幻想郷には時折、外からやって来る人間がいる。余程のことがない限り人里はその人間を受け入れる。しかし、爪を隠す鷹のように凶暴さをひた隠しにする人間はどうなのか。

 

 阿求は心のモヤモヤがいつまでも残っていた。


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