東方暁暴走録 〜暁メンバーが幻想入り〜   作:M.P

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暁、各地へ
1. 人里の鈴奈庵


 鈴奈庵の店の中は最近人里で販売された空気調節器が動き続けている。これまでの夏ならば店内に熱気と湿気が渦巻いている空間はキンキンに冷えた冷気で包まれている。外は昼に差し掛かってきたから温度差は相当なものだろう。

 

「はぁ〜、快適」

 

 夏が来る度に悩まされてきた熱と湿気対策がとても楽になった。だけど、平和すぎて退屈だ。何か事件でも起きないかなー。

 

「あー、暇」

 

 本日もまた何事も起きない平凡な一般人としてのちょっと変わった店番の日常の生活を過ごしている。

 居心地の良さについ舟を漕ぎ始めた時、店の暖簾が開いた。新品同然の若草色の着物に天女が羽織っているような薄い絹の羽衣を肩にかけ、紫色の包みを抱えたよく見知っている人がいた。

 

「小鈴〜、本借りに来たわよ」

 

「……阿求(あんた)か」

 

「私が来る度にそれ言ってるわね。一応、私には身分あるんだけど。はい、これ借りてた本ね」

 

 紫色の包みがドンと重い音を立てて机の上に置いた。何冊あるんだろう?

 

「……あんた、どうしてこんな重たい物を運べるの? それと、身分身分って言ってるけどそんなのここではあってないようなものじゃない。一々気にすると面倒くさいわ」

 

 阿求は口をヒクつかせたが、すぐに顔を整えた。このやり取りは私たちの日常のようなものであり、生活の一部になっている。

 

「面倒でもやらないといけない時があるの。それと貴方さっき舟を漕いでたわよ」

 

「別にいいのよ、最近は本を借りるより涼みに来てる人が多いんだから」

 

 そう言うと阿求は店内を見回す。今日は夏でも涼しい日だったのか涼みに来ている客は少なかった。

 本を買う気も借りる気もない客は一人、二人と背表紙だけを眺めて帰っていった。

 店の中には私と阿求だけになった。

 

「空気調節器を取り入れた時を思えば、ずいぶんと寂しくなったじゃない」

 

「うるさーい、読まないんならー、来んなー」

 

 気怠げな声を阿求は軽く聞き流した。

 

「ねぇ、阿求。暇」

 

「私に言わないで、そんなに暇なら恋の一つでもすればいいじゃない」

 

「恋か~、そんな本の世界じゃあるまいし、一目惚れとかそういうのって現実にあるかなー。ねぇ、阿求の家では恋愛とかどうなの?」

 

「私に聞かないでよ、ウチの家従たちは恋愛とかはさせないようには言ってるけど皆隠れて色々とやってるみたいだし」

 

「色々って?」

 

「い、色々は色々よ!」

 

 顔を赤くして声を荒げる阿求。忘れたくても忘れられない阿求は何かを見たことは確かだ。もっといじりたい。

 

「ねぇ小鈴、外から来た人たちの噂は知ってる?」

 

「噂?」

 

「そう、最近幻想郷に外の世界から来た人が動き出したっていう噂」

 

「外から来た人がいたこと自体が初耳なんだけど」

 

「小鈴、貴方は仮にも本屋を経営しているんでしょう。情報を集めるぐらいのことはやっておいた方がいいわよ」

 

 私が経営しているわけじゃないのに、その小言は阿求に届いたかは分からなかった。

 

「私も実際にその人たちを見たことはないけど、噂では妖怪を退治しているとかなんとか」

 

 返却された本の状態を確認しながら、

 

「よくもまあ、そんな状態で私に言えたわね。阿求でも把握できていないじゃない」

 

「あらごめんなさい。何も知らない貴方に教えにきたのに」

 

「あんたが借りていた本を延滞扱いにしてやろうかしら。知ってる? ここの本を延滞した人はしばらく本が借りれなくなるの」

 

「やることが小さいわね」

 

 貸本記録帳にいつものように書き込んでいると、客が暖簾をくぐって入って来た。

 

「邪魔するぞ」

 

 暖簾を開けて入って来たのは人里では見かけない格好をした二人組の人間だった。

 

「あ、いらっしゃい、ま、せ……」

 

 その人が目に入った瞬間、世界が変わった。

 

 さっき言った一目惚れはありえないは、取り消さないといけない。閻魔様には舌を抜かれるけど……。

 その人が目に入るだけでチクチクするこの胸の小さな痛みはきっとそれだろう。

 

 

 

 その日、私は恋をしました。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 人里の人間に本がある場所を教えてもらった角都とサソリは鈴奈庵の暖簾をくぐった。

 店の中が冷えた空気に包まれていることに驚いたが、二人はそれよりも本があるかどうか店内を見回して確認した。

 鈴奈庵の本棚には百や二百ではきかない数の本が並んでいた。その数は紅魔館の地下図書館には遠く及ばないが、角都たちが知りたかった妖怪についての本が整理されていた。

 

「なるほど、ここなら情報が集まりそうだ」

 

「あるのは妖怪についての本だけではないな、『外の世界』の機械やカラクリの本がある」

 

 店の右手に入ったサソリが何気なしに手に取った本には『世界の珍しい機械全集』と書かれていた。表紙に写っている機械だけでもサソリには新鮮な機械だ。サソリはしばらく子どものように目を輝かせていた。

 

 しかし、サソリは手に取った本よりも気になることがある。相手に気付かれないように目を動かす。

 

「……あの小娘、ずっとこっちを見ているが何か気付いたのか?」

 

「それはないな。別の意味でお前を見ているだけだ」

 

 角都の言葉の意味が分からずサソリは首を傾げる。

 

 サソリは幼くして両親を戦争で亡くし、愛情などの感情を理解できないまま成長した。この状況で監視以外の目的で見られることがサソリには分からなかった。

 これ以上は考えても無駄だと思ったサソリは奥まで続く本棚を見渡す。

 

「しかし意外とあるものだな。これだけあれば妖怪に対して対策はとれるはずだ」

 

「確かにな、場合によっては金になる」

 

 角都はずっと疑問に思っていたことを口にする。

 

「お前こそ何故あの河童どもから機械やカラクリの技術を奪わない。お前の実力なら簡単に手に入るはずだ」

 

「……あいつらのアジトにはあいつらにしか理解できない機械やカラクリがあった。理解もできない技術を殺して奪うぐらいなら生かして技術を盗み取る。それだけだ」

 

「なるほど、技術やカラクリに目がないお前が河童に何もしなかったのはそういうことか。納得がいった」

 

 その時、サソリは一冊の本に目を見つけた。それはサソリたちがいた世界には無かったもので、ペラペラと本をめくりとあるページで手が止まる。

 

「うん? これは……」

 

 生まれ故郷では天才と謳われたサソリだが、知らないことはたくさんある。終わりのない美への追求の為に努力を怠らない彼はカラクリに対してもその努力は同じで、知らないことを理解してそれらを自らの作品に取り入れてきた。

 この幻想郷でもまだまだ学ぶことがあると確信したサソリは薄っすらと笑った。

 

 そこへ、本屋の主人が声を掛けてきた。

 

「あの、何かお探しですか?」

 

 我に返ったサソリは顔を繕って無表情になる。

 

「……ずいぶんと見たこともない本ばかりが並んでいるな」

 

「はい、この“鈴奈庵”は主に外の世界の本を中心に取り扱っている貸本屋ですから。あ! 本の販売や印刷も行なっていますよ」

 

「……今は妖怪についての本を探している。他にはないか?」

 

「それならこちらです」

 

 小鈴はサソリたちがいた場所とは反対側の本棚が並ぶ通路を手のひらを上にして指した。

 そこに歩いていく途中で角都が帳場の前に積まれた新聞に気が付いた。

 

「ここには新聞まであるのか」

 

 そう言って新聞を手に取る角都。『文々。新聞』と付けられた新聞とその中身に眉をひそめる。

 

 新聞は角都たちがいた元の世界にもあったが、この新聞はいかんせん中身がデタラメで面白おかしく書かれていた。新聞の見出しに目を通したところで小鈴が角都と新聞の間に割って入ってきた。

 

「ああああッ!? その新聞は有料です! 読むのでしたら代金をいただきますよ」

 

「そうか、ならいい」

 

 小鈴はわずかに悲しそうな表情を浮かべて角都から返された新聞を元の位置に戻した。サソリはそれを無視して、本を探しにドシドシと歩いていくが、角都は四つ折りに畳まれた新聞の隅に小さく書かれた筆者の名前を見逃さなかった。

 

「あッ! それと私、本居小鈴といいます。店番は私がしているので、い、いつでも来て下さい」

 

「……そうか」

 

 小鈴の精一杯のアプローチはサソリにかすりもしなかった。

 

 少しうな垂れる小鈴に代わって阿求が前に出る。

 

「私は稗田阿求、この辺りの……まぁ、地主みたいなものです」

 

「阿求はすごいんですよ! 一度覚えたら絶対に忘れないんです!」

 

 興奮した小鈴は胸を張って言うが、阿求は怪訝な表情を浮かべる。

 

「一度覚えたら、とは?」

 

「それはもう全部です!  何から何まで、見ても聞いても、それが例えほんの一瞬であっても細かいところまで覚えることができるんですよ!」

 

「……それは、人の顔でもか?」

 

 サソリが阿求との距離を少し取って言った。

 

「ええ、できるわよ。例えば」

 

 阿求はいつのまに取り出したのか紙と筆を持つとサラサラと書いていく。一分もしないうちに出来上がったそれはまるで写真だった。

 

「ほお、確かにこれは似ている似ていないというレベルではないな」

 

「相変わらず写真みたい、っていうか書かれているの私じゃない!」

 

 阿求が紙に書いたのは小鈴の似顔絵だった。それを受け取った角都が小鈴と似顔絵を見比べてその再現度の高さに脅威を感じた。

 

 似顔絵は角都たちから見ても小鈴の言うようにもはや写真と言っても過言ではなかった。

 

「……他に書けるのか? ここにいない人物や物でも」

 

「うーん、それだったら……霊夢さんかな」

 

「霊夢?」

 

 それまで全く話に入ってこなかったサソリが興味を示したのか本を読む手を止めた。

 

「そう、人里から離れた博麗神社にいる巫女よ。もし困ったことがあったらそこに行くといいわ。妖怪関連のことなら大抵の場合は解決してくれるわ」

 

 阿求は喋りながら苦もなく筆を進めていく。その様子をサソリは黙って見ていた。

 

「よし、出来た!」

 

 出来上がったのは竹ぼうきを持ってこちらをボーッとした目で見ている少女だった。

 

 紙に描かれた彼女は見るからにやる気がなく、それを見た角都は、

 

「こいつが、霊夢か」

 

「はい、もし会いに行くならお賽銭を持っていくと、上機嫌になりますから……フフッ」

 

 賽銭をもらい、クルクル回る霊夢の姿が簡単に想像出来た阿求と小鈴は二人して失笑した。客の前で笑っていたことにハッとした小鈴は放ったらかしにしていたもう一人を探すと、帳台の前には本を持ったサソリが今か今かと待っていた。

 

「オレはそんな事よりもこちらの用事を済ませたい」

 

 待たされるのが嫌いなサソリは怒りを抑えていた。ハッとした小鈴は小走りで自分がいるべき位置に戻ると営業スマイルを浮かべる。

 

「お待たせしてすいません! えっと、本の貸出でよろしいでしょうか?」

 

 サソリが三冊、角都が二冊の本を出した。貸出料金も別々で、どこまでも金にうるさい角都に少しイラついたサソリだった。

 

「お二人合わせて五冊の貸出でよろしいですか?」

 

 無言で頷く角都に戸惑う小鈴だが、そこは鍛え上げられた接客で返す。

 

「えー、お二人の本の貸出期限は一週間です。もちろんお早めに返却することも可能ですし、貸した本に予約者がいない場合は、貸出時間の延長も行えます。本は必ず返却してくださいね」

 

 鈴奈庵の主人を少女だからとなめて、たまに本を返さない人間がいるが、そこは先程話に上がった巫女が駆けつけて制裁を加えるので現在では返さない人間はほとんどいなくなった。

 

 会計の途中で包むものがないことに気が付いた小鈴は、台の下のある籠から紫の風呂敷を取り出して本を包んだ。

 それを見たサソリは眉をひそめた。一纏めになったことで、どちらかが本を持たなければいけなくなったが、本が二冊だろうと五冊だろうあまり変わりはないので、サソリは不満ながらも風呂敷を受け取った。

 

「ありがとうございましたー!」

 

 小鈴の黄色い声を背中に受けながらサソリと角都は本が入った風呂敷を持って店を後にした。


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