始めはそいつを懲らしめてやろうと思っていた。弱い人間に負けるハズがないと高を括っていた。
◇◆◇
「ぐうっ、ぅうああぁっ!」
あの人間から受けた右腕と両脚の火傷は今も私を苦しめていた。少しでも動かせばそこから激痛が走り私を縛っている。こうやって椅子に座るだけでも一苦労だ。
火傷に効く植物で癒してはいるが火傷は思ったよりも重くなかなか治りそうにない。
「くうっ、あの人間め」
右腕に巻かれた包帯を見る度にあの忌々しい人間の顔が浮かび上がる。名前を聞くのを忘れていたが、そこまで広くはない幻想郷ではすぐに見つかるだろう。
火傷の痛みに耐えながら左手でカップを持って紅茶を飲む。あの人間をどうやっていたぶるか、そんなことを考えていると家に近づいて来る人影が見える。奴か? と思ったが、身長はそれほどない。まるで子どもだ。
姿が判別できるところまで来るとその正体が見えた。妖精だ。なんでこのタイミングで、と口に出さずに罵る。こっちに来るなと念じるが妖精は真っ直ぐ向かって来る。
「幽香~!遊びに来たよ~!」
案の定外から妖精の声が聞こえてきた。普段なら軽くあしらったりして遊ぶが今はこの姿を見られるわけにはいかない。そう考えた私はドアの前で待っている妖精達を追い出そうとした時、ある考えが浮かんだ。
妖精から人間のことを聞き出せばいい。あの子達は好奇心旺盛だから変わった人間に出会ったら放ってはおけないはずだ。
「ちょっと待ってて、今手が離せないの」
そう言って私は火傷を隠すようにチェックの上着を着る。この真夏に暑い格好をさせるあの人間に殺す理由が一つ増えた。
ドアを開けると胸を張った(平坦だけど)チルノと緑色の髪の妖精がおどおどしながら入って来た。チルノにしては仲間が少ないな。
チルノたちに一応お菓子を出した。案の定というか、チルノはすぐにお菓子を口一杯に頬張った。
連れの子に感謝することね、その子がお礼を言ってなかったら殴ってたかもしれなかったから。
「幽香!あのねあのね!この前強い人間に会ったんだよ」
「 へぇー、そうなの」
ああ、鬱陶しい。なぜ今来たんだろう、こいつらは。
「ねー大ちゃん、あの人間ってどんな格好してたっけ?」
「えーっと、確か黒い服に赤い雲が描かれてたような」
緑の言葉に痛みを忘れて立ち上がった。椅子が乱暴に倒れて傷ついたかもしれない。
「何ですって!?」
「ひっ!」
緑髪の妖精が怯えているがそんなことはどうでもいい。
「チルノ、そいつはどこに?」
「えーっと、分かんない。湖で別れてからどこに行ったか聞かなかったし」
「そう、湖にいたのね」
「そうよ、あいつすごかったんだよ!手をバーッと動かしてこうパンって手を合わせたら水とか見たことない魚がバシャバシャーってなったんだよ!」
「え? 水?」
あの人間が操っていたのは粘土と爆弾だったはず。まさか他に仲間がいるのか?
「ねぇ、チルノ。その人間はどんな格好をしてたの?」
「えーっとね、確か黒っぽかった気がする。あ! あとでかかったよ。多分幽香より大きいと思う」
決まりね、あの人間は私よりも背が低かったし格好も同じだと思う。仲間がいるならそいつを捕まえてあの人間の居場所を吐かせればいい。
「ありがとうチルノ、チルノの話面白かったわ」
「え? 本当? えへへ」
そうだ、なぜこんな簡単なことが思いつかなかったんだろう。幻想郷に迷い込んでくる人間は大体人里に向かう。そこを待ち伏せすればいい、そうすればあの人間を殺せる。
「チルノ、悪いけど私は用事ができたからちょっと出かけて行くわ」
「出かけるならしょうがないね。お菓子ありがとう! 行こ! 大ちゃん!」
「えっ、うん」
クッキーをリスのように食べていた緑が外を悠々と飛ぶチルノを追いかけていった。
二人を見送ると、すぐに出かけの準備をする。最近は暑いが怪我を隠すために長袖のシャツに腕を通した。
(あいつだけは絶対に殺してやる)
人間への怒りを込めて幻想郷の遊覧飛行を始めた。
◇◆◇
「お、お買い上げありがとう、ございます」
「ええ、どうも」
お釣りを貰って、いつもの買い物を済ませた。しばらく人里を歩き回ったが、あの人間はいない。
「少し、気が早かったかしら」
怒りと勢いで飛び出してきたが、計画性のないことはするべきではなかった。幻想郷が閉ざされた世界だといっても狭くはない。かといって、人間に聞くのも逆効果だろう。あまり広くない人里では噂はすぐに広まる。
私が聞き回っているとしても、それを聞きつけたあの人間は確実に距離を置く。そうなってしまえば、もう手掛かりは無くなる。
地道に探すしかないか。そう考えていた時だった。
「えっ?」
ふと、通りを一つ跨いだ家と家との間に見える隙間から忌々しい模様が歩いていたのが視界に入った。あいつか! と思った。だが、一瞬だけ見えた髪の色はあの人間とは似ても似つかぬ色だ。
(あの人間ではないのか?)
違うがそんなことはもうどうでもいい。潰してしまおう。あわよくばあの人間の情報が手に入るかもしれない。
こんなことをするのは大妖怪にとっては恥に等しいかもしれない。でも、もういい。
そこで思考をやめて、買い物袋を地面に置いた。日傘を力強く握りしめる。
そして、大地を強く蹴ってあの二人の頭をかち割れる絶好の位置に日傘を思い切り振り下ろした。