河童達のアジトは緊張に包まれていた。河童の代表のにとりも自我を保っていなかったら吐いていただろう。それほどに人間達から発せられる怒りが感じられた。
盗まれた巻物の場所を吐かせようと、捕らえられたこいしは椅子に座らされてその上から縄でグルグル巻きにされている。その状態でもこいしはヘラヘラと薄ら笑いを浮かべていた。普通の少女がする表情ではなかった。
「巻物はどこにある?」
「えー、何それ?」
とぼけた顔で答えるこいし。その白々しい態度はサソリ達を苛立たせるには充分だった。
さとりの妹を傷付ける訳にはいかないので、拷問することは出来ない。それでもどうにかして吐かせようと色々と質問を変えたり
だがこいしは知らないの一点張りだ。
「そういえば、にとりさんは色んな機械を作っていましたよね。例えば、頭の中身や考えを見る、もしくは知ることができる機械とかはありますかねェ?」
河童が作った機械が無造作に置かれた一室を嫌そうに見る鬼鮫。その部屋からはカビ独特の匂いがした。
「あー、多分無理だよ。言ったよね? そいつは無意識を操るって。その無意識はそいつ自身にも適用される。一度忘れたらもう思い出せそうにないと思うよ? それにそんな機械があったら私が欲しいぐらいだよ」
何に使う気だ、と思った鬼鮫だがそれを口にしたのはあればいいなと考えが浮かんだだけでそこまでの期待はしていなかった。
「あ゛ぁーーッ!! じゃあどーすりゃーいいんだよ! おいッ!」
飛段が床を何度も踏み付ける。
他の三人も同じ思いだったからか誰も止めなかった。
「それよりもだ、サソリの旦那。こいつが本当に盗んだっていう証拠はあるのか?」
「ああ、ある。こいつの靴を見ろ」
デイダラが視線を下げるとこいしが履いている靴には小さい機械の破片が刺さっていた。それはサソリの傀儡の部品だった。
「確認したが、確かにオレが作った傀儡の部品だ。こいつがここに入ったのは明確だ」
「……サソリの旦那は、いったいどんな視力をしているんだ? こんなちっこいのはオイラでは見えないぜ」
「自白剤は無いのか?」
角都が苛立った様子で言った。苛立っているのはサソリも同じだったが、
「無いな、材料がどこにあるかすら分からないからだ」
打つ手なしといった状況になりサソリは自作した椅子に腰を深く下ろした。
その時、あることを思い付いた飛段が、
「そォーいえばよォー、こいつの姉は心を覗くことができるんだろ。だったらこいつをその姉のところまで連れて行きゃーいいんじゃねーのか?」
「いやー、それは無理だと思うよ?」
「……なぜそう言い切れる」
角都は頭の悪い飛段にしてはいい考えだと思ったが、横槍を入れられたことで少しだけ上がった機嫌が下がった。
「さっきも言ったけど、この子には心がないんだ。心がないってことはたとえ姉のさとりでも読むことはできない。それに地底に連れて行こうとしても無意識のうちに逃げてしまうから。だから無理なんだ。私の知り合いがそうなったから、よーく知ってる」
にとりが浮かべた表情は嘘をついているようには見えなかった。
「なぜそこまで巻物にこだわるかは知りませんが、一つ考えがあります」
鬼鮫がそう切り出したが、サソリと角都はもはや目を向ける姿勢さえ取らなかった。彼らからしてみれば手詰まりだったからだ。
「イタチさんですよ。彼なら幻術で情報を吐き出させることができます」
「チッ!」
イタチの名前にデイダラが舌打ちするが今はそれどころではない。サソリが「続けろ」と言った。
「彼は今神社にいるらしいです。紅魔館の主人達がそう言ってましたからね。にとりさん、この近くに神社はありますか?」
「ああ、あるよ。山の上の方にね」
ぶっきらぼうに言ったにとり。どうにでもなれ、そう顔に書いてある。
デイダラは山と聞いて思い当たる。
「山ってあの犬っころがいたところか?」
「犬っころって……あいつ等は一応天狗なんだけど。まぁ、それは置いといて。その神社に行くには山の中を通らないといけないんだけど、今はそんな遠回りをしなくてもよくなったんだ」
「何かあったのか? うん」
「ああ、聞いて驚け。実はな、神社にロープウェイができたんだ!」
にとりは胸を張って言った。しかし、ロープウェイがどんなものかさえ分からない彼らはピンとこなかった。あまりに反応が薄いことににとりは
「一応聞くが、それは乗り物か?」
「あー、ロープウェイを知らないか。ロープウェイってのは山から山、または山とふもとを行き来する乗り物さ。あれのおかげで神社に行くのがすごく楽になったんだ。それに何を隠そうそのロープウェイは私達が作ったんだ」
胸を張って言い切るにとり。遠巻きに部屋を見ていた他の河童たちも得意げな表情を浮かべた。物を作るのが得意な彼女たちにはロープウェイを完成させるのも朝飯前のことだ。
「ロープウェイがあるのは分かった。だが、それに乗る必要があるとは思わん」
「いやー、一応あるけどね。それに乗ると天狗たちとのいざこざも起こらないんだ。あんたらがどれだけ強いかは知らないが、全ての天狗たちと闘う気はないんだろう」
「オレはあるぜ。そろそろ贄が必要だからな。その天狗どもをジャシン様に捧げ––痛ェーッ!?」
飛段を殴ったのは角都だった。一番トラブルを引き起こす飛段を本格的に隔離しようかと考えた。
角都もそこらの妖怪に負けない自信はあるが、地霊殿にいたさとりのような妖怪が出てはたまらないのでしばらくは様子見をすることにした。
「それでどこ行けばロープウェイに乗れるんだ?」
頭を抑えている飛段をよそに不満そうな顔をしたデイダラが聞いた。手段のためとはいえ、イタチに因縁があるデイダラは彼の顔を見るのも嫌だった。
「ああ、神社に行くんなら人里に行けばいい。ちょっとお金を払えばすぐに神社に連れてってくれるよ」
「金、か」
飛段がはぁー、と息を吐いた。
「そういえばあんたらお金持ってなかったね。べらぼうに高いってことはないんだけど、払えないとなるとな〜」
どうしようか、とにとりはブツブツと呟いた。
「本当ならこれは貸しになるんだけど、サソリには色々と有用な情報をもらったからね。そのお代だと思ってくれ」
にとりは財布を取り出すと、そこからいくらかのお金を取り出すとサソリに渡す。
「それだけあれば往復してもお釣りは結構余るはずだ。あまり無駄遣いはするなよ」
“暁”の財布役だった角都がサソリの手元を覗き込む。ざっと計算して数円程の金額だった。
「フム、確かにこれだけあれば足りるだろうな」
幻想郷に来て一番最初に金のやり取りをした角都。受け取った金を数えてサソリに渡した。
サソリは手渡された金に関心がなかったが、人里にしかない本や傀儡のパーツを買うためのものと認識して身体の中に大事そうに入れた。
「あっ! ちょっと待って! 誰か一人くらい残ってくれ! お前達の護衛はまだ終わっていないだろう!」
どこか必死のにとり。鬼鮫たちはにとりが慌てている理由が予想出来た。
河童達が紅魔館の住人たちの仕返しに巻き込まれるかもしれないからだ。例え関係ない、と伝えてもそんな言い訳が通用するとは思ってはいなかった。
それにこいしの見張りもある。気を抜けば認識できなくなるこいしを放っておくことはできない。中途半端な見張りでは逃げられると予想できた。
そう考えた角都は、
「そうか。飛段、お前が残れ」
「あァッ!? 何でオレだ!」
「お前が一番無駄遣いするからだ。お前に金を渡したら何に使うか予測ができん」
角都がまだ向こうの世界で“暁”の一員で飛段とコンビを組み始めていた頃に飛段に少なくない金額の金を飛段に預けたことがあった。
結果、飛段はその金のほぼ全てを勝手にジャシン教の布教に使った。当然すぐにバレて角都と大喧嘩に発展した。
それ以降、角都は絶対に飛段に金を預けないことに決めた。
「んだとゥッ!? 角都ゥ! てめー喧嘩売ってんのかァーッ!?」
「それにこいつの見張りもある。盗っ人のこいつを一番早く見つけたのもお前だ。お前ならこいつを認識できる」
「ふざけんなァ! オレにガキのお守りでもしてろってのかァーーッ!!」
角都に飛びかかった飛段だったが、角都の硬化した拳骨の一撃で沈んだ。“暁”の他のメンバーはそれが彼らの日常の光景だと知っていた。だからか、飛段の心配をする者はいなかった。
「あァーーッ、オイラはもう疲れたぜ、一歩も動けねェ」
デイダラが椅子に勢いよく腰を下ろし、机を背もたれにして身体を預けた。
アジトと紅魔館を往復し、戦闘を二回も行ったのだ。体力のある彼らでも疲れるのは当然のことだろう。
「そうですね。もう日が暮れますから、イタチさんに会うのは明日にしましょう。チャクラを結構使ったので私が休みたいというのもありますし」
“暁”メンバーはこいしの世話をにとりたちに任せると、お互いに距離を取って座ると臨戦態勢を取りながら眠りについた。
「……こいつら、よく横にならずに眠れるな」
◇◆◇
日が明けると角都たちはにとりに教えてもらった道を歩いていた。飛段がまだグッスリと眠ったままだったが、元から置いていくのでそのままにしている。
森を出てしばらく歩くと、分かれ道に着いた。片方の道の先には幻想郷唯一の町が姿を現していた。町の手前には田畑から若々しい青色の稲が太陽の光を浴びようと天高く背伸びしている。
町の存在を確認した角都はサソリたちに振り向いた。
「さて、この辺りで別れるか」
「おい、それはどういうことだ?」
「言葉通りの意味だ、少しは金の節約をしないとな。それにイタチに会うためだけにわざわざ全員で行く必要はあるまい」
角都の言うことは最もではある。金に関しては角都が一番関わっていたので、他の三人は何も言わなかった。
「まぁ、それもあるが、別れた後はどうする? まさか何も決めてないんじゃないだろうな?」
「それについては心配ない。オレは町で情報を集める。新聞があるということは本もあるはずだ」
周りを嗅ぎ回る天狗は新聞を作っていると言っていた、そう言って角都は町の方へ向かう道に歩を進めた。
「そうか、ならオレも町に向かおう。妖怪についての本、もしくは情報はオレも欲しいところだった」
続いてサソリも角都と同じ道に立った。妖怪の情報が圧倒的に不足している今の状況は不利だとサソリは理解している。幻想郷での戦いが少ないサソリは、にとりたちが知っている妖怪の情報だけでは咄嗟のことに的確な判断ができないことは後から来たデイダラや角都の話から読み取れた。
また、人里には自分の知らない傀儡やカラクリの情報があるのではないか、という考えもあった。
「オイラは神社の方へ行くぜ。イタチの野郎が本当に生きているかこの目で確かめねーといけないからな。うん」
不敵な笑みをしたデイダラ。鬼鮫はデイダラがイタチに勝負を挑みはしないか、と不安になる。
「では、私もイタチさんの方へ向かいましょう。長年コンビを組んでいましたからね。心配ではあります。まぁ、あの人が死ぬ光景は浮かびませんが」
やれやれといった表情で鬼鮫はデイダラと同じ道に立った。全員の道がある決まったのを確認した角都は、
「決まりだな」
「ちょうど二対二ですね。ではお互いに良い知らせを期待しましょう」