東方暁暴走録 〜暁メンバーが幻想入り〜   作:M.P

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犬走椛の苦難

 木で作られた部屋の中心で剣道袴を着ている犬走椛は正座を組んで瞑想をしている。壁には刃が太い剣や紅葉マークが入った盾などが飾られていて、“武”を思わせる部屋だった。

 椛が瞑想に集中しているとスライド式の扉が勢いよく開き椛と同じの剣道袴を着た白狼天狗が入って来た。だが、椛と違い胸の辺りが少しだけ突き出されていた。

 椛は全く気付いていない様子だったが、それに構わず白狼天狗は椛の横に膝をつくと小声で呼びかける。

 

「椛さん、椛さん」

 

「……」

 

白狼天狗は反応しない椛につい言葉が強くなる。

 

「椛さん!!」

 

「はっ!?な、何ですか?」

 

 耳と尻尾が跳ねて白狼天狗の方に向き直った同じ白狼天狗の犬走椛はすぐに姿勢を直した。

 

「椛さん、貴女最近変ですよ。河童のところから帰ってきてずっと上の空じゃないですか。気を付けてくださいよ」

 

「あ、ああ」

 

 椛は同僚にそれとなく返すが、視線は安定せず部屋のあちこちに揺らいでいる。

 

「もうすぐ会議も始まりますからしっかりして下さいよ。同じ白狼天狗の私まで睨まれてしまうので」

 

「す、すまない」

 

「もう……椛さん、文様と何かあったんですか?」

 

 いきなり飛び出してきた文の名前に椛の尻尾がピンと立った。

 

「い、いや! 何もない! ……何も、ない」

 

 消え入りそうな声の椛に白狼天狗は子どもがいたずらを仕掛けている場面を見守っているような柔らかい笑みを浮かべる。

 

「いや〜、隊長の椛さんがそこまで慌てるのはレアですねー」

 

「あ、その」

 

「まぁ、いいですよ。それより今日の議題ですが、やはりこの前やって来た人間のことみたいです。他にも色々とあるみたいですが」

 

 では、と白狼天狗は椛に会釈をして自分の席へと戻って行った。

 同僚の背を視界に入れながら椛は先日、河童のアジトで出会った『人形師』のことを思い出す。

 

(アジトにいたあの人間は『人形師』だと言っていたけど絶対に嘘だ。『人形師』ならあんなに血の匂いがしないはずだ)

 

 アジトにいた人形師は夥しいほどの血の匂いを漂わせていた。もしごく普通の人形師だとしたら血の匂いなど無縁であるはずだ。

 ではなぜ人形師に匂いがついているのか、その答えは簡単だ。人を殺したからだ。

 人を殺し()()を材料にして作られた人形だから血の匂いがするのではないか、その考えが椛の頭から離れなかった。

 

(文さんには「何もない」と伝えたけど、ああ言ったら逆に首を突っ込んでくるよな)

 

 新聞のためならどんなことでもする文が新たなスクープとなりえるネタを取材するためにあの手この手で情報をかき集める姿が椛には容易に浮かび、嘘で塗り固められた記事をばら撒く未来まで想像できた。

 

 幻想郷を縦横無尽に飛び回り傍若無人に振る舞う文は上層部から問題視されており、他種族とのいざこざが起こさないよう白狼天狗によって監視されている。

 椛も文を監視するよう言われているが、椛の『千里先まで見通す程度の能力』は文ではなく河童たちのアジトに使っている。

 

(し、しかし、アジトに突入した時のことを思い返すと今でも恥ずかしい)

 

 椛は先日の出来事を思い出して一人羞恥心で悶えていた。それで興奮したのか尻尾まで大きく横に振っている。

 

 ◇◆◇

 

 椛は河童のアジトが壊滅したと思い込み突入したが、椛の目に飛び込んできたのは首根っこを掴まれたにとりの姿だった。

 椛は友人だけでも救おうと刀を構えて飛びかかった。椛の体重を乗せた刀は人間を切るには容易かったが、左右から現れたサソリの傀儡によってそれは防がれた。熊をも断つ斬撃を防がれたことに気が動転したが、すぐに心のスイッチを切り替える。

 

 わずかな呼吸をして椛はすぐに地を蹴って踏み込んだ。低姿勢になった椛は刀を突き出し、サソリを傀儡ごと串刺しにしようと試みた。人間には対応できるはずのない速度で放たれた突きにサソリは指先から出ている糸を巧みに操り、傀儡の壁を作った。

 刀は傀儡にぶつかると滑るようにして背中まで貫いたが、勢いはそこで止まり椛が押しても引いても刀は抜けなかった。

 

 武器が使い物にならなくなったと即座に判断した椛は自慢の牙で噛み付こうと、傀儡に突き刺さった刀を足場にして飛び越えた。鋭利な牙がサソリの腕に噛み付くすんでのところで現れたのは鍵山雛だった。ニコニコと不気味な笑顔を見せていた雛はあっけにとられている椛の腕を掴んで地面に押し付けた。

 

 その後にとりと雛から、ことの説明で誤解は解けた。真っ青になった椛は顔がめり込むのではないかと思う程に鼻先を地面に叩きつけた。

 サソリはそれを見て興味が無くなったのか、傀儡の調整作業に取り組んだ。

 

 思い返してみれば感情的にならずに、冷静に判断すれば今回の事件は起きなかったかもしれない。そんなことを思っても後の祭りだが、椛はこの一件でサソリに頭が上がらなくなってしまった。

 

 ◇◆◇

 

 会議室は多くの天狗たちの話し声でざわついていた。室内には宴会も兼ねるのだろうか酒や豪華絢爛な料理が運び込まれていた。天狗達はそれらに目移りしつつも会話に花を咲かせている。

 ボーッとしていた椛は姿勢を正して自分の役割を忘れないように全神経を集中した。上司たちにバレなかったのは幸運だと椛は思った。

 

「お久しぶりでございますなぁ、実は会議の後でお話しが––」

「どうやら白狼天狗が失態を犯したらしいの、天狗の恥さらしも––」

「最近では妖怪達の間で変わった遊びが流行っている様子。どうですかな––」

 

 椛が天狗たちの会話をわずらわしく思っていると周りが一瞬だけシン、と音が止んだ。椛は部屋の中央に存在感を放つ巨大な扉に顔を向けた。数多の天狗を従える天狗の長、天魔が会議室に姿を現した。それだけなら天狗はが唖然としなかった。問題は天魔の横に立つ人物、守谷神社に鎮座する神の八坂神奈子がいたことだった。

 

 ◇◆◇

 

 部屋には人里と比べて豪華な作りになっていた。部屋にある机は基本漆塗りの物だ。椅子も最高級で座面には何らかの動物の皮が使われているのか触り心地がとても良かった。

 天魔はその最高級の家具の中でも特に見栄えがいい椅子にどっかりと腰を下ろした。天魔が座るよう促すと神奈子が、続いて天狗たちが座った。天狗たちは自分たちより先に神奈子が座ったことが気に食わなかったのか苦い顔をしていたが、天魔の前では何も言えなかった。

 

「皆集まったな?ではこれより定例会議を始める」

 

 天魔のその一言から会議が始まった。

 定例会議はまず天狗たちの身辺整理から始まり幻想郷、妖怪たちそして下界へと話題は変わっていった。若い天狗が報告をしていく度に老天狗たちがけしからん、生意気だと好き勝手に言い放っては下衆な笑いで次へ次へと進む。

 

(これが誇り高いと言われてきた天狗、か……醜い)

 

 椛や他の若い天狗たちは片膝をつき顔を伏せて身分の高い天狗たちと目を合わせないようにしていた。

 本来ならばこの会議に参加することは許されないが報告などの雑用は自分達がすることではない、と老天狗たちの言葉で参加させられていた。椛は目に映る天狗たちがこの世の何よりも汚く見えた。

 

 議題が最近動きを見せている“暁”に移ると、途端に老天狗たちの間であれやこれやと意見が飛び交い、二転三転していった。

 頃合いを見たのか老天狗は笑みを隠そうともしない顔を椛に向けると、

 

「して椛よ」

 

「はっ!」

 

 椛はいきなり上司に話しかけられたことに身体をビクつかせながらも呼吸を整えて大天狗の目を見る。

 

「少し前にこの山の麓に侵入者が来たと報告してきたな」

 

「はい、二人の人間、恐らくは外の世界からやってきたと思われる物達が現れましたが……それが––」

 

 何か、と続けようとした時、椛に話しかけた老天狗の向かいに座っていた髭を白くした巨軀な身体をした天狗が荒々しく騒ぎ立てる。

 

「椛よ! なぜその人間共を殺さなかった! 里の者ならまだしも外来人がこの山に入った時は即刻斬り捨てよ、と前々から言われているではないか!」

 

 天狗の唾が辺りに飛び交う。彼の周りの天狗達が嫌な顔をしていると、椛の大天狗が手で抑える。

 

「よい、放っておけ。たしかに外来人は斬り捨てるが、それは外来人が無礼を働いた場合だけだ」

 

「大天狗殿、たかが人間になぜそこまで肩を持つのだ」

 

「然り然り、人間なんぞ我々の相手にすらならんぞ」

 

 老天狗の言葉に他の天狗たちも「そうだそうだ」と同意の声が上がる。

 

(何が誇り高き天狗だ、生まれ持った力に胡座をかいているだけじゃないか)

 

 一人の老天狗が話を切り出す。

 

「しかし、最近では正体が分からぬ“暁”とやらが弱小妖怪を襲っていると聞くが」

 

「うむ、それは噂で聞いているな」

 

「して、あー、椛と言ったかな? その正体不明の輩は……何といったかな、ああ“垢つき”だったか」

 

 老天狗が嘲笑を隠すこともせずに言った。周りの天狗たちもニヤニヤと嘲りの視線を向けて椛を見つめる。

 

「……いえ、能力を使っていますが姿を捉えた瞬間に霧のように消えて依然として正体が分からず」

 

「なんだ、天狗一の監視役が何も分からないか、これは笑い者だ。ハッハッハッ!」

「「「ハッハッハッ!!!」」」

 

 会議室は老天狗たちの笑い声で包まれた。椛は歯軋りを噛んで怒りを抑えていた。

 その様子を八坂神奈子はただじっと見つめていた。


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