東方暁暴走録 〜暁メンバーが幻想入り〜   作:M.P

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4. 湖での攻防

「咲夜、貴方はあの人間達をどう思う?」

 

 唐突にそう切り出したのはレミリアだった。側に立っている少女の従者、十六夜咲夜は何も言わず主人の次の言葉を待つ。レミリアもそれを分かっている様子だ。

 

「あいつら、かなり戦い慣れていたわ。ある程度の経験は積んでいるようね」

 

 レミリアはティーカップを皿の上に置くと持ち手の手のひらを見つめる。見通せる程に白いその肌にはごく薄っすらと赤い線が一本走っていた。吸血鬼の回復力をもってすれば最初から傷がなかったように見せるよう治すことは彼女にとって造作もないことだが、久しぶりに負った傷をどこか懐かしい風景を見るかのように眺めていた。

 人間という下等種族の攻撃を防ぐ際にできたものだった。霊夢や魔理沙といったいつもの面々につけられた傷だったならばギャーギャーと騒いでいたが、今のレミリアにには不思議と怒りの感情はなかった。普段ならば咲夜も今すぐにでも八つ裂きにしようと飛び出している所だが、主人の意に沿って腹の底に煮えるように溜まっている怒りを抑えている。

 

「失礼にも私に一番最初に向かってきた大鎌男を除いて誰も茶菓子どころか紅茶にすら手をつけなかったから、毒が入っていると思って警戒していたのかしら? ま、ウチはそんな野蛮なことはしないというのにね」

 

 一応貴族であるレミリアはわざわざ薬や毒を使う小細工はせずに獲物を自身の手で傷付けてから弄ぶ。猫や鯱が獲物でじわりじわりと嬲って遊ぶのと何ら変わりはなかった。

 

「……あの人間、普通は壁に叩きつけられたらしばらく動けないのに平然としていたし、回復力は私ぐらいあるんじゃないかしら?」

 

「お嬢様、確かにあの人間は平然としていましたが無傷ではなかったですし、それに回復するスピードもお嬢様と比較してかなり遅いものでした」

 

 レミリアが飛段に与えた攻撃は普通の人間ならばとっくに死んでいるはずのものだった。たとえ死ななくてもそれは致命傷だ。すぐに動けるはずはない。しかし、飛段は苦しそうにしてはいたが傍から見て死にそうには見えなかった。

 

(もう傷を見るのは飽きたわね)

 

 先程まで美しく見えていたそれは急につまらない何かに変わっていた。一対の真紅の瞳が細まるとジュッ、と肉が焼けるような音が部屋に広がり手のひらに付けられた赤い一本線は一瞬で無くなった。

 

「それにしてもあの鎌かなりの切れ味だったわね。吸血鬼を傷付けることができる武器なんてそうないけど。ま、今はそんな事より……」

 

「……お嬢様、彼らは––」

 

「分かっているわ、神社にいたあの人間と何かしらの関係があることは確かだったわ。––服も同じだったし––あいつがいる場所はつかんであるから咲夜かパチュリーに行ってもらうわ。それだけの時間はあるでしょ?」

 

「はい、お嬢様」

 

 その時、ドォーン!! と大きな音と地響きがして部屋が揺れた。ティーカップから紅茶が溢れ、咲夜の手作りの香ばしいクッキーがパラパラと床に落ちた。優雅なティータイムを邪魔されてレミリアは怒り心頭だ。赤い頬を膨らませ咲夜に向き直る。

 

「何事?」

 

「お嬢様、衝撃は下からです。震源は大図書館または地下室かと」

 

 咲夜が頭を下げて淡々と述べていく。

 

「パチェはあそこで人間たちと戦っているのよね。でも、パチュリーにさっきの衝撃が起きる程の魔法って使えたっけ? あの人間達の中にここまで衝撃がくる程の攻撃とかはなさそうだし」

 

 レミリアがあれこれと考えていると咲夜が頭を下げたまま進言する。

 

「お嬢様、また妹様が地下室を破壊したのではないのでしょうか?」

 

「まぁ、それしかないわよね。私の妹ながら問題しか起こさないわね」

 

 レミリアには五つ下の妹がいる。レミリアにも負けず劣らずの美貌を持ち同じ吸血鬼だが、性格に難があった。

 情緒不安定な彼女は時折発作がきては紅魔館中を暴れ回り紅魔館に傷跡を残していた。そのくせ自分が悪い事をしたとは露程も考えない紅魔館の悩みの種だった。

 

「咲夜、貴方大図書館に行って来なさい。人間達は誰か一人でも生き残っていればいい。フランに殺されていなければあいつらの口から霊夢にくっ付いている人間のことを聞き出しなさい。どんな手を使っても構わないわ」

 

「かしこまりました」

 

 咲夜が指をパチンと鳴らすと部屋から姿が消えてまるで最初から何もいなかったように見えた。レミリアがテーブルに視線を戻すとそこには汚れたテーブルクロスも床に落ちたクッキーも片付けられていた。散らかっていた部屋もまるで新居に引っ越したばかりの部屋みたいに綺麗になっている。

 ティーカップも別のものに変わっていた。レミリアは咲夜の仕事ぶりに満足するとティーカップを傾けて口を付けた。カフェオレの味だった。

 

 ◇◆◇

 

 大図書館の扉が開かれるとまず目に入ってきたのは床に散らばった数え切れない程の本と横転した本棚だった。大図書館には普段からパチュリーが結界を張ってあり本や本棚が倒れることはない。大図書館や紅魔館を破壊する程の破壊力がなければここまでのことは起きないが、レミリアや霊夢が暴れた場合はその限りではない。

 

「……ハァッ、あの人間達はどこにいるのかしら?」

 

 目の前に広がる惨劇に頭を痛める咲夜は捜索を開始した。

 魔導書があちらこちらに落ちていたりしているが、咲夜が一番目についたのはある本棚の一部が虫に食われたように無くなっていた。下に落ちている訳でもなく明らかに数が合わない。咲夜はまたあの泥棒が盗んだと判断して今日何度目かの溜息をついた。

 

「魔理沙ったらまた盗んでいったのね。しかも天井にあんなに大きな穴を開けて」

 

 咲夜は重々しく顔を上げて図書館の奥の奥にある天井に空いた穴を見る。大きくポッカリと空いた穴からは幻想郷を肌を焦がすと錯覚する程にジリジリと焼く真夏の日差しが容赦なく入り込んでいた。

 図書館は紅魔館の地下にあるため通常ならば天井は地上ではなく紅魔館の一階だ。しかし、穴が空いている場所は紅魔館からややはみ出している所でギリギリで地上に繋がっていた。

 

「人の家を何だと思っているのかしら」

 

 修理のことを考えて頭を抑える。紅魔館を直すのはゴブリンや妖精メイド、門番の仕事だがこの規模では咲夜も手伝わなければならない。これを主人が見れば間違いなく激怒するだろう。一刻も早く直さなくては、と咲夜は思った。

 

「これは週どころか月単位でかかりそうね、他にも仕事はあるのに……魔理沙は仕事を増やす仕事しかしないわね」

 

 スケジュールの調整を頭の中で行った咲夜は床に落ちた魔導本を集めて腕の中に入れていく。集めるといっても放っておくと危険な代物の本だけを本棚の空いたスペースに入れていくだけの単純な作業だったが。

 ある程度の本を棚に入れると人間達を探し始める。先程咲夜が接触した時はそう簡単にやられるようには見えなかったが、ごくあっさりと死んでしまうこともある。咲夜はそこまで考えると、そういえば図書館に入ってからパチュリーに話しかけられていないことに気が付いた。嫌な予感がした。

 

「まさか、パチュリー様が人間にやられることは……」

 

 ありえない、の言葉を飲み込んだ咲夜は戦場の場となった図書館の奥へ奥へと駆けて行くと誰かが倒れているのを見つけた。それは咲夜がよく知る人物だ。

 パチュリーの姿を確認できて一瞬だけ安堵した咲夜だったが、それは本当に一瞬だった。視界に入ったのはボロボロの姿で仰向けに倒れたパチュリーと彼女に涙目でしがみついて喚いている小悪魔の姿だった。

 

「パチュリー様!」

 

 咲夜が駆け寄るとパチュリーは弱々しく目を開ける。呼吸は安定していて命に別状はなさそうだ。が、なるべく早く治療を施さないといけない状態だ。

 

「……あら、咲夜?」

 

「パチュリー様! 大丈夫ですか!?」

 

「……ええ、大丈、ゲホッ、ゲホッ!!」

 

 パチュリーの咳に合わせて口から血が滲み出てきた。それに目が朧気だ。パチュリーの弱々しい姿に小悪魔はどんどん助からないかもしれないという焦りと何も出来ない自分に対する罪悪感が小悪魔自身を締めつけた。

 咲夜の心の底に押し込めていた怒りの感情がふつふつと沸騰するように少しずつだが、確実に湧き上がってきた。

 

「……人間達は?」

 

 咲夜の声色にはどす黒い憤怒の表情が含まれていた。それを見てまた涙目なった小悪魔は図書館の奥に空けられた大穴を指差して、

 

「あ、あの。あそこから……」

 

 咲夜は小さい声でそう、と優しく返した。咲夜の特徴の銀髪がフワリと浮き上がって見えた。

 

「逃がさない、誰一人として」

 

「咲夜様!?」

 

「パチュリー様をお願い」

 

 咲夜はナイフを指の間に挟んで立ち上がると、壁に開けられた大穴から外へと飛び出した。

 残された小悪魔は大穴とパチュリーをしばらく交互に見ていた。次にパチュリーが血を吐いたのを見てハッと我に返る。

 小悪魔は自分の服を破って止血や骨折した腕を吊り下げたりした。処置が終わりと入れ替わりに妖精メイド達が慌てた様子で入って来た。小悪魔は妖精メイド達に担架を持ってくるように指示するといつの間にか気を失ったパチュリーの手を握った。

 

 ◇◆◇

 

「上手くいったな、うん」

 

 紅魔館から脱出した四人は湖の上を走っていた。一刻も早くこの場を離れるためだった。

 こちらに来た時に立ち込めていた霧はまるで最初から無かったかのように晴れていた。湖の端まで見通せるそこは彼らにとって都合が悪い。角都は何かに気が付いて舌打ちをして振り返る。

 

「そうでもなさそうですよ」

 

 鬼鮫が後ろを向くように促すとデイダラも釣られるように不思議な顔をしたまま後ろに振り向いた。その視線の先にはこちらに猛スピードで飛んでくる従者が目に入る。灼熱の光が彼女の手に握られているナイフに反射して一瞬だけ目が眩んだ。

 

「待ちなさい!!」

 

「待てと言われて誰が待つかよォーーッ!!」

 

 飛段が迎え撃とうと背負ってある大鎌に手をかけるが、角都が飛段の脛に蹴りを入れた。飛段はすぐに体勢を立て直したが怒りの矛先は角都に向かった。

 

「何で止めんだ! 角都ゥー!」

 

 飛段の唾が角都の顔にまでかかりそうになる。

 

「あの女の能力はまだ分かっていない。その状態での戦闘は不利だ」

 

「ンだァァッー!! だからってビビって逃げろって言ーのかァッ!」

 

「角都の言葉は正しいと思うな、うん。なんせあいつが投げたと思うナイフがいきなり目の前に現れたからな」

 

 デイダラは紅魔館での攻防を思い出していた。咲夜に投げたはずの爆弾はいつの間にか床に落ちていて、その全てに銀色に光るナイフが刺さっていた。何が起きたかデイダラには分からなかったが、咲夜の能力が未知である以上こちらから仕掛けるのは悪手だと思っている。

 

「チッ! そんな能力とかは放っておいて本体だけを攻撃すりゃーいいだろーが」

 

「貴様は馬鹿か? 相手の能力が分からないまま突っ込むのは獣のやる事だ。下手に手を出すとロクなことにならない。貴様はその獣と同じことをして首を刎ねられただろうに」

 

「う、うるせェーーッ!!」

 

 三人がやり取りをしている内に咲夜は追いついてきている。

咲夜は背を向けて逃げる四人にナイフを投げる。

 

 それを見た鬼鮫は走りながらも素早く印を結ぶ。術の準備が整うと他の三人を先に行かせて咲夜の方に振り向いた。デイダラからの視線を感じ取りながらも水面に素早く手のひらを押し付けた。

 

「『水遁・水陣壁ッ』!!」

 

 鬼鮫が手を置いた水面からカーテンの幕のような水の壁が四人を咲夜から隠すようにして出現した。空を飛ぶナイフは水の壁に遮られるとそのまま湖の中に手を取られたかのようにぼちゃん、ぼちゃんと音を立てて沈んでいった。

 

「くっ!」

 

 咲夜は能力で時間を止めた。咲夜の『時間を操る程度の能力』は幻想郷全体にまで広がると、跳ねた水しぶきも沈んでいくナイフも空を自由に飛ぶ鳥達まで全てがピタリとまるで石のように固まり動かなくなった。太陽から降り注ぐ熱は写真に撮られたそれと同じように暑さを感じさせない。静止した世界は温かさがなかった。

 咲夜は水の壁を回り込むと自分に向かって逃げているように見える四人に自慢のナイフをお見舞いした。銀色に輝くナイフは咲夜の手から離れるとやはりピタリと空中で静止した。一人に対して五本、十本と投げて投げて逃げ道をなくす。だが、それだけで咲夜の怒りは収まらなかった。

 

「サボテンみたいに棘だらけにしてやる!!」

 

 何本も何本もナイフを投げ続けた。手持ちのナイフが無くなった頃には咲夜は肩で息をしていた。もしこれらのナイフが一斉に身体に刺されば彼らは死ぬかもしれなかったが、咲夜はそれでもよかったし、むしろ虫の息になることを望んでいた。主人の友を傷付けた罪は彼女にとってそれほど重かった。主人からの一人でも生き残っていればいい、という命令は咲夜にはとてもありがたいものだ。咲夜は彼らの全身を包むようにナイフを投げたが、心臓や急所をわざと外すようにしていた。

 

「パチュリー様が受けた痛みはこんなものではないはずだ!」

 

 これで生き残ろうものなら生まれて来たことを後悔させる程に苦しませるつもりだ。ありとあらゆる拷問を与え、情報を吐き出させる。むしろナイフで全身を刺されて死ぬ方が救いなのかもしれない。

 咲夜は一、二回程深呼吸をすると時止めを解除した。静止した時間から解放された冷酷で冷たいナイフは四人に向かってその刃を突き刺した。しかし、ナイフが四人に食い込んだ瞬間、四人の身体は水の塊となり湖と同化するように消えていった。四人を仕留めるはずのナイフは対象を見失うと同時に湖の底へと消えていった。

 

「偽物ッ!?」

 

 普段は冷静な咲夜だったが、この時ばかりはパチュリーがやられたことで熱くなっていた。普段の咲夜なら見破ることが出来たそれは追って来た彼女を嘲笑うかのようだった。咲夜はあまりの悔しさと自分の愚かさに歯が磨り潰されるのではないか、と思える程に歯噛みしていた。

 そうして、従者の内側に再び怒りの感情が生まれるのと同時に湖に霧が発生し始めた。それも湖をゆっくりと包むようなスピードではなく、すでに紅魔館や湖の端は霧によってその姿が阻まれている。気が付けば四人の姿も霧が覆い被さるように隠していた。

 

「くっ、本物はどこに!?」

 

 咲夜は辺りを見回すもその間に霧はどんどん濃くなり無闇に進めない。これ以上進めば敵からの奇襲に反応するのは咲夜の能力を持ってしても難しい。長時間能力を使用できないこともあって、

咲夜が湖から離れようと判断した時にはすでに四人は向こう岸に辿り着いていた。

 デイダラが鬼鮫の術で濡れた赤い雲が描かれた外套を絞っていると鬼鮫に向かって不意に、

 

「しかし鬼鮫の旦那、あの女をどうやって振り払ったんだ、うん?」

 

「『水分身の術』に『変化の術』を合わせましたが、何とか騙せたようですね」

 

 鬼鮫が使った術は別々に発動するのならば中忍程度ならば簡単にこなせる術だったが、それらを同時に使うのはそう簡単ではない。しかし、それらを簡単にやってのけたように見える鬼鮫にデイダラは一種の畏敬の念を払った。

 

「さて、これからどうしますか」

 

「あー、決まってんだろ」

 

 飛段は何を言っているんだ、という顔をしていた。

 

「何か当てでも?」

 

「あァーあるよ! デイダラのくだらない芸術とやらが認められたんだ! だったらこの地でジャシン教を布教させりゃーいいってなぁ!!」

 

「おい! オイラの芸術がくだらないってのはどういうことだァッ!!」

 

 デイダラが手のひらの口から残り僅かの粘土を吐き出していると、草むらから頭に犬耳を生やした少女が飛び出してきた。

 

「うん? 何だァー? てめえは?」

 

 飛段はすでに大鎌を背中から抜いていた。ただ大鎌のターゲットはデイダラからその少女に変わっている。

 身体がわなわなと震えているが、内側から込み上げてくる恐怖を振り払って鬼鮫を指差すと、

 

「やっと見つけたわ!!わかさぎ姫の仇!!」

 


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