河童のアジト
「おい、解散ってどういうことだ⁉︎うん‼︎」
リーダーの突然の解散宣言にデイダラが長門の胸ぐらを掴めそうな程に接近する。デイダラの行動に目くじらを立てた小南だったが、長門が目で抑えた。
「今言った通りだ。傭兵集団“暁”は解散する」
「いや、アンタが言った世界征服はどーすんだ!」
デイダラが言うように“暁”は世界征服を企んでいた。デイダラは世界征服に興味は全くなかったが、“暁”を抜けた大蛇丸の埋め合わせとして無理矢理入れられたことに怒りを覚えていた。
だから自分の行動を縛ったリーダーの言葉に納得がいかなかった。今まで自分達がやってきたことは何だったんだ、とデイダラが激昂する。
「リーダーがああ言ってるんだ。その通りにすればいいだけだ」
サソリの言葉に『旦那まで何を言っているんだ⁉︎』とデイダラの怒りの矛先が変わり、喚くがだんだんと歯切れが悪くなり、遂には何も言えず黙り込んでしまった。
「オレ達の目的は尾獣の力を利用して世界を征服することだった。だがここに尾獣はいない、それが一つの理由だ。デイダラ、分かったか」
幻想郷はデイダラ達がいた外の世界とは違い尾獣がいない。長門の計画の中枢である尾獣がいなければ“暁”の世界征服は不可能であり他にやることがなくなってしまった“暁”は尾獣集めの前の傭兵になるぐらいしか幻想郷では道がない。
「でも!ここを征服するとかあるじゃねーか!うん!」
「お前はここにいる妖怪達の強さを知ってるんだろう?尾獣の力なしでは無理だ」
サソリの言葉にデイダラは『うっ』と呻く。実際、妖怪達の強さは風見幽香という存在によって本当の意味で身にしみていて、向こうがほとんど手を抜いていたことも今までの戦闘経験で分かっていた。
それに、たとえ風見幽香が妖怪の中でも強い部類に入っていると仮定しても他に強い妖怪はまだまだいることは明快だ。
デイダラがうなだれるのを見て他のメンバーもここに来るまでに出遭った妖怪達を思い出し、できれば二度と出遭いたくないと願った。
「今までお前たちを付き合わせてきてすまなかった。だが、それもこれまでだ。オレたちはこれからは赤の他人だ」
集団に目的がなければその集団はその内にバラバラになってしまう。そうなってしまえばメンバーが自分勝手に暴れまわることは長門には目に見えていた。
長年“暁”に尽くしてきた彼らに死んでほしくない長門が選んだ選択が解散だった。
幻想郷は怪物の巣窟であるため知らず知らずの内に強力な妖怪に喧嘩を売っていた、ということになれば国を相手取ることができる“暁”とて危うい。
それにあの丘で出会った妖怪に釘を刺されたことも“暁”の解散に拍車をかけていた。
ならば今“暁”を解散して一度メンバーをバラバラにすることで、各自目的が見つかれば大妖怪と戦う、喧嘩を売るという最悪なことにはならないとふんだ長門はそう決断した。
だがこれは賭けだ。組織集団“暁”はメンバーのほとんど全員が犯罪者だ。好きなようにやらせて妖怪に殺されてしまうことがあるかもしれない。長門はそうなってしまうメンバーも助けたいと思っているが、身体が思うように動かず六道の術は今の体力では発動するかどうかすら分からない状況だ。
しかし、彼らは忍だ。長門の助けなく幻想郷で生きていけるだろう。それに彼らの反応からして各々強力な妖怪にすでに会っているのは分かった。
余程の無茶をすることがないよう祈ることしか長門にはできなかった。
「オォイ、クソリーダー!デイダラの言う通りだ、オレ達ァ一体今まで何やってたんだァ〜?」
サソリ、角都、鬼鮫らは長門の判断を理解して黙っているが、デイダラ、飛段は長門の考えを汲み取れず今も喚き続けている。
サソリ達はしばらく沈黙を続けていたが、あまりにも騒ぐので止めに入った。
「おい角都ゥ⁉︎てめーも何か言ったらどーだ。オレ達にやることがねーって言われて大人しくいろってか?」
恐らくこの中で一番大人しくしていられないのは飛段だ。この飛段こそが長門の一番の懸念であり、問題児だった。
「貴様は馬鹿か?“暁”を解散するということはオレ達は好きに動いていいということだ。お前の好きなジャシン教とやらに身を捧げればいいだろうに」
「あ?……あー、そうかァ?……そうだな!何だよ、リーダー。そう言ってくれりゃあいいのによー、勘違いしちまったじゃねーかー」
ギャハハと笑う飛段。デイダラ以外のメンバーは『今頃気付いたのか』と胸の中で思った。
「うん?じゃあオイラも好きなようにしていいってことか?」
「ああ、そうだ。お前のくだらん芸術に人生をかければいいだろう」
「サソリの旦那、芸術は一瞬の輝きこそが美だ。アンタのは芸術じゃなくてただの人形劇だ。うん」
「何だと」
サソリは傀儡を作る手を止めてガタンと乱暴に椅子から立ち上がる。二人はそこから言い争いになり他のメンバーは二人を誰も止めようとせず『またか』という表情が浮かぶ。
デイダラはサソリとのツーマンセルを芸術コンビと謳っているが、普段から二人の衝突が激しく芸術について言いあうのは“暁”では日常の光景だった。
「おい、あれ止めなくていいのか?」
飛段が長門にそう問いかける。
問いかけられた長門は二人を止めようとはせず赤の他人だとばかりにただじっと傍観するだけだった。飛段も長門が止める気がないと分かると何も言おうとはしなかった。
もっとも、飛段も最初から二人を止めるつもりは毛頭なかった。
「あー、これでオレも自由か。ジャシン教広めるのもいいが、まずは生贄だな。つえー奴殺しャージャシン様も喜んでくれっかなー」
ワクワク顔の飛段はどうやって殺そうかを考え始める。
「飛段、ここは弱肉強食の世界だ。油断すると死ぬぞ」
「おい角都、それをオレにゆーのか?オレ達ァ鬼を殺したんだぞ、つまり
幻想郷において鬼という存在は人間だけでなく他の妖怪すら畏怖する立ち位置にある。
その鬼を殺したことで飛段は鼻が高くなっている、それを角都は危険視していた。確かに、鬼はとても強いが最強の存在である訳ではない。角都が地底で出会った心を読む妖怪をそうであったように。
「その鬼にやられたのは誰だ」
「そりゃおめーもだろーが!角都ゥ!」
「あの鬼が特別なだけだ。山の四天王だったらしいからな」
「けっ、地獄にいるのに何で“山の”四天王なんだよ」
二人を蹴飛ばした鬼、星熊勇儀は人間に興味がなくなったことが原因で地底で暮らしているのだが、二人はそれを知る由はなかった。
「ま、オレたちがそんだけ強けりゃ“暁”なんか解散したところで問題ねーな」
「そうですか?私達には“暁”解散よりももっと致命的な問題があるんですよ」
「ん?そりゃどんな問題なんだー?問題なんて何もない気がするんだが」
「おや?アナタはここに来るまで術を使っていないのですか?」
飛段は興味なさそうに耳に指を突っ込んでいじくっている。
「実は
鬼鮫の言葉に飛段だけでなく言い争いをしていたサソリ、デイダラにまで衝撃を与えた。
「んあ⁉︎マジかよそれ!何でだ?」
「さぁ、それは分かりません。ただ、チャクラの使い過ぎには気を付けた方がいいでしょうね」
彼ら忍にとって生命線とも言えるチャクラ。術の発動、移動、その他様々なことに使用されるがチャクラに制限がかかることになるとは夢にも思っていなかった。
ただチャクラが使えない訳ではなく回復するスピードが遅いだけであり、連戦を強いられるなど余程のことがなければ大丈夫だ、と鬼鮫は続ける。
「そうか、じゃあ術とかチャクラが使えないって訳じゃあねーんだな」
「一応は使えるといった感じです。まぁ、チャクラを多用しなければ、ですが」
術そのものは使えると聞いてホッとする飛段。彼は普段あまり術を使わないが、チャクラを使うことはままある。チャクラが使えないと聞いてどうしようか、と考えていたがたとえ使えないとしても元々飛段の術はチャクラを使うことはない。
それに彼は物事を考える時はだいたいプラスに考える人物だった。
(なるほど、あの時身体が妙に動きが悪かったのはこういうことだったのか)
サソリは鬼鮫のチャクラの回復するスピードが遅い、という言葉に思い当たることがあった。
前に河童達に三十近くのゴキブリ傀儡をけしかけた時、チャクラ糸を指の先から出して傀儡を操っていた。チャクラ糸は指先から出る糸の量に比例してチャクラを消費する。その時もチャクラを消費したが回復する時間がいつもより遅かった。サソリは始め操った傀儡がいつもより小さかったこと、あまりチャクラを使っていないことから自分の勘違いだろうと考えていた。
しかし、鬼鮫の話を聞いて、早めに気付いてよかったな、とサソリがボソリと呟いた。
「他には……ああ!そうでした」
「まだ他に何かあんのか?うん」
「ええ、口寄せですよ」
デイダラは首を傾げた。鬼鮫が口寄せの術を使えたか?と思ったが、鬼鮫程の忍になると別に何ら不思議ではなかった。それに鬼鮫口寄せするのはどうせ鮫だろうと予想する。
「ここでも口寄せの術は使えます。ただ、幻想郷に海、というより塩を含んだ水場はないらしく、私の鮫はあまり長くいられませんが」
やっぱ鮫だったか、うん、とデイダラが口にする。
その後、彼らはしばらく幻想郷についてのことを話し合った。
自分が出会った妖怪のこと、幻想郷のどこから来たか、など自分達の情報を
もちろん、喋らないことで自分だけが得する情報、自分が今置かれている状況、などなどわざと口にしない
鬼鮫の話から人里の情報が出てきたことでそこに向かおうか、という話になったが日が暮れて外が暗くなってきたことで、“暁”は河童達のアジトで一日を過ごした。
◇
「オイラはちょっくら粘土をとりにいってくるぜ、うん。もうさすがに待てねー」
次の日、デイダラがいきなりそんな言葉を口にした。
幻想郷に来て粘土をいじっていないことが原因らしくどうしても行くと言って聞かない。
「お前、あそこは妖怪が出るんだぞ。生身のお前が行けば餌食になるだけだ」
「サソリの旦那、行ってすぐに戻ってくるんだ。いざとなったら
サソリが言った通り、幻想郷は人里を一歩出ると危険地帯へと変わる。そして今、デイダラは粘土がなく、マトモに闘えない状態だ。その状態がどれだけ危険なことかはデイダラ自身が一番分かっていた。だからこそ、粘土を確保しておき戦いに備えておこうとしているのだ。
「はっ、ガキに守ってもらうのかよ。なっさけねーなー」
「何だと!」
デイダラが飛段に食ってかかろうとするが、鬼鮫に落ち着いて下さい、と肩を抑えられ止められる。長門と小南はすでに朝早くにアジトを去っており、今いる“暁”のメンバーは五人だけだ。
メンバー同士の争いを止める人が少なくなり、激しい闘いに発展してしまうのも時間の問題だ。
「オイラの芸術を分かる奴はそうそういないんだ。うん」
自分の芸術の良さが分からない者への毒を吐きながらデイダラはアジトを後にした。
◇
「ん?誰だ、アンタ?」
デイダラがアジトの外に出ると、目の前に瀟洒な少女が立っていた。
最初は何故ここに、と思ったデイダラだったがすぐにおかしなことに気が付く。ここは沢だ、それなのに少女の服には全く汚れは見えず外は暑いはずのに汗をかいた様子もない。
さらに外を見張っているはずのルーミアがいないことを考えるとやられた可能性が高い。
「私は紅魔館というところでメイドをしております、十六夜咲夜と申します」
少女を警戒していると向こうから話しかけてきた。紅魔館というところがどこかは知らないが、目の前の少女がルーミアを倒す程の実力を持っていると考えてそこは魔窟ではないかとデイダラは予測した。
一対一でいるのは危険と判断したデイダラは時間を稼いで他のメンバーが来るのを待とうと話をしようとするとーー
「私達の主人であらせられるレミリア・スカーレット様が貴人方を紅魔館に招待したいとのことです」