母の状態がかなり危ういので投稿が遅れるかもしれません。
1.暁のそれぞれ
幻想郷 某所
何もないただ開けた裸の丘にそれらは降り立った。
(……一応、誰もいないところに降りたけれど油断はできない)
紙でできた羽を羽ばたかせながら小南は長門を乗せた紙の絨毯をゆっくりと地面に降ろす。
(この辺りに何かがいるとは考えにくいけれど)
小南は周りに紙をばら撒きながら鬼が言った言葉を思い返す。
『しっかし、外の世界ではその格好は流行っているのかい。同じ格好の人間が神社に一人いるんだが』
『その格好』『同じ格好』これらは暁のメンバーであることは間違いないと思われる。ただし、あの鬼は見た限り酔っ払っており見間違いである可能性もある。何か確証がないか、と考えていると長門が目を覚ましていた。
「……ここは?」
「よく分からないわ。ただ、敵がいないことは確かよ」
天界から地上の様子を見ていた小南は安全だと判断できた場所を検討し、かつ人の気配がないこの場所に降り立った。
今の長門に負担をかけないよう選んだつもりだが、正直自信がなかった。だが、長門に傷付ける者を近付かせはしない。
「長門、アナタは私が守るわ」
小南はそう胸に刻んで長門に優しく微笑んだ。
だが、長門の視線は小南の後ろに向いていた。
「随分と仲がいいようね、私も入れてくれないかしら」
いつの間に、と小南が振り向くとそこには一人の傘を差した少女が立っていた。
その少女は可憐で麗しいと同時にミステリアスでどこか胡散臭い印象だ。少女はにこやかに微笑みながら二人に近付いて行く。
「実は、ここ最近外の世界からやって来る人間が増えているんだけれど、ちょっとそのことについて話したいことがあるの」
小南は警戒を解かないでいた。長門も気が付かない程に二人に近付いた少女だ。警戒を解かないのは当然だった。
少女は小南のそんな様子を見てクスクスと笑う。小南の滑稽な様を笑っているのか、はたまた
「外の世界から人間がやって来る。それだけだったら別にいいんだけど、妖怪達が人間を畏れるということはあってはならないの。今はまだ妖怪達に畏れない人間として周りからは認識されているけれど何人かしでかしているのよね〜」
何をしでかしたのか気になる小南だが、少女は小南のそんな反応を楽しんでいるのかにこやかに微笑みながら話を続ける。
「その色々と問題を起こしている人間達は貴方達と同じ格好をしているのだけれど」
小南はやはり、と思った。
天界で会ったあの鬼が言っていた言葉は真実であると確信した。
「彼等は貴方達のお仲間かしら?今は『玄武の沢』というところに何人かいるのは確認できるわね」
少女が先程から『人間達』『何人か』『彼等』と言っていることから複数いると考えていい。そう考えた小南は他の暁のメンバーに会うかどうか考え始める。
しかし、『玄武の沢』と言われてもそこがどこにあるのかが分からなかった。
「彼らのおいたが過ぎると私が消しちゃうわよ。じゃあね、忠告はしたからね〜」
そう言って少女は空間に突然空いた裂け目の中へと消えていった。
少女が消えた後、小南としては他のメンバーがどうなっても構わないが、長門だけは今度こそ絶対に守る。小南はそう決心した。
(……あの女が視線を流したのはあっちだったわね)
あの時、少女は『玄武の沢』と言った時に一瞬だけ視線を小南から外した。
小南はそれを見逃さずあの時に少女が視線を向けた方角へ
とりあえず合流しよう、もし彼らが敵として向かってくるのならば返り討ちにしてしまえばいいだけだ。
◆
玄武の沢 河童達のアジト
ジュイーン、ジュイーン。
「……こんなものか」
河童のアジトに新しく作られた部屋に機械音が響く。この部屋はアジトの新たな住人、サソリが傀儡を作るための部屋であり元は河童達が休憩する時に使われていたが、河童達が快く笑顔で譲ってもらったのだ。
「おーい、本当にここにサソリの旦那がいるんだろうな」
「い、いるよ。ただ、あまり邪魔をしたくないからね」
サソリが傀儡の手入れをしていると、河童達に連れられたデイダラと鬼鮫が部屋に入ってきた。
「サソリの旦那、やっと会えたぜ。うん」
「……彼がサソリですか?私が知っている姿とは大分違いますが」
鬼鮫は目の前にいるサソリを見て向こうの世界でのサソリを頭に思い浮かべる。
これまで鬼鮫はサソリの十八番であるヒルコの姿でしかサソリを見たことがなかった。デイダラが目の前にいる人物をサソリだと言っても鬼鮫には〈赤砂のサソリ〉と恐れられた若干信じられなかった。
サソリが制作作業に没頭していると後ろからデイダラが覗き込むが、サソリが作っているものが小さく何を作っているのかが分からずデイダラは聞く。
「……サソリの旦那、何を作っているんだ?」
「何を作っているのかだと?決まっている、傀儡だ。人の形ではないがな」
サソリはそう言って制作途中の傀儡をデイダラに見せた。
「旦那⁉︎これ!」
デイダラはサソリの掌に乗っている傀儡を見て驚愕する。
鬼鮫もデイダラの後ろからチラリと見るとリアクションに困った。デイダラの掌に乗っているそれはどう見ても
「……旦那、オイラはアンタを同じ物造りとして尊敬しているんだが流石にこれはない」
顔を引きつらせて言うデイダラだったがサソリはデイダラの言葉に反論する。
「何を言っている、確かに姿形はアレだがこれも立派な作品だぞ。色んな機能もついているれっきとした傀儡だ」
そう言ってサソリは頭のスイッチを押すとゴキブリ傀儡の背中の羽が外側に開いた。中には何も入っておらず空洞があるだけであった。
「ここには爆薬や仕込みを入れたり、何か小さいものを入れたりする。まぁ、後々でここに仕込みを入れるかもしれないが」
ゴキブリの羽を閉じて手の中にある傀儡を見つめるサソリ。
「せっかく作ったこれをあいつらにけしかけたんだが、どうも気に入らなかったらしい」
サソリが河童達の方をチラリと見やる。サソリと目が合った河童達は先日のことを思い出したのか、顔が恐怖で包まれたまま逃げていった。
「いや、旦那。誰だってそんな反応になるぜ、うん」
「私もどう対処すればいいか少し戸惑いますね」
二人の言葉にオレの芸術のセンスはそこまで悪くなったか?とサソリは問うが、デイダラ達はどう答えたらいいのか分からなかった。
「……それはどれほど作ったんですか?」
「そうだな、ざっと五十はいかない程度か?あいつらにけしかけた時は確か三十程だったな」
二人はその数を聞いて河童達に同情する。三十程のゴキブリがいっぺんに迫ってくる様は恐怖でしかない。
「材料は河童共の失敗作から部品を分解して間に合わせた。あいつらも失敗作をなかなか処分できなかったから喜んでいたがこの傀儡になった途端に表情が変わったな」
サソリは手からチャクラの糸を出しデイダラの手にあるゴキブリ傀儡を動かす。
掌の上でウニョウニョと動くゴキブリの傀儡にデイダラはその嫌悪感からゴキブリを握り潰そうと手に力が入る。
「ああ、潰すなよ。あらかたの仕込みは入れ終わったからな」
「……潰すとどうなるんだ?」
サソリの仕込みはあまりいいものではないことを知っているデイダラはもしや、と思いながらも聞いてみる。
「中に仕込んだ毒付き針が手に刺さる」
「危ねぇなぁ⁉︎」
叫ぶと同時に手に力が入り思わず潰してしまいそうになったが、寸でのところで踏みとどまる。
「例えその毒が体内に入り込んでも大したことはない」
サソリはそう言うがそもそも、毒がある時点でアウトな気がする。大したことがないとはいえ毒は毒だ。
「この辺りにある毒はまだ詳しくないからな、生死に関わる程の毒はまだ使っていない。それに塗ってあるのは身体が数分麻痺するだけだ」
しれっとサソリは言うが、戦闘において数分麻痺するのは致命的である。どちらにしろロクでもないものだった。
「しかしサソリの旦那、何でよりにもよってゴキブリなんだ?うん」
デイダラはもっと他にもあっただろうに、という表情を隠さないまま聞く。
「……確かに、他にもあったが今の所はコレを作る。まさか、ゴキブリが傀儡だとは誰も思わないだろう?」
何か反論はあるか?とサソリは言葉を付け足してデイダラに答えを返す。
「う、う〜ん」
一応理にはかなっている答えにデイダラは唸る。
確かにこんな小さなゴキブリに色んな仕掛けや仕込みがされているとは微塵も思わない。そう考えれば理解はできるがどこか釈然としないデイダラだった。
「だ、だがな旦那。やっぱりゴキブリじゃなくてもいい気がするんだが」
デイダラは傀儡について色々と考えたがやはりゴキブリはなかった。どうしても受け入れられなかった。
「まぁ、理由は他にもある。人の形では大体とはいかないがある程度の攻撃や仕込みが予想しやすい。それに比べて虫や動物は動きを完全に把握できないし、どこに仕込みがあるかが分かるはずがない」
傀儡は操る技術、傀儡を作る技術の難しさから人型の傀儡が作られることが多い。サソリも自身が作った傀儡のほとんどは人型である。
「それとゴキブリは瞬発力に優れている。オレが作っている傀儡は今は本物とほとんど同じスピードを出せるようになった。一応ゴキブリ傀儡以外にも色々と作ったが、成功作と言えるのは今の所これだけだ」
サソリは今完成した傀儡を見つめ少しの間思い耽る。
「それに
そう言ってサソリは手を開いたり閉じたりして動作の確認をする。向こうの世界ではなかった技術が
それはサソリにとって喜ばしいのかは分からない。自分が今求める美、『受け継がれていく芸術』を傀儡の形として残すことを目指しているが河童達の技術を取り入れたからといって必ず傀儡ができるとは限らないのだ。
「……そういえば、アナタは人から傀儡を作ると聞きますが、アナタ自身も傀儡だとでもいうのですか?」
サソリの言葉に引っかかりがある鬼鮫がそう聞くと、サソリの目つきが鋭くなった。
実はサソリ自身が傀儡であるというのはあまり知られてはいない。それは暁の中でも知っているのはサソリとコンビを組んだデイダラだけであり、後はサソリの祖母を含めても数人しかいない。
情報が武器の忍の世界では少しの情報を漏らしただけでも命取りになる時がある。
ピリピリした空気が漂うが、二人の間にデイダラが割って入り収める。
「サソリの旦那、そう睨まなくたっていいじゃないか。うん」
サソリはしばらく鬼鮫を見ていたが、軽く息を吐くとゴキブリ傀儡の制作作業に再び取り掛かる。
「旦那、アンタが作った傀儡はこれだけのはずがないだろ。アンタの十八番の人傀儡もあるはずだ。うん」
デイダラの言うサソリの十八番は人傀儡である。サソリにしか作れない人傀儡が部屋にないことに今まで疑問に思っていたのだ。
「ああそうだ。と言ってもオレが作った人傀儡はあそこにある分しかないが」
サソリが指差した部屋の奥の方には三つの人傀儡が壁に掛けてあった。薄暗くて見にくいが三つの人傀儡内二つはまだ未完成のようであり、露出した腕や脚の先からは刀などの武器が覗かせている。
「旦那、何で傀儡が三つしかないんだ?アンタならもっと作れるはずだ」
サソリが傀儡を作らない理由が見つからないデイダラは手に持っているゴキブリ傀儡を潰さないようにイジリながら聞く。
「傀儡を作りたいのは山々だが、今の所オレは
頭にはてなマークが浮かぶデイダラだったが、部屋の外からこっそりと覗いている河童達曰く幻想郷には人間はいるにはいるが人里にしかいないという。
そして、人里の人間に何かあった場合、博麗の巫女が動く可能性があるという。
「もし、人里の人間に危害を加えればあの巫女にどんなことされるやら」
「ふん、そんな奴オイラの芸術で吹き飛ばしてやるぜ」
「アナタ、粘土はもう無かったんじゃありませんか?」
「あ、そういやそうだったな。うん」
もう粘土がないことにうっかりとしていたデイダラは粘土を探しに来ていたことを思い出す。
「お、おい⁉︎やめてくれよ、あいつがやって来たらウチはお終いなんだ。いくらあんた達が強いっていっても私はアイツが負ける気がしないんだよ。変な気は起こさないでくれ」
物騒な話題になっていることににとりは慌てる。河童達は度々問題があっては博麗の巫女に胸ぐらを掴まれている。
今までは特に大きな問題はなかったが、人を傷付けるための傀儡を作っているとバレると流石に許してもらえそうにない。
その巫女がそこまで強いのか試したくなったデイダラだが、ふと視界にあるものが目に入った。
「うん?サソリの旦那、アンタは傀儡は三つしかないって言ってたが向こうの部屋にある傀儡は何なんだ?うん」
デイダラは部屋ごしにチラリと見える傀儡をサソリが作る傀儡と同じだと一目見て分かり聞く。
「ああ、あれか。あれも傀儡だ。ただし、人間からではなく一から作った傀儡だ」
オレではなく河童共に作らせたものだが、と言葉を足して二人に説明する。
「流石に『赤砂のサソリ』も素材がなければ傀儡は作れませんか」
鬼鮫はそんなことを言うが、的を射ていることもありサソリはこれからどうやって素材を調達しようか、と考えているとーー
「旦那、アンタが作る作品の材料は人間以外にもあるんだろ?別に人間から作品を作る必要はないんじゃないか?うん」
デイダラの言うとおり、サソリは絶対に人間から傀儡を作る訳ではない。
「妖怪からも作ろうとしたこともあった。もっとも、いい素材がなかったからやめたがな」
アイツに喰われていて使えなかったということもあるが、と続けようとして口には出さなかった。
「お、おい。それ、私達とは関係がないよな」
サソリが妖怪からも傀儡を作ろうとしていたことを初めて知ったにとりは怯えながら聞く。
「関係ないな、強い奴でなければオレは興味がない」
自分達のことではないと分かったにとり達はほっとする。ただ、サソリの言葉では強い妖怪であればいいとも取れるので油断はできない。危ない妖怪に喧嘩を売らないよう見張ろうと決意したにとりだった。
人傀儡は素材が良ければ良い程優れた傀儡になる。
サソリは少し前に来た白狼天狗とやらはなかなか良い傀儡になるだろうと踏んでいたが、ここでこの天狗を殺して傀儡にしたとしても天狗が帰ってこないことが発覚されたら疑いをかけられかなりの敵を生んでしまう。
まだ人傀儡でさえ三つしかないのに敵を増やすことは得策ではない。もし、天狗達と戦うならば傀儡はもっと増やしてからの方がいい。サソリはそう考えサソリの身分を言及してくる白狼天狗には自分はただの人形師だと言った。
白狼天狗は最初はサソリが言った『ただの人形師』という言葉を疑っていたが、上に変な報告をしても相手にされないどころか真面目にやれ、と言われるだけとでも思ったのか引いたのだった。
「そういや旦那、ここら辺に粘土ってないか?」
デイダラは幻想郷に来てしまった時の最初の目的を思い出しサソリに聞く。サソリも傀儡を作る時に粘土を使用する時がある。もしかしたら、と僅かな希望を抱きサソリの返事を伺う。
「……粘土なら質の良いのがこの辺りにはあるが、今は無いな。全部傀儡に使っちまった」
今は無いが、近くにはある。それだけ聞ければデイダラには十分だった。
「そうか、粘土はこの辺りにあるのか。よし!オイラはこれから粘土を取りに行ってくるぜ、うん」
意気込むデイダラにサソリが「それは別にいいがお前一人で大丈夫なのか?」と聞くと「うっ」と小さく唸る。先のことを考えていないデイダラに呆れるサソリだった。
◆
妖怪の山 外れ
「なぁ、角都。アイツが言っていたこと本当に信用していいのかー。騙されたってんならオレァ、アイツを絶対に殺してやる」
「信じるも何も奴の言っていたことの一つは真実だと考えるべきだ」
「……まあ、そうだけどよー」
暁の不死コンビ、飛段と角都は現在玄武の沢へと向かって森の中を襲いかかってくる獣を蹴散らしながら歩いている。
玄武の沢に暁がいる。その情報は二人にとって朗報かどうかは分からない、だが合流して損はないのではないかと考えたのである。
「デイダラの奴がやられそうになったって言ってたなー。アイツ」
「やはり
デイダラの戦闘スタイルが大方知っている角都はデイダラがやられそうになったことにあまり驚かなかった。
ただの蹴りで人を街一つ分飛ばす鬼、過去に闘った強者達を再現する覚、生物の大小関係なく感電死させる程の電気を操る地底湖の主。地上に出るだけでこれほどの妖怪がいるのだ。デイダラが相手にならない妖怪がいることは必然だろう。
もしそれほどの妖怪がここでは当たり前だとしたら、幻想郷は自分達にとってかなり危険な場所になる。
角都は幻想郷に来てからのことを整理しながら少し前のことを思い出した。
二人は妖怪の山へ向かう途中、射命丸文と出くわし交戦した。文は取材させてくれればいい、と言っていたが能力を他人に知られる訳にはいかないこと、人里に行く前に何か金目のものがないか探すために取材を拒否した。締切に追われている文は粘ったがどちらも引かず闘うことになってしまった。
「……角都」
「……何だ」
「本当によかったのか?アイツを放っておいて」
飛段が先ほどから口にしているアイツとは文のことである。あの後、二人は何とか文を退けることができた。いや、
不死コンビとの戦闘にて文は二対一では分が悪いと判断し二人にある提案をした。それはお互いに何も見なかったことにする、というものだった。
この提案に角都は受け入れ、飛段は反対した。
二人は提案を受ける受けないでしばらく争ったが、角都のこれから休みなく敵が襲ってくるかもしれない、と話すと飛段は納得のいかない顔をしていたが、隠れ家もアジトも何もない状態であるという言葉が決め手となり飛段は折れた。
「角都よー、デイダラと合流したらどうすんだ?」
「まだ何も決めていないが、今は少しでも情報は欲しいとこだ」
(もし、情報を出す気がないとしてもオレにはコレがある)
角都は懐にある巻物を確認して森の中を歩いていった。
ちなみに、文が最初に会話をした時に言った嘘とこの提案がなければ角都は文の心臓を抜き取るつもりだった。角都はここでの面倒事は極力避けようとしていたため、文に手を出すのは憚ったのだ。
「はー、アイツめ。次は絶対にジャシン様に捧げてやる」
「お前はもう少し抑えろ」
飛段がトラブルを起こさないか不安な角都だった。
その頃
射命丸文の家
「へくしょい‼︎」
「うわっ、ちょっと!汚いわね」
「あ、ごめん。って、あーー⁉︎原稿が‼︎」
知らず知らずの内に助かっていた文は締切に追われていた。
◆
人里 ???の家
「ゲホッ、ゲホッ」
部屋の掃除をしていたーーは身体の中からきたいきなりの吐き気に耐えられず咳き込む。ーーは手で口元を押さえて吐き気を抑えようとするが完全には無理だった。
この時、危うく机に頭をぶつけそうになったが机にもたれるようにして膝をついたため無防備に倒れることだけは防いだ。
「はあっ、はあっ」
口から手を離すと手のひらには大量の血が付いていた。
(……霊夢さんにはバレずに済んだが、体がいつまでもつか)
ーーは死期が近づいてきていることに焦りを感じなかった。何故自分が生にしがみつかないのか不思議に思ったが記憶があった時の自分には未練がほとんどなかったのだろうが、こうもスッキリしているのは不気味だった。
◇
あの時、山の四天王である伊吹萃香に酒を勧められた時に断ったことを霊夢に指摘されたが、何とかバレずにはすんだが怪しまれてしまった。これ以上霊夢に迷惑をかけるわけにはいかないためにーーは黙っていたがせめえ霊夢にだけは伝えた方がよかったのだろうか。
ーーが自分の身体の状態に気付いたのは幻想郷にきてすぐだった。吐血し歩くことすらままならず倒れていたところを霊夢に拾われたのだ。獣が寄ってこないよう血や血の匂いはなるべく消していたので運ばれる途中に病魔に冒されていることには気付かれなかった。
◇
(人里にはたまに薬売りやって来ると近所から聞いている。その人に頼めば薬をもらえるだろうか)
実はーーは人里の人達とは面識がある。博麗神社に厄介になっていた時に何度か買い物を霊夢の代わりにやり、話し相手になる程人里の人達と仲良くなっていた。その時に永遠亭と呼ばれる所からたまに薬売りがやって来る、と何度か耳にしたことがあった。
もしかしたら治るかもしれない、という思いがあるがそれは自分が助かるためではなく周りに、そして霊夢に迷惑をかけたくないという思いからきていた。
治ったらなら治った、治らなかったら誰にも場所が分からない所で死のう、ーーはそう心に決めた。
「…………」
この時、ーーの様子を格子窓からこっそりと伺う存在がいたが、ーーの体調が万全ではなかったがために見逃していた。
「おーい、そこの姉ちゃーん、そんな所で何やってんだ?」
「⁉︎」
子どもに不意に声をかけられーーを見ていた少女は慌てて去っていく。少女は飛んで逃げることもできたが、目立つことを避けようとしたのか走り去っていった。