妖怪の山 地底へ繋がる入り口付近
「あー暑ィーー」
「さっきからあーあーうるさいぞ」
「しょうがねーだろ、暑ィんだから」
妖怪の山の麓辺りの森の中には開けた場所がある。そこにはぽっかりと空いた縦穴があり、その縦穴から地底に繋がっている。地底には幻想郷の嫌われ者が住み着いている。
その縦穴から三十分程前から出てきた暁の二人組、角都と飛段が言い争っている。飛段が服をバタバタさせながら暑いと言っているが、この日の幻想郷の気温は軽く三十度を超えている。
「はー、しっかし何つったっけ?えーと、あれ」
「香霖堂だ」
「あー、それそれ。何でそんなところに行かなきゃなんねーんだよ。金なら持ってんじゃねーか」
「今持っている金はここでは使えん。だから香霖堂で換金するのだ」
今角都達が持っている金は外の世界で使われていたものであり、幻想郷では何の意味もないものになっている。そこで地霊殿の妖怪から聞いた道具屋に向かっているのだが、金に興味がない飛段は角都の金への執着心に呆れ果てる。
「かーっ、てめーはホントに金ばっかだな。角都」
「信じられるのは金だけだからな」
角都はそう言い切ると香霖堂へ向けて歩を進めていく。おい、ちょっと待て、と喚きながら飛段も後に付いていった。
◆
香霖堂
そこは部屋全体が少し埃をかぶっており床から天井まで物が溢れている。箸やスコップ等の原始的なものからパソコンや携帯電話といった近代的なものまで幅広く取り揃えられている。
ここは香霖堂。幻想郷で唯一外の世界の道具を扱っている道具屋だ。他にも冥界の道具や魔法の道具も扱っており、香霖堂に来れば大概のものは手に入ると言われている。しかし、店にあるほとんどのものは店主のコレクションとなっているが。
店の奥にあるカウンターの椅子には香霖堂の店主、森近霖之助が座り頬杖をつきながら本を読んでいる。店内にある明かりは窓から僅かに差し込む光しかなく、やや薄暗い。
霖之助が目を細めながら本を読んでいると店のドアがギイッと音を立てる。
また紅白巫女が来たのか、と霖之助は気が滅入りそうになった。しかし、入って来たのは変わった服を着た二人組だった。
「いらっしゃい。おや、一見さんだね。何か用かな」
「ここでは外の世界の通貨を両替すると聞いたんだが」
やって来た客はどうやら外の世界から来た人間達のようだ。
霖之助は『外の世界』という言葉を聞いて目がキラリと光る。外の世界からやって来た人間はここ最近一人しかおらず、また最近香霖堂に来たのは紅白巫女しかいない。
「確かにここは両替も受け持っている。ただしーー」
「タダではないのだろう?」
そう言って角都は霖之助が座るカウンターの前に来ると懐から袋を取り出した。袋をひっくり返すと中から人間の頭程の大きさの内臓がカウンターの上にぶち撒けられた。血が抜かれているとはいえ内臓であることには変わらないため目の前の光景に霖之助は苦笑いになった。
「
霖之助は顎に手をあてて思考し、あることを思い出す。旧地獄の地底湖には雷を操る主が何百年と住んでおり、その肝は万能薬になると噂されている、と。それが目の前にあることに霖之助はつい笑みが溢れそうになるがすんでのところで抑える。
これを持ってきた人間は価値がよく分かったていないようなので、どうやって自分のものにしようかと考える。香霖堂にはツケにする巫女や魔法使いが来るためここのところ赤字だったが、この肝があれば他の道具が手に入るのではないか、と画策する。最も、霖之助は商売を趣味でやっているため赤字のままでも構わなかったが。
「ああ、これなら何とかなるね。
霖之助の言葉を聞いて角都は手持ちの金を全て出す。使えないものは持っていても仕方がないため小銭まで出した。手持ちを全て出した角都は香霖堂にある道具を手に取って見ている飛段に、お前も持っている金を全て出せ、と呼び掛ける。
飛段はちっ、と舌打ちをし渋々手持ちの金を出した。だが、飛段が持っていた金はせいぜいうどんが一杯食べれる程しかなく、角都はあまりの少なさに呆れた。
「それにしてもここすげーゴチャゴチャしてんなー。これ全部売ってんのか?」
「ああ、ここにあるものは全部売り物だよ。外の世界の道具から妖怪の道具まで幅広く扱っている。最も、大半は非売品だけどね」
それでいいのかよ、と呟く飛段だった。
「さて、君達が持っていたお金とあの肝を合わせて……これぐらいかな」
霖之助は角都が持っていた分の金、飛段が持っていた分の金、地底湖の主の肝を換金した分の金を硬貨で別々に分けてカウンターの上に積み上げた。しかし、角都達は幻想郷の硬貨の価値が分からずこれでいくらになるのか、と尋ねるとーー
「そうだったね、君達は外の世界から来たんだから分からないか。まぁこれだけあれば……年単位で暮らせるかな」
お金の合計は約五十円(現在の価値で五十万円)であり、幻想郷では物価が安いということもあり、二人は一瞬で金持ちになった。
「さて、君達は幻想郷で早速金持ちになったけど、もし何か買うというのなら非売品以外だったら何でも言ってくれ。それだけあれば買えないものはないよ」
大金を持った二人に話を持ちかけるあたり流石商売人といったところか。
角都はそれを聞いて店内を見回す。先程、外の世界の道具まであると霖之助が言ったので角都達がいた世界の道具もあるのではないか、と探していると棚に置かれた
「主人、これは?」
「ああ、それは外の世界の道具の一つだ。同じのがいくつかあるけど使い方がわからなくてね」
角都が手に取った
「それで、それはお買い上げになるのかい?安くするよ」
「……考えておく」
次に来たときにはないかもしれないよ、と霖之助が言うが今いるものではないため保留した。
一通り見回ってガラクタしかないと判断した角都は売り物で遊んでいる飛段を呼ぼうと振り返ると刀や番傘がさしてある傘立てに無造作に突っ込まれていた一つの巻物が目に入り手に取った。ただ何となく開くと巻物に書かれていた内容に驚愕する。
飛段は角都の驚愕した様子を訝しげに見る。角都はかなり長生きしているためにそうそう驚くことはないが、角都の顔色がかなり変わったことで飛段は巻物に興味を示した。
「……主人、これはいくらだ?」
「うん?それは……そうだな。八十銭(現在の価値で八千円)だね。買うのかい?」
「ああ」
角都が即答したことに飛段はますます巻物のことが気になった。金が第一の角都が金を手放してでも欲しい巻物にはエロいものでも書いてあるのか、と思いそれを見る角都の姿を想像して自然と笑みがこぼれる飛段だった。
「おい飛段、何を考えている」
「いや、何も。つーかこっち見んな」
角都はしばらく鋭い目つきで飛段を見ていたが、フンと鼻を鳴らして香霖堂を後にする。毎度あり、と霖之助の声を背中で聞きながら去って行く角都の姿を目で追っていく。角都が買った巻物のことは気になる飛段だったがーー
「ま、後で聞きゃーいいか」
この時、後にこの巻物を巡って幻想郷全域を巻き込む争いが起きることは誰も予想できなかった。