誰がどの時間帯で幻想入りしたのかは推測してみてください。
玄武の沢
小川のせせらぎが玄武の沢を包み、蝉の鳴き声もかすかに聞こえて清涼感を感じさせる。
そんな涼しさ溢れる沢のほとりで一人の人間と一人の妖怪が話している。いや、妖怪の方は話をあまり聞いていない。
「本当に
「ああ、その代わりに沢の近くに他の奴らを近付かせるなよ」
「わかってるよー」
人間の男、サソリは妖怪の少女にあるものを差し出し取引をした。それは玄武の沢の警護である。
サソリは河童達のアジトに来て数日に経った時に玄武の沢に他の外来人がやって来た。サソリはその時にアジトの外で何か使えそうなものがないか探している時に外来人と遭遇した。
その外来人はサソリの姿を見るなり襲ってきた。サソリを子どもだと思い襲ったのかもしれなかったが、サソリは自分の体に仕込んでいた武器で返り討ちにした。
サソリは殺した外来人を人傀儡にしようとして持ち帰り、内臓を取り出したところで河童達が慌てた。
にとり曰く、人間の血の匂いが他の妖怪達を引き寄せてしまう、というのだ。妖怪の山に住む妖怪達は仲間意識が高いのではなかったのか、と返したところーー
「皆が皆仲良くやってる訳じゃないんだよ。理性のない妖怪だっているんだからね、私はそんなのに襲われるのはゴメンだよ」
「そうか」
サソリは軽く返す。
「と、ともかく、匂いだけでも何とかしてくれ。鼻のいい奴はもう駆けつけてくるぞ」
そう言われて、サソリは仕方なくアジトから出てどこか離れたところで処理しようとした。
「あ、でも人傀儡を作るところは見させてくれ。……ちゃ、ちゃんと手伝うからさ!」
ちゃっかりとしたにとりだった。
◆
「うー、お腹空いた〜」
人喰いルーミアはここ数日人間を喰べておらず、お腹を空かしていた。森の中をあっちへふらふらこっちへふらふらと飛んでいると血の匂いが漂ってきた。一回嗅いだだけで人間の血の匂いと分かりすぐに匂いの元に飛んで行った。
途中、同じ血の匂いに誘われた妖怪達も駆けつけていたが、ルーミアが横取りされないように全て吹き飛ばした。
そして、ルーミアは内臓と血をバケツいっぱいに入れて運んでいるサソリと出会った。ルーミアはお腹が空いていたためにサソリごと喰べようとしたが、ルーミアが面倒くさがりであること、サソリが攻撃してくる様子がないことから、ルーミアはサソリにバケツに入ったものだけをくれないかと相談した。
目をキラキラと輝かせて期待していたルーミアだったが、サソリの答えはーー
「断る」
「えー、何でー?」
断られるとは思っていなかったルーミアはとても残念がる。
「オレは邪魔が入らないようにコレを捨てに来たんだ。お前みたいな妖怪を近づけさせないためにな」
サソリが内臓などを捨てに来た理由は人傀儡を作る作業を邪魔されないためであり、むしろルーミアのような妖怪をアジトから遠ざけるためだ。
人傀儡を作る度に妖怪がアジトに寄ってくるのはサソリにとっても河童達にとってもたまったものではない。
「むむむむむ〜」
ルーミアは頬を膨らませていると、あることを思いついた。
「じゃあ私が他の妖怪近づかせないからそれちょうだい」
玄武の沢の警護を買って出たのだ。この提案にサソリはしばし考える。
(こいつに任せられるのか?見た目は子どもだが、人喰い妖怪でもある……試してみるか)
サソリはルーミアに向かって左手を突き出し体に仕込んでいた針を飛ばした。
「うわっ!」
ルーミアは飛んできた針を
「何するのさ!」
「試しただけだ」
高速で放たれた針を避けたことで少なくとも弱くはないことが分かった。しかし、それだけでは警護にならない。
「お前は強いのか?」
「む、私をそこらの妖怪達と一緒にするな。よっぽどの奴でなければやっつけるぞ」
「……確かだろうな」
疑い深いサソリはルーミアの言葉を信用していなかった。証拠となる何かがなければ任せられない。サソリがそう思っているとーー
「やーー‼︎」
ドドドドドッ!
ルーミアから大小の光る弾丸のようなものが放たれ、周りの木々が薙ぎ倒されていく。
子どもにしか見えないルーミアの攻撃の威力に驚くサソリはもしこれが自身の身体に当たったら、と想像した。
自分よりも背が高い木々を破壊することから倒されはしないが、隙を作ってしまうことになるとサソリは踏んだ。
そして、その威力から並大抵の生物、妖怪ならば倒せると判断したサソリはルーミアに玄武の沢の警護を任せることにした。
サソリは手に持っていたバケツをルーミアに渡し、玄武の沢を警護するにあたって色々と説明したが、ルーミアは差し出されたモノに夢中で聞いておらずーー
「……ちゃんと聞いているのか?」
「うん、守ればいいんだよねー」
本当に目の前の少女に任せて大丈夫か、と心配するが他に話を聞いてくれる妖怪がいないため玄武の沢の周りはルーミアが警護することになった。
◆
「という訳だ。この辺りはアイツが見回ることになった」
「『見回ることになった』じゃないよ⁉︎何でよりによってあの妖怪なんだよ⁉︎他にいたんじゃないのか!」
サソリの報告にいきり立つにとりだが、決まってしまったことを変えることはできず、その後泣く泣く承諾した。
主導権が少しずつ握られていくと感じているにとりはあることに気づく。
「……うん?ちょっと待て!まさかここに来る奴を『全員』追い返す気じゃないだろうな!」
「ああ、そのつもりだ。問題でもあるのか?」
「あるよ!問題大ありだよ!ここには私の友人や定期連絡のために天狗達が来るんだぞ!」
河童達は妖怪の山の社会組織に属しているため、定期的に報告及び連絡をしなければならない。今ルーミアが玄武の沢にやって来た天狗を襲ってしまうと河童達は変な疑いをかけられてしまう。
そのことを伝えたにとりはすぐにルーミアに攻撃対象に天狗や河童達の知人を除外させるようサソリに言い渡した。
◆
玄武の沢 近くの森
「成る程、貴女が河童達のアジトに向かう理由は厄を持った何かがあるから、と」
「ええ、しかも大量の厄を持った存在が、ね」
白狼天狗の犬走椛と厄神の鍵山雛が玄武の沢に向かって歩いている。
椛は河童達との定期連絡のために玄武の沢にあるアジトへ向かっているが、知り合いがいたためにほとんど押し付けられたようなものだった。一方、雛の方はこの辺りに大量の厄を持った存在が現れたためにその厄を回収しようとアジトへ向かっている。
二人ともアジトへ向かう途中にばったりと出会い一緒に行こうということになった。
一緒に行く理由は、河童達はいつも何かしら作っているので一人一人会うよりは一緒に行った方が作業を止めたりしなくて済むというものだった。
「しかし、何故河童達のアジトに厄が……」
「まあ、何か拾ったんでしょうね。あの子達は好奇心旺盛だから」
二人がそんなことを話しながら歩いていると、道の脇にある茂みから何かが飛び出してきた。
「うおおおおーっ‼︎ここから先は通さんぞー!」
椛は咄嗟に剣を抜いて飛び出してきた何かに一太刀を入れた。だが、手応えがなく剣は地面に入れただけだった。
すぐに剣を引き抜き襲ってきたものに向ける。
「……お前は……確か、ルーミア?」
「そーだよー」
「何故私達を襲う」
「ここから先には通すなって言われてるから」
ルーミアはガチガチと歯を鳴らして威嚇する。
「お前が通さない理由は知らないがどいてもらう」
椛も負けじと尻尾をピンと立ててルーミアを威嚇する。
残された雛はどちらにつくこともなくオロオロしている。
「どかないというのなら力ずくでどかせてもらう」
「ふん、どかないったらどかない」
二人は距離を詰めて互いに飛びかかった。
「待て、ルーミア。そいつらは通していいぞ」
「えっ?うわっ!」
二人が激突するあと少しというところでサソリがルーミアを止めた。ルーミアはいきなり止められたことで踏ん張りがきかずつんのめるように地面に頭から突っ込んだ。
「人間⁉︎」
「あら」
「え、何で?」
三人は三者三様に反応し、椛はサソリに剣を向ける。ピリピリとした空気が森に漂い、まさに一触即発だ。
「人間、何故ここにいる」
「ルーミア、天狗と河童の知人は通していいと河童達からの頼みだ。傷つけるな」
椛はサソリに話しかけるが、サソリは無視してルーミアに攻撃対象の変更を言付けた。ルーミアは張り切っていた分変更を言われた時にブーブー言いながらいじけた。
「人間!聞こえているんだろう、答えろ!」
無視されたことに怒っている椛は今にも襲いかかりそうだ。怒りを向けられたサソリは椛のことなど全く気にすることもなく、その場から去ろうとしている。
「あら、ちょっと待ってくれないかしら」
アジトへ戻るサソリを止めたのは雛だった。
雛は目の前にいる人間に大量の厄を溜まっていることに一目見た時から気がついていた。これ以上厄溜まるとどんな厄災が訪れるか分かったものではない。
彼から厄を取り払おうと止めたが、サソリは一瞬立ち止まったが雛を一瞥しただけでまた歩を進めて去っていった。ルーミアもサソリの後を追うように二人の前から姿を消した。
残された二人は呆気に取られていたが、すぐに我に返る。
「ああ、行っちゃった。厄を取り払おうと思っていたのに」
「……あの人間が貴女の言っていた厄を持った存在」
「恐らく」
「しかし、それは河童達のアジトにあると……まさか!」
嫌な予感がした椛はアジトへと駆けていく。四つ脚で駆けていく様はまさに狼のようだった。
「あ、ちょっと⁉︎……椛の考えたことは大体想像できるけど、もしそうだったら私達も殺していたでしょうに。せっかちね」
雛も椛の後を追い、その場には誰もいなくなった。