【IS】 転生したので普通に働こうかと思う 作:伝説の類人猿
遅くなってすみません(-_-;)
そしてこれまでの話の中で最も長いです。読むときは注意してください。
バタフライ効果というのものを知っているだろうか。「北京で蝶が羽ばたけばニューヨークで竜巻が起こる」というものである。まぁ古典的な考えであり現代で例を挙げるならば史実の人物に憑依もしくは転生をした時に起こしたちょっとした行動がとんでもない大事件につながってしまったという具合で用いられている。
その効果は確かに健在だったようで実際に複数の転生者が存在するここ『インフィニット・ストラトス』の世界でも随所に正史とのずれが見られる。
その中でも大きなものが束の結婚、ラウラの家族、鈴の知り合いなどがある。
…ただしこれはあくまで物語の主要人物だけに限った話でありそれ以外の個所でも大きなずれが見られるのだ。
具体的な例を挙げるとするとまずは「IS至上主義」ではないことが挙げられる。…もちろんISはすさまじい力を持っておりとてもじゃないが現行の兵器では太刀打ちが出来ないのだ(ただし一部の例を除く)。ただ圧倒的に数が少ない。世界中全てのISを合わせても五百にいかないのだから正直言って各国軍では持て余し気味である。現在も軍がISを所有しているのはその技術を自分たちの装備に付与するためであり、またそれと同時にテロリストたちにこれらの強力な兵器を持たせないためでもあるのだ。(もっともイギリスでは一台、アメリカも一台盗まれておりその国の高官たちは大騒ぎをしているが)。
さらには別段そこまで女尊男卑ではないのだ。確かに一部の女性はISを傘にしてあれこれと言ってはいるが正直な話一般市民としてはそんなことに構っているほど暇はないのだ。(そもそもの話ISに触れることのできる機会が少なく認知はされているがそれ以上の発展はない)。結局のところIS云々はあまり関係なくただ単にいじめをする理由に出来るからなのでありこれを完全な女尊男卑と呼ぶのにはいささかの疑問がある。
以上が主だった原作との差異ではあるが一つ面白い違いがある。…IS学園はそのすべての運営を日本政府が受け持っているため何かするたびにその分の費用は全額日本持ちなのだ。政府としてはその分の予算をどうにかして抽出せねばならずそのための一環として『ゆ~I❤!!』というIS学園を舞台にしたアニメが放映されている(正式名称;優原アイは蒼空を飛ぶ~インフィニット・ストラトス~Ⓒ)。実はこのアニメ、政府主導の公共事業の一環でありアニメの関連グッズを含んだ諸々の利益の八割はIS学園の維持費になるのである。また他にもISをモチーフにしたゲーム制作も行っておりそこそこな利益が出ているそうだ。ちなみに時の鳩波内閣はこれらの事業をまとめて「ゆ~I政策」と呼んでいる。
…いささか話がずれてしまったがともかくとして転生者という異物があるためにこの世界は原作の物語と幾分か別のものになっているのだ。
さてここで話は現在の時間へと移ることになる。
*****
(……まさか亡国企業がここまで派手な動きを見せるなんてっ!)
エメリッヒ・バルクホルンは内心そんなことを思いながら舌打ちをしていた。
彼を含めたほぼすべての転生者が原作の知識を持っており(我らが主人公はそれを使う機会がなかったためにほぼ忘れている)それぞれは口には出さないが自然と原作通りに事が進むように行動をとっていた。そのために今まで大きな差異は起こっていなかった……のだが。
『生徒は速やかに避難行動をとってください!現在教師部隊が事態の鎮圧に向かって動いております!だから落ち着いてッ!……えっ!?なんで部隊の人員がこんなに少ないんですか!?…へ?ロボットにやられた?どういう事ですかソレ!?』
(…この放送も確か原作ではなかったはずだ。やはりこの世界は元の世界とは違うものに成りつつあるのか。それにロボット?亡国企業はそんなものまで持っているのか)
現在IS学園に未曾有の危機が訪れていた。生徒会主催の劇が行われているアリーナに爆弾が仕掛けられていたのだ。それにより会場は蜂の巣をつついたような騒ぎになっていたのだ。
また運悪くその時に行われていた劇にこの学園の専用機持ちがほぼすべて集まっておりさらには一般の生徒も参加していたため下手に戦闘を行おうとすれば周りの生徒にまで攻撃の余波が届くことは明らかであった。
「この子を死なせたくなかったら白式をおとなしくこっちに寄越しな」
また爆発の混乱に乗じて構成員の一人が劇の出演者の一人を人質にしており余計に手が出しにくい状況になっていた。
現在専用機もちたちの目の前にいる敵は二人。一夏などの人間は彼らの名前を知らなかったが転生者たちはその姿を見てすぐさま彼らの名前を思い出した。
『オータムとスコール…』
人質を片手で抑えつつオータムは専用機持ちたちを挑発した。
「奪えるもんなら奪っていいぞォガキども。ま、奪われたら別のを奪いにいきゃぁいいんだけどさ」
それに無理に奪いに行こうとするとこの子の命が危ないぜと付け加えた。
(…人質には悪いが俺としては今ここであいつらを叩きたい。……が)
バルクホルンは一見すると妹に欲情する最低な変態ではあるがこんな彼でもその体にはしっかりと殺すための技術が備わっている。
彼やラウラはもともとデザインベイビーでありその基本的なコンセプトは力である。故に彼らの筋力に無駄な部分は一切なく骨も人一倍頑丈で、さらには生まれてからここに来るまでずっと軍にいたのだからその思想、技術はすべて軍人としてのものであり必要ならば小を捨てるという選択だって出来るのだ。
(兄ならば迷わずここで彼女を捨てるはずだ…だが…)
(だが今ここでそんな選択をすれば専用機同士で争いかねない…。下手すれば全滅だ)
そんな彼らと比べると一夏は去年まで他の人よりも少々特殊ではあったが一般人である。少なくとも現代日本において戦争なんてものと関わることはほぼなく教育だってそんな殺伐としたものではない至極一般的なものだ。むしろ道徳の時間では常々人を助けなさいやいいことをしましょうと教えられてきたのである。果たしてそんな教育を受けてきた彼に見捨てるという選択は存在するだろうか?否存在しないのである。
「その子を離せ!その子は何も関係ないだろ!!」
「それで…犯人は人質を解放するのかい?」
「少なくともこの戦いにはあの子は関係ないッ!!」
「………バカ?」
同じことを繰り返して言う一夏に対し思わずオータムは素の口調でしゃべってしまった。
「一夏、お前はバカか。そんなことを言って『はい、そうですか』とみすみす人質を手放すような犯人がいるわけないだろうが!!」
晴男ハレオはとにかく事態の収拾を図るためにまずは一番の荷物であろうと思われる一夏をその場から下がらせようとしていた。…敵と戦闘するのにまずは味方をどうにかしなければならないというのはどうなのだろうか?
ハレオは続けて言う。
「おい青磁、あと何分でこの生徒ゴミどもはいなくなるんだよ!このままじゃ何も出来ねえぞ!!」
「…今教師たちが全力で誘導しているけど…何かもう一つ事件があったせいか行動が遅れている」
端末を操作しながらハレオの欲しい情報を伝える篠ノ之青磁。
しかしながらいまだに混乱は続いておりアリーナの闘技場には人が残っていた。
彼を含め専用機もちたちは皆さっさと生徒を避難させて敵を叩きたいのだが…そうもいかない。
「もしも動こうとしたらどうなるか…わかっているわよね?」
オータムが専用機持ちたちを脅す。
最初こそ二人ならばまだ何とかなると思っていた者もいたが動こうとすると足元に弾丸が降ってくるあたりどうやら敵は目の前の二人だけではないようだった。いまだに発見の報告がないところを見るとひょっとすると足元に弾を撃ち込んでいる人間もISを纏っているのかもしれない。
なんにせよ敵の総数がわからないうちに行動をとるのは危険すぎるのだ。
「さあ織斑一夏君。おとなしく白式のコアを渡してもらおうかしら」
スコールはそう言いながら一歩一夏に近づく。
「待ちなさい!分かったわ!あんた達亡国企業でしょ!そっちの人質を持っている方がきているのはアメリカのISね!!」
歩みを進めるスコールに待ったをかけたのは鈴であった。
「アメリカッ!?それじゃぁあれはアラクネ!!まさか本当に…」
セシリアも何か心当たりがあったのであろう驚愕の表情を浮かべる。
「みなさんいけませんわ!あれが本当に亡国企業ならば先ほどから私たちを射撃をしているのは……」
セシリアは何かを専用機持ちたちに伝えようとしたが最後までそれを伝えることは無かった。なぜなら…。
「「!?」」
瞬間アリーナの入り口からありえないものが飛び出してきたのだ。
「ど、どどど退けー!!ひかれたくなきゃそこを退けー!!」
「ロボタンがやってくるぞオオオオオオオオオオオオ!!!!」
『グオオオオオオオオン!!』
一台の軽トラが物凄い勢いでクラクションを鳴らしながらアリーナの中へ突っ込んでくる。その軽トラを追っていたのであろう大きなロボットも続いてきた。
「なんだ……あれ」
意外にもその光景を見た一同の気持ちを代弁してくれたのはオータムだった。
「一夏!!」
突然のことに全員が驚き固まっているとそこへボロボロの打鉄を纏った千冬が現れた。その姿を見た専用機もちたちと亡国企業は反応こそ違うが同じ感情を持った。
「何があったんだよ千冬姉!!」「なんでこいつがここに現れるんだよスコール!」
千冬はそんな彼らの様子を気にもせずだた一言言わなければならないことを伝えた。
「私がこうなったのはあのロボットの仕業だ…。いいか全員よく聞け。あいつに対しこの学園は合計で二十二基のISをぶつけた。持てる火器はすべて使い自衛隊とも連携した。果てには三年生の連中にまで出てもらった。……それであの状態だ」
その言葉に専用機もちたちは思わず息を呑んだ。が、そんな彼らとは対照的に顔色をよくした人物がいた。
「へえ…あいつあんなナリしてあの世界最強をここまでズタボロにしたのか…………」
オータムは口元を歪ませながらロボタンの姿を見る。ロボタンは未だ清掃員二人をゴミと認識しているのかしつこく追いかけている。
ただでさえ混乱していたアリーナがロボタンが乱入したことによってますます混乱していた……かに見えたが意外にもそれは起こらなかった。
なぜならばロボタンはもともとゴミを回収するための機械。そのプログラムには人を傷つけるものは存在しておらずむしろロボタンは周りの生徒に被害が行かぬよう器用に尻尾を使って観客席の方に出していた。
とにもかくにも彼が狙っているのは清掃員たちゴミだけである。
「なんでこんなところに入り込んだんだよ!こんなに生徒がいるんじゃうかつに逃げ回れないぞ!!」
「おちつけ!!後ろを見てみろ!あの野郎器用に俺たちを追いかけながら尻尾を使ってアリーナにいる生徒たちをはじき出していやがる!!やっこさん狙いは俺たちだけみたいだぜ!!」
「ハッ!!最高だな!!!!畜生!!!!!」 同僚はやけくそ気味にそう言った。
「しっかしいろんな道が通れなかったうえに織斑さんが負けるなんて想像しとらんかったわ!!とりあえず何とかここから脱出しなけりゃこっちが危険だ!!」
瞬間二人の乗っている軽トラがガコンと音を立てながら浮かび上がる。とうとうロボタンが車に追いついたのだ。
ロボタンはようやく捕まえた獲物を逃すまいとしっかりと車を咥える。何とか逃げ出そうとアクセルを必死に踏み込むがタイヤは空を切るばかりで前進はしない。
「ああ……そうしたいのはやまやまだが、どうやら俺たちの冒険もここで終わりみたいだぜ……。見ろよあいつ、嬉しそうに尻尾を振っていやがる…。復活の呪文を覚えておきゃあ良かったよ…」
バックミラーを見ながら同僚はそう口にする。
見るとロボタンは尻尾を振りながらようやく獲物を食べられると上機嫌そうであった。ロボタンが完全に車を破壊しようと顎に力を入れ始めたとき一つの影がその口に衝撃を与えた。
「オラオラア!かかってこいよ糞野郎!」
「何をやっているの!?オータム、戻りなさい!!」
慌ててスコールが止めるように言うがオータムはそれに構わず相手に飛び掛かる。
さすがに裏の家業を専門にしているせいかオータムの放った一撃は教職員のそれよりも威力があったようだ。ロボタンは車を離し素早く方向転換をしてオータムと向かい合った。
『ウガガガガ!』
せっかく楽しんでいたところを邪魔されたのがよっぽど嫌だったのかロボタンはオータムに対し怒りを抱いていた。そしてその怒りは彼のプログラムを黙らせロボタンは明確にオータムを敵と判断したのである。
「へへ!そうじゃなくちゃなぁ?だけど悪いがあたしはフェアじゃないもんでね!このまま攻撃を食らいやがれ!!」
オータムはアラクネを器用に操作しながら再度ロボタンに攻撃を与えようとするもかわされてしまう。
「ッち!そんなナリして動きは速えようだな!!」
『ウガア!!』今度はオータムに代わりロボタンが攻撃を仕掛ける。どうやらアラクネの足を掴み相手の動きを封じるのが狙いだったようでしっかりとアラクネの足を咥えた。
「ヘッ!あたしの足が欲しいのならいくらでもくれてやるさ、パージ!!」
が、驚くべきことにアラクネは自らの足を切り離すことでロボタンの攻撃をかわしたのだった。
「うそ!アラクネってあんな動きが出来るの!?」
その光景を見て思わず鈴は叫ぶ。彼女はあのISは足さえ押さえることが出来たら簡単に倒せるだろうと考えていたのだ。しかしながらその目論みは失敗に終わってしまうのだった。
「いえ、鈴さん。アラクネは本来ならばあのような動きは出来ないはずですわ。……おそらくは亡国企業が独自の改良を施したのでしょう」
セシリアが鈴の驚きに対し冷静に説明する。
「少なくとも独自に改良を施せる技術力と設備があるわけか…。敵は思った以上に厄介なようだ」
セシリアの話を聞きながらバルクホルンはそう呟く。それに同調してラウラも言う。
「本国の方にもっと亡国企業に対する警戒レベルを上げてもらうように言っておかねばならんな」
「…君ら普段と様子が違いすぎないかい?」
青磁が呆れながら二人に対して言う。
その時であった。
「…………!!」
「……へぇ音を出さないように攻撃したはずなのによく避けれたわね」
「ミステリアス・レイディ……」
一同がロボタンという新たな存在に注目している今を好機ととらえたのか楯無はオータムに対し攻撃をしていた。しかしながらスコールもその道のプロ。直前ではあったが彼女の存在に気付いたようである。
がしかし、その心の中は体とは裏腹に荒れていた。
(Mは何をしているの…………!?)
そう今回の作戦には合計で三台のISが投入されていた。一台は先ほどからロボタンと闘いを繰り広げているアラクネ。次にスコールの纏っているラファール・リヴァイブ。そして最後にMの乗るサイレント・ゼフィルスだった。
アラクネとゼフィルスはどちらもアメリカとイギリスがそれぞれ威信をかけて製作していた機体だ。特にゼフィルスはつい最近出来上がったばかりの最新鋭機でありよほどのことがない限り負けることはない。
しかしながら問題となってくるのはリヴァイブだった。
スコールの乗るリヴァイブは普通のそれよりもスピードが出るようになっていたりと改良は加えられていた。が、しかしさすがに第二世代の機体でありもしもこれに専用機が当たってしまったら世代差により負けてしまうのは明白であり今回のMの任務はそうならないようスコールを護衛することのはずだった。
(どうしてMは通信に出ないのよ!)
スコールは慌ててMに対し通信を試みたがそれに出る気配はない。まさか故障かと思いオータムはISのマルチレンズを使ってアリーナ上空を捜索したがそこにもMはいなかった。
(まさか落とされた!?)
「……あら?もしかして仲間がいなくて焦っているのかしら」
「……!?まさかあなたが!!」
「フフ……さあね?」
楯無の言葉に驚くスコール。しかしながら一見余裕そうな表情を見せている楯無もその心まではそうではなかった。
(…どうやら本当にそうだったようね。まぁ何が起こったのかは知らないけど使えるものは使わなくちゃね♪)
楯無がさらに攻撃を仕掛けようとしたがそれが行われることは無かった。
「!!…ようやく来たわねM」
「……フ、私はア・イ・ツ・とは違う。仕事はしっかりと全うする」
「…その言葉もっと早く聞きたかったわね」
楯無の攻撃はMのISによって防がれることになった。
「悪いな。こいつを拾ってくるのに手間取っていてな」
「クソが!邪魔すんじゃねえM!」
Mが先ほどまでいなかったのは勝手にロボタンと戦っていたオータムをその場から離脱させるためでありそれに手間取っていたのだ。
「サイレント・ゼフィルス…なかなかいい機体を持ってくるじゃない」
楯無はそんな三人を逃がすまいと構えの姿勢を取る。
「あら悪いわね御嬢さん。このままここに居たら私たちが負けてしまうわ。だから今日はここまでね。今日のことであなたたちの実力は分かったし次はお相手をしてもいいわよ?」
「なに!?まだあいつとは決着がついていないんだぞ!このまま帰るってのか!!?」
スコールの言葉にオータムが反応する。
そんなオータムの様子を見ながらスコールはきつい口調で言う。
「無茶言わないの!この戦力差だったら負けるのは私たちの方よ!おまけにあの妙なロボットもいるのよ!!敵の力がわからないのに戦うのは愚か者のすることよ!!」
「………………分かったよ」
オータムは戦闘狂ではあるが彼女自身このままでは全滅することは分かっていた。
先ほどまで戦っていたロボットはなるほど確かに千冬を退けただけのことはあるようですでにアラクネの足は八本から三本にまで減っていた。
おそらくこのままこの場に留まっておけばオータムは捕まってしまっていたであろう。
「もう空に上がった方がいい。あいつが来るぞ」
Mが顔を向けた先にはロボタンがいた。
彼はまだ戦い足りていないのか息を荒くしながら(そのように見えるだけだが)こちらに向かって走って来ていた。
「それじゃあねミストガール!!」
スコールのISは煙幕も出せたようで煙が晴れた時にはすでに彼らはそこにいなかった。
こうしてアリーナには専用機持ちたちとロボタンが残されることになったのである。
*****
ここでいったん時間軸は少しばかり過去に戻ることになる。
オータムがロボタンに対し攻撃を加えたことにより一時的ではあるが清掃員たちはロボタンの標的ではなくなっていた。
ロボタンがオータムの方へ向かっていったのを確認した二人はすぐに車から脱出し楯無以外の専用機持ちたちと合流することが出来た。
「二人とも大丈夫……ってクサ!凄い臭いがしてますよ!!」
何とか逃げ出せた二人の下に真っ先に向かっていったのは一夏だった。
「そんなことはいいんだ!問題はロボタンだ。今のうちに何とかしてあいつの対策を考えないと今度こそ俺たちは食われちまう……」
清掃員はそう言いながら腕を組み考え込む。
「一応言っておくがあいつに攻撃を仕掛けようなんて思ったらいかんぞ。俺たちがここに来るまでに何人もそれをしてあいつの尻尾で場外までふっとばされているんだ…。しかもきちんと落ちても怪我をしない場所に落としていやがる…」
戦闘隊形に移ろうとしていた専用機持ちたちを見て同僚がそう忠告する。
「ちょっと待ってよ!それじゃあなんで千冬姉はあんなにボロボロなのよ!!」
同僚の言葉に鈴が反論する。しかし、同僚は鈴の反応にも臆することなく冷静に答えた。
「織斑さんはいまあそこで戦っている奴みたいな戦闘をしちまったんだよ…。最初は足止めだけのつもりだったらしいがいつの間にかマジの戦いになっていってな…」
しかもあの時あの人笑っていたんだぜと言いながら同僚は何とも言えない顔をする。
「…………………」
その発言を聞いた鈴は同じく何とも言えない顔をしたまま黙り込んでしまった。
「んん!そ、その話はいますることではないだろう!まずはあいつの対策を考えるべきだ!」
「千冬姉…………」
一夏も何ともいえない顔で千冬の姿を見る。
なるほど、確かにいかにも満身創痍に見えるがそれはあくまでも打鉄に関してでありそれを装着している千冬自体には大したダメージは無いようだ。
「一夏、あとで私の部屋まで来い。…とにかくとしてあいつに対して打鉄は効果はない。だからー」
千冬は一夏に向き合うとこう言った。
「白式を私に貸せ。それであいつを止めてくる」
あたりでは今なお戦闘が続いているにも関わらずその場から音が消え去った。
「お二人ちゃぁ~ん!!大丈夫だったぁ!!?」
……かに思われた。
一瞬即発の状態になりかけていた空気の中に登場してきたのは副長であった。
一人ロボタンに襲われることもなく残されてしまった副長はどうやら他の清掃員に連絡してここまで来たようである。彼は他の清掃員の運転する軽トラでここまで来たのだった。
「まったくもう仕方がないとはいえ二人が勝手に車に乗っていくもんだからここまで来るのにえらい時間が掛かっちまったよォ。あ、まぁそれはいいんだ。うん。ともかくとしてまだ生きていたようで良かったよ」
副長はアラクネと戦っているロボタンを見て小さくまだ止まっていないわけね…と呟いた。そして清掃員二人、さらには専用機持ちたちの方を向いてこう言った。
「さすがの俺もロボタンがあそこまで固いとは思っていなかったよ。なんせ聞くところによればISまで投入したそうじゃないの」
じゃあやっぱりあの方法しかないかぁと言いながら副長は運転席にいた清掃員に何かを出すように頼んだ。
「いやぁ何せロボタン自体ジャンク品の塊だからね。こいつの設計図を探すのには苦労したよォ!これを持ってくるために班長に土下座をしたからねぇ。まぁ俺の土下座の時間よりも説教の方が長かったけど」
「それはいいですから早く話を進めてください!何か対策があって来たんでしょう!!今は俺たちが食われるかもしれない状況なんですよ!!」
同僚に急かされて慌てて副長は話を進めた。
「ウオホン!…さっきも言ったけどロボタンは寄せ集めの部品で出来た塊なわけ。そしてすべてがそうとは言わないけど寄せ集めの機械ってのは大体無理やり異なるパーツをくっつけるためにつなぎ目があるんだよね。そしてなんとロボタンには……………………すべてのパーツをつないでいる場所がある。いやぁ~先代たちの技術力にはもう惚れ惚れしちゃうねぇ~!!こんな構造のロボとなんて見たことないよもう!!」
「!!?つまりその場所を攻撃することが出来れば一発であいつをばらばらに出来るのか!?」
一夏の反応にその通りと返事を返す副長。
「で、この情報聞いたのにな~んか難しい顔をしているのねユーたち」
副長は先ほどから黙っている清掃員と他の専用機持ちたちを見まわした。
「俺としちゃあ場所がどうこうなんて関係ねえ。だけどこいつらは違う見てえだぜ」
ハレオが黙っている者たちの気持ちを代弁する。皆はその場所がどこにあるのかを知らなければ安心できないのだ。
「…………ええっと、体の中ーちょうど中央部分だね。おまけにISの武器を使っても装甲が破壊されなかったところを見るに多分よっぽど固い武器を使うか口の中を狙って攻撃するしかないね」
「…冗談きついっすよ副長」
同僚は半ば呆然としながらそう口にしたのであった。
*****
さてここで時間軸は亡国企業が撤退をした直後に戻る。
ロボタンは先ほどまで戦っていた相手が突如としていなくなたったことに対し怒りを抱くもしょうがないと諦めていまだに捕食掃除出来ていなかった二人ゴミを片付けて仕事を終えようとした。
が、さすがに目を離しすぎていたのかロボタンが咥えていた軽トラにはもう彼らの姿は残っていなかった。
『ウググググ』とうなり声をあげながらあれはどこに行ったのかとロボタンは探す。
すると。
「俺たちを探しているのか!それならここだぜ恐竜野郎!!」
「こっちだバカ野郎!!」
彼らがいたのはグラウンドではなく観客席の最前席付近だった。
二人の姿を確認したロボタンは彼らを片付けるべくそちらの方へ走り出す。が、しかし観客席はグラウンドから約三メートル上に存在する。
一番高く見積もっても二メートルしかないかぐらいのロボタンはまず届かない。故にー。
『ウガア!!』
自慢の脚力を使って飛び上がった。
ロボタンの口はしっかりと狙いを定めグラウンドから一直線に二人をめがけて飛んでくる。
このままいけばまず間違いなくロボタンは二人を捕食することが出来たであろう。
しかしロボタンの動きは急に無くなる。
「ラウラ!!今は周りのことを気にするな!あいつだけに集中しろ!」
ラウラのシュヴァルツェア・レーゲンに搭載されたAICがロボタンの動きを封じ込めたのだ。
それにさらに追い打ちをかけるべくバルクホルンも自身の機体であるシュヴァルツェア・レーゲン・ドライに搭載されたAICでラウラの負担を軽減する。
「私もドイツなんかに負けていられませんわ!!」
「さすがに束姉のISを戦闘不能にするようなのをほっておけないからねぇ~頑張るかぁ」
今のロボタンは口を開けた状態で固まってしまっている。つまりこの状態で口の中に攻撃を仕掛けることが出来ればその時点でこちらの勝ちなのだ。
セシリアはせっかくの学園祭が色々と残念なことになってしまったことに対する怒りを込めてスターライトmkIIIの引き金を引く。
青磁もさすがにあんな化け物を野放しにしておきたくはない。普段はあまり自分から行動をしようとしない彼だが今回は新開発した狙撃型光線銃を片手に同じく引き金を引く。
どうやら自分たちに仕事が来ることはなさそうだと狙撃、AICが使えない面々は思っていた。
それは彼らのさらに後ろに控えていた教師たちも同じだった。
事件の発生からすでにそれなりの時間がたっておりようやくアリーナからはほぼすべての生徒が避難できた。幸いなことに重傷を負っているものは年齢職種問わずゼロ人であった。なお千冬の負った怪我は本人からしてみれば軽微なモノらしくカウントされていない。
事態は収拾の方向へ向かっているかに思われた。
だがここである予想外の問題が発生する。
「ハルマゲドオオオオオオン!バスタアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
條ノ之青磁の作った狙撃型光線銃の威力があまりにも大きく足止めしていたラウラとバルクホルンをまとめて吹き飛ばしたのだった。
「な、なに!!」「あのバカ味方まとめて吹き飛ばしやがった!!」「ちょ、ちょっとなんて威力なのよアレ!!?」
それぞれがそれぞれの感想を口に出す中、当の本人はというと。
「……やりすぎちゃった♪」
「舌を出してかわいらしく言っても事実は覆りませんわ!!」
失敗しちゃったとのんきに言い放った。
『グアアアアア!!』
はたしてその声はロボタンのものだったのかそれともラウラとバルクホルンのものだったのかは分からない。が、しかし青磁の放った一撃は誰かには傷を負わせれたようである。
光線銃から飛び出た大量のエネルギーによってアリーナ一帯は、観客席に至るまで土煙に覆われた。
そしてその煙が晴れたとき、その場にいたのはー。
『グ、グググ!』
ロボタンであった。
『ウガアアアアアアア!!!』
先ほどの一撃はよほど効いたのかロボタンは尻尾が半分に折れており右足のギアも逝かれてしまったようで引きずるような形で立っていた。しかしながらそれでも彼は自らの務めを全うしようと最後の力を振り絞って清掃員と同僚に飛び掛かる。
「い、一度目がダメでももう一度撃って倒せばいいのです……わ!?」
セシリアが再び攻撃しようと少雨順を合わせたところロボタンはまるで二度も同じ手を食らうものかと言わんばかりに千切れかけていた自身の尻尾をセシリアに向けて投げつけた。
「危ない!」
このままでは当たるかと思われたセシリアだが間一髪のところで青磁によって腕を引っ張られ回避をすることに成功した。
「あ、ありがとう……ございますわ」
「いや助かって良かったよ。……もっともこれで完全に狙撃をするチャンスはなくなったけどね……」
「しまった!!」
青磁の言葉に慌ててセシリアは下を見る。するとどうだろうか眼下では今まさにロボタンが二人に襲い掛かろうとしていた。
「あ、あんな攻撃をしても効かないのかよ!!」
完全に作戦は失敗したと思った同僚は絶望した表情でそう口にする。そもそもの話この作戦自体同僚は乗り気ではなかったのだ。
『ロボタンは長い年月の間にプログラムがいくらか不完全なものに成っていて普通なら起こり得ないような誤作動が起きている。そしてどうやらあの様子を見る限りロボタンは君らのことをゴミだと認識しているみたいでねぇ…おそらくはユーたちを片付けない限りはあいつは止まらないと思うのよ。…仮にユーたちにこびりついたゴミの匂いを消し去ったとしても暴走状態に有るロボタンがそれで止まってくれる保証はどこにもない。だから………』
同僚の脳裏には作戦を説明していた時の副長の声がよみがえってくる。
「ロボタンは俺たちに対して異様なまでの執着心を持っている。だから俺たちを囮にしてロボタンを引き付けその間に専用機持ちたちが攻撃を行う。ロボタンが俺たちを捕食しようと口を開けたとき、やつの中心部ーコアに攻撃を届かせることが出来ればあいつはバラバラになる」
同僚は隣から聞こえてきた声にハッとする。
先ほどまであまり喋っていなかった清掃員が静かな調子で話し始めたのだ。
「しかしながらコアは並大抵の武器では破壊できず効果がありそうなものを持っているのは狙撃種のみだった。おまけに堂々とこれから狙撃をしますよなんて言うポーズでいたら絶対にロボタンは寄ってこない。故に狙撃手たちはロボタンの死角から攻撃を行わなければならなかった」
迫りくるロボタンの口は同僚にはやけにスローモーションに見えた。
「あの二人はなんだかんだ言っても学生だ。熟練の兵士じゃない。…だけどよくやったと思う。本来ならばこういうのは大人がしなければならないのにな」
「…………ああ。本当によくやってくれたと思うぜ」
もはや二人がロボタンの口から逃れることは絶望的な距離までロボタンは迫っていた。
「それも相手はISを凌ぐほどの力を有しているのにだ」
「俺だったら絶対にあいつとは戦いたくないな」
ハッと自嘲しながら同僚は清掃員の言葉に続ける。
ロボタンはようやく己の使命を果たせると喜んでいた。
「人間いつかは死ぬもんだ。それは明日かもしれないし何十年も先なのかもしれない」
清掃員は言葉を続ける。彼の眼には火がともっていた。
「無限に生きる者はいない。それは俺たちだってそうだ。だがー」
一瞬の間をおいて清掃員は言い放った。
「今じゃない」
ロボタンが彼らを捕食しようとしたその時、青白い光がアリーナを包み込んだかと思うとその瞬間ロボタンの体は中央から千切れた。
*****
『今です!!』
「ウオオオオオオオオオオオ!!」
「こんのー糞ロボットがア!!」
「俺たちの出番を奪いやがってええええ!!」
コントロールセンターにいた真耶の合図とともに一夏、鈴、ハレオの三人が清掃員たちの前に飛び出す。
一夏は雪片弐型を構えロボタンのパーツが飛び散って来ないように二人の前へ出る。
鈴はロボタンの前身部分を吹き飛ばすために龍咆を放つ。
ハレオはここまで出番がなかったことに対する恨みをぶつけるべく自身のオリジナル機体である『コスモ』でアリーナのバリアを破壊してロボタンの後ろ部分を吹き飛ばしに行った。
彼らの様子を見て千冬はほっと息をつき万が一のためにと用意していた木刀をゆっくりと下げる。
どうやら作戦はうまくいったようであれだけしぶとかったロボタンは龍咆の空気弾に当たるとばらばらに飛び散った。
アリーナの方では青磁の攻撃に巻き込まれたドイツ組が教師たちに救助されていた。しかしながら自分で起き上れていたようなのでおそらく向こうも特に問題はないであろう。
今回ばかりは絶対防御を付けてくれた束に感謝をする千冬であった。
(アリーナに設置されているバリアを一度切りやつがそこを通り抜けようとする瞬間に作動させることで無理やり体ごとコアを破壊する……なかなか心臓に悪い作戦だったがうまくいって何よりだな)
と、そこへ通信が入った。
『お、織斑さ~ん!!う、うまくい、行きましたよ!!行っちゃいましたよ!!めちゃめちゃ怖かったですよオ~!!!』
「ご苦労だった山田君。あとで君に大役を押し付けた大馬鹿者清掃員にはよく言っておきなさい」
『はい!!』
実はこの作戦は当初の予定であればセシリアと青磁による狙撃だけで終わるはずだったのだがそこに待ったをかけた人物がいた。
清掃員である。
『実は俺にも一つ作戦があります』大まかな作戦が決められ皆が行動を始めようとしたとき彼はそう言って先ほど千冬が思い出していた作戦を話したのである。
比較的簡単に行えて準備もさほど必要ないため彼の作戦はバックアップ用として行われることになったのだ。
しかしながらその計画の要となるのがバリアを作動させるタイミングであった。
アリーナには観客席には攻撃が飛んでこないようにバリアが張られておりこれはコントロール室から操作出来た。
そして運良く(真耶にとっては運悪く)そこには真耶がいたので彼女にタイミングを見計らってバリアを作動してもらったのだ。
今回の作戦ではまず間違いなく一番の功労者は彼女であろう。
「……しかしながらここまでの被害が出るとは。……おそらくは世界中の役人どもが押し寄せてくるだろうな」
千冬はため息を吐きながらボロボロになったアリーナを見渡す。
ロボタンに亡国企業。まさか学園祭がこんな結末を迎えるとはさすがの彼女も想像していなかったのだ。
(ロボタンはともかくとして問題なのは亡国企業…………か)
おそらくは学園の警備体制を指摘されるだろう。下手をすれば国連から治安維持のために軍が派遣されるかもしれない。
(もっとも来たところで何もできないだろうがな)
少なくとも再びこのような事態が起こったとして、もはやこの学園のテクノロジーは一世紀も二世紀も進んでしまっている。おそらく現行兵器しか有していない国連軍では介入することすらできないのではなかろうか。
(アトランティスのような終わり方は迎えたくないものだな……)
しかしながら未来のことを心配するのはいまじゃない。
とりあえずこの場でしなければいけないことはあのロボタンを起動させた三人に対しきっちりみっちり特大の反省活動をしてもらうことに他ならないだろう。
「ふっ……いったいいつまでどうやって喜んでいられるかな?」
一度は下げた木刀を再び持ち上げて織斑千冬は未だなお二人して涙を流しながら抱き合っている馬鹿者ども清掃員たちに制裁を加えるべくゆっくりと歩き出すのであった。
ひょっとしたら矛盾が生じていることが……いや、いつものことですかね…。
とにかくとしてこれにて学園祭編は終了です。
次回からは後始末の話、日常回になると思います。