虎眼転生-異世界行っても無双する-   作:バーニング体位

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第六景『転移(てんい)

 甲龍歴417年

 ルーデウス・グレイラットが縁戚のボレアス家に預けられてから3年の年月が経った。

 

 

 ウィリアム・グレイラットは8歳となり、健やかに──その牙を研いでいた。

 

 背丈はこの世界の一般的な子供とあまり変わらないが、その密度は着々と生前(・・)のそれを取り戻しつつあった。

 母ゼニス譲りの美しく伸びた金髪はルーデウスの様に短く整えられる事はせず、専らゼニスが(ゆわ)いて整えていた。

 成長しつつあるウィリアムの容姿は父パウロの子供の頃と見紛う程によく似ていた。

 だが、パウロの様な快活とした雰囲気は全く見られず……代わりに研ぎ澄まされた刀剣を思わせる“冷たさ”を備えていた。

 

 ルーデウスが強制送致された日以来、ウィリアムのリーリャを含めた家族に対する接し方は、幾分かやわらかい物にはなってはいた。

 

 が、失踪騒ぎで行っていた尋常では無い“一人稽古”は相変わらず。

 

 朝、起床しパウロと朝の稽古を行い、その後家族と食事。

 パウロが村の警邏に出かけるまで再び稽古をした後、日が暮れるまで一人で鍛錬。

 

 その“密度”は、パウロとの稽古とは比べ物に無らない程濃い物であった。

 

 

 虎眼流に“練り”と呼ばれる鍛錬法がある。

 素振り用の大型木剣を小半刻(約30分)かけ、素振りの一挙動を行う。

 力んだ際に奥歯が粉砕するのを防ぐため、手拭を口に咥えて行わねばならぬ程の過酷な修練。

 

 ウィリアムが行う鍛錬はこの“練り”から始まる。

 大の大人でも持ち上げるのに一苦労する程の素振り用木剣で鍛錬を行うウィリアムは、とても8歳の子供とは思えない有様を見せていた。

 もっとも以前の失踪騒ぎを反省しているのか、その鍛錬は専ら庭先で行っている。

 

 家族は最初こそは、この無茶な鍛錬を行うウィリアムを心配し、諌めてはいたが……

 構わず黙々と鍛錬を行うその姿に次第に慣れていったのか、やがてウィリアムの行動に口を出すことは無くなった。

 

 そんなウィリアムにパウロは一度ウィリアムが“神子”或いは“呪子”では?と疑った事もあった。

 

 魔力の異常により持って生まれた特殊能力が当人にとって利益のある能力を持つ人間を神子……不利益のある能力を持った人間を呪子と言う。

 特殊能力については様々な形で現れるが、特に知られているのは超人的な怪力だろう。

 シーローン王国の第三王子は『怪力の神子』として知られ、幼少時に弟の首を素手で引き千切った(・・・・・・・・・)逸話があり、時折来る行商人によってその逸話はこのアスラ王国内でも広く周知されていた。

 

 しかしウィリアムは大人顔負けの腕力を発揮する事はあるがその力を持て余す事無く己の物としているようである。

 一時はその力で家族を害してしまう事を恐れたパウロであったが……その心配は杞憂に終わっていた。

 鍛錬の時以外のウィリアムは至って大人しく、その力を家族に向ける事は無かったのである。

 

 

 “練り”の後は、ひたすら型稽古を行い虎眼流の太刀筋を確認する。

 もっとも中目録以上に伝授される秘太刀の型は以前決めた術理の秘匿という観点から、夜半に家族が寝静まった時に密かに行う程度に留めていた。

 

 かつてルーデウスが魔術の修行を行った庭で、黙々と虎眼流の型を振るうウィリアム。

 元“アスラ後宮近衛侍女”として剣術の心得があるリーリャがそれを目にする事もあったが、パウロとの稽古で学んだ剣術を自己流にアレンジしていると勘違いし……“練り”という尋常ではない光景に慣れた頃には、ウィリアムのその勤勉な姿勢に感心さえするようになっていた。

 

 もっと注意深く見れば、この世界に存在しないであろう太刀筋を振るっていた事に気づけたかもしれない。

 だが、リーリャは態度を軟化させたウィリアムをなるべく好意的に見るようになったので、結局は“虎眼流”という異世界(・・・)の剣術を感知する事は無かった。

 

 

 

 

 鍛錬が終わり家族と夕食をとった後、ウィリアムはさっさと家の中の過ごしやすい場所を選び、体を休める。

 

 一時は本を読む等して過ごしている時もあったが、グレイラット家にある書物はたった5冊しかない。

 早々に読み切ってしまったウィリアムは体を休めている時は座禅を組み、就寝の時間まで瞑想している事が多くなった。

 パウロやゼニス、リーリャは日々の猛稽古という“奇行”に慣れてしまいウィリアムのこの習慣を特に気にせず、日常の光景として受け止めていた。

 

 もっとも幼い妹達はそのようなウィリアムの習慣等おかまい無しにじゃれついてくる。

 ゼニスの子ノルンはウィリアムの膝の上で丸くなる事が多く、時折顔をぺちぺちと叩いては瞑想の邪魔をしている。

 リーリャの子アイシャはより活発な行動を取る事が多く、最近ではウィリアムの大きいとは言えない背中を登坂する事がお気に入りのようで、結わえられた下げ髪を容赦無く引っ張っては登頂を繰り返していた。

 

「うぃーにい、うぃーにい」と、辿々しい言葉で甘えるノルンとアイシャ。

 そんな妹達を邪険に扱う事は無く、黙ってされるがままのウィリアム。

 その姿に、家族は日々の苛烈な姿を忘れ微笑ましく見守るのが日課となっていた。

 

 偶にその光景に興奮したゼニスが乱入する事もあったが。

 

 パウロは娘の愛情を独占出来ると思っていただけに、やたらと懐かれるウィリアムに嫉妬を隠そうともしなかった。

 だが、それが逆に家族の“団欒”の一助にもなっていた。

 

 

(……邪魔じゃ)

 

 そう思いつつも、ウィリアムは家族達のスキンシップにそこまで悪感情を抱いてはいなかった。

 

 思い起こすは前世の娘、“三重”

 

 このような家族との触れ合いは、当然無く。

 

 三重が可愛がっていた燕の親子を斬り殺した事もあった。

 妻が自害した際も、悲しむ三重を一顧だせず、勝手に死んだ事を謗るだけであった。

 

 全ては掛川藩剣術指南役の家に生まれた“武家の娘”として育てる為

 優秀な種を迎え、お家の為に尽くす事を強いるように“愛娘”を育てた為

 

 

 だが、もし──もしもう一度、三重が小さき時分に戻れるとしたら──

 

 

(少しは構ってやれたやも知れぬな……)

 

 後悔も未練もある。

 だが、最早それは思っても詮無きこと。

 

「うぃーにい、おなかいたいの?」

 

 悔恨を思わせる表情を、膝の上に乗っていたノルンが心配そうに見つめていた。

 フッと微笑んだウィリアムは、ノルンを抱えながらやさしく語りかける。

 

「昔を、想っていた」

「むかしー?」

左様(さよ)。昔の話よ……昔のな」

 

 兄妹の会話は、余人には聞こえぬ程の小さな声で行われていた。

 幼いノルンは、この兄の言葉を理解する事は出来無い。

 だが、この大好きな兄が、何かを後悔しているのを感じる事は出来た。

 

「よしよし。うぃーにいはわるくないです」

 

 ノルンは、ウィリアムの頭を辿々しい手つきで撫でる。

 

 虎は、この幼い妹の優しさを、どう受け止めていいのか分からなかった。

 

 

 力を持て余す事は無いが、この感情は持て余す事しか出来ない。

 虎は、持て余した感情を打ち消すかのように、猛然と鍛錬を繰り返していた。

 

 

 

 


 

 失踪騒ぎ以来殆ど外出する事は無いウィリアムであったが、時折近所の野原に出かける事があった。

 

 ただし、その際は必ずシルフィエットが同行していた。

 これは大人達がウィリアムの無茶な行動を警戒し、お目付け役としてシルフィエットを同行させる事で、以前のような失踪騒ぎの再発を防ぐ意味合いがあった。

 

「ねえ、ウィルくん。今日は何をするのかな?」

 

 小さめの籠を抱え歩くウィリアムの隣で、シルフィエットは声をかける。

 最近では、ウィリアムの身長はシルフィエットと変わらぬ程の高さとなっていた。

 

「……野草を摘みに」

 

 嘘ではない。

 

 前世……戦国の世においてウィリアム──虎眼は、一兵卒として戦場を駆け巡った時があった。

 その際、陣中食の素材として野草を摘み、調理して食していた。

 天正十二年(1584年)“小牧・長久手の戦い”において徳川方で参陣した際も、共に参戦した伊賀者から“巻き菱”なる携帯保存食の作成法を学んでいる。

 “巻き菱”とは“撒菱”の語源であり、鉄製の忍具のイメージが強い代物であったが、元々は水草である“ヒシの実”を乾かした物である。

 これを追手を撒く際に使用するのが本来の使い方であったが、伊賀者は携帯保存食として食す事もあった。

 

 尚、余談ではあるがこの時の虎眼は中入り策で長久手に布陣した羽柴秀次、森長可、池田恒興らの軍勢を迎撃すべく出陣した徳川方、安藤直次隊に所属していた。

 その際、実に五十もの首級を上げ徳川方の武将榊原康政より

『かの者の働き、正に濃尾無双也』と評されている。

 またこの時の縁で、後に掛川城主となった安藤直次に兵法指南役として召し抱えられている。

 

 ウィリアムは今生に置いても武者修行の旅に出る腹づもりであった。

 しかしこの世界は、前世の日ノ本に比べいささか(・・・・)旅人に優しく無い。

 野盗はもちろん、魔物の存在が特に大きいせいか、街と街をつなぐ道中には旅籠のような気の利いた存在は無い。

 必然的に商人や冒険者は道中分の食料を抱え、旅をする事になるのだが……

 

 道中安全に旅が出来るとは限らない。

 何かの拍子に所持していた食料を失うとも限らない。

 故に食える野草の知識を積む事も、“異界天下無双”に至るまでの準備として必要であった。

 

 もっとも当初は上述の理由で食用野草を選別する為に採集を行ってはいたが、段々とこの異世界の野草の味が気に入ってしまい、単純に“食べたいから集める”ようにもなったのだが。

 

 

「また野草摘み? 好きだなぁウィルくんは……」

 

 シルフィエットは大好きなルーデウスの弟を、自分の弟のように可愛がっていた。

 失踪騒ぎに見せた尋常ではない姿から、一時はウィリアムに恐怖を感じていた事もあった。

 だが、ルーデウスがボレアス家に送致されて以来、それまでのそっけない態度から幾分かは自分に柔らかい態度で接してくれるようになった事もあり、ウィリアムを自身の弟としてそれまで以上に思うようになった。

 

 ただ、ルーデウスの弟だから可愛がる、というだけでは無く。

 

 以前……ある事が切っ掛けでウィリアムに深い感謝の念を抱くようになったのだ。

 

 

 

 シルフィエットは元々村の子供達にひどいいじめを受けていた。

 その理由は、髪の色。

 エメラルドグリーンの美しい髪を備えたシルフィエットであったが、その緑色の髪は“スペルド族”を連想させた。

 

 約500年前に起きた歴史上最も新しい人族と魔族の戦争、“ラプラス戦役”

 “スペルド族”は、魔族側の尖兵として高い敏捷性と、額の宝石の索敵能力という一族の特能を活かし、奇襲の達人集団として人、そして魔族双方から恐れられた。

 ラプラス戦役中のある日、魔族側の総大将である“魔神”ラプラスがスペルド族の戦士団を訪問し、槍を下賜した。

 

 しかしラプラスが持ってきたのは呪いの槍であった。

 

 精神を狂わす事で戦闘力を跳ね上げるその呪いは、人族の敵を殺し、魔族の仲間さえも殺し、同じスペルド族の家族をも殺し……

 やがてスペルド族は味方の魔族から裏切り者として扱われ、戦後も迫害を受け続け魔大陸を追われた。

 この呪いの槍による暴走の恐怖から、世界全土で子供を躾けるのに“スペルド族が来て食べられてしまう”と教えるのが定番になっている。

 

 緑髪の魔族、亜人はこれらの理由で謂れのない迫害を受けるようになった。

 シルフィエットも多分に漏れず、村の子供達からいじめを受けていた。

 しかし、ルーデウスがその地獄の様な日々を過ごすシルフィエットを救い出した。

 それから、魔術や勉強を教えてもらうようになり……いつしかシルフィエットはルーデウスにひどく依存するようになった。

 

 “いつまでもルーデウスが守ってくれる”

 

 そんな“甘え”がシルフィエットの心の大部分を占めるようになった。

 それを懸念した父ロールズやパウロによってルーデウスと引き離されたシルフィエット。

 突然の別れにシルフィエットはひどく取り乱し……そして決意したのだ。

 

 自身も成長し、ルーデウスに傍にいるのに相応しい“女”になる事を決意した。

 

 いつしか守ってもらうだけで無く、自分もルーデウスを守れる存在になる事を誓って。

 

 守って、守りあって……そんな関係になったら、きっと、ずっと一緒に入られると信じて。

 

 その為に日々努力を怠らなかったシルフィエット。

 

 しかしルーデウスがいなくなるや、それまで鳴りを潜めていた子供達のいじめも燻り始めていた。

 

 丁度、初めてウィリアムと野草を積んでいた時。

 村の子供達と遭遇したシルフィエットは、またも謂れのない言葉の暴力を受けた。

 

『見ろよ! 魔族が草をとってるぜ!』

『魔族だから草が主食なんだな!』

『牛や馬みたいヨ! ギャハハハハ!』

『ヤツケル。魔族。ヤツケル。』

 

 容赦の無い中傷を浴びせる子供達。

 以前のシルフィエットならば泣きながら耐え忍ぶ事しか出来なかったが、この時は毅然と言い返すべく言葉を紡ごうとした。

 

 しかしウィリアムがシルフィエットの前に出た。

 

 

『人は姿にあらず』

 

 

 たった一言。

 

 その一言が、シルフィエットの心をどれだけ洗っただろう。

 

 虎の強烈な“睨み”と共にその言葉を受け、怯えた村の子供達は捨て台詞をそこそこに早々に退散した。

 シルフィエットはそれ以来人間の価値は、姿形では無く、何を成すかで決まるのだと教えられたのだ。

 

 

 もっともウィリアムはそのような高尚を垂れたつもりは一切無く、単純に前世の価値観で物を言っただけに過ぎない。

 その価値観では、どのような容姿の者であれ、その価値は全て“権威”で決められる。

 故に、何ら権威も持たない村の子供達がいずれは(・・・・)兄、ルーデウスの嫁になるであろうシルフィエットを中傷した事がひどく癇に障ったのだ。

 微妙にシルフィエットの事を想っていないのが、この歪な思想……封建社会の価値観を漠然と表していた。

 “武士道”という封建社会の完成形は、少数のサディストと多数のマゾヒストで構成されるのだ。

 道理や道徳など、権威の前では塵に等しい。

 たとえ蟷螂(かまきり)を思わせるような醜女でも、権威の為なら嫁にしなければならぬのだ。

 

 

「シルフィ殿。あちらの川べりで摘んでまいります」

「……ウィルくん。いい加減その他人行儀な呼び方止めてくれないかなぁ」

 

 いつもの採集場所の小川へたどり着いた二人。

 常に慇懃な態度を崩さないウィリアムに、シルフィエットはもっと気さくな関係を望んでいた。

 

「兄上の大事な人ですので」

 

 そんなシルフィエットに、ウィリアムは態度を改める様子は無い。

 あくまで“他人行儀”に、丁寧な言葉使いを崩そうとしなかった。

 

「だ、大事な人だなんてそんな……それ、もしかしてルディが言ってたの?」

「はい。兄上はよくシルフィ殿を嫁にするとも申しておりました」

「おおおお嫁さんだなんて……! ま、まいったなぁ、えへ、えへへへ」

 

 だらしなく表情を緩めるシルフィエット。

 その様子を冷めた目で見つめるウィリアム。

 どうも、このクオーターエルフの娘はルーデウスの話になると呆けてしまう事が多かった。

 

 ひとしきり照れたシルフィエットは、前々からウィリアムに伝えようと思っていた事を口に出す。

 

 

「あ、あのさ、ウィルくん。もし、もしよかったらだけど……ボクの事、“おねえちゃん”って呼んでもいいんだよ?」

 

 

 呆けているどころか、無意識に外堀を埋めようとするこのクオーターエルフの娘は、存外に冴えているのかもしれない。

 

 


 

 小川の近くに座って、ウィルくんを見つめる。

 ウィルくんは、せっせと籠に野草を摘んでいた。

 

 ウィルくんは、不思議な子だ。

 

 ルディとは、全然違うけど……たまにおじいちゃんみたいな雰囲気を出している。

 今だって、あんな渋くて食べづらい野草を、嬉しそうに摘んでいる。

 ぱっと見、あまり表情は変わらないけど、ボクにはわかるんだ。

 たぶん、今日のお夕飯で食べるんだろうなぁ……“おひたし”にするって言ってたけど。

 

「ルディとはなればなれになって、もう三年かぁ……」

 

 野草を摘むウィルくんを見つめながら、そんな独り言を、ついつぶやいてしまう。

 ルディは今ごろ、どこでなにをしているんだろう。

 すっごい魔術おぼえたり、お友だちもたくさんできてたりするのかな……

 

 お友だちって、女の子もいる……のかな……

 

 いやだな……そんなの……

 

 

 寝る前に、お父さんたちが聞かせてくれた大好きなおとぎ話を思い出す。

 

 “むかしむかし”

 

 “悪い魔女にいじめられていたお姫様は”

 

 “白馬に乗って颯爽と現れた王子様に助けられました”

 

 “そしてふたりは結婚し”

 

 “68歳まで生きながらえたとさ”

 

 ……そういえばなんで68歳なんだろう。あとでお父さんに聞いてみよう。

 

 

 ルディは、そのおとぎ話の王子様そのものだった。

 

 だから──ボクは、ルディと結婚して、ずっと守ってもらえると

 

 ──勝手に思い込んでいた。

 

 もし、ルディにその気がなかったら

 

 もし、ルディに他の女の子ができていたら

 

 

 もし、ルディが、私のことを忘れていたら──

 

 

「そんなこと……ないよね……」

 

 

 ……ねえ、ルディ。

 ボクね、ウィルくんに一つ教えてもらった事があるんだ。

 

 人は、姿で決められる物じゃない。

 だから、人は努力する。

 人の価値は、その人の努力で決まるんだ。

 

 当たり前のことかもしれないけど、ウィルくんに言われると不思議と心の中に広がっていく。

 

 だから、ボクも努力する。

 

 だってボクはおとぎ話のお姫様じゃないもの。

 

 ただ守られるだけじゃ、ダメなんだよね。

 

 ルディの事も守ってあげられるくらい、強くなるからね。

 

 もっと魅力的になれるように、がんばるからね……

 

 

 

「……よし! ウィルくん、ボクも摘むのてつだ──」

 

 

 

 突然、光が津波のように迫ってきた

 

 

 樹木や、草を飲み込みながら、迫ってきた

 

 

 ウィルくんが、光に飲み込まれた

 

 

 私も、光に──

 

 

 

 

 ねぇ

 

 

 

 ルディ

 

 

 

 ボクもっと頑張るから

 

 

 

 次に会えたら

 

 

 

 今度こそ

 

 

 

 今度こそ

 

 

 

 

 

 ずっと一緒に──

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 “フィットア領転移事件”

 

 後にそう呼ばれた大規模魔力災害は、フィットア領に住まう人々を“世界各地へと転移させる”という前代未聞の被害をもたらした。

 

 同じアスラ王国内に飛ばされたのならまだマシな方であり

 小国家が乱立し紛争地帯となっている“中央大陸南部”

 砂漠地帯と強力な魔物が跋扈する迷宮群を擁する“ベガリット大陸”

 ベガリット大陸と双璧を成す危険地帯“魔大陸”

 魔神ラプラスが人族を分断する為に放った赤竜が住まう“赤竜山脈”

 獰猛な海の魔物と亜人が蔓延る“リングス海”

 

 過酷な地へと転移した者も多く、悲惨な運命に見舞われたフィットア領の住民は枚挙にいとまが無い。

 

 転移した先で即死した住民は数知れず、運良く生き延びた者もその過酷な環境で命を落とす事が多かった。

 やっとの事で帰還した住民も、家族や財産の何もかもが失われた故郷の姿に絶望した。

 

 帰る家を失い、愛する家族まで失った者の絶望感はいかほどであろうか。

 ギルドの依頼で各地より集まった支援者ですら途方に暮れる程のこの災害。

 老若貴賤問わず、この災害はフィットア領に棲まう全ての人間に不幸を撒き散らしていた。

 

 

 ルーデウス・グレイラットがエリス・ボレアス・グレイラットと共に魔大陸に転移し、転移後様々な人と出会い痛快な冒険を繰り広げていた事は、 後の世に実妹ノルン・スペルディアが記した『大魔術師ルーデウスの冒険』でも広く伝えられている。

 

 しかしウィリアム・グレイラットがこの転移事件の後、どこに転移し、何をしていたのかは全く伝えられていない。

 

 

 ウィリアム・グレイラットの名が再び歴史の表舞台に登場するのは

 

 

 

 甲龍歴423年

 

 

 

 剣術三大流派“剣神流”総本山

 

 

 

 “剣の聖地”からである

 

 

 

 

 

 


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