虎眼転生-異世界行っても無双する-   作:バーニング体位

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魔界篇
第四十六景『魔界大忍法合戦(まかいだいにんぽうがっせん):(いち)


 

 弟のウィルが再び俺達の前からいなくなってから、二ヶ月が経った。

 この二ヶ月は、色々あったけど……今は、あまり思い出したくない。

 俺を含めてウィルに関係する皆が、ウィルがいなくなった事、そのせいで起こった出来事から、目を背けたかったからだ。

 穏やかな日常……それも、ただの現実逃避だったと、今は思ってしまう。

 

 だから、目の前の現実も、悪い夢にしか思えなかった。

 

「シルフィ……」

 

 ベッドに横たわる、大切な人。

 大切な、妻のシルフィが、苦しげな表情を浮かべながら眠っていた。

 

「ルディ、大丈夫ですよ」

 

 俺の隣で、そっと手を握るもう一人の大切な人……ロキシーが、心配そうにそう言った。

 だけど、俺はそれに応える事は出来ない。

 ただ、シルフィの汗を拭ってやることしか出来なかった。

 

 思いつく限りの治療を施しても、シルフィの容態は良くならなかった。

 どんな解毒魔術も、治癒魔術も効果は無かった。医者にだって見せた。クリフ先輩にも診てもらった。

 でも、どんな手を尽くしても、シルフィの肩に刺さる()は抜けず、彼女の綺麗だった身体は、痛々しい腫れが縦横に広がり、痛々しいほど痩せ細っていた。

 誰にも抜けない、()()()

 

 どうしてこうなったんだろう。

 何が間違っていたんだろう。

 誰のせいで、こんなことに……。

 

「ウィル……」

 

 薄暗い感情に囚われる。

 ウィルが、ウィルがいたからこんな事になってしまった……なんて、短絡的な苛立ちを覚えているわけじゃない。

 でも、こんな理不尽な事が起きるなんて、思いもしなかった。

 だから、どうしたらそれを回避出来たのか、ずっと考えてしまう。

 

 もう起こってしまった事は、やり直す事なんて出来ないのに。

 

 

 

 ウィルと北神が果し合いをした日。

 謎の鬼が三体現れたあの日。

 俺とロキシー先生は、剣客のような鬼と戦い、力及ばずそのまま意識を失った。

 何故あの鬼が俺達を殺さなかったのか、色々考えたが結局わからないままだった。

 

 気絶する俺達を、パウロ父さんが助けてくれた。

 ウィルを探しに来ていた父さんは、シャリーア郊外で倒れる俺達を見つけると、そのままウィルの捜索を中断して俺達の救助を優先した。

 その後、ウィルを探しに再び郊外へ向かったみたいだけど、激闘の跡地にはウィルの姿はもちろん、双子や鬼共や北神の姿も無かったらしい。

 

 現れた鬼は三体。

 ナナホシの研究室に現れた鬼。

 ロキシーの前に現れた鬼。

 そして、俺の前に現れた鬼。

 

 シルフィはナナホシを守る為、鬼と戦った。

 一発で気絶させられたらしいけど、大した怪我は無くてよかった。そう言って、この時のシルフィは笑っていた。肩を気にしていた彼女を、もっと気遣えれば良かったんだけどな……。

 ナナホシも気まずそうにしていたけど、ウィルがいなくなり、正体不明の鬼が現れたのを受け、研究を中断していた。

 シルフィの怪我も気にしていたけど、今はウィルを探すのが先決だと、そう言ってどこかへ出かけていった。何か探すアテでもあるのだろうか。

 

 数日してから、パウロ父さんが神妙な面持ちで俺達家族を集めた。

 ギースとタルハンドも同席したその場で、父さんは旅に出ると言った。

 ウィルを探す、二回目の旅。

 本格的な冬が訪れる前に、シャリーアを発つ必要があると。

 そして、ウィルとまた一緒に暮らす事は出来なくても、せめて居場所だけは確認したい。

 せめて、年に一度くらいは、家族と過ごす時間を作りたい。

 そんな想いを、俺達家族の前に語ってくれた。

 

 “ウィルは死んじゃいねえ。だから、俺が探す。父親だからな”

 

 そう言って、父さんは惚れ惚れするような笑顔を見せてくれた。

 俺もこんな風に子供を想える父親になれるのだろうか……この時は、どこか呑気にそう思ってた。

 それから、父さんはギースと一緒に。タルハンドも別行動で捜索してくれると言ってくれた。

 なんでも、“黒狼の牙”結成時を思い出すんだとか。少し楽しそうに言ってたのは、ウィルの生存を確信していたからだろう。

 七大列強の石碑。それには、ウィルの紋章──岩本家の家紋は、まだ刻まれていたからだ。

 北神の紋章も刻まれていたので、ウィルの消息の手がかりもあると。

 

 俺も一緒についていくと言ったけど、意外な事にアイシャに止められた。

 曰く、あたしだって我慢してるんだから、お兄ちゃんも我慢してよと。

 ただ、後から聞いたけど、アイシャも最初はついていくと聞かなかったらしい。でも、リーリャさんが滔々と“父さんが帰ってくる家を守る”という役割を説いたおかげで、アイシャは思いとどまり、俺の事も止めてくれた。

 もちろん、俺も本心ではついていくつもりはなかったし、父さんも俺の同行をきっぱり断っていた。

 シルフィやロキシー、ルーシーを置いて旅に出るなんて、考えたくもないし、父さんもそこまでさせるつもりは無いのが本音だろう。

 

 ノルンはグズるかと思ったけど、こちらも意外な事に父さんの背中を押していた。

 ウィルが戻ってきたら、びっくりするくらい剣術の腕前を上げるんだって。

 だから、早く連れてきてくださいって。

 

 こうして、父さん達は旅立っていった。

 俺達はシャリーアの門まで父さん達を見送っていた。

 父さんは俺達家族を順番に抱きしめていた。

 ノルンとアイシャを同時に抱きしめて、“誕生日、一緒に祝えなくてごめんな”って、悲しそうに言った。

 ノルンとアイシャは堪えきれなくなって、ポロポロと涙をこぼしていた。

 最後に、父さんはゼニス母さんを抱きしめた。

 ぎゅっと抱きしめ、しばらくして、父さんは旅立っていった。

 

 それからしばらくは、俺は大学に通いながら家族と過ごしていた。時々冒険者ギルドにも顔を出して、ウィルの捜索も依頼していた。

 また鬼と戦う羽目になるかもしれないとも思い、ロキシーの教えを受け、水王級魔術師にもなった。

 

 ああ、そういえばクリフ先輩とエリナリーゼの結婚式もあった。

 クリフ先輩はウィルに祝詞を上げたかったと残念がってたけど、ともあれ二人は無事夫婦となった。

 それから間を置かずして、ノルンとアイシャの誕生会を開いた。

 父さんとウィルがいないけど、俺がきちんとお祝いしたかったから、シルフィとロキシーにも協力してもらった。

 二人は少し複雑そうな表情だったけど、それでも喜んでくれた。

 母さんやリーリャも、少しだけ寂しそうにしていたと思う。

 

 ……クリフ先輩の結婚式の時もそうだったけど、この時のシルフィが。

 シルフィが、肩の傷を包帯で隠し、決して俺達に見せようとしなかったのを、もっと注意しておけばよかったと。

 今は、後悔しかない。

 いや、もっとはっきり気付ける瞬間もあったから、それは余計俺の心に重くのしかかっていた。

 

 アリエル王女が、ラノアの王族がシャリーアに滞在中、会見の場を設けようとした時だ。

 ロキシーが魔法大学の依頼を受けて、ラノア王族の護衛に駆り出されたので、当然シルフィもアリエル王女の護衛で同行する事となった。

 それで、俺も一緒に行く事になったのだけど、途中でシルフィが体調不良を訴え、俺と一緒に帰宅した。

 後でロキシーに聞いたけど、護衛の中には昔懐かしい顔もいたらしい。

 

 でも、それよりも。

 “ただの風邪だよ”と笑っていたシルフィの容態が、その日からどんどん悪くなっていった。

 

 この時、もっとなりふり構わずシルフィの治療に動けてたら、こんな事にはならなかったのではないかと。

 そう思ったら、後悔の念しかわかない。

 

 それから、どんな解毒魔術も、どんな治癒魔術も。シャリーア中を駆けずり回り、沢山の医者に診てもらっても。

 シルフィは、回復する事は無かった。

 

 俺はその日から大学を休学して、シルフィの看病をする毎日だった。

 いつのまにか、俺は十八歳になってたけど、そんな実感を抱く余裕は無かった。

 大学では卒業式が行われいた。俺は出席日数が少し足りなかったけど、ジーナス教頭が気を利かせてくれて四回生にはなれた。

 シルフィと一緒に通えない大学なんて、もうあまり未練は無かったので、これもあまり嬉しいという気持ちはわかなかった。

 

 そういえば、リニアとプルセナが卒業したけど、二人揃ってシルフィの見舞いに来た時に、何か言いたそうにしてた。

 でも、空気を読んだのか、シルフィを励まして、二人は去っていった。

 後からナナホシに聞いたけど、二人は卒業と同時にケジメをつける為、決闘を行ったらしい。それで、俺かウィルにその立会人をしてもらいたかったんだと。

 

 “ボスかおやびんにあちしがリニアよりの方が強いのを見届けてほしかったニャ”

 “あーっ何言ってるかわかんねえよなの。私の方が強いなの”

 

 なんて二人の会話を伝えてきたけど、これも正直今はどうでもよかった。

 結局プルセナが勝ったらしいけど、二人共今はシャリーアにはいない。出来るなら、シルフィと二人で見送りたかったけど。

 

 ナナホシは毎日どこかへ出かけてから、シルフィのお見舞いに来ていた。

 “今日も空振りだった”と肩を落として、毎日俺に伝えていた。なんでも、人探しが得意な人──そして、恐らくシルフィの治し方を知っている人と会う為に出かけているが、会える手段が特殊で、その手段を用いても迎えが来ないと。

 

 ナナホシはシルフィに怪我をさせ、ウィルがいなくなった事にも責任を感じているのだろう。

 もっとも、ウィルがいないと──ウィルの妖刀がないと、ナナホシの研究が進まないという事情もあるのだろうけど。

 体調を崩しがちだったので、解毒魔術をかけながら“あまり無理はするな”と伝えていた。

 それでも、ナナホシは毎日出かけて、その人物にコンタクトを取ろうとしていた。

 

 正直、期待が持てるかどうか分からない。

 でも、藁にもすがる思いだったので、ナナホシがその人物とコンタクトを取れるのを期待するしかなかった。

 

 どこか喪失感を感じる日々。

 喪失感が、段々増していく日々。

 

 ルーシーも母親の不調を察しているのか、泣き喚く回数が増えた。

 母さんが拙い手であやしても、ルーシーは泣くのを中々止めなかった。

 

 もう、どうすればいいのだろう。

 どうすれば、シルフィは助かるのだろう。

 

 ……どうしたらよかったのだろう。

 あの日、ウィルを止めてれば……少なくとも、シルフィが怪我をする事が無かったんじゃないか。

 いや、そもそも、ウィルがシャリーアに来たから、こんな事に──

 

 また、薄暗い感情に囚われる。

 どうして、俺はこんなにも弱いのだろう。

 ウィルが原因だとしても、ウィルが悪いわけじゃないのに。

 でも、どこか誰かのせいにしたいと、この時の俺は思っていた。

 誰かのせいにすれば、少しはこの後悔の念から逃れられると思ったから。

 

 もう、誰か。誰でもいい。

 シルフィを……俺達を、助けてください。

 

 そう思った時。

 

 

 夜、夢に。

 あいつが出た。

 

 

 

 


 

 魔大陸

 リカリスの町

 

 魔大陸ビエゴヤ地方に位置する魔都リカリス。大勢の魔族が棲まうこの街は、現在戒厳令下の如き物々しさを見せていた。

 行き交う冒険者や商人は鳴りを潜め、往来を歩くのは漆黒の鎧を装着した兵士の姿が多数。

 

「ええい、まだ見つからんかっ」

 

 その兵士達の中で、配下に気合を入れる魔族の女兵士がひとり。

 その風貌は魔族らしく、凡そ人族とはかけ離れたものであり。女性特有の高い声色と、少し盛り上がった胸部装甲がなければ、その性別すら判断しかねるだろう。

 爬虫類を彷彿させる黄色い鱗、針のような髪、突き出た鼻先。そして、それらに走る無数の疵痕。

 歴戦の勇士の風格持つ漆黒の女戦士の名は、魔王アトーフェラトーフェ親衛隊が四天王、“風のカリーナ”。

 主君であり剣の師匠でもあるアトーフェから北神流王級の印可を授かりし名人であり、配下の親衛隊にも多くの弟子を抱える女剣客である。

 

「早く探せ! 今日中にあの御方を探すのだ! 早く早く早くぅっ!!」

 

 自身の兜を脇に抱えながら、配下の親衛隊らに激を飛ばすカリーナ。その下知は何者かの捜索を指示しているのだが、肝心の捜索場所などの指示は無い。配下でありカリーナの弟子でもある兵士共は、皆困惑しつつも、とりあえずその辺を捜索するべく散開せしめる。

 

「うむ! 流石は我が弟子共だ! これはもう見つけたようなものだな! うむうむ!」

 

 既に勝利を確信しているのか、満足げに頷くカリーナ。であるのだが、親衛隊を束ねる隊長ムーア曰く、カリーナは四天王一の馬鹿者であり。

 否、そもそも四天王自体が親衛隊から選りすぐった馬鹿との言なので、カリーナ自身が特別馬鹿というわけではない。

 ただし、その戦闘力は親衛隊四天王を名乗るに相応しきもの。彼らの名誉の為、それだけは付け加えておく也。

 ちなみに、カリーナは主であるアトーフェよりは賢かった。

 

「まあカリーナよ、そう急くでない」

「左様。急いては事を仕損じるとも言うしな」

 

 イキるカリーナをそう諌めるは、同じくアトーフェ親衛隊四天王、“水のベネベネ”、そして“火のアルカントス”だ。

 

「腐ってもあの御方は魔界の大帝。そう簡単に見つかるとは思えぬ」

 

 そう呟くベネベネ。

 粘族とヘア族のハーフという特殊な生い立ちの彼は、兜の隙間から白い毛を溢れさせている。

 スライム状の肉体はあらゆる斬撃が無効。そして、その肉体に生やす体毛は、主の意思に従い自在に稼働せしめ、対手は硬軟入り混じった不可思議な立ち合いを強いられる。

 剣技は北聖級止まりであるが、それを補うほど、ベネベネの肉体は特殊であった。

 もちろん、ベネベネはアトーフェよりは賢い。

 

「うむ。しかし、捜索には我が使い魔達も加わっておる。どうせリカリスからは出ておらんのだ、捕縛は確実に行うが良策よ」

 

 ベネベネにそう応えるアルカントス。

 アルカントスはこれといって特異な種族というわけでもなく、いわゆる一般的な魔族でしかないのだが、彼は五体の使い魔を使役する北神流の剣士である。

 毛の長い大型犬のような使い魔は、アルカントスの意思に従い、主より先に対手へ襲いかかる。

 そして、この使い魔達は本能で対手の戦闘力を計る事が可能であり、主より弱者であればそのまま四肢を食い千切らんとする程の獰猛さを見せるのだ。

 もっとも、対手を主より強いと断じれば、そのまま大型犬のように懐いてしまうのが運用上の難点なのだが。

 このようなピーキーな使い魔を持つアルカントスでも、当然アトーフェよりは賢かった。

 

「……」

 

 ちなみに、四天王最後の一人“土のペリドット”もこの場にいるのだが、寡黙な性格を持つが故に、他の四天王との会話には一切加わっておらず。

 炎と風の魔術を操る魔法剣士。その妙手は、多対一でも十全に渡り合えるほど。

 魔術で一方を攻撃し、剣術で一方を攻撃せしめる。火魔術と風魔術を乱れ撃ちながら撃剣を放つペリドットの実力も、四天王に相応しきものであった。

 なぜ火と風の魔術を使用するのに“土のペリドット”であるのかは、本人にもよくわかっていない。

 よくわかっていないが、ペリドットはアトーフェよりは賢いのだ。

 

 そして、四天王が主共々本拠地ガスロー要塞から、わざわざリカリスまで出張って来た理由はふたつ。

 ひとつは、かの魔界大帝キシリカ・キシリスの捜索、捕縛である。

 これには複雑な事情があり、様々な勢力の思惑も絡むのだが、ここでは一旦割愛する。

 ともあれ、キシリカがこのリカリスに身を潜ませているのは確かであり、キシリカへ個人的な怨みもあるアトーフェの苛烈なる捜索号令が、このリカリスに響き渡っているという次第であった。

 

 そして、もうひとつの理由。

 そのキシリカを──魔界大帝ですら顎で使う、現人の鬼の身柄確保である。

 

「しかし何故現人鬼殿を探すのにキシリカ様を探す必要があるのかな! 私にはさっぱりだ!」

 

 カリーナの言葉を受け、ベネベネとアルカントスはため息をひとつ吐く。

 四天王随一のアホの娘は、未だ捜索命令をよく理解していなかった。

 

「キシリカ様は現在現人鬼殿と行動を共にしておる。ウェンポートでお二人が共にしているとの目撃情報があったのだぞ」

「しかし現人鬼殿はビエゴヤ地方に入ってからぱったりと目撃情報が途絶えてしまった。キシリカ様の目撃情報がこのリカリスであった故、未だ行動を共にしているであろうと踏みこうしてキシリカ様を探しているのだ」

 

 滔々と説明する両者に、カリーナはうむしと力強い相槌を打つ。

 

「そうか! しかし何故現人鬼殿を探しているのかな!」

 

 こいつマジかよと、そもそもの目的すらよく理解していなかったカリーナに絶望的な視線を向ける四天王二名。

 いや、それでも主であるアトーフェよりは話が通じるのは確かなので、二人は色々我慢しつつ説明を続ける。

 

「……アトーフェ様以外の各魔王様方が、現人鬼殿打倒の同盟を結成したのは流石に覚えておるだろうが」

「アトーフェ様は()()は現人鬼殿の軍門に下ったのだ。つまり、現人鬼殿を狙う魔王様方より先んじて、その鬼身(御身)を守護らねばならぬと、ムーア隊長が仰せになってたであろうが」

「そうか! 納得!」

 

 うむしうむしと首肯するカリーナ。

 多分伝わってないだろうなと、ベネベネとアルカントスは諦観の念を持って残念爬虫娘を見つめる。

 ともあれ、アトーフェよりは話が通じているのは確かなのだ。

 

 たった三年で魔大陸中の魔王達を軍門に下し、魔神ラプラス以来の魔大陸が帝王となった現人鬼波裸羅。

 君臨すれども統治せずを地で行い、上納金を納める事以外は魔王達へは特に要求する事は無かった現人鬼なのだが、その上納金の金額が良くなかった。

 各魔王達に課せられたその額は、国家予算の四分の一にまで達しており。人族の国家程でないにしろ、それなりの行政が敷かれていた魔王領は、このみかじめ料に苛まれ、当然そのしわ寄せは魔王領に棲まう民衆へと向けられる。

 突然重税を課せられた民衆は各地で抗議活動を展開、所によっては武装蜂起にまで発展する有様。

 元より魔王達も、理不尽極まりない現人鬼の暴虐からは逃れたい思いは同じ。密かに暗殺を試みる魔王も何名かいたのだが、尽く返り討ちに遭う始末。

 

 しかし、魔大陸へ帰還した現人鬼が、暗殺を試みた魔王達へ報復をせず、一直線にリカリスへ向かっているとの報を受けし魔王共。

 あれこれバレてないんじゃね? ていうかこのままイケんじゃね? と誰が言ったかは不明であるが、ともあれ現人鬼を討ち取る千載一遇の好機なのではと、誰ともなく叛逆の同盟結成を呼び掛ける。

 

 ラプラスの支配以来、纏まりがまったく無かった魔王達が、初めて自らの意思で血盟を結んだのは、後世の歴史家が“魔大陸史上稀にみる奇跡”と評する程であり。

 実際にはやけくそ気味な反乱ではあるのだが、ともあれ不死魔王アトーフェとその弟、不死魔王バーディ・ガーディ以外の魔王達が、反現人鬼の旗のもとに集い、リカリス地方へと軍勢を差し向けていた。

 

「しかし何故アトーフェ様は叛乱に加わらなかったのか……」

 

 ふと、ベネベネがそう呟く。

 実際、アトーフェもこの叛乱に加われば、ワンチャン鬼退治できる確率が、勝ち確も見えてくるレベルで勝率が上がるのは確かであり。

 

「確かに、あの決闘は我ら親衛隊抜きで行われたもの。アトーフェ様と我らが力を合わせれば、現人鬼殿など……」

 

 そう応えるアルカントス。四年前にガスロー要塞で行われたアトーフェと現人鬼の戦い。

 結果として、アトーフェは現人鬼に負けたのではあるが、アトーフェの本領は麾下の親衛隊の支援を受けてこそ発揮されるもの。

 真の実力を発揮せずに負けた事を、親衛隊全員が不服を覚えるのもむべなるかな。

 

「まあアトーフェ様のことだ。我らには分からぬ何かがあるのだろうな」

「アトーフェ様であるからな。何かしら現人鬼殿に思う所があるのかもしれん」

「アトーフェ様何も考えてないと思うよ」

「真顔でなんてこと言うのカリーナちゃん」

 

 久しぶりに発言したペリドットですら、アトーフェの思惑は推し量れぬもの。

 しかし、主命に従うは親衛隊の義務であり使命である。

 無理やり親衛隊にさせられた他の者達とは違い、四天王はアトーフェに対し至高の忠誠を誓っている、まさに親衛隊の手本となるべき存在なのだ。

 理不尽な命令ですら粛々と遂行せしめる“死狂うた忠誠心”こそが、彼らが四天王である所以だった。

 

 

「しかし中々見つからぬな……本当にリカリスにいるのだろうか」

「うーむ……我が使い魔からの反応もない。もしや既にリカリスを発ったのでは……」

「いや、それは無いだろう。門は親衛隊がしっかりと見張っておるし」

「いやしかし……」

 

 遅々として進まない捜索活動に、ベネベネとアルカントスは若干の焦燥感を見せる。迷いから抜けられない衆生の住むこの世の如く、焦りが募るばかり。

 簡単に見つからぬと思ってはいたのだが、それにつけても親衛隊の大穢土捜査網を潜り抜けるキシリカの隠密性は予想だにせず。

 既に飽きが来てその辺の露店を物色するカリーナを眺めつつ、水と火の四天王はどのようにして主命を達成するか頭を悩ませ続けていた。

 

「お、美味そうだな! 親父! 一つくれ!」

「へ、へい」

 

 小腹が減ったカリーナは、そのような同僚達を俄然無視。我が道を征く風の四天王は、串焼き屋の前へとずいと進んでいた。

 魔大陸産の香辛料を豊富に使用した魔物肉の串焼きは、じゅうじゅうと肉汁を垂らしながら香ばしい匂いを発しており、空腹覚えたる者全てを誘引する、抗い難い魔力も発していた。

 

「どうぞ」

「うむ! ──あっ!」

 

 待ちきれぬといった体で串焼きを受け取るカリーナ。

 しかし、勢い余ったのか肉片のひとつが串からこぼれてしまう。

 ぽろりと地に落ちる肉を見て、しゅんと肩を落とすカリーナ。

 

「しゃあっ!」

「!?」

 

 そして、突然現れた乞食娘が、シュンと機敏な動きでその肉を拾いせしめる。

 ボロを纏いみすぼらしい事この上ない出で立ちの小娘が、土に塗れた肉を貪り食らう様。

 鬼気迫るその様子に、流石のカリーナも驚愕と憐憫を隠せずにいた。

 

「はむっはむっはむっ……! な、なんじゃ! 落としたものだからこれは妾のものじゃ!」

 

 全部食ってからそう弁を振るう乞食娘。

 今日日ここまで飢餓感を見せる欠食児童はそうおらず、カリーナはただ困惑を露わにするばかりである。

 

「妾が前食べた肉に似とるしなぁ……これ妾のものじゃないか?」

「えっ違うぞ」

「妾のじゃ……」

「お……お前、変なクスリでもやってるのか」

 

 ぶつぶつと意味不明な論理を展開する乞食娘。カリーナの困惑は深まるばかりなりけり。

 すると、不自然なほど唐突に一陣の風が吹きすさぶ。

 

「あっ」

 

 ひゅうと風が吹き、乞食娘のフードが舞い、その風貌が露わになる。

 膝まであるブーツ、レザーのホットパンツ、レザーのチューントップ、青白い肌に鎖骨寸胴ヘソふともも。

 極めつけはボリュームあるウェーブかかりし紫髪と、山羊のような角。

 

「……」

「……」

 

 しばし見つめ合う魔族娘二匹。

 時が止まったかのような空間に包まれるも、その静寂は長く続かなかった。

 

 

「いたぞおおおおおおおおおおッッッッ!!!」

 

 

 アトーフェ親衛隊四天王風のカリーナ。

 その卓越した探索能力にて、遂に魔界大帝キシリカ・キシリスを発見す──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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