虎眼転生-異世界行っても無双する-   作:バーニング体位

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第三十六景『転生虎(てんとら)(うた)ぐ!』

 

「つまり、ウィルの前世は戦国時代の剣豪ということか」

「ええ、そうよ」

 

 魔法大学

 ナナホシ・シズカの研究室

 

 ルーデウス・グレイラットは魔法陣が描かれたスクロールに魔力を込めながら、研究室の主であるナナホシ・シズカを見る。

 ナナホシはいつもの白面マスクを装着しておらず、その可憐な表情を鬱々げに沈めていた。

 

「コホッ……ウィリアムの前世での名前は岩本虎眼。剣術虎眼流開祖にして掛川藩剣術指南役。私達……平成日本人の私達とは全く違う価値観を持っていると考えた方がいいわ」

「岩本……虎眼……」

 

 風邪でも引いているのか、時折咳き込みながらそう述べるナナホシ。ルーデウスもまた弟の正確な正体を知り、複雑な表情を浮かべていた。

 

「ナナホシを徳川のお姫様と勘違いしてるって聞いた時はなんだそれ? って思ったけど、納得したよ……」

「それは私も想定外だったわ……」

 

 ルーデウスがべガリット大陸へと赴いている間に起こったシャリーアでの出来事。

 その事の顛末を聞いたルーデウスは、弟ウィリアムが巻き起こした複雑な人間関係の構築に頭を抱えていた。

 とはいえ、ナナホシ以外の友人、知人達には直接悪影響を及ぼしているわけではないので、これは概ねナナホシとウィリアム、そしてルーデウスの問題に収まっていた。

 リニアーナ・デドルディア、プルセナ・アドルディアが被った心的外傷後ストレス障害(PTSD)については、どう聞いても彼女らの自業自得なので考慮はしていない。

 

「実はご先祖様が徳川家の人だったりしないのか?」

「それは無いわ。駿府藩の藩士だったのは確からしいけど、そんな大層な家じゃないし……むしろ家格では向こうの方が上よ」

「じゃあ、いっそのこと実は違いますって訂正するとか」

「私に死ねと?」

 

 短い間ではあったが、あの苛烈な価値観を見せつけたウィリアムに対し、身分を騙るというのはナナホシにとって自殺行為に他非ず。

 

「今のウィルなら大丈夫だと思うけどなぁ……」

 

 そんなナナホシに、ルーデウスはやや楽観めいた口調で応える。

 事実、ベガリットで共に死線をくぐり抜けたウィリアムからは、ルーデウスが幼少の頃に感じていたある種の“悍ましさ”は鳴りを潜め、今はただ家族に対し不器用な優しさを見せる弟でしかなく。

 

「……まあ、私としてはこのまま勘違いをし続けてもらった方が都合が良いわ」

「えっ?」

 

 騙り通す、と宣言したナナホシに、ルーデウスは驚きが籠もった眼差しを向ける。

 ナナホシはルーデウスの視線を受け、滔々と理由を語り始めた。

 

「私達はあの事故がきっかけで転移、転生した。でも、ウィリアムはあの事故以外の要因で転生した。つまり、何か別の“力”が働いて転生したとみていいわ」

「……」

 

 ナナホシの言葉を受け、ルーデウスの脳裏に山本勘助の言葉が蘇る。

 

(衛府の龍神……)

 

 人智を超えた超常の存在。ルーデウスが知覚できずとも、それは確かに存在する。

 ウィリアム、七丁念仏、拡充具足不動、山本勘助……そして、現人鬼波裸羅。

 あれらは、超常の存在、衛府の龍神がこの世界に遣わした存在なのでは。そう考えると、非常識な彼らの存在が腑に落ちるのだ。

 もっとも、彼らからしてみれば魔術や闘気、魔物が存在するこの世界の方が非常識なのかもしれないが。

 

「つまり、この研究以外の方法で私が平成の日本に帰れる手段があるのかもしれない。だから、ウィリアムの協力が必要なのよ。それも、積極的な協力が」

「ウィルは自分が転生した原因は知らないと思うぞ」

「本人が認識していないだけで、彼は明らかに何らかの超常現象で転生しているわ。あの日本刀がその証拠よ」

「というと?」

「あれは明らかに日本の物よ。この世界の刀工じゃ作り様がないもの。詳しく調べたい。転生した時じゃなく、その後に入手した物なら尚更だわ」

 

 ナナホシはウィリアムから七丁念仏をどの様に入手したのか、未だ詳細は聞いていない。だが、転移事件後に入手していた事はルーデウスの証言もあり明確である。

 日本からこの世界へと物品を任意に転移せしめる方法があるのなら、その逆もまた可能。

 希望的観測も多分に含むも、ナナホシのこの推測はルーデウスにとっても説得力のあるものであった。

 

「……あの、ナナホシ……実は」

 

 ここでルーデウスは未だ話をしていないベガリッド、山本勘助の話を共有しようと口を開いた。

 ナナホシの推測を補強、いや証明するその話は、異世界へ転移した女子高生の瞳を爛と輝かせる。

 

「……という事があって」

「……」

 

 ルーデウスの話を咀嚼するかのように黙って聞いていたナナホシ。

 そして、ふとある文言を口にした。

 

「パラレルワールド」

「え?」

 

 ナナホシの言葉に、ルーデウスは僅かに驚きが籠もった表情を浮かべる。

 

「ウィリアム……岩本虎眼は私達がいた世界の過去から転生した。それは間違いない。でも、その波裸羅って人と、不動、そして山本勘助の怨霊は、どう考えても私達の世界から来ていないわ」

「ナナホシ。波裸羅じゃない。波裸羅()だ。あと人じゃない。現人鬼だ」

「え? あ、はい」

 

 妙な訂正が入り、ナナホシは一瞬素の表情を出す。

 ルーデウスはいたく真剣な表情を浮かべ、女子高生の間違いを指摘していた。

 

「んんっ……とにかく、その波裸羅……様は、それこそその“衛府の龍神”が何らかの手段でこの世界に送り込んだ可能性が高いわね。私達がいた元の世界、この異世界、そして私達がいた世界とは別次元の世界……それらを自由に介入できる方法があるなら、是が非でも知りたい」

「うん……それにしても、やっぱりパラレルワールドだよなぁ……」

 

 濃度やジャンルの差はあれど、そこはお互いオタク気質。

 ルーデウスにとって、ナナホシの話を理解するのは容易かった。

 

「ルーデウス。波裸羅様とは連絡を取れないの?」

「取るも何もいきなりいなくなっちゃったしなぁ。ウィルも知らないらしいし……」

 

 平成日本への帰還が、今進めている研究以外で現実味を帯びてきたことに、ナナホシはやや食い気味でルーデウスへ問いかける。

 だが、困ったように肩をすくめるルーデウスを見て、ナナホシは落胆めいた溜息をついた。

 

「そう……なら、人探しが得意な知人がいるから、その人に頼むわ。ていうか、もしかしたらもう知ってるかもしれないし」

「マジか。でも、波裸羅様がナナホシに協力してくれるかなぁ……」

「そこは出たとこ勝負ね」

「やめたほうがいいと思うけど……」

 

 ルーデウスは傲岸不遜、天衣無縫な波裸羅の姿を思い浮かべる。

 あの暴虐を絵に描いたような存在が、果たしてナナホシに進んで協力してくれるのだろうか。よしんば協力してくれるとしても、所詮ただの平成日本女子高生でしかないナナホシが波裸羅の強烈なキャラクターに耐え切れるのだろうか。

 ルーデウスは波裸羅がナナホシと絡む様を想像し、暗澹たる表情を浮かべていた。

 

「ルーデウス。貴方はこの世界の人間として転生した。だからこの世界に骨を埋める気でいる。でも、私は平成日本の人間なのよ」

「……」

「絶対に帰りたい。帰りを待ってる家族がいる。友人も。だから、私は絶対に帰らなくちゃいけないのよ」

 

 真剣な表情を浮かべ、ナナホシは絞り出すように言葉を紡ぐ。

 痛ましいまでのその姿に、ルーデウスはそれ以上何かを言うことが出来なかった。

 

 しばし研究室に沈黙が漂う。

 ふと窓の外を見ると、日が傾き、空は朱色に染まっていた。

 

「……とりあえず、今日は家に帰るよ」

「……分かったわ」

 

 帰り支度を始めたルーデウスに短く応えるナナホシ。

 それは、焦りを含んだ切迫感を押し殺した様相を呈していた。

 

「帰ったら、ウィルと話をするよ。お互いの前世の事や、衛府の龍神の事も。あと、ナナホシの事も上手いこと話を合わせておく。同じ日本人として徳川家の令嬢の為に協力しているとかそんな設定で」

「ちょっと苦しいかもだけど、それでお願いするわ。どうであれ、七丁念仏を調べたいのは変わりないし」

「ああ。任せろ……ところで、今日はウィルの誕生日パーティーがあるんだけど、よかったらナナホシも来ないか?」

「今までの話を聞いてよく私を誘えるわね。まだ気持ちの準備が整ってないから、私は遠慮しとく」

「そりゃ、残念」

 

 最後に軽い調子で話しかけるルーデウスに、やや顔を引きつらせるナナホシ。

 身分を騙り続ける事を決意したとはいえ、今ウィリアムに会うと余計なボロが出かねない。

 ルーデウスはそんなナナホシにひらひらと手を振り、研究室のドアノブに手をかけた。

 

「ルーデウス、気をつけて」

 

 背にナナホシの言葉を受け、ルーデウスは愛すべき家族の元へと向かっていった。

 

 

 

 


 

 昔の人はどんな感じで誕生日を祝っていたのだろう。

 たしか、七五三や年賀の祝宴会が誕生日会代わりだったとか、そんな感じだったような気がするけど。

 まあ今更そんな事を思ってもしょうがない。

 今は、この世界の風習に従うべきなのだ。

 

「じゃあ、僭越ながら俺から乾杯の音頭を取らせてもらう」

 

 パウロが杯を片手に、我が家の食堂に集まった全員を見回す。

 食堂は横断幕などの大層な飾り付けはしていないが、花や燭台を飾り付けそれなりに祝いの雰囲気を出している。

 テーブルには白いクロスがかけられ、花瓶や皿が載っている。

 テーブルの端、いわゆるお誕生日席には、我が弟ウィリアムが鎮座していた。

 いつもの無愛想な表情は浮かべておらず、柔らかい表情を浮かべている。

 

「転移事件から七年……ようやく家族が集まった。それも、無事に、全員が。それで、全員が集まったら、パーティーを開こうと、ずっと前から思ってて……」

 

 パウロが上ずった声でそう言い、鼻をひとつ啜る。もう既に感極まっているのか、目尻には涙を浮かべている。

 ノルンとアイシャがこの家に来た時、パウロの手紙も同時に届いた。その手紙で、家族が再会したら盛大に祝おうとパウロは書いていた。

 その念願がようやく叶ったんだ。涙のひとつやふたつは出るもんだろう。

 パウロはリーリャから差し出された手ぬぐいで鼻をかむ。ズビビーッ! と盛大に鼻をかむ音が響き、全員が苦笑を浮かべていた。

 

「ウィルの誕生日と一緒に祝う形になってしまったけど、そこは許してほしい。とにかく、我がグレイラットの家族が無事に再会出来た事、そしてウィルの十五歳の誕生日を喜びたいと思う」

 

 この世界では毎年誕生日を祝う風習は無く、五歳、十歳、十五歳になった時に盛大にお祝いをする風習がある。

 俺も五歳の時はブエナ村の家で、十歳の時はロアのボレアス家でお祝いしてもらった。十五歳の時は……うん、なんかほろ苦い思い出しか浮かばない。

 まあでも、去年シルフィと結婚した時に盛大にお祝いしてもらったので、寂しい気持ちはこれっぽっちも湧かない。なんだかんだで、俺も祝い事には恵まれているのだ。

 

 ちなみにノルンとアイシャも既に十歳になり、そろそろ十一歳になろうかという所。彼女達の誕生日会はまだ開いていない。

 とはいえ、ウィルと一緒くたにするのは可哀想だという話になり、ノルンとアイシャの誕生日会は別で行う事をパウロと決めた。

 サプライズ感は薄れてしまったけど、そこは許してほしい。なにせウィルが十歳の時は転移事件が発生して、誕生日を祝う事が出来なかったのだから。

 

「じゃあ、そろそろ始めっか。今日は目一杯ハメを外そう! 乾杯!」

 

 パウロの音頭とともに、全員がグラスを持ち上げ乾杯を唱和する。

 それから、リーリャとアイシャが料理を運び、宴が始まった。

 皆がそれぞれ料理や酒を楽しみ、和やかな空気が食堂を包んでいた。

 

「ウィル、これは俺と母さん、それからリーリャからだ」

「……ありがとう、ございます」

 

 パウロがおもむろに包装された小さめ箱をウィルに手渡す。

 ウィルは少し驚いたようにそれを見つめ、パウロ、ゼニス、リーリャへ向け深々と頭を下げていた。

 

「ウィル、開けてみろよ」

「はい」

 

 パウロに促され、ウィルは丁寧な手付きで箱を開封する。すると、中から“刀の鍔”が出てきた。

 

「これは……」

 

 ウィルは鍔を手に取ると、まじまじとその姿を見つめる。鍔は時代劇でよく見る“木爪型”ではなく、丸型に動物の意匠が刻まれていた。

 よく見ると、それは“虎”の姿を象っていた。

 

「ど、どうだ、ウィル」

 

 じっと鍔を見つめたまま黙ってしまったウィルに、恐る恐るといった感じでパウロがウィルの顔を覗き込む。

 ウィルの愛刀、七丁念仏に元々付いていた鍔は、ベガリットの激戦を経て所々欠けたり歪んだりして、鍔としての機能が失われているように見えた。

 なので新しい鍔をプレゼントしよう、という話になったらしいのだが。

 もしかしたら、ウィルは元々付いていた鍔にものすごい思い入れがあったのかもしれない。

 今更ながらそれに気づき、これは余計なプレゼントだったのでは……。

 と思っていると

 

鉄味(てつあじ)強靭で意匠に隙がござらん。強くて美麗な鉄味と錆色が出て、線に絶妙な間と張りがある。肉置(ししおき)にも一片も隙がない。これはただならぬ禅味(ぜんみ)……かように優れた物を作れる鍔工がいるとは……」

 

 ウィルは僅かに手を震わせ、瞳を爛と輝かせながら鍔を凝視していた。

 うん。予想以上に喜んでいるみたいだ。安心した。なんかウィルの素が出てて、ものすごく珍しい物を見れた感じだ。後半何言ってるのかよくわからなかったけど。

 

「そ、そうか! これはな、タルハンドに頼んで作ってもらったんだ。結構上等な素材で作ってもらったんだぞ」

「タルハンド殿が……」

 

 シャリーアへ帰還してから、タルハンドはちょくちょく家に来て七丁念仏の修繕を行っていた。

 刀身以外は相当使い込まれていて、素人目から見てもボロボロだった。それをタルハンドが鍔以外をキレイに修繕していたのだが、鍔は別で作っていたのだろう。

 

「家宝にします」

「そ、そうか。喜んでくれて何よりだ」

 

 ややオーバーリアクションのウィルに一瞬戸惑ったパウロだったけど、すぐに笑顔を浮かべウィルの頭をぐりぐりと撫でつけた。

 リーリャも微笑みを浮かべそれを見つめており、ゼニスは相変わらず無表情だったけど、どこか柔らかい空気を出している。

 

「ふむ。ウィリアム殿はこのような細工にも造詣が深いのですな。流石、師匠の弟御。御兄弟揃って芸道に達者であらせられる。ジュリも見習うと良いぞ」

「はい、ますた」

 

 ふと、我が学友であり人形作りの一番弟子でもあるザノバが感心したようにそう言った。隣ではその弟子、つまり俺の孫弟子でもあるジュリがちんまりと座っている。

 今更ではあるが、このパーティーにはウチの家族以外にも何人か招待している。

 

「意外といえば意外ですわね。ベガリットじゃ剣を振ってる姿しか見てませんでしたし」

「一流の剣士だから、自分の道具にも相応に拘りがあるんじゃないかな。リーゼはどうなんだい?」

「わたくしは自分の得物にそこまで拘っていませんわねぇ……」

 

 ザノバの隣にはクリフ先輩、そしてその恋人のエリナリーゼの姿がある。こんな時でもべったりとくっつきながら話をしている姿は、なんというかもう慣れた。

 

「あちし剣なんて使わないからよくわからんのニャ」

「マニアなの。正直何言ってるのかよくわからなかったなの」

 

 その向かいには獣人コンビ、リニアとプルセナの姿がある。

 アイシャに聞いたけど、この二人はウィルと浅からぬ因縁があるらしい。なので誘っても来ないと思ったけど、何故かノリノリでパーティーの招待を受けていた。ちなみに二人ともPTSDは克服したようである。

 

「なるほど、アダムス様は剣のガード()に拘りをお持ちと……ルーク、メモを」

「はっ。アリエル様」

 

 末席ではアリエルとルークが何やら真剣な表情で話をしていた。

 実は、アリエル達を誘うつもりは当初は無かった。

 理由としてはパウロが嫌がるかもと思ったからである。

 アスラ貴族の慣習に嫌気が差し、ノトスの家名を捨てたパウロ。そんなパウロが、アスラ貴族、それも王族であるアリエル、そしてノトスの御曹司であるルークがいる状態で、果たしてパーティーを楽しめるのだろうかと。

 そう思っていたけど、意外にもパウロの方からアリエル達を誘っていいと言ってくれた。

 

 なんでもシルフィやアイシャから聞いたらしいが、ウィルが七大列強になった際、重傷を負った時にお見舞いに来てくれた事で、パウロはお礼がてらパーティーに招待したかったらしい。そこは俺も同じ思いだったので、こうしてアリエル主従にもご足労願ったわけだ。

 アリエル達も貴族としてではなく、あくまで俺の学友としてのスタンスで来てくれたので、パウロも普段通りの振る舞いで過ごす事ができた。テーブルの末席に座っているし、なんだか逆に気を使われているみたいでちょっと申し訳ない。

 

「アリエル王女、ルーク君。今日は来てくれてありがとう。ウィルに代わって感謝する」

「いえ、私達もアダムス様の誕生をお祝いしたいと思っておりました。招待してくれて感謝致します」

「パウロ叔父上。私も同様に感謝致します」

 

 パウロがアリエル達はお互いにそう言って、深々と頭を下げていた。

 パウロはルークに声をかけたとき、ちょっと複雑そうな表情を浮かべていたけど、まあノトスの事で色々と思うことがあるのだろう。

 ルークもルークで、少し所在なさげにパウロを見ていた。

 アリエル様は、そんなパウロ達を目を細めて見つめていた。時折、ウィルへ視線を向けており、ウィルもまたアリエル様へ深々と頭を下げていた。

 

 ともあれ、ウチの家族以外ではザノバ、クリフ、エリナリーゼ、リニア、プルセナ、アリエル、ルークがパーティーに参加していた。

 パウロはタルハンドやギース、ヴェラやシェラも呼びたかったらしいけど、タルハンドは遠慮してか不参加、ギースとヴェラ達姉妹は都合がつかなかったらしい。ちょっと残念だけど、仕方ないか。

 もっとも、これ以上の人数はウチの食堂じゃちょっときついけど。

 

 ちなみに、ウィルの弟子であるミルデッド兄弟にも声をかけたけど、曰く「一日でも早く上達するのが若先生への最大のお祝いです」と言い、パーティーへの参加を辞退していた。

 ストイックすぎるその姿勢がとても眩しい。俺ももっと頑張らないとな。

 人間満ち足りていると、どうしてもストイックさに欠けてしまう。

 

 

「ウィル兄! 次はあたし達からだよ!」

「ウィリアム兄さん、お誕生日おめでとうございます」

 

 今度はノルンとアイシャがウィルへ、少し大きめの箱を手渡す。

 

「出来ておる喃……」

「えへへ」

「ど、どういたしまして……」

 

 ウィルはノルン達の頭を優しく撫でる。嬉しそうにはにかむノルン達に、皆も笑顔を浮かべていた。

 パウロ達のプレゼント同様、ウィルは丁寧な手付きで包装を剥がす。すると、中から一着のコートが現れた。

 ウィルは厳しい寒さの中でも、外套どころか上着すらろくに身に着けず、いつも見てるこっちが寒くなるような格好で外出している。

 なのでノルン達は小遣いを出し合い、ウィルに外出用のコートを見繕っていた。

 ウィルはふっと笑みを漏らし、コートに袖を通す。

 

「どうだ?」

「わぁ……よ、よく似合います!」

「カッコいい! すっごく似合ってるよ!」

 

 コートは黒色をベースに所々金色のボタンが付けられている。ボタンは猫のような意匠がされており、ちょっと愛嬌が混じった良いデザインだ。

 多分、女の子だけど無骨な物を好むノルンと、女の子らしく可愛い物を好むアイシャで色々せめぎ合いがあったのだろう。

 でも、姉妹の折衷案は絶妙なバランスでウィルにマッチしていた。個人的にはこれに大きめのハットとサングラスを添えたいところだ。ウィルは快賊の頭領じゃないけど。

 

 

「じゃあ、最後は俺達からだな」

 

 和やかな空気の中、満を持して俺とシルフィ、ロキシーからのプレゼントを取り出す。

 

「ありがとうございます」

 

 パウロ達のプレゼントと同じ大きさの箱を受け取るウィル。

 丁寧な手付きで包装を剥がすと、中からペンダント状に繕われたメダルが現れた。

 

「これは……」

 

 メダルを手に取り、まじまじと見つめるウィル。

 メダルの表にはウィルのシンボルである“剣五つ桜に六菱”の文様が刻まれ、裏にはミグルド族の文様が刻まれている。

 

「お守りだよ、ウィル君」

「馴染みが無いかもしれませんけど、メダルは私の故郷で作られているお守りと同じ意匠になっています」

 

 ミグルド族に伝わるお守り。俺も昔ロキシーからペンダントのお守りをもらったけど、今はルイジェルドが持っている。大切なものだからこそ、大切な人に渡した。

 だから、大切な人にプレゼントするにはもってこいだと思ったのだ。

 とはいえ、ただのお守りではつまらないので、シルフィとロキシーと協力してある機能を盛り込んでいる。

 

「メダルとチェーンの接続部分、指輪になっているだろ? それ、剣撃を無効にする魔力付与品(マジックアイテム)なんだ」

 

 接続部分にそれぞれ取り付けられた二つの指輪。魔力を込めると王級相当の剣撃を無効にする効果が現れる魔力付与品。結構、手に入れるには苦労したもんだ。

 ベガリットの戦利品にも魔力付与品は相当あったけど、あいにく剣撃無効の品は無く、俺とロキシーでシャリーア中を駆け回って手に入れた代物だ。そして手に入れた代物を、シルフィが丁寧に加工して仕上げたのだ。

 七大列強でもあるウィルには必要ない物かもしれない。でも、土壇場でウィルを守ってくれるよう、三人で願いを込めて用意したプレゼントだ。

 気に入ってくれるといいけど。

 

「……かたじけなし」

 

 ウィルはゆっくりとペンダントを着け、メダルを大事そうに胸元へしまい込んだ。

 よかった。とりあえず気に入ってくれたみたいだ。

 

 

「さ、料理が冷めるぞ。皆ジャンジャン飲んでモリモリ食べてくれ!」

 

 パウロがグラスを掲げながらそう言うと、皆それぞれパーティーを楽しみ始める。

 たちまち、我が家の食堂は宴会の様相を呈していく。盛り上げ役のバーディー陛下がいなくても、パウロがいるだけで場はいい感じになる。

 こういうの、やっぱ手慣れているな。流石はパウロ。

 こうして皆それぞれ語らい、食べて、飲んで。楽しそうに騒ぎ始めた。

 

「虎のおやびん、どうぞどうぞですニャ」

「たくさん呑んでたくさん食べるなの」

 

 気づけばリニアとプルセナがウィルの隣に座り、お酌をしたり料理を取り分けていた。

 さっきまではノルンとアイシャがそれを行っていたけど、いつの間にか交代したらしい。ノルンはジュリが持ってきた“ルイジェルド人形”に夢中になっており、アイシャは皆へ飲み物を注いだりしてせわしなく動いている。

 しかし妙に甲斐甲斐しいな。リニア達はウィルの事嫌ってると聞いていたけど。

 

「かたじけなし。リニアッス、プルセナッス」

「リニアッスじゃないス。リニアっス」

「プルセナっス」

「リニアッス、プルセナッス」

 

 ちょっと噛み合ってない気もするけど、まあいいか。

 にしても獣人コンビがガバガバ注いでくる酒を、ウィルは途切れなく飲み続けている。

 顔色ひとつ変えずに飲み続けるウィルって、結構酒が強かったんだな。

 

「ウヒヒ……こうやって取り入って、油断したところをブスリ、ニャ」

「下剋上なのウィリアム・アダムス。正攻法じゃどう考えても勝てないから謀略を駆使するなの。私達の知謀を思い知るがいいなの」

 

 そう思って眺めていたら、獣人コンビから物騒だけど残念な会話が聞こえた。

 お前ら、そんなしょうもない理由でパーティーの招待を受けていたのか……。

 というか、ウィルにもばっちり聞こえている気がするけど。

 ウィルは残念な物を見るようにリニア達を見ていた。

 

「ウィル、いいなぁ。こんな可愛い子達にモテモテだなんて」

 

 ウィル達の様子を見て、パウロが茶化したように声をかける。

 ウィルはますます残念そうに顔を歪めていた。

 

「そんニャ、かわいいだなんて当然ですニャ」

「それほどでもないなの。お肉おいしいなの」

 

 パウロの言葉に調子に乗ったのか、よく分からない自信を漲らせながら応えるリニア、プルセナ。

 そんなリニア達を見て、ふとパウロがある疑問を口にした。

 

「そういやリニアはデドルディアのお姫さまなんだってな。もしかして、ギレーヌのことも知っているのか?」

「知ってるもなにもあちしの叔母ですニャ」

 

 そうリニアが言った瞬間、ウィルが飲んでいた酒を吹き出した。

 

「まじか。ていうかウィル、どうしたんだ急に」

「い、いえ……」

 

 やや焦った様子を見せるウィル。

 ギレーヌの名前を聞いた瞬間、ウィルの額からは汗がにじみ出ていた。

 

「しかしギレーヌの姪っ子かぁ……世間は狭いなぁ。なあ、ウィル?」

「は、はい……」

 

 ダラダラと汗をかきつつ、何かをごまかすようにグラスを傾けるウィル。

 

「ギレーヌはなぁ、昔はどうしようもないくらいアホな奴でなぁ……まあベッドの上じゃ可愛らしい奴だったけど」

 

 再度、盛大に酒を噴出するウィル。

 

「きったねえニャ!」

「おもっくそかかったなの! ファックなの!」

 

 隣にいたプルセナが直撃を喰らい、リニアと一緒にギャーギャーと抗議の声を上げる。

 

「……許せ」

「はいニャ。許すニャ」

「はいなの。何も気にしていませんなの」

 

 そんな獣人コンビに、ウィルはやや剣呑な調子で謝罪を述べる。その剣気に当てられたのか、リニアとプルセナは即座に謝罪を受け入れていた。

 その様子が可笑しくて、全員が笑い声を上げる。

 下剋上を果たすのは、どう見ても無理そうだな。

 

 

 そんなこんなで宴もたけわな、といった感じで時間が流れていく。

 パウロは何やらリーリャと熱心に何かを語っており、なかなか白熱した議論を交わしていた。ゼニスはそれをぼんやりと眺めている。

 

 ザノバはノルンとジュリに人形について熱く語っており、ノルンはやや顔を引きつらせてザノバの話を聞いていた。クリフ先輩はエリナリーゼを膝の上に乗せてイチャイチャしている。こちらは平常運転だ。

 

 アリエルとルークはウィルと他愛の無い話をしていた。少しウィルを見るアリエルの表情が気になったけど、まあ仲良くしているみたいで何よりだ。「まあ! その現人鬼様という御方はとても素敵な御方なのですね! ぜひ一度お会いしたいものです」と、意味不明な会話も聞こえてきたけど。

 

 ロキシーは相当酔っ払ってしまったのか、歌を歌い始めた後力尽きたかのようにシルフィに膝枕されていた。時折、シルフィの大きいお腹をさすりながら「元気な赤ちゃんが生まれるといいですねぇ……」とうっとりとしている。シルフィは苦笑いを浮かべてロキシーの頭を撫でていた。歌は、その……個性的な歌声だったと言っておこう。

 ちなみに、シルフィとノルン、アイシャとゼニスだけはお酒ではなく、果実を絞ったジュースを飲んでいる。ノルンとアイシャはまだ酒は早いし、シルフィは妊婦だ。ゼニスについては酒を飲ませても大丈夫なのか不安だったので、念の為ジュースを飲んでもらっている。

 

 宴会が終わりに近づき、俺もほろ酔い気分でぐったりと椅子にもたれかかる。

 ……いや、けっこう酔ってるな。あとで酔い冷ましの解毒魔術をかけなきゃ。そろそろお開きだろうし。

 と思っていると、パウロが俺のところまでやってきた。

 

「ルディ。そろそろお開きにするけど、俺達は先に上がるよ。後は任せていいか?」

「はあ、わかりました父さん」

「すまねえな。じゃあ、ウィル、また明日な」

 

 そう言葉を交わし、パウロはウィルの頭をゴシゴシと撫でる。リーリャもウィルに挨拶をし、ゼニスを伴って食堂を後にした。

 去り際に「だからウィルの一番気持ちいい所は二の腕だって!」「いいえ旦那様。ウィリアム様の一番心地いい箇所はふくらはぎです。ここは譲れません」などとしょうもない会話が聞こえてきた気がするけど、聞かなかったことにした。

 

「そろそろお開きですな。師匠、ウィリアム殿。お先に失礼しますぞ」

「ぐらんどますた、おとうとさま。おさきにしつれいします」

 

 ザノバがジュリと一緒に挨拶をしに来た。ジュリはウィルを怖がっていてほとんど近寄らなかったけど、最後の挨拶はしっかりこなしていた。いい子だ。

 

「僕たちも帰るとするよ。またな、ルーデウス、ウィリアム。こんど、きちんとした祝詞を……」

「クリフ。ウィリアムはミリス教徒じゃないから、祝詞は不要ですわよ」

 

 酔っぱらい、足元がフラついているクリフ先輩を横で支えるエリナリーゼ。

 解毒魔術をかけようとしたけど、エリナリーゼが「酔ったクリフってすごく可愛いんですのよ。わたくしの愉しみを奪わないでくださいまし」と、やんわりと断っていた。

 去り際に「そろそろクリフのステーキが食べたいですわねぇ……(レア)でね」と、ニタァと嗤うエリナリーゼも、多分シラフじゃない。

 ……うん。このあと色々とお愉しみをするんだろうな。がんばれ、クリフ先輩。

 

「我々もお暇いたしますね。本日はお誘いいただき、ありがとうございました」

 

 やや頬を赤く染めたアリエルが、上品な姿勢でお礼を言ってくれた。

 やはり酒の席でも、王族らしい気品さは失われていない。こういうところは流石だな。

 

「ルーク、今日は決闘を申し込まなくていいの?」

 

 ロキシーに膝枕をしながら、シルフィがいたずらっ子のような笑顔でルークに話しかける。

 

「馬鹿いうな。命がいくつあっても足りん」

 

 ばつが悪そうにそう応えるルーク。まあ、あの時のようにルークが俺じゃなくてウィルに決闘を申し込む理由はこれっぽっちも無い。

 あの時は、俺とルークが決闘する理由が、ちゃんとあったのだ。

 

「ではごきげんよう……アダムス様、またお会いしましょう。また、ぜひ現人鬼様のお話を聞かせてくださいな」

 

 そのまま退出するアリエルとルーク。というか、アリエルはえらく波裸羅様の話題に食い付いていたな。何が琴線に触れたのか分からないけど。

 俺はアイシャと一緒にアリエル達を玄関まで見送り、さあ片付けでもしようか、と思い食堂へ戻る。すると。

 

「なんニャら~! まだ序の口じゃないかニャァ~!」

「ゴッツァンですなの。まだまだ宵の口なの」

 

 質の悪い酔っぱらいが二人ほど残っていた。

 特にリニアの泥酔っぷりはひどい。顔をゆでダコのように真っ赤に染め、ろれつが回っていない。

 見かねたアイシャが水を差し出しつつ、たしなめるように口を開いた。

 

「リニアさん、ちょっと飲み過ぎだよ。はいお水」

「あちしは全然飲んでねーニャ! むしろシラフと言っても過言ではないニャ!」

「じゃあ2+2は?」

「……よん?」

 

 過言だったみたいだ。

 仕方ない、さっさと解毒魔術をかけて……

 

「プルセナクーイズ! なの!」

 

 え、今?

 ていうかもう帰れよお前ら。

 

「フィッツの○○○○(ぴろりろ)はちょっとくさいなの。 何がくさいのか当ててみるなの」

 

 赤く染まった鼻をちょんちょんとつつきながら、プルセナがドヤ顔でクイズを出題する。アドルディア族のプルセナらしい問題というか何だその問題は。シルフィに臭いところなんてどこにもないぞ。

 むしろ全身これフローラル。それは間違いない。なにせこちとらシルフィのアンドロメダどころか尻の穴だって嗅いだ事があるんだ。ちょっと嫌がられたけど。

 そう思い抗議の声を上げようとすると

 

「おま○こ! おま○こじゃないかニャ!」

 

 いきなり直球をぶん投げるんじゃあないドラ猫!

 

「リニア、退場! ウィル君ッ!」

 

 シルフィが顔を真っ赤に染めながらそう言うと、ウィルが素早くリニアの首根っこをつまみ上げる。

 「そんニャー」と言いながら、リニアはウィルによってどこかへ連行されていった。獣医へ連れて行かれる猫みたいでちょっと微笑ましい。

 しかし片手でリニアの全体重をつまみ上げながらも、体幹が一ミリもブレないのは流石だ。

 

「あの、おま○こって何ですか?」

「聞かなくていいから! ノルンちゃん退場!」

 

 シルフィが額に汗を浮かべながらそう言うと、いつの間にか戻ってきたウィルが手早くお姫様抱っこでノルンを抱き上げる。

 「わぁ……!」と言いながら、ちょっと恥ずかしそうにモジモジと身をよじるノルン。「ノルン姉だけずるい! あたしも!」と、アイシャがウィルの背中にぴょんと飛びつき、ウィルはそのまま姉妹を前後に抱えながら連行していった。兄妹仲がよろしくてちょっと微笑ましい。

 しかしノルンを抱えながらアイシャに飛びつかれても、体幹が一ミリもブレないのは流石だ。

 

「おま○こ……人間語で言うところの女性器の俗称で……」

「解説もいらないから! ロキシー退場!」

 

 シルフィが顔を引き攣らせながらそう言うと、いつの間にか戻ってきたウィルが恭しくロキシーの両手を取る。

 「ああ、どうも……」と言いながら、ロキシーはウィルに両手を引かれ、フラフラ、ヨタヨタと連行されていった。千鳥足のロキシーが可愛くてちょっと微笑ましい。

 しかしフラフラに酔っ払ったロキシーを誘導しても、体幹が一ミリもブレないのは流石だ。

 

 ていうかウィルはさっきから皆をどこへ連れて行ってるんだろう……?

 

「答えはくつ下だよ! くつした! そうでしょプルセナ! そうだよねルディ!?」

 

 半泣きになりながら俺に縋り付くシルフィ。

 一滴もお酒を飲んでいないはずなんだけど、頬を赤く染めながら潤んだ瞳で見上げるシルフィは()天変(てんぺん)

 俺はシルフィの頭をよしよしと撫でながら、愛すべき妻の名誉を守る為にプルセナへ顔を向けた。

 

「そうだぞプルセナ。シルフィのおま○こは臭くない。むしろ良い匂いだ。ご褒美だ。ついでに丸一日履いたシルフィのくつ下も香ばしくて良い匂いが」

「ルディ、退場ッッ!!」

 

 そんなー。

 そして俺はウィルにお米様抱っこをされながら連行された。

 体幹が一ミリもブレていなかったので、とても安定していた。

 流石だ。

 

 

 

 

「ちなみに正解は?」

「おま○こなの」

「退場ッッッ!!!」

 

 

 

 

 




※原作のシルフィは臭くないです。

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