虎眼転生-異世界行っても無双する-   作:バーニング体位

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第二十七景『魔法少女捨奸(ロキシーだってチェストります!)

  

 迷宮にて牙折れたる蒼穹の魔法少女

 絶望に打ちひしがれし少女の瞳に映るのは、破滅の暗闇ではない

 

 牙折れたる少女の瞳が、その敗滅(ほろび)の際に映すのは

 

 

 

 永遠(とわ)に朽ちること無い、装甲の輝きだ!

 

 

 

 


 

 ウィリアム一行がラパンへと至る数日前の事。

 転移迷宮深部では、転移魔法陣の罠にかかり、一人迷宮内に取り残された蒼髪の魔族の少女……ロキシー・ミグルディアの姿があった。

 

 一ヶ月前。

 パウロらと迷宮攻略に挑んでいたロキシーは、魔物との戦闘中に迂闊にも未知の転移魔法陣を踏み抜いてしまった。

 一人魔物の真っ只中に転移したロキシー。

 それから一ヶ月。少女の生存を賭けた、孤独な戦いが始まった。

 

 転移先で魔物を掃滅し、増え続ける魔物を避ける為、新たに発見した転移魔法陣を渡り歩く。

 だが、転移した先々では魔物の群れが待ち構えていた。ロキシーは、それらと死力を尽くして戦い続けていた。

 

 魔力が枯渇しかけた。できるだけ安全な場所で、じっと身を潜めて魔力の回復に努めた。

 持参した食料が尽きた。解毒魔術を使いながら、毒性のある魔物の固い肉を喰らい続けた。

 喉が渇いた。なけなしの魔力を振り絞り、生き延びる為の雫を自ら絞り出した。

 

 極限の一ヶ月。

 迷宮を脱出するべく、一人魔物と戦いながらさまよう少女。見覚えがある通路に出ても、出口に繋がるはずの道は壁面で閉ざされていた。

 

 そして、とうとう可憐な水王級魔術師の少女に限界が訪れようとしていた。

 

「魔物……!」

 

 脱出するべく、一縷の望みをかけて踏み抜いた新たな転移魔法陣。

 だが、ロキシーの希望をあざ笑うかのように、転移先で魔物の群れが待ち構えていた。

 ロキシーは魔物の姿を見留めると、即座に戦闘開始の詠唱(狼煙)唱え(上げ)た。

 

「落ちる雫を散らしめし、世界は水で覆われん。『水蒸(ウォータースプラッシュ)』!」

 

「天より舞い降りし蒼き女神よ、その錫杖を振るいて世界を凍りつかせん! 『氷結領域(アイシクルフィールド)』!」

 

「霜の王。大いなる雪原の覇王。純白を纏い、一切の熱を刈り取る零の王。死を司りし冷たき王が凍てつかせん! 『氷槍吹雪(ブリザードストーム)』!」

 

 ウォータースプラッシュで水弾を散布し、アイシクルフィールドで効率良く凍てつかせる。

 間髪入れずブリザードストームを唱え、無数の氷の槍を放つ。氷槍は瞬く間に凍てついた標的を破砕せしめる。

 これが、水王級魔術師であるロキシーの必勝形である。

 

 だが、それでも魔物の群れは止まらない。

 巨大装甲芋虫(アイアンクロウラー)が、少女の必死な魔術に怯むことなく仲間の死骸を踏み越えて突進する。

 朱凶蜘蛛(タランチュラ・デスロード)が、少女の抵抗を奪うべく大量の蜘蛛糸を吐き散らかす。

 巨大泥人形(マッドスカル)が、魔物の群れを統率し狡猾に少女を追い詰めていく。

 

「あっ……!」

 

 果敢に魔術を駆使して応戦するロキシー。

 しかし、魔力が枯渇しかけているのか、足元がふらつく。

 そのまま地べたにへたりこんだロキシーは、肉薄するアイアンクロウラーの群れを見て絶望の表情を浮かべた。

 

「いやっ……死にたくない……!」

 

 接近するアイアンクロウラー。

 まるで、手を焼かせた獲物を嬲り尽くさんと、その醜悪な虫面を蠢かせた。

 

「いやぁ……!」

 

 涙を浮かべて後ずさるロキシー。

 ロキシーの脳裏に、それまでの人生の様々な思い出が過ぎ去る。

 

 魔大陸の故郷で、自分だけ念話が使えず、寂しい幼年時代を過ごした事。

 両親が少女を哀れに思い、必死になって魔神語を習得し、少女に教えた事。

 故郷にやって来た、未知を追い求める冒険家に、初めて魔術を教えてもらった事。

 故郷を飛び出し、リカリスの町で初めて冒険者になった事。

 お調子者の人族が、途方に暮れていた自分をパーティに誘ってくれた事。

 お調子者のリーダーが、不慮の死を迎えた事。

 口は悪いが仲間想いの馬面の仲間と、寡黙だが気は優しい豚面の仲間と別れた事。

 別れた後、魔法大学に入学し、その魔術と知識の研鑽を積んだ事。

 魔法大学で師事した師匠と喧嘩別れした事。

 

 その後で、何気なく応募した、家庭教師の依頼。

 それで、あの暖かい家族と、出会った事。

 

 それからも、色々あった。

 教え子の才能に嫉妬し、自身を鍛え直すべくシーローンに行った。

 転移事件の事を聞き、あの暖かい家族の捜索に加わった。

 やっとの思いで見つけた、家族の母親。それを救うべく、砂の迷宮に挑んだ。

 

 そして、今。

 

 ああ、これが走馬灯なのか。

 私は、これから死ぬのか。

 

 諦観の念がロキシーの中で沸き上がる。

 同時に、死への恐怖が、少女の中で膨れ上がっていた。

 

「誰か……誰か助けて……」

 

 冷たい迷宮の床を掻き、魔物の群れから逃れようとするロキシー。

 しかし雪隠詰めのこの状況では、ロキシーが逃れることは不可能だった。

 

 ゆっくりと、死が少女を包む。

 少女は、恐怖で身を竦めることしか出来なかった。

 

(お父さん……お母さん……カント先生……パウロさん……ルディ……誰か……誰か……助けて……)

 

 泣きはらし、顔をくしゃくしゃにしながら、ぎゅっと目を瞑るロキシー。

 死の恐怖に怯えた少女に、魔物達は容赦なく這い寄る。

 

 

 少女が全てを観念した、その瞬間。

 

 

「……え?」

 

 

 這い寄る魔物の殺意が霧散する。

 来るべき終焉が来ず、恐る恐る目を開けるロキシー。

 

 そして、ロキシーは視た。

 魔物を締め上げ、轟然と仁王立ちする“一領の鎧”を。

 

「キュイイイイッ!?」

「ッ!?」

 

 甲高い断末魔を響かせ、アイアンクロウラーが体液を撒き散らしながら絶命する。

 鎧は瞬時に距離を詰め、ロキシーに襲いかからんとしたアイアンクロウラーをその超鋼の拳で撃ち抜いていた。

 

 超鋼の拳足を縦横に振るい、瞬く間にロキシーを囲む魔物達を鏖殺せしめる鎧。

 ロキシーは呆気にとられてその無双劇を見つめる。それは、ロキシーが見たこともない鎧だった。胴や脛当、手甲などは、およそこの世界では見受けられない異質な意匠であり、ロキシーは増々困惑を強める。

 

 ロキシーはそれが鎧を纏ったアンデッド、アーマードウォーリアーかと思ったが、直後に鎧の面頬の中が空洞だと気づく。明らかにそれは魔物達とは一線を画す存在であった。

 いや、例え鎧がアーマードウォーリアーの変種だとしても、そもそも魔物同士の同士討ちなどよほどの事がない限り起こりえない。まして、マッドスカルに統率された魔物の群れならば尚更だ。

 マッドスカルは、鎧が現出した直後にその胸部に埋め込まれし核骨を握り潰されていた。

 

「な……に……?」

 

 周囲の魔物を一掃すると、鎧はロキシーの前に立つ。

 すると、その空洞の面頬から薄い光が輝いた。

 怯えと混乱の中、ロキシーはその光に吸い込まれるような感覚を覚える。

 

 光に照らされていく内に、ロキシーの意識は深い闇に落とされていった。

 

 

 

 

 


 

「どうしたルディ? 何か見つけたのか?」

「父さん、神の気配がします……!」

 

 ゼニスを救うべく、迷宮都市ラパンへと辿り着いた俺とエリナリーゼ。

 到着した俺達を迎えたのは、憔悴したパウロ達、そしてロキシーが迷宮内部に取り残されているという事実だった。

 俺達は休息もそこそこに、すぐさま迷宮へと向かった。

 俺とパウロ、エリナリーゼにタルハンド、そしてギースの五人。俺とエリナリーゼが、今まで攻略に参加していたシェラとヴェラと交代する形だ。

 

 攻略する上で、魔法大学から持参した“転移の迷宮探索記”が非常に役に立った。

 パーティの斥候(シーフ)であるギースは目を輝かせてそれを読み込んだ。曰く、これさえあれば迷宮六層までは攻略したも同然だ、と。

 正直ラパンの転移迷宮に通じるか不安だったけど、役に立って安心した。長期貸出を許可してくれたジーナス教頭に感謝しよう。

 

 早々に準備を整え、迷宮攻略を開始した俺達。ギースの言葉通り、迷宮三層まで10時間余りで到達するほど順調に攻略を進めていった。

 だが、探索を続けるもロキシーの姿はどこにもなかった。

 

 ひとまず休息を取るべく野営の準備を始めた俺達。

 タルハンドが土魔術“土壁(アースウォール)”でかまどを作り、ギースが食事の支度を始める。

 皆が準備を始めている中、一人野営場所の探索を続けていた俺は壁面に違和感を覚えた。

 

 ここの壁だけ少し色が違う……ということは!

 

 魔術で出来た岩や土は、自然に出来たそれとは少し違う。アイアンクロウラーの足跡が壁面に向けて不自然に途切れているのは、土魔術で壁面を形成していたからだ。

 

「ああ? 神の気配? ルディ、お前何言って──」

「『岩砲弾(ストーンキャノン)』!」

 

 壁に向けストーンキャノンを放つ。一発で壁面は崩れ、崩れた先から新たな通路が出現していた。

 そして、俺は(ロキシー)の気配を濃厚に感じ取った。

 

「うおッ!? ってなんだこりゃ!?」

「壁の先に道がありますわ!」

「うっそだろぉ!? 隠し扉の気配なんてなかったはずだぜ! ここは、確かにただの壁だったはずだ!」

 

 パウロ、エリナリーゼ、ギースが素っ頓狂な声を上げる。特にギースはベテランシーフの目すら欺いた魔術の壁があった事にショックを感じているようだった。

 正直、俺もタルハンドがアースウォールでかまどを作ってなかったら気づけなかった。魔術師とシーフの視点の違いなのだろう。きっと。

 

「そうか、アースウォール……。魔物が魔術で通路を塞いでおったのじゃな」

「マジかよぉ……魔物がんなことするなんて聞いたことねぇぜ……」

 

 タルハンドが感心したようにそう言うと、ギースは増々困惑を強める。

 迷宮に出没する魔物、マッドスカルは他の魔物を統率する知性がある。そして、土魔術を多用する魔物でもある。

 だから、こうして土魔術で通路を隠蔽するくらいの知恵が回る個体もいるのだろう。

 

 わざわざ魔術を使ってまで通路を隠す理由はひとつしかない。

 それは、“獲物”を逃さない為──!

 

「この先にロキシーがいます! 急ぎましょう!」

「お、おい! 先輩! 待てよ!」

「ハハッ! 流石俺の息子だ! 面白くなってきやがった!」

「ルーデウス! ギース! パウロまで! もうっ、追いかけますわよ!」

「やれやれ。昔から変わらんのう、パウロは」

 

 俺達はロキシーを救うべく通路を駆ける。

 直ぐに大きめのフロアに出ると、そこには無数の魔物の群れが蠢いていた。

 

「うおッ!? なんだこりゃ!?」

「フロアを埋め尽くさんばかりの大軍団ですわ!」

「だめだこりゃ! 先輩! 一旦通路に引き返して迎え撃とうぜ!」

 

 ギースが俺の肩を引きながら切迫した様子を見せる。

 パウロ達も予想外の魔物の数にたじろいていた。でも、俺はここで引くわけには行かない。

 

「新入り! 部屋の隅に魔物の死体が重なっている! ここで戦ってたんだ!」

「マジかよ! じゃあ、この奥にロキシーが……!?」

 

 魔物の蠢く音に混じり、僅かに魔物の断末魔も聞こえる。

 少なくとも、ここで誰かが戦っているのは間違いない。

 

「俺が突破口を開きます!」

 

 今まで若干セーブしていたけど、ここは全力だ。

 

「『フロストノヴァ』!」

 

 瞬間、大量の冷気が魔物の群れへ放たれる。

 ウォータースプラッシュとアイシクルフィールドの混合魔術、フロストノヴァ。

 帝級魔術に匹敵するその魔術は、フロアにいた魔物の大軍団を瞬く間に凍りつかせた。

 

「マジか……全部凍りつきやがった……」

「ううむ。今までは前衛を巻き込まぬよう抑えておったのじゃな」

「あが……あがが……」

「ギースが凍りつきましたわ!」

 

 しまった。ギースが巻き込まれてしまった。

 でも、今は回復してやるヒマは無い。

 

「父さん! ここは任せます!」

「あ、おい! ルディ!」

 

 凍ったギースをパウロ達に任せ、俺はカチカチに凍った魔物の中を駆け抜ける。

 

 そして見つけた。

 

 魔物の氷像に囲まれた、力なく頭を垂れる蒼い髪の少女を──!

 

「ロキシー……!」

 

 小柄で抱きしめたくなるような華奢な身体、大きくて可愛らしいとんがり帽子、“可愛い”が天元突破した三つ編みの蒼い髪!

 あぁん! ロキシーだ! 久しぶりのロキシー師匠だ!

 あ、師匠って言ったら怒られるな。先生って呼ばないとな。怒ったロキシーも可愛いけど、再会していきなり怒らせることもないもんな。

 何はともあれ。

 

「よかった! 無事で!」

 

 俺はがばりとロキシーに抱きつく。

 ロキシーはぷりちーな片目を瞑って(・・・・・・)おり、少し驚いたように俺を見ていた。

 

「スーッ……クンカクンカ」

 

 うん、プリンシパル! じゃなかった、ロキシーの匂いだ!

 一ヶ月も迷宮に籠もっていたからか、ちょっと香ばしくてスパイシーな臭いのロキシー。でもその臭いの中に、ロキシー特有のフローラルな香りがスーッと効いてこれは……ありがたい……。

 

『う……』

「クン……え?」

 

 そんなミグルディア家御用達ロキシー別格スメルを伝承していると、もぞりとロキシーが動いた。

 何かな? と思った瞬間

 

『うぜえ!』

「ぐえっ!?」

 

 水月経由脊髄着!

 

 ロキシーの積極直蹴りを受け、俺は腹を押さえながらのたうち回る。床を転がる俺を、ロキシーは片目をギョロつかせて睨んだ。

 

『ベタベタすんじゃね! 気色(キショ)いわ!』

 

 気色いわ!

 

 気色いわ!

 

 ベタベタすんじゃね気色いわ!

 

 もひとつついでに気色いわです!

 

 ロキシー先生が……ロキシーが……

 俺のこと、キショいって……。

 ……そりゃそうか。11年振りに再会して、いきなり抱きついたんだものな。

 でも、それはそれとして。

 

「ウ、ウエエエエエエッ!」

 

 俺は吐いた。そりゃもう盛大に。

 みぞおちを蹴り飛ばされたからじゃない。いや、みぞおちもかなり痛いが、それよりもロキシーに……神に否定された自己嫌悪で吐いた。

 神に否定されるのが、これ程と辛いものだとは思わなかった。正気辛い。とても辛い。

 もう、明日からどうやって生きていけばいいんだってくらい辛い。

 ああ、シルフィに会いたい。会って全力で慰めてもらいたい。

 

(うぬ)など知らぬ! 失せい!』

 

 ロキシーの苛烈な追撃が俺を襲う。

 ロキシーが、ロキシーが俺のこと知らないて……。

 もうダメだ……。今すぐシャリーアへ帰ろう……。

 ゼニスは、ルイジェルドかバーディ陛下かゾルダードあたりに依頼して救出してもら……

 

 ん?

 

『に、日本語!?』

 

 そうだ。何故気づかなかったのだろう。

 ロキシーは、人間語ではなく、俺の前世で使われてた言語……“日本語”を話していた。

 

『うむ? 日ノ本言葉を解すか。昨今の異人の若造にしては見上げた心得よの』

 

 驚きを隠せない俺に、ロキシーは意外そうにその片目を向ける。

 腰に手を当て、ケレン味あるポーズで不敵に笑うロキシー……いや、いい加減、俺でも気づく。

 

 これ(・・)は、ロキシーじゃない!

 

『お前、ロキシーじゃないな!?』

 

 アクア・ハーティアを構えながらそう言うと、ロキシーのようなナニカは俺の言葉をじっくりと咀嚼するように口角を引き攣らせた。

 

『ろきしぃ……それがこの娘の名か。よかろう!』

 

 ニヤリと嗤ったソイツは、おもむろに足元に転がるタランチュラデスロードの足指を拾い上げる。

 人間の人差し指サイズに千切れているそれは、俺が凍結させて倒した魔物じゃなかった。

 

『呑んだる!』

 

 ボリ、ボリ、ボリ。

 目の前のロキシーのようなナニカは、タランチュラデスロードの足指をまるでスティック菓子のようにボリボリと咀嚼し始めた。

 

 ロキシーが魔物を生食している、悍ましい光景。

 

 どれだけおなかがすいていたんだ、というありえない発想が頭を過る。

 それだけ、目の前の光景はショッキングだった。

 

『殺るか、異人小僧』

 

 慄きつつも、なおも警戒態勢を取る俺に、諧謔味たっぷりといった表情を返すロキシーのようなナニカ。

 こいつは一体何なんだ……。ロキシーに擬態した偽物なのか、それともロキシーに憑依した何者なのか。

 

 そして、それが日本語を話すのは、一体どういうことなのか。

 ヒトガミが、べガリットに行けば後悔すると言っていたが、これのことなのだろうか。

 困惑する俺に、ソイツはタランチュラデスロードの足指を咥えながら増々不敵な笑みを強めた。

 

『くっふっふっふ……異人小僧。煮るなり焼くなり好きにしてみい!』

「く……!」

 

 くそ。

 やはり、こいつはロキシーに憑依した日本の悪霊か何かだ!

 何故日本の悪霊が、なんてことはこの際どうでもいい。

 こいつは、ロキシーをこのまま人質にするつもりなんだ。

 きっと、悪辣な要求を俺に出すに違いない。

 

 そう思って警戒を強めていたら、ロキシーに憑依したナニカは予想の斜め上の言葉を吐いた。

 

『“熱い”と思った刹那、やつがれは刀を振り下ろす!』

 

 

『それで必ず心中(しんじゅう)よ!』

 

 

 えぇ……

 なんだその捨て身すぎる発想は。

 不死身のバーディ陛下でもそこまで刹那的じゃないぞ。

 

『しかし!』

 

 若干引いている俺に構わず、ロキシーのようなナニカは豪快に身を翻す。

 その視線の先には、異世界に存在しないはずの“鎧”が存在していた。

 

 鎧……いや、甲冑!?

 

 これも、なんで今まで気づかなかったのか。

 視線の先に存在する鎧……いや、造形から見て明らかに戦国武士の鎧、武者甲冑が、不気味なオーラを放って鎮座していた。

 ただ、俺が知る武者甲冑と大きく違うのは、そのサイズだ。

 2メートルの大男が着てもまだ余裕がありそうな大型の甲冑。

 それは甲冑というより、ボト○ズに出てきそうなATを和風にしたような、およそ戦国時代ではあり得ないシロモノだった。

 

『この拡充具足“不動”があれば心中御無用(しんぱいごむよう)! 妖魔も異人小僧も(おか)すこと火の如しよ!』

 

 つかつかと甲冑の前に立つロキシーのようなナニカ。

 そして、再び身を翻し、仮○ライダーのようなケレン味溢れるポーズを決めた。

 

『異人小僧! よう見ておけ! 神武の超鋼が、再びその武威を発する姿を!』

「なっ!?」

 

 そして、それに呼応するかのように甲冑は光を放つ。

 薄暗い迷宮に光り輝く武者甲冑。

 その光に包まれたロキシーのようなナニカは、両手を交差して大音声を轟かせた。

 

 

『瞬着!!』

 

 

 ……

 

 ……

 

 ……

 

 だが、なにも起こらなかった。

 どこぞの聖衣みたいな装着ギミックを起こすわけでもなく、甲冑は一瞬光っただけで特に動いた様子はなかった。

 

『……』

「……」

 

 ニヤリと口角を引き攣らせるロキシーのようなナニカ。

 それを訝しげに見つめる俺。

 数瞬、俺とソイツの間には奇妙な沈黙が漂っていた。

 

『瞬着!』

 

 やり直した!

 でも、甲冑は相変わらず無反応だ。

 

『なんでじゃい!』

 

 三度振り返り、甲冑に詰め寄るロキシーのようなナニカ。

 ほっぺを膨らまし、ぷんすかと怒っている様子はちょっと可愛かった。

 

『ええい! 纏え! 纏わぬか不動!』

 

 ポカポカと杖で甲冑を殴り始めるロキシーのようなナニカ。

 ……なんか、子供が癇癪を起こしているような、そんな妙な微笑ましさを感じる。

 

『異人の娘の、肉体では、纏えぬと! そう申すか!』

 

 ゼイゼイと息を切らせながら悪態をつくロキシーのようなナニカ。

 どうやら甲冑と意志疎通しているようにも見えるが、傍から見ると少女がガニ股で甲冑を殴っているシュールな光景にしか見えない。

 

『ぬッ!?』

 

 しばらく甲冑を杖で殴っていた憑依ロキシー。

 だが、甲冑は突然、薄い光に包まれてその姿を消失させた。

 甲冑が鎮座していた場所を見ると、やや煤けた転移魔法陣が存在していた。

 

『失せたじゃと……!?』

 

 初めて動揺を見せる憑依ロキシー。

 そういえば、転移迷宮には休眠状態の転移魔法陣がいくつも存在するんだった。

 おそらくだが、俺やロキシーの魔力に反応して、その機能を一時的に復活させたのだろう。

 憑依ロキシーは慌ててその魔法陣に飛び乗るも、転移は発動しなかった。

 

『い、いかん……不動が近くに無ければ、分霊たる儂は……!』

 

 フラリとよろめいた憑依ロキシーは、キッと鋭い視線を俺に向けた。

 

『異人小僧!』

『ア、ハイ』

 

 つい反射的に応える俺。

 なんか、こいつが敵なのか味方なのかよくわからなくなってきた。

 戸惑う俺に構わず、憑依ロキシーは切迫した様子で言葉を続ける。

 

『不動を探し出し、不動を纏うに相応しき武士(もののふ)を連れてまいれ!』

 

 そう言うと、憑依ロキシーは俺にもたれかかる。

 ふわりと香る匂いが、その身体の持ち主が確かにロキシーだと証明していた。

 

『それまでは、儂はしばし眠る……よいな、必ず連れて参れよ……!』

 

 言い切った憑依ロキシーはがっくりとうなだれると、そのままスウスウと寝息を立て始めた。

 

「何だったんだ……」

 

 困惑しながらロキシーを抱き支える。

 ロキシーに憑依したこの悪霊は、一体何者だったのだろうか。

 あのパワードスーツみたいな武者甲冑は、一体何物だったのだろうか。

 

 いや、ひとつだけ分かることがある。

 あの甲冑に刻まれていた、あの紋様。

 某ヴィジュアル系ロックシンガーが出演した大河ドラマでは、ネットでもずいぶんと話題になっていたので俺も毎週観ていた。

 戦国武将が無双するゲームもよくやってたし、あの紋様には見覚えがある。

 

「武田菱……だったっけ……」

 

 菱形の四角形が四つ並んだシンプルなデザイン。

 それが、あの甲冑の胸部に刻まれていた。

 そういえば、あの大河ドラマでは隻眼の軍師も登場していた。

 

 ……いや、まさか。そんなはずが。

 

「何なんだ……本当に……」

 

 スウスウと寝息を立てるロキシーを抱きながら、俺はただ困惑し続けるしかなかった。

 

 

 

 

 その後、パウロ達と合流した俺は意識を落としたロキシーを抱えラパンへと帰還した。

 宿に到着した頃には、ロキシーは無事意識を取り戻していた。

 意識を取り戻したロキシーは、ロキシーだった。何を言っているのかと思うが、ちゃんとロキシーだった。

 そのロキシーからも初対面の人間だと思われたのには、ややショックだったけど、あの壮絶な光景を目にした後ではそれほどダメージは無い。

 ……うん。ダメージは無いよ?

 

 ロキシーは宿に到着すると直ぐにリーリャによって風呂に入れられた。

 汚れを落としたロキシーからは香ばしい香りは失せ、元のフローラルな香りを存分に発散させていた。

 ちょっとだけ神の入浴をこの目に焼き付けようかと思ったけれど、あの悪霊の存在がチラついたせいでそんな気分は直ぐに失せてしまった。

 部屋の外で臨戦態勢を取りながらロキシーの入浴の番をする俺に、パウロはニヤニヤとした目を向けてきたが無視だ。

 あの悪霊が、いつ飛び出してくるかわかったものじゃない。

 

 だが、あの悪霊は終ぞ表に出てくる事は無かった。

 とはいえ、全く油断は出来ない。あの悪霊は、しばらく眠ると言っていた。つまり、まだロキシーの中に潜伏している状態なのだろう。

 

 一ヶ月も迷宮に取り残されていたロキシーは少し衰弱してはいたが、目立った外傷も無く存外に元気そうだった。美味い飯を食って、よく眠れば直ぐに復帰出来ると豪語するほど。

 とにかく、今日はしっかり休ませよう。

 

「本当に、ありがとうございましたルディ……いえ、ルーデウスさん、とお呼びした方がいいのでしょうか」

「やめてくださいよロキシー先生。前みたいにルディって呼んでください。でも、俺の事すっかり忘れていたなんてちょっとショックでしたよ」

「い、いえ、忘れていたわけでは……あの頃のルディと今のルディが結びつかなかっただけで……」

 

 部屋のベッドの上でアワアワとした様子を見せるロキシー。その姿は、間違いなくブエナ村で教えを受けていたあの頃のロキシーだった。

 

「とにかく今は身体を休めてください」

「……はい。ルーデウス……ルディ」

 

 疲労が溜まっていたからか、ロキシーは横になると直ぐに寝息を立て始めた。

 俺はロキシーの世話をしていたリーリャと共に静かに部屋から出る。

 

「じゃあリーリャさん。ロキシー先生をよろしくお願いします」

「はい。ルーデウス様」

 

 俺はリーリャにロキシーを任せると、すぐにエリナリーゼの部屋へ向かった。

 あの時の事はパウロ達には話していない。ロキシーにも少し聞いたが、謎の鎧を見たという程度しか覚えていなかった。

 俺はパウロ達になんて説明したらいいのか、ラパンに戻る途中ずっと考えていた。

 日本語……この世界にとって、異世界の言語を話す悪霊なんて、流石に荒唐無稽すぎる。

 

「エリナリーゼさん。ルーデウスです。ちょっといいですか?」

 

 だから、俺はまずエリナリーゼに相談しようと思った。

 長耳族のエリナリーゼは、その外見からは想像も出来ないくらい長寿命の種族だ。

 年の功からか俺の知らない事を沢山知っている。女性に年齢の事を言うとキレられそうだけど、エリナリーゼに関してはその心配は無い。パウロの事を息子って言うくらいだしな。

 また、エリナリーゼは自身が呪い持ちというのもあって古今東西の呪術にも詳しい。ロキシーの事でも何かしらのアドバイスをくれるかもしれない。

 

「はいはい、何ですの~……」

 

 ノックした扉が開き、気だるげな声を上げつつエリナリーゼが顔を出す。

 肌着にショーツのみというものすごくラフな格好のエリナリーゼは、その淫靡な肉体を惜しみなく晒している。

 その頬は少しだけ赤く染まっており、息はちょっと酒臭かった。

 こいつ……部屋で一杯ひっかけていやがったな。タルハンドもそうだけど、どうもパウロの元仲間達は酒好きが多い。

 そういえば、ギレーヌはそっち方面だとどうだったのだろうか。弱そうなイメージしか無いけど。ボレアス家のパーティーでも酒を飲んでいる様子は無かったし。

 

「ちょっと相談したいことがあるんですけど、今大丈夫ですか?」

「相談~……? ……はっ!? ルーデウス、いいからお入りなさいまし!」

 

 エリナリーゼはほろ酔い気分から一転し、表情を引き締めると俺の腕を掴んで部屋に引き入れる。

 部屋の中はむっとした酒の臭いで満たされていた。案の定、テーブルの上には酒瓶が散乱している。

 エリナリーゼは扉の外に誰もいないのを確認すると、静かに扉を閉め、俺の方を向いた。

 

「まあお座りなさいな……。ルーデウス。相談というのは、ロキシーのことですわね?」

「!? そ、そうです! ロキシー先生のことです!」

 

 おお、エリナリーゼもロキシーに違和感を覚えていたのか。

 流石は熟練の冒険者。ささいな違和感も見逃さないとは、ほんとうに凄い。

 思わず椅子の上で背筋を伸ばし、ベッドの縁に座るエリナリーゼに尊敬の眼差しを向ける。

 

「実は、ロキシー先生が……」

「みなまで言わないでくださいまし。わたくしには全てお見通しですわ」

 

 おおお! 凄え! 一を聞いて知るどころか零から答えてしまうとは!

 俺はキラキラした目でエリナリーゼを見る。

 なんだか、エリナリーゼから後光がさしているようだ。思わず拝みたくなるくらい。

 その姿は、まさに女神(ビーナス)といっても過言ではなかった。

 

「ルーデウス」

「は、はい」

 

 居住まいを正し、改めて向き合う俺とエリナリーゼ。

 頬に朱を差したエリナリーゼの真剣な眼差しが、俺の瞳を真っ直ぐに捉えていた。

 

「あなたはシルフィの夫……大切な孫娘の、たった一人の伴侶。だから、シルフィが悲しむようなマネは出来ませんし、させませんわ」

 

 うん?

 ロキシーの話なのに、なんでそこにシルフィが出てくるんだ?

 眉を顰める俺に構わず、エリナリーゼの言葉は続く。

 

「でも、あなたは大切な孫娘の夫。つまり、わたくしの義孫であり、大切な家族でもありますわ」

 

 うん。それは知っている。

 エリナリーゼがお祖母ちゃんっていう実感は全然ないけど。

 ていうか、エリナリーゼは一体何の話をしているんだ……。

 

「大切な家族の為にひと肌脱ぐのもわたくしの努め……お触りは許しませんが、わたくしを使う(・・)のは許しますわ。クリフには内緒ですわよ」

 

 ん? 使う?

 そしてクリフ先輩が何だって?

 尚も訝しむ俺にお構いなしに、エリナリーゼはやや熱がこもった言葉を続ける。

 

「ルーデウス。ロキシーを見て催した性欲が、どうしても我慢出来ないというのなら……!」

 

 そう言ったエリナリーゼは、唐突に自身のシャツの裾を掴むと、そのまま勢いよくたくし上げた。

 

「わたくしでヌキなさいましーッ!!」

 

 ……

 

「『ウォーターボール』」

「ひゃんっ!?」

 

 俺はエリナリーゼの頭上にバスケットボール大の水弾を落とす。

 一瞬でずぶ濡れになったエリナリーゼは俺に抗議の声を上げた。

 

「ひどいですわね!」

「だいぶ酔っ払っているようでしたので」

 

 こいつ、なにも理解していなかった。

 というか、俺が期待しすぎた。

 何が女神だよ。過言だったわ。淫乱女神だったわ。

 

 ぶーたれ続けるエリナリーゼ。その上半身は濡れそぼっており、水気で張り付いたシャツからは形の良い乳房と、桜色の突起が薄く浮き出ている。

 ……ノーブラでしたか。こりゃ失礼。

 そんな扇情的な姿のエリナリーゼは、訝しむようにじっとりとした目を俺に向けた。

 

「ルーデウス……あなた濡れシャツフェチもあったなんて、わたくしちょっと引きますわ」

「俺はさっきのあんたの発言にどん引きしましたけどね」

 

 どこの世界に義孫のオカズになろうなんて義祖母がいるんだ。

 エロゲーでもなかなか無いぞそんなシチュエーション。

 ていうか義孫の公開オ○ニーなんて見たくないだろ普通。

 

 結局、この日はエリナリーゼと碌な相談も出来ずに終わった。

 

 

 

 数日後、回復したロキシーを加え再び転移迷宮に挑む俺達。

 俺はロキシーの同行に難色を示したが、パウロ達、それにロキシー自身に反対され、結局はロキシーと共に迷宮に挑むこととなった。

 なんでも、迷宮で凄絶な体験をした冒険者は、また直ぐに迷宮に潜らないと使い物にならなくなってしまうそうだ。

 それはそうなのだろう。でも、今のロキシーは……。

 

 ロキシーの悪霊のことは、誰にも話していない。

 あの甲冑……異世界(・・・)の鎧のことも、誰にも……。

 

 

 

 

 

 


 

 ルーデウス達が復活したロキシーを加え、再び迷宮に潜ってから数刻後。

 転移迷宮の入り口では、旅装そのままのウィリアム一行の姿があった。

 

 グレイラット家のメイド、リーリャとの再会。

 女中の抱擁を受けたウィリアムの面構えは、大戦(おおいくさ)に臨む荒武者さながらの精悍な表情が浮かんでいた。

 その様子をニヤニヤと見つめる、現人鬼波裸羅。

 

 愛という名の後方支援。

 現人鬼は得心す。

 

「ならば、拙者らも気合を入れるとするか。喃、兎共」

「いえ」

「結構です」

 

 波裸羅は傍らに控えるナクルとガドへ向け蠱惑的な笑みを浮かべる。

 嫌な予感がした双子は波裸羅から離れようと後ずさるが、現人鬼は即座に兎の兄、ナクルを捕獲した。

 

「波裸羅の胸はお前たちを包む為にあるぞ。気()を注入してくれるわ!」

 

 そう言うやいなや、波裸羅はみしりとナクルをその美胸で包んだ(圧迫した)

 

「ウワアァーッ! 現人鬼殿の乳が硬くて痛いよぉぉぉ!」

「兄ちゃんを離せ! 兄ちゃんを離せ!」

「全死したいかクソ兎共」

「ウワアァー。現人鬼殿の乳が柔らかくて暖かぁい」

「どうぞごゆるりと兎兄を嬲り尽くし給へ」

 

 悲鳴を上げるナクル、兄を助けんと足掻くガドを一瞬で黙らせる波裸羅。

 ナクルは魂が抜け落ちたかのような虚ろな表情を浮かべ、ガドは波裸羅の威圧を受け若干口調がおかしくなっていた。

 

「戯れはそれまでにせよ」

 

 悲惨なやり取りをため息をつきつつ見やるウィリアム。

 波裸羅は諧謔味がある笑みを浮かべながら、ナクルを放り捨てるように突き離した。

 

「いてて……いつか殺す。あ、あの、若先生。やはり、一度引き返して態勢を立て直しませんか?」

「そうですよ。せめてラパンで魔術師なりを加えてから挑んだほうが。現人鬼はくたばりやがれ

 

 やや不穏なつぶやきをしつつ、双子はウィリアムに迷宮挑戦を思いとどまるよう再度促す。

 だが、若虎はその嘆願を一刀に切り捨てた。

 

「時が惜しい。それに」

 

 迷宮入り口に向けゆるりと歩を進める若虎。

 たった一人の母を救うべく、若虎の足取りからは不退転の決意が滲み出る。

 

「どのような迷宮であれ、身共は引かぬ」

 

 そして、双子へ向け強烈な戦意を注いだ。

 

「それが七大列強だろう」

 

 七大列強という大強者の、絶大なる自信。

 我が身さえも忘れ果て、真一文字に狂い征く(ことわり)

 たとえ単身でも迷宮に挑まんとするその姿勢は、戦意が萎えかけていた双子を大いに奮わせていた。

 

 若虎に続き闘争心を滾らせる双子兎。

 その様子を見て、現人鬼もまた血を滾らせていた。

 

「ふっふっふ……まるで薩摩隼人のチェストよの」

「サツマ? チェスト?」

「何スかそれ?」

 

 聞き慣れぬ言葉を聞き、ナクルとガドは波裸羅へ疑問の表情を向ける。

 波裸羅は自信たっぷりにその疑問に応えた。

 

「チェストはチェストよ! チェストの意味を聞くような者にチェストは出来ぬわ!」

「「えぇ……」」

 

 チェストとは知恵捨てと心得よ。

 言外にそう述べる現人鬼に、双子の兎は唖然とするばかりであった。

 

 

 

 そして、転移迷宮一層に潜る一行。

 既にルーデウス達が魔物を掃討していたのか、存外に魔物と遭遇する機会は無く。

 気合十分で挑んだウィリアム達であったが、その道中はウィリアム達を拍子抜けさせるに十分であった。

 

「つまらん喃。ばけもん共がうじゃうじゃいると思っておったのに」

「ううん、流石は若先生の御家族ですね」

「こりゃ深層まで楽勝かも」

「……」

 

 武芸者達の足取りは軽く、疾い。

 障害となり得る魔物の数は少なく、双子兎の高度な索敵能力はルーデウス達の足取りを的確に捉え、全く道を違えずにウィリアム一行を導いていた。

 呑気な様子の現人鬼と双子を見て、ウィリアムは少しだけ苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。

 

 そうこうしている内に二層へと至る転移魔法陣の部屋へ到着したウィリアム一行。

 そこには二つの転移魔法陣が存在しており、どちらも薄い光を放っている。

 転移魔法陣の近くでは魔物との戦闘があったのか崩れた壁面が見え、多量の石材が散乱していた。

 

「ふむ。二つあるが、虎の兄めらはどちらの魔法陣で飛んだのかの?」

 

 波裸羅は顎に手を当て、二つの転移魔法陣を見ながら双子兎へ声をかける。

 兎達はそれを聞いた瞬間、その赤眼を怪しく光らせた。

 

「現人鬼殿! 右の魔法陣です!」

「なんだか濃厚な魔物の気配がします! きっと大軍が待ち構えているかと!」

 

 双子が囃し立てるように波裸羅を右の魔法陣へ誘導する。

 魔物の大軍と聞き、波裸羅もまたその鬼眼を怪しく光らせた。

 

「よっしゃ! 者共! この波裸羅に続けぃ!!」

 

 勢い良く転移魔法陣を踏み抜く波裸羅。

 その肉体が光に包まれ、瞬く間に波裸羅の姿が消え去る。

 

 

「「今だあぁぁぁぁぁぁぁッ!!」」

 

 

 そして、双子は波裸羅が転移した魔法陣の上に猛然と石材を積み始めた。

 

「「オラァーッ!!」」

 

 どこにそのような剛力があったのか。

 自身の何倍もあろうかという巨大な石材まで迅速に積み上げる双子兎。

 その必死な様子を、ウィリアムは呆気にとられた表情で見つめていた。

 

「よし逝った!」

「若先生! 左の魔法陣が正しいです! そこから行きましょう!」

「……」

 

 石を積み終え、息を切らせながら眼を輝かせる双子。

 だが、ウィリアムはそれに応えることなく、黙って双子の後方を指差した。

 

「え……?」

「後ろ……?」

 

 

 振り向くと、そこには怒気を漲らせた現人鬼の姿があった。

 

 

「虎の威を得て身の分際を忘れ腐ったか兎共……!」

 

 恐るべきは現人鬼の身体能力。

 双子の瞬速の石積みですら、波裸羅の帰還を阻む事叶わず。

 ちなみにウィリアムは途中で波裸羅が帰還しているのをしっかりと目撃していたが、双子のあまりにも残念な姿を見て声をかけられずにいた。

 

 双子は波裸羅の姿を見留めると、死んだ魚の眼を浮かべながら抑揚の無い声を上げた。

 

「おや? 迷宮の悪霊の仕業かな?」

「不思議な事もあるもんだね兄ちゃん」

 

 

 直後、双子の断末魔が迷宮内に響き渡った。

 

 満身創痍の双子を伴い、虎と鬼は迷宮二層へと進軍す──

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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