虎眼転生-異世界行っても無双する-   作:バーニング体位

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第二十四景『変化御用波裸羅(へんしんにんじゃはらら)

 

 志摩国に現人鬼といふものありけり

 ひととなり容姿秀美(すがたうるは)しく

 風流れ(みやび)なること(たぐひ)なかりき

 翡翠の如き華やかな如来にして

 鬼神の如き益荒男なり

 

 いかな天上の神々も、これには(かて)るべきかや──

 

 

 

 

 

 

「何だお前は……人か?」

 

 突如現出せし志摩の現人鬼波裸羅。

 その美麗な立ち姿に、オルステッドは訝しげな表情を向ける。

 現人鬼は泰然とした美笑を浮かべてそれに応えた。

 

「ああ、拙者におかまいくださるな」

 

 悠然とその美麗な総髪を揺らし、オルステッドへ美笑を向け続ける現人鬼。

 そのまま、ゆっくりと地に横たわり片肘をつく。

 

生命(いのち)賭けの二人を引き裂くような残酷(こと)、この波裸羅にはできぬ」

 

 まるで物見遊山にでも来たかのような現人鬼の呑気な態度に、龍神の困惑は増すばかり。現人鬼はそんな龍神見て更に美笑を強めていた。

 

美形(イケメン)龍殿は存分に虎を懲らしめたまえ」

「……」

 

 オルステッドはこの自由気儘な現人鬼を不審げに見やる。

 修羅場に突然現れたかと思えばリラックスした様子で龍虎の争いを眺める現人鬼の魂胆が読めず、オルステッドはやや当惑した様子を見せていた。

 だが、まずは目下のヒトガミの使徒である虎を誅戮せねばと、オルステッドは現人鬼から虎へ意識を向ける。

 

 が、オルステッドは現人鬼から違和感を覚え、再びその美麗な寝姿へ視線を向ける。他者に嫌悪される呪いを持つ龍神と平然と会話をする(・・・・・・・・)現人鬼。ナナホシやルーデウス・グレイラット、そしてウィリアム・アダムスと同じく、オルステッドに全く嫌悪を抱かないこの現人鬼の正体が気になり、その怜悧な口を開いた。

 

「お前は、俺が──」

 

 怖くないのか

 

 そう言いかけた刹那

 虎を踏みしめるオルステッドの右足に“トラバサミ”が喰い込んだかのような激痛が走った。

 

「ッ!?」

 

 現人鬼に気を取られた一瞬の隙を突き、ウィリアムはオルステッドの脹脛の経絡点を突いていた。

 “骨子術”による打点は、僅かに空いた龍聖闘気の間隙を鋭く射抜く。

 

「くッ!?」

 

 骨子術によりオルステッドの踏みつける力が緩むと同時に、ウィリアムは全身を躍動させ龍の脚へと絡みつく。

 

 虎眼流“巨兵哭(きょへいごろし)

 

 所謂現代格闘術におけるヒールホールドに似たこの技は、甲冑を纏った体格差のある相手との組討ちを想定した虎眼流体術の一つ。龍聖闘気という装甲に守られし龍の脚ですら、その柔技からは逃れられない。

 

 野生の虎は、手負いの方が強いのだ!

 

 折れた胸骨を軋ませ、血反吐を吐きながら全筋力と闘気を動員し、龍の脚首靭帯をねじ上げる若虎。オルステッドは初めて味わうその激痛に一瞬怯むも、即座に虎を振りほどくべくその龍脚に力を込める。

 

「浅知恵だッ!」

「ぐぅッ!?」

 

 オルステッドはウィリアムに絡みつかれたままの脚(・・・・・・・・・・)を勢い良く蹴り上げる。

 自身より小柄とはいえ、この世界の一般的な体躯を持つ若虎ごと蹴り上げるその剛力に、ウィリアムは思わずオルステッドの脚を手放し宙空へと投げ出された。

 

「ガァッ!?」

 

 投げ出されたウィリアムへ向け、オルステッドは瞬時に跳躍し痛めた脚(・・・・)で虎へ蹴撃を放つ。

 オルステッドの猛烈な重爆蹴に、ウィリアムは身体をくの字に折りながら地面に叩きつけれた。

 

「わ、若先生……!」

 

 ウィリアムが倒れる先へ、ガドが這いつくばりながら近付く。

 血反吐を吐き蹲るウィリアムの盾にならんと、必死になって龍と虎の間に割って入った。

 

「若先生……!」

「ぐ……うぅ……」

 

 地を這う虎と兎を、オルステッドは冷めた眼で見やる。

 

「双剣ナックルガードの弟ガド……それほどその男が大事か?」

 

 オルステッドの無慈悲な問いかけ。ガドは恐怖心を懸命に抑え、濡れた瞳で龍神を睨みつけた。

 

「わ、若先生は、この世に二人といない剣術者……! この命に代えても……!」

 

 蹲るウィリアムに覆いかぶさり、ガドは師の盾にならんと血走った眼でオルステッドを睨む。

 自身に強烈な憧れを抱かせた、あの神技の扉。北神流では味わえなかったあの高揚感は、ガドや兄ナクルにとって何よりも代えがたい剣の情熱を燃え上がらせてた。

 例えその身が朽ち果てようとも、この剣の火は絶やしてはならない。

 自身が滅びようとも、兄であるナクルと、そしてウィリアムが健在ならば、この異界虎眼流の火を守ることが出来る。

 

 そのような兎の健気で、死狂うた忠誠を見て、オルステッドは溜息を一つ吐いた。

 

「そうか……」

 

 兎の睨みを受け、オルステッドは僅かに寂寥感が篭った表情を浮かべる。しかし、例えどれだけ優れた剣術者であっても、人神の使徒ならばその存在は全て葬り去らねばならない。

 龍族は、人神の悪意とその醜悪な欲求により全てを奪われた。

 古代五龍将を始めとした龍族郎党の非業、そして父である初代龍神の宿怨、母である半神の無念。

 かつて古龍から聞かされし悲劇の昔話は、若き龍神に人神とその眷属の完殺を誓わせる揺るがなき信念となってその魂に刻みつけられていた。

 オルステッドはその手に魔力を込め、虎眼流師弟に向ける。

 

「ヒトガミの使徒は全て殺す……恨むなら、ヒトガミを恨め」

 

 ガドごとウィリアムを滅殺すべく、オルステッドは掌に光弾を纏わせる。

 ガドはぎゅっと目を瞑り、全てを観念したかの如く身体を強張らせた。

 

 

 もはやこれまで──

 

 

 そう、ガドが思った時。

 

 

「今、何と申した」

 

 

 傍観していた現人鬼が、その美声を発した。

 

 

「なに──」

 

 オルステッドは突如纏わりついた悍ましい程の殺気を感じ、思わず虎眼流師弟の処刑を中断した。

 そのまま、その美声がする方向へと振り向く。

 

人神(ヒトガミ)と、そう申したか」

「ッ!?」

 

 振り向けば、怨々たる殺気を纏わせた現人鬼が、オルステッドへ残虐な笑みを向けていた。

 先程までの呑気な様子とは打って変わり、まるで待ち望んでいた獲物を見つけたかのような、獰猛な肉食獣の如き“嗤い”を浮かべている。

 

「くふ……くふふふふ……! ようやく悪神掃滅への手がかり(・・・・)を得たわ……!」

 

 現人鬼はオルステッドと十歩程離れた場所に立ち止まると、勢い良くその美麗な装束を破り捨てた。

 

「なぜ脱ぐ!?」

 

 突如全裸になった現人鬼を、警戒しつつ困惑した様子で見やるオルステッド。

 強敵を前に昂ぶった逸物が強烈な自己主張をしているのを見て更に困惑を強めていたが、そのようなオルステッドに構わず、現人鬼はオルステッドへ向け高らかに宣戦を布告した。

 

 

(なれ)が持つ悪神の知識、洗いざらい吐き出してもらうぞッ!」

 

 

「ッッ!!」

 

 ぞわりと、森の空気が異質に変化する。

 現人鬼の周囲が、異界の怨念によって禍々しく変質していた。

 

最初(はな)から本身でいかせてもらう……!」

 

 現人鬼は鬼迫が篭った美声を呟くと、両腕をその美顔の前に交差させる。

 

 そして、残酷美麗たる日ノ本言葉が、現人鬼の美唇から発せられた。

 

 

『摩・骸・神・変!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 () ()

 

 

 

「ひぃっ!?」

「なっ!?」

 

 深緑の樹海に敷島の装甲軍鬼が剛臨!

 その鬼気を受け兎の弟(ふん)漏らし恐慌す!

 

 虎と龍の間に割って入った勇敢な姿とは打って変わり情けない姿を見せるガドであったが、ウィリアムは弟子の醜態や霞鬼の威圧よりもその口から発せられた日ノ本言葉に驚愕を露わにしていた。

 

「何なのだお前は……!」

 

 異様な怨身(変身)を遂げた現人鬼に増々困惑を強めるオルステッド。

 現出した霞鬼は怨々たる殺気を纏わせながらオルステッドににじり寄る。

 

「強き龍よ! 大人しく全てを吐くか、この霞鬼の鬼技(おにわざ)味合うて悶死するか、どちらか選べぃッ!」

「ッ!?」

 

 獰猛な肉食獣の如き勢いで、霞鬼は龍神へと吶喊する。

 選べと言っておきながら猛然と攻撃を開始する霞鬼の理不尽。戸惑うオルステッドに一瞬で肉薄した霞鬼は、その両腕を思い切りしならせた。

 

「怨身忍法“双手渦貝(もろてうずがい)”!」

「ぐッ!!」

 

 霞鬼の強烈な両手掌打をまともに受け、オルステッドの肉体は弾丸の如き勢いで吹き飛ばされる。

 だが、華麗に受け身を取ったオルステッドは血反吐をひとつ吐くにとどまり、凛然と霞鬼を睨みつけた。

 

「何をした……!」

 

 霞鬼は「おや?」と意外そうにオルステッドを見やる。

 不死魔王アトーフェ・ラトーフェの内臓すら撹拌せしめた忍法“渦貝”

 それを鬼の力で、更に両手(もろて)にて放ったのにもかかわらず、龍神の臓器は僅かに震えただけであった。

 怨身(こんしん)の両手螺旋、鉄壁の龍聖闘気を貫通すること不能(あたわず)

 

「硬い喃! だが、この霞鬼の忍法、これだけに(あら)ず!」

 

 霞鬼は片手にて“印”を組むと、その怨気を猛然と噴霧させる。

 

「怨身忍法“伐斬羅蝶(ばざらちょう)”!」

「今度は何だ……!?」

 

 美麗に流した霞鬼の総髪が無数の“蝶”に変化し、瞬く間にオルステッドの肉体へと纏わりつく。

 だが、オルステッドは冷静に対抗策である秘術を唱えた。

 

「何をしても無駄だ。乱魔(ディスタブ・マジック)

 

 オルステッドは纏わりついた蝶を霧散させるべく秘魔術“乱魔”を唱える。万年にも及ぶ知識を持つオルステッドですら“知らない技”を使う霞鬼であったが、この世のあらゆる魔術(・・)を無効にせしめるこの乱魔ならば、纏わりつく不快な蝶は瞬時にいなくなるだろう。

 伐斬羅蝶を未知の固有魔術と認識したオルステッドは、冷静に霞鬼の次の一手に備えるべく身構える。

 

 だが、オルステッドは消えるどころか増々増える蝶(・・・・・・)を見て驚愕の表情を浮かべた。

 

「何ッ!?」

「うっふっふっふっふ……!」

 

 これは、異世界の魔術(不思議)に非ず。

 敷島の、無双怨身忍法(摩訶不思議)なり!

 

 怨身忍法“伐斬羅蝶”

 

 伐斬羅とは怨身忍者の血液中、そして体組織の金属成分。

 魔力由来の成分では無く、純粋な生体成分によるその金属蝶は、いくら対滅させる魔力を放っても消滅するはずもなく。

 すなわち、伐斬羅蝶とは、金属粉塵を充満させ辺り一帯もろとも──

 

 

 ズ ド ド ン !

 

 

 大爆発を発生せしめる!

 

 

「わあああッ!?」

「くっ!?」

 

 僅かに回復したガドに介抱され、反撃の機を伺っていたウィリアムはその爆風をまともに浴びる。

 神刀と妖刀のぶつかり合いで発生した衝撃波の何倍もあろうかという爆発力。

 ガドは遥か後方に吹き飛ばされてしまったが、ウィリアムは全身に闘気を漲らせていたおかげでなんとか鬼と龍の戦闘圏内に踏み留まることが出来た。

 濃厚な緑に包まれていた森林は、爆発によりウィリアム達の周囲数ヘクタール程が荒廃とした更地へと変わっていた。

 

「覚えたか! 我が伐斬羅、爆ぜるなり!」

 

 霞鬼の得意げな美声が響き渡る。

 爆煙が漂う中、ウィリアムは霞鬼の異様な姿を見て憎々しげに顔を歪ませる。

 

妖怪(かいぶつ)め……!)

 

 突如己と龍の争いに乱入したかと思えば、魔術以上に摩訶不思議な術を使う怨身忍者霞鬼。

 更に日ノ本言葉(・・・・・)操るとなれば、その正体は敷島の魑魅魍魎異形異類に他あらず。

 ウィリアムは霞鬼を見て、中世日本に跋扈し人里を襲い足弱を喰らう“鬼”の存在を想起していた。

 時の政府が大軍を差し向ければ姿を隠し、少数で攻めれば返り討ちにする凶悪さを持つ鬼。

 それゆえに、(いにしえ)より神州無双の豪傑のみが鬼征伐を成し遂げる。

 

 ウィリアム……いや、岩本虎眼は、前世ではそのような眉唾は喰わず。

 だが、この異世界に転生して以来、幻想世界(ファンタジー世界)異形(モンスター)、そしてその奇跡の御業(異世界の魔法)を目の当たりにし続け、前世世界の伝説の存在をも受け入れる余地が生まれていた。

 

 ウィリアムは霞鬼の姿を見ていく内に、自身に眠る神州無双の遺伝子がふつふつと燃え上がるのを感じる。

 源頼光、坂上田村麻呂、そして“軍神”桃太郎こと孝霊天皇皇子大吉備津彦命(おおきびつひこのみこと)

 鬼に向かう者、千年の後うたわれり。

 ならば、己は異界に現出せし鬼や龍、そして神をも成敗し、かつての豪傑達を超える万年うたわれる武神とならん。

 

 とはいえ、傷ついたウィリアムはあえて鬼と龍の戦いを、先ほどの霞鬼と同じ様に傍観すべく身を固める。

 

(龍と妖怪が咬み合って、もろとも血海に沈んでくれれば眼福──!)

 

 よしんば片方が生き残ったとしても、相応の深手を負うのは間違い無し。

 ならば、手負い同士五分の勝負が出来る。

 強かにそう頭を働かせる若虎は、残った人外を掃滅するべく、再び身体に闘気を漲らせ痛めた肉体の応急処置に努めていた。

 

 

 爆煙が晴れ、霞鬼の姿が鮮明に浮かび上がる。

 そして、その対面には、大健在の龍神オルステッドの姿があった。

 

「やってくれたな……」

 

 衣服や皮膚を焦がしながらも、龍聖闘気に守られしオルステッドは未だ両の脚で大地に立つ。それを見て、霞鬼は愉しげに哄笑する。

 

「アッハッハッハ! そうでなくては喃!」

 

 必滅の粉塵爆破を受けても尚、大したダメージを与えられないオルステッドの存在は、霞鬼にとって久しく出会えなかった手応えのある好敵手であった。

 更なる追撃を加えんと、霞鬼は両手を大きく広げた。

 

「待て」

「あん?」

 

 襲いかからんとする霞鬼に、龍神は待ったをかける。

 先ほど霞鬼が言い放った“悪神掃滅の手掛かり”という言葉。

 オルステッドはその言葉を咀嚼し、加えてあまりにも異質すぎる霞鬼が、ヒトガミの使徒である可能性は低いと思考する。

 これまでの万年にも及ぶ“繰り返しの生涯”において、ヒトガミがこのような異常な刺客を自身に放つことは一度たりとも無かったのも、使徒では無いと断ずる材料のひとつでもあり。

 というか、そもそもこんな魔術ですらない妙な術を使う存在など目にした事がなかった。

 

 オルステッドは従来通り、初めて対峙する対手の手の内を探るべく、あくまで霞鬼への反撃を控えその攻撃を受け続けていた。

 様子を窺う内に、先ほどの言葉と併せ、オルステッドは霞鬼にある可能性を見出す。

 

 もしかしたら──

 もしかしたら、この異形は、共にヒトガミ掃滅を目指す“同志”なのでは?

 

 普段はこのような発想を絶対に抱かない孤高の存在であるオルステッド。だが、先ほどから頻発する異常事態が龍神の凝り固まった思想を解したのか、オルステッドは霞鬼への対話を密かに決意していた。

 

「お前は、ヒトガミを──!?」

 

 しかし、霞鬼はオルステッドの言葉を遮り容赦なく手刀を繰り出す。咄嗟に構えた神刀にて水神流奥義“流”を発動し、その手刀を受け流すオルステッド。

 更に繰り出される手刀を受け流しつつ、オルステッドは声を荒げながら霞鬼の暴挙を咎めた。

 

「待てッ! 俺はお前と──!」

「ぃやかましいッ! この霞鬼を止めたくば、その実力で止めてみせよッ!!」

 

 次々と繰り出される霞鬼の神速の連撃。オルステッドは霞鬼の連撃を全て水神流で受け流し、必死になって霞鬼に呼びかけ続けた。

 

「だから待てと言っているッ!」

「ええい! ヌルヌルとうっとおしいッ!」

 

 もはや完全に目的を忘れている節がある霞鬼こと現人鬼波裸羅。だが、それも仕方のないことかもしれない。

 波裸羅はこの異世界に転移して以来、その血を昂ぶらせる相手に出会えど、己の全力をぶつけられる相手には終ぞ恵まれず。

 久しく、いや、日ノ本でも出会えなかったその狂おしくも愛おしい存在を、波裸羅は全力で“愛でていた”。

 “衛府の龍神”は全てを伝える事無く波裸羅を異世界に飛ばしており、抱え続けていた不親切な龍神への鬱憤を晴らすのもあってか、波裸羅は喜々としてオルステッドへ攻撃を加え続けていた。

 

「この……ッ!」

 

 オルステッドは全く話を聞かない霞鬼に対し、段々と怒りを滲ませる。とうとう額に青筋を立てるまでに至ったオルステッドは、霞鬼の手刀を受け流したその神刀を大上段に構えた。

 

「人の話を、聞けッッ!!」

 

 理が通じぬ霞鬼に堪忍袋がキレたのか、オルステッドは怒りと共に神刀を霞鬼にぶち込む!

 

 剣神流奥義“光の太刀”

 

 剣神ガル・ファリオンが使用する光の太刀以上の疾さ、そして威力で放たれた神滅の一閃。

 その威力は凄まじく、轟音と共に霞鬼が立っていた地面は局地地震が発生したかの如く盛大に抉れていた。

 

「……ッ!」

 

 鬼と龍の戦いを見守っていたウィリアムは、オルステッドが放った一閃を見てその瞳を業と燃え上がらせる。

 

 龍の剣技は、純然たる異界の武芸として申し分なきもの。

 だが、その技は、己が憎むあの剣神流の──!

 

(剣神……!)

 

 みしりと、ウィリアムは増悪を込め歯を軋ませる。龍神の姿に憎き剣神の姿を重ねた若虎は、もはやオルステッドがヒトガミの使徒であるなどということはどうでもよく。

 この場にいる何もかもを斬り殺したくなるほどの異常な怨念が、ウィリアムの心の貝殻を侵食していた。

 

 だが、ウィリアムの手元には愛刀である七丁念仏は存在せず。

 霞鬼が放った粉塵爆破に巻き込まれたのか、ウィリアムの視界に妖刀はどこにも存在せず。

 怨念を燻らせながら、ウィリアムは再び鬼と龍の戦いへ眼を向ける。

 

 

「しま──ッ!」

 

 光の太刀を放った当のオルステッドは、怒りに任せ思わず必殺剣を放ってしまったことを後悔するも、神刀の手応えが全く無い事に気付き警戒を強める。

 光の太刀は霞鬼へは届いてはおらず、その生存を確信したオルステッドは、霞鬼が神滅の一閃を跳躍して逃れたと思い上空へ視線を向けた。

 

「何ッ!?」

 

 だが、空中に霞鬼の姿はどこにも無く。

 文字通り忽然と姿を消した霞鬼。不可解な事実を前に、オルステッドは今日何度目か分からぬ困惑に陥る。

 

(馬鹿な! 消えたとでも!?)

 

 否

 

 跳躍でも、消失でもない──!

 

 

「後ろじゃッ!」

「ッ!?」

 

 

 潜陸(せんりく)だ!!

 

 

「怨身忍法“(くぐ)(つち)”!」

「ぐッ!?」

 

 怨身忍法“潜り土”

 

 第三の怨身忍者“雪鬼(せっき)”が得意とするこの忍法は、本来ならば雪鬼が持つ金剛石より硬い掘削腕が無ければ実現不可能な荒業。

 だが、霞鬼の驚異的な身体能力は短距離ならば掘削腕が無くとも瞬時に地中に潜る事を可能たらしめ、光の太刀を躱すべく霞鬼は地中に活を求めていたのだ。

 

「チィッ!」

「ぬぅッ!」

 

 そのままオルステッドの真後ろへと現出した霞鬼は旋風美脚を龍の顔面へと叩き込む。

 しこたま顔面を叩きつけられたオルステッドであったが、蹴撃と同時に神刀を振り霞鬼へ斬撃を返す。

 接近しすぎていた霞鬼はその神刀を躱しきれず、その美腕を斬り飛ばされた。

 

「やるな! 龍よ!」

 

 斬り飛ばされた美腕を即座に掴み、霞鬼は獰猛な笑みをオルステッドへ向ける。見ると、腕の切断面は伐斬羅で沸騰しており、霞鬼は悠然とその切断された腕を接合する。

 一瞬でその美腕が元通りになりオルステッドは呆気に取られるも、霞鬼へ向け神刀を構えた。

 

「本当に、何なのだお前は……!」

 

 オルステッドは終始出鱈目なこの霞鬼との対話を諦めつつあった。

 霞鬼が、現人鬼がどこから来て何を目的としているのか。本当にヒトガミ掃滅という目的を同じとしているのか、それを探りたいオルステッドだったが、こうも対話不可能な状況が続くとならば致し方なし。

 オルステッドは不本意ながら霞鬼を撃滅すべく、神刀を握る力を強めた。

 

 

「わ、若先生……」

「ナクルか」

 

 鬼と龍の争いを油断無く注視していたウィリアムの元へ、覚醒したナクルが駆けつける。

 頭部を強かに打ち、やや酩酊した状態ではあったが、意識は思いのほかしっかりしていた。

 その姿は鬼と龍の戦闘の余波を受けてなのか、ウィリアムと同じく傷だらけであった。

 

「お拾いしておきました……!」

 

 ナクルは大事そうに抱えていた妖刀七丁念仏をウィリアムへ差し出す。

 抜き身の刀身を掴んでいたからか、その手は血に濡れていた。

 鬼龍の戦火を掻い潜り、健気に師匠の得物を運んできた兎の兄を、虎は熱の篭った瞳で応えた。

 

「でかした」

 

 前生の忠弟が届け、今生の忠弟が繋いだその妖刀を、ウィリアムは万感の想いを込め確りと握りしめる。

 ナクルの血を吸った刀身は妖しく煌めき、霞鬼が発する怨念に共鳴するかのように猛然と妖気を噴出させていた。

 束の間の別れの後、妖刀は主の元へ再び舞い戻る。

 

 ウィリアムwith七丁念仏

 

 こうでなくては、始まらない──!

 

「下がっておれ!」

 

 気合十分のウィリアムはナクルを自身の後方へ退避させると、胸の痛みを無視して確りと立ち上がる。そして、妖刀の柄をその一指多い右手にて掴んだ。

 その掴みは、猫科の動物が爪を立てるかの如く。

 

 

「龍よ! 埒が明かないのでそろそろ決着(ケリ)をつけるぞ!」

 

 虎が戦闘態勢を整えると同時に、霞鬼はオルステッドへ向けその美声を轟かせる。霞鬼は両手にて“印”を組み、その肉体からおどろおどろしいほどの怨念を轟然と噴出させた。

 

『戦術天誅!』

「ッ!?」

 

 霞鬼から怨々とした日ノ本言葉が発せられる。すると、快晴であった空に陰鬱とした黒雲が瞬く間に現出した。

 オルステッドは訝しげにその黒雲を睨みつける。

 

豪雷積層雲(キュムロニンパス)……? いや、これは……!)

 

 現出した黒雲は水聖級魔術“豪雷積層雲”と酷似していた。だが、豪雷積層雲と違い雨は一滴も降らず。また、広範囲に雷雲を発生させる豪雷積層雲と違い、その黒雲はウィリアム達の頭上の限定された空間にしか発生していなかった。

 

(かすみ)を見せてやろう……!」

 

 怨気を噴出させた霞鬼がその怜悧な指先を天に向ける。

 刹那、黒雲から五束の凄まじい豪雷が、霞鬼の身体へと落ちた。

 

「なッ!?」

 

 雷撃の余波で僅かに身体を焦がすオルステッド。水王級魔術“雷光(ライトニング)”をも凌ぐ凄まじき雷電。

 当然、霞鬼は塵一つ残らず焼失していると思われた。

 

 だが

 

「怨身忍法“雷神羽衣(あまのはごろも)”!」

 

 正しいから死なない!

 

 怨身忍法“雷神羽衣”

 

 霞鬼が内包する怨念を放出させ、空中に雨雲にも似た怨気を滞留させるこの忍法は、黒雲から放たれし雷電をその身に宿し、驚異的な身体能力の向上を実現する。

 更に帯電したその肉体の攻撃力は今までとは比較にならず、雷神の雷槌はオルステッドの鉄壁の龍聖闘気すら貫通する可能性を秘めていた。

 

「……ッ!」

 

 神刀を構え霞鬼と対峙するオルステッド。その瞳は、もはやこの鬼とは対話不可能なことを悟り、冷然とその息の根を止めるべく怜悧な光を宿していた。

 

 

 みしり

 

 

 対峙する鬼と龍の間に、妖刀の軋む音が響く。

 霞鬼とオルステッドがその方向へと視線を向けると、死の流星を放たんとウィリアムが“流れ星”の構えを取っていた。

 瞬間、霞鬼とオルステッドは流星の間合いへとその身が置かれているのに気付く。

 

「邪魔するか! 虎小僧!」

 

 身体を捻り、溜めに溜めた必滅の螺旋を放たんと構えていた霞鬼は、虎の刃圏に入ったことで次の一手を打つ事が出来ず。

 滅技“螺旋渦貝(トルネードうずがい)”を放てば目の前の龍は仕留められるかもしれない。

 だが、その直後にはがら空きの首元に虎の流星が襲い掛かってくるだろう。

 先に虎を仕留めようとすれば、今度は龍の神刀の餌食になることは必然。

 予想外の事態に、霞鬼はその身に雷神を宿しながら一歩も動けずにいた。

 

「チッ……」

 

 オルステッドもまた膠着状態となったこの状況に舌打ちをひとつする。神刀を取り出した時点で、オルステッドは相当の魔力を消費している。数十年後に復活せし魔神戦、そしてその先にある怨敵ヒトガミの掃滅の為、オルステッドはこれ以上魔力を行使する事が出来ない。

 オルステッドは呪いにより魔力回復力が極端に少なく、既に霞鬼との戦いで魔力使用量の許容値を超えようとしていた。

 だが、眼の前の霞鬼の螺旋、そして虎の流れ星をも封殺するには更に相当の魔力を行使する必要がある。半端な力では鬼か虎のどちらかを討ち漏らす可能性もあり、直後に不覚を取ることは十分に考えられた。

 憎々しげに表情を歪める若き龍神は、鬼と虎へ射抜くような視線を送りその身を固くしていた。

 

「に、兄ちゃん……」

「ガド……」

 

 奇妙な三すくみの状態を、怯えた表情で双子の兎が見つめる。

 もはや王級剣士如きでは崩せるレベルではなかった。

 

 いつ果てること無く続けられる鬼と、龍と、虎の睨み合い。

 永遠に続くかと思われたこの均衡は、思わぬ形で破られることとなる。

 

 

 

「「「現人鬼ぃぃぃぃぃッッッ!!!」」」

 

 

 

 突然、荒野と化したルーメンの森へ怒声が響く。

 見ると、残った森林部から面布で顔を隠し、武器を構えた集団が続々と飛び出して来た。

 

「またかい!」

 

 霞鬼はわらわらと湧くその集団を見て思わず悪態をつく。どうみてもそれらは自身を討ちに来た魔族の刺客達に他あらず。

 先の泉での戦闘で数を減らしたはずの刺客達であったが、援軍と合流したのかその数は五十を超えていた。

 

「くッ!?」

 

 既に詠唱済の魔術師の一隊もいるのか、霞鬼へ向け放たれた無数の火球弾が辺り一帯へと降り注ぐ。

 ウィリアムは咄嗟に“流れ星”の構えを解き、降り注ぐ火球を躱した。同時に肉薄する刺客の一人へ妖刀を叩き込む。

 一瞬で額部を二寸程斬られた刺客は、その死を認識することなく絶命した。

 

「ガドッ!」

(ゴロ)っしゃーッ!!」

 

 目撃者を残さぬ為なのか、刺客達はウィリアム達にも襲いかかっていた。双子の兎は闘争本能を剥き出しにし、曲剣を振りかざしながら果敢に応戦する。

 

「なにっ」

「殺しちゃるぅクソボケがーっ!」

「なめるなっオスウサギィッ!」

「しゃあっ! ヒートハンド!」

「アサルトドッグを放てっ」

 

 たちまち荒野は戦場の如き混沌が生まれ、魔術、剣、怒号が入り乱れた騒乱に包まれた。

 

「ウィリアム・アダムス!」

「ッ!」

 

 混乱の最中、オルステッドは凛とした龍声をウィリアムへと放つ。

 神刀は既にその手には無く、オルステッドは戦闘態勢を解除していた。

 

「お前は、いずれ殺す。ヒトガミにもそう伝えろ」

「ッ!? 待てッ!」

 

 オルステッドはそう言うと踵を返し瞬く間にこの場から消え去った。追撃せんとするウィリアムであったが、刺客達に阻まれ龍神の逃走を許してしまう。

 刺客達はオルステッドの呪いのせいか、その恐怖心や嫌悪感から逃れるようにウィリアム達へ苛烈な攻撃を加えていた。

 ウィリアムは刺客を斬り伏せながら、オルステッドが逃走せし方向へ増悪が篭った眼を向け続けていた。

 

 

毒面(ブス)共! 汝らいい加減しつこすぎる故、全員孫の手握らせぬ!」

 

 既に刺客を十名以上屠っていた霞鬼の美怒声が響き渡る。強敵との血湧き肉躍る戦いを邪魔された霞鬼の凄まじき怒威。刺客達は睾丸を縮ませながらに霞鬼への包囲網を敷く。

 

「纏めて雷神の贄にしてくれるわッ!」

 

 霞鬼は紫電を纏わせた自身の肉体を震わせる。同時に、ウィリアムへその美視線を向けた。

 

『跳べ!』

『ッ!?』

 

 突如霞鬼から発せられた日ノ本言葉を聞き、ウィリアムは傍らにいる双子の首根っこを掴むと勢い良く上空へと放り投げる。

 

「わぁッ!?」

「若先生ぇッ!?」

 

 虎の凄まじき膂力は双子を高々と空へと放り投げ、直後にウィリアムも勢いをつけて跳躍する。

 虎眼流師弟が上空へ“退避”したのを見届けると、霞鬼はその拳を思い切り地面に突き刺した。

 

「怨身忍法“土焦がし”!」

 

 瞬間、轟音と共に百雷が縦横に地を走り、この場にいる全ての生物を感電させその肉体を焦がし尽くす。

 

 怨身忍法“土焦がし”

 

 第ニの怨身忍者“震鬼(しんき)”が得意とする怨身忍法“土沸かし”に酷似するこの忍法は、震鬼が持つ分子振動の特性を電撃に変えた霞鬼独自の残虐技。“土沸かし”は振動を地中へと伝達し、範囲内にいる全ての生物の血液を振動沸騰させその肉体を爆発四散せしめたが、霞鬼は帯電した雷電を伝達させることで“土沸かし”と同じように人体爆散を実現していた。

 

 

 刺 客 完 殺

 

 

「ふぎゃ!」

「あいた!」

「ッ」

 

 落下した双子は無様な着地を見せたが、ウィリアムは危なげなく軟着陸。

 周囲には黒焦げとなった刺客達の死骸しか無く、この場に生息する生命体は虎眼流師弟と現人鬼のみであった。

 

 

 

 灰燼と化した荒野の中、怨身体を解除し、一糸まとわぬ姿で仁王立ちする現人鬼波裸羅。

 不敵な表情を浮かべ、ウィリアムへとその美声を発した。

 

『やはり日ノ本言葉が通じた喃』

『……』

 

 美しい乳房を晒し、猛々しく剛槍を屹立させながらウィリアムを見やる波裸羅。

 ウィリアムは警戒態勢を崩さず、七丁念仏の刀身を指で挟んだ。

 ギラつく刀身を見て、波裸羅はその笑みを更に強める。

 

『この異界の地で日本(ポン)刀差しているのは汝だけよ。南蛮人の風体じゃが、汝もこの異界に飛ばされた口か?』

『ッ!?』

 

 波裸羅は七丁念仏へ美麗な視線を送りつつ、ウィリアムを舐め回すように美視線を這わす。波裸羅を日ノ本由来の妖しと断じたウィリアムは増々警戒を強め、刀身を挟む力を強めた。

 

『うっふっふっふ。やっと毛が生えたくらいの童貞(わらし)かと思えば、よく見れば中々に整った顔立ち』

 

 波裸羅は悠然とウィリアムへ歩を進める。みしり、と妖刀の軋む音が響いた。

 

『美味そうじゃ……!』

『……ッ!』

 

 猛然と殺気を噴出させ、舌舐めずりをしながらウィリアムへ肉薄する波裸羅。

 下腹部にそびえ立つ剛槍からも発せられる悍ましいまでの殺気を受け、ウィリアムは首筋に一筋の汗を垂らす。そのまま、渾身の闘気を込め流星を射出するべく迎撃態勢を取った。

 

 鬼と虎の殺気で、その間にある空気は禍々しく渦を巻く。

 ウィリアムが、死の流星を放たんとしたその瞬間──

 

『ま、今日はもうヤらん。波裸羅はちとくたびれた』

 

 波裸羅から発せられた殺気が霧散する。肩の力を抜き、括れた腰に手をやる波裸羅からは一切の戦意は感じられず。

 ウィリアムは波裸羅を不審げに見やるも、掴んでいた妖刀の刀身から手を離した。

 

『中々の胆力よの虎小僧。拙者、波裸羅と申す。汝の名は?』

『……ウィリアム・アダムス』

『アダムスっスか……アダムス?』

 

 突如戦闘態勢を解除し、友好的な態度を見せる波裸羅の魂胆が読めず、ウィリアムは妖刀を鞘に収めることなくその美姿を注視し続ける。

 波裸羅はウィリアムの口から聞き覚えのある名称が出てきたことで、その美顔を訝しげに歪めた。

 

『治国平天下大君のお抱えにそのような名の南蛮人がいた喃。たしか、和名は三浦按針といったか』

『ッ!?』

 

 “治国平天下大君”という名称を聞き、ウィリアムは驚愕の表情を浮かべる。妖怪から大神君の名が出たことで、ウィリアムはやや警戒態勢を和らげた。

 元来、女型(・・)の妖魔は権力者側に属すことも多々有り。

 平安の世の玉藻御前しかり、源平合戦時の海御前しかり、鎌倉の世の鈴鹿御前しかり。傾国の美貌を持つ彼女らは、その美しい姿で権力者を籠絡するのが常であった。

 もっとも、波裸羅の股間に屹立する大逸物を見て、ウィリアムは緩めた警戒を即刻引き締め直したが。

 

 警戒しつつ、ウィリアムは波裸羅へその所属を問う。

 

『いずれの御家中か?』

『波裸羅はどこにも属さぬ。前は九鬼守隆のところに厄介になっていたがの』

『志摩鳥羽藩の……』

 

 ウィリアムは戦国の海原で暴れまわった九鬼水軍に波裸羅なる将がいたかと首をひねるも、当の波裸羅はそれに構わずウィリアムへ言葉を返した。

 

『ふむ。アダムスの。汝は伊斯巴尼亜(イスパニア)の産か? にしては日ノ本剣法に秀でておる喃』

 

 波裸羅の問いに、ウィリアムは困惑しつつそれに応える。波裸羅からはどうも得も言われぬ“魅力(カリスマ)”が感じられ、その魅力は自身の貝殻から鬼征伐の野心を鎮火せしめていた。

 また、あの非常識な強さを持つ龍と渡り合った鬼との戦闘を避けたいという気持ちもあり。更に言えば、波裸羅が乱入しなければ自身はオルステッドの前に屍を晒していたかもしれないと、波裸羅に僅かに恩を感じていた。

 一度は鬼征伐を誓ったウィリアムであったが、よくよく考えてみればこの“異界”で鬼を征伐しても何らステイタスにもならないという思いもあり、ウィリアムは妖刀を鞘に収めることはしないものの鬼との対話を継続していた。

 

『それがしは……』

 

 ウィリアムは簡潔に自身の身の上話を波裸羅へ語る。

 かつての己の名、自身が掛川藩剣術指南役であったこと、そしてこの異界に転生し、その剣技をこの世界に根付かせる為に剣を磨きしこと。

 そして、生き別れた母親を救う旅の途上であることを滔々と語った。

 波裸羅は終始興味深そうにそれを聞いていたが、ウィリアムが転生する前のくだりを聞きある疑問が浮かんだ。

 

『ほう。それは数奇な。して、汝はいつ(・・)ここに来た?』

 

 波裸羅の疑問に、ウィリアムは短くそれに応える。

 

寛永四年(・・・・)

『寛永?』

 

 聞き慣れぬ元号が出てきたことで、波裸羅は増々疑問の表情を強める。

 

『岩本……いや、アダムス。元和の世ではないのか?』

『元和の御世はとうに過ぎて(・・・・・・)おりまする』

 

 妙な質問を返す波裸羅に、訝しげな表情を向けるウィリアム。

 波裸羅は顎に手をあて、しばらく黙々と思考を続けていた。

 

『ッ!?』

 

 だが、ウィリアムが持つ七丁念仏の刀身から光輝の天龍(・・・・・)を幻視すると、その美顔を蒼穹の空へと向けた。

 

『成る程喃……衛府の龍め、ややこしいことをする……』

『……?』

 

 空を見上げながら、何やら得心がいった様子の波裸羅を、ウィリアムは不思議そうに見やる。

 しばらく空を見上げていた波裸羅は、その美瞳を爛と輝かせるとウィリアムへにやりと美笑を浮かべた。

 

『互いに聞きたい事がまだまだありそうじゃ喃。が、その前に』

 

 波裸羅は先程から虎と鬼の対話を不安げな様子で見守っていた双子の兎へと美視線を向ける。

 ナクルとガドは突然謎の言語で語りだした師匠に困惑しつつも、次第に虎と鬼の双方から殺気が収まっていくのを見て大人しくウィリアムの背後に控えていた。

 

「おい。そこな兎」

「え、お、俺?」

 

 唐突に声をかけられたナクルは戸惑いつつも、ウィリアムが妖刀を鞘に収めるのを見て自身もその曲剣を収納し、波裸羅へと怯えた視線を返した。

 

「近う寄れ」

「え、えっと……」

 

 ナクルはちらりとウィリアムの顔を伺う。ウィリアムもまた僅かに当惑していたが、波裸羅から一切の“害意”が無いことを感じると小さくナクルへ頷いた。

 師匠の促しを受け、ナクルは波裸羅の前へおずおずと歩み出る。波裸羅の美しい乳房を見てやや顔を赤らめるも、直後にその凶悪な剛槍を見て顔を青ざめさせた。

 

 そして、兎を前にした鬼の無慈悲な一声が響いた。

 

「服の寸法は“える”じゃな?」

「へ?」

 

 

 

 数分後。

 現人鬼によって裸にひん剥かれたナクルが、地べたにへたりこみながらメソメソと泣いていた。

 

「ちと胸がきつい喃」

 

 ナクルの冒険者装束を強奪した波裸羅は、その美麗な乳房をはだけさせながら傲岸に仁王立ちする。

 ウィリアムは弟子が陵辱されるのを防ごうとしたが、現人鬼の有無を言わせない迫力に気圧されその暴虐を止めること能わず。

 

「う……うう……ひ、ひどい……」

「に、兄ちゃん。とりあえず、僕の下履きを使いなよ」

「うう……ありがとう、ガド……くっさ!」

「ひどい」

 

 悲惨なやり取りをする双子を尻目に、波裸羅は今日一番の美声を高らかに謡った。

 

「さぁ()くぞアダムス! 汝の母者を救いに、共に砂の魔窟へ参ろうぞ!」

「は?」

 

 哄笑を上げながら大闊歩せし現人鬼波裸羅。

 その後姿を、ウィリアムは呆気に取られながら見つめていた。

 

 

 

 異世界にて、虎と兎、そして鬼による大虐殺パーティが、虎にとって不本意ながら結成された瞬間であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




以下ウィリアムパーティ内訳
ウィリアム【剣士・アタッカー】
ナクル【剣士・アタッカー】
ガド【剣士・アタッカー】
はらら様【ニンジャ・アタッカー】

以上。

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