虎眼転生-異世界行っても無双する-   作:バーニング体位

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第十二景『幻惑剣死神演戯(げんわくけんしにがみえんぎ)

 

 魔法都市シャリーア郊外

 

 雪が溶け、春の足音が聞こえ始めたシャリーアでは人々の活気が郊外からも漏れ聞こえている。

 そこに、旅装を纏い騎乗した二名の剣士が残雪残るシャリーア郊外に立っていた。

 

 剣士の一人は体躯こそはしっかりしているものの、その佇まいは平凡な剣士としか見えない。

 年齢も40程に見え、そこだけを見れば巷によく見かける壮年の剣士であった。

 しかしその顔は頬骨が突き出ており、陰気な気配を漂わせている。

 眼帯を付けた右目、生気の無い落ち窪んだ左目……生きる屍の如き頬の陰。

 それは、一言で言い表わせば“骸骨のような顔をした男”であった。

 

 もう一人はフードを深く被り、その風体は窺い知る事は出来ない。

 僅かに見える深い皺は歴戦の剣士の風格を携えていた。

 とはいえ老人という程ではなく、年齢は50程に見えた。

 

「いやいや、漸く凶獣王を捉える事が出来ましたなぁ……」

 

 骸骨のような剣士が気だるげに呟く。さもこの世の全てを憂いているかのような、陰気な空気を吐き出していた。

 

「そうだな。しかし奴を生きたまま捕縛せよとは、中々難しい任務を申し付けられたものだな」

 

 応える壮年の剣士はその陰気な空気を中和するかの如く、春の陽気を感じさせる空気を放っていた。

 黄金の風ともいえる空気を纏う男と、それに対極するかの如く陰鬱な空気を纏うこの二人は、端から見たらひどく対極的な二人組であった。

 

「だからこそアナタに助力を願ったのですよ。私一人じゃ生かしたまま(・・・・・・)捕らえるなんて難しいですからねぇ……お祖父様(・・・・)

 

 壮年の剣士が、同じく壮年の剣士を“お祖父様”などとと呼ぶ。

 他者が聞けばこの二人の会話は奇妙なものであった。

 しかし見た目は同じ壮年ではあったが、この二人は間違いなく“祖父と孫”の関係にあった。

 

「お前の風体で“お祖父様”なんて呼ばれると、何だか色々と複雑な気持ちになるな」

「“可愛い孫の為に一肌脱ぐ優しいお祖父様”とでも言い直しましょうか?」

「やめてくれ。私が悪かった」

 

 そう言いつつフードを脱ぐ壮年の剣士。

 この世界では珍しい黒髪を生やしていた壮年の剣士は、骸骨の剣士を呆れながら見つめた。

 

「そういう妙な所で私をからかうのは、シャイナにそっくりだ」

「おや、お祖母様は意外とお茶目な性格をしていたのですねぇ」

「お茶目というか強かというか。もう300年も前の事だし、私も若かったからな。弄り甲斐があったのだろうよ」

 

 ゆっくりと馬を歩かせながら語らう黒髪の剣士。

 その様子は、見た目からは想像出来ぬ程の“長い時”を生きてきたのだと伺わせていた。

 

「まぁ今回の件は王竜王に比べたら大した事はないと思いますがねぇ」

「だといいがな」

「腐ってもこの七大列強5位と、()7位に勝てる者などそういないでしょう」

 

 骸骨の剣士の言葉は、歴戦の強者としての自身が僅かに感じられた。

 事実、この男の言う通り“七大列強”とはこの世界で最強の称号として知られていた。

 その列強5位を自称する骸骨の男に、黒髪の壮年は胡乱げな視線を送る。

 

「お前はどうかわからんが、私はまだ腐ったつもりはないのだがな」

「おやおや、不死魔族でも腐ったりするのでしょうかねぇ。クフフフ」

「……もう帰っていいか?」

「ああ、すみませんねぇ。お祖父様との二人旅で存外にはしゃいでいるのですよ、これでも」

 

 骸骨の剣士はイヒヒ、と不気味な笑みを浮かべる。

 それを見た黒髪の剣士はこの旅で何度吐いたか分からない溜息を吐き出した。

 構わず骸骨の剣士は言葉を続ける。

 

「まぁ、私はパックス様とベネディクト様に新作料理を振る舞わねばなりませんからね。サッと行ってパッと終わらせましょう」

「気楽に言うなお前は……」

「いやいや。あの“大英雄”アレックス・カールマン・ライバックとならどんな難敵も容易く打ち払えるでしょう。凶獣王如き何するものぞ、ですよ」

 

 骸骨の剣士が放ったアレックス・カールマン・ライバックという名は、この世界で知らぬものはおらぬ程の英雄の名である。

 嘗て王竜山に住まう王竜王を討伐し、その骨を名匠ユリアン・ハリスコに託し48本の魔剣を拵えさせた、三大流派“北神流”の二代目当主の名。

 数多の英雄譚にて語られるその勇名は、ラプラス戦役において“魔神殺しの三英雄”として名を馳せた初代北神に勝るとも劣らない程であった。

 

「私はもう名を変えている」

「ああ、そうでしたねぇ。シャンデリアでしたっけ?」

「シャンドルだ。シャンドル・フォン・グランドール。何回言わせるのだ」

「すみませんねぇ。歳を取ると物覚えが悪くなって」

「私から見ればお前はまだまだ若造だ」

「お祖父様から見れば殆どの人間が若造になるでしょうに」

 

 会話をしている内にシャリーア門外へと辿り着いた二人。

 シャンドルと自称した黒髪の元英雄は、街内から僅かに漏れる“虎の如き獣臭”を感じ取り、緩めていた気を引き締めた。

 

「用心せいよ、ランドルフ」

 

 シャンドルは傍らに立つ骸骨の剣士に声をかける。

 ランドルフと呼ばれた骸骨の剣士は、ニヤニヤとした薄気味悪い笑みを浮かべたままそれに応えた。

 

「いやいや、最大限に用心していますよ私は。もう先程から緊張しっぱなしで」

 

 先程とは真逆の事を嘯く骸骨──否、“死神”ランドルフ・マリーアン。

 七大列強5位にして“北神二世”アレックス・カールマン・ライバックと“死神騎士”シャイナ・マリーアンの実孫。

 北神流は帝級、水神流では王級の腕前を持ち、独自の剣法を駆使する列強の一人。

 この死神は所属する王竜王国の王命により、王国内で暴虐の限りを尽くした“凶獣王”を断頭台の前へと立たせるべく、このシャリーアの地へと赴いていたのだ。

 

 ランドルフのそれまでの陰気な空気が一変し、濃厚な殺気を放出するのを感じたシャンドルはまたも溜息を一つ吐いた。

 

「お前は実の祖父にまで“幻惑剣”を使うつもりか」

「フフフ……油断しつつ、用心しつつ……これこそが“幻惑剣”の妙髄ですから」

 

 “幻惑剣”

 

 これこそが“死神”の代名詞であると、剣に生きる者達は言うだろう。

 三大流派のどれにも属さない独自の剣法であるその幻惑なる剣技は、列強5位に挑戦し続けた数多の剣士を屠ってきた正しく死神の技であった。

 

「ま、私の手の内を知り尽くしているお祖父様に、仮に“幻惑剣”を使ったとしても物の役にも立たないとは思いますがね」

 

 そう言った途端にランドルフが纏わせた殺気は霧散する。

 先程までと同様に陰気な空気をその身に纏わせていた。

 

「……前言を撤回するよ。お前はシャイナに似ていない」

「ひどいですねぇ。クフフフフ」

 

 

 “死神”と“大英雄”

 

 

 相反する性質を持つ祖父と孫は、標的が潜む魔都の門をくぐった。

 

 

 

 獣王の代わりに、剣鬼と称された虎が待つ魔都の門を。

 

 

 

 


 

 

 魔法大都市の治安を預かる三国騎士団は都市の各所に屯所を配し、都市の治安に目を光らせていた。

 市場にて不逞の獣人達と大立回りを演じたウィリアム・アダムスは、遅れて参じてきた騎士団に捕縛され市場に近い屯所へと連行されていた。

 

 一切抵抗する素振りを見せず大人しく連行されたウィリアムは一通りの取り調べを受けた後、夕暮れ時には釈放された。

 自身のウィリアム・アダムスという名、市場にて狼藉を働く無頼者を成敗した事を簡潔に述べただけであるが、同時に捕縛された不逞の輩の一人であるリンプー・ミルデットが覚醒し、役人に対し洗いざらいの顛末を吐き出した事で、ウィリアムをこれ以上屯所に留めておく必要がなかったのである。

 冒険者登録をしておらず、何ら身分を証明する物を持っていなかったウィリアムに対し異例の措置ではあったが、取り調べを行った街の役人がウィリアムの剣気に当てられ、恐怖心からそれ以上の取り調べを行えなかったという事もあった。

 

 夕暮れ時のシャリーアは日中の活気から打って変わり、人気が感じられない静謐な様相を見せていた。

 その中、一人屯所から歩み出すウィリアム・アダムス。

 力強く歩を進めるウィリアムの瞳は、未だ見ぬ強者への渇望が燃えていた。

 

 この街に来たウィリアムの目的はヒトガミによるお告げというのもあったが、シャリーアに逗留している“不死魔王”バーディガーディに挑戦する為でもあった。

 

 剣の聖地にて不覚を取ったウィリアムは剣神に報復せんが為、己の業を更に磨くべく行動していた。

 と同時に、この異界ではなんら偉業を達成していない己の剣名が全く知られていない事も理解していた。

 

 虎眼流に“箔”をつけ、それを提げて再び剣の聖地へと赴く。

 

 有象無象の輩に相対するよりかは、名の知れた剣士として剣神流は己を扱うだろう。故に、あのような無礼な(・・・)不意打ちは行わないはずだ。

 正々堂々と、五分の勝負が出来る。まずは同じ土俵に剣神を引きずりこまなければならない。

 その第一歩として、まずは魔王をその魔剣の餌食にするのだ。

 強者と戦い、勝利し、更に虎眼流の剣名を轟かせた後に剣の聖地へと再び赴くのだ。

 この異界の地では“魔王”を討伐した者は“勇者”としてその名を轟かせる事になるという。

 ならば、“不死魔王”を討ち果たせば虎眼流は三大流派に勝るとも劣らない程の名声を得る事が出来るだろう。

 

 そのような思惑からシャリーアの門をくぐったウィリアム。

 もはやヒトガミによるお告げや、生き別れた“家族”がこの地にいるという事実は、虎の頭の中に存在しなかった。

 

 もっとも当代剣神は歴代きっての現実主義者であり、ウィリアムが考えているような“権威”は全く通用しない男ではあったのだが。

 

 

 

 

「あ、あの……!」

 

 朱を含んだ紫陽花色の夕空の下、歩を進めるウィリアムに声をかける朱い髪の少女が一人。

 ウィリアムが屯所から出てくるのをずっと待っていたのだろうか、その手にはやや活きが悪くなった野菜が入った籠が握られていた。

 

 おずおずとウィリアムに近づく少女。その朱い髪の芳香は、ウィリアムが嘗て嗅いだ甘く、温かな香りを放っていた。

 そしてその顔は、己が安らぎを感じていた家族を思わせる顔立ちであった。

 

(アイシャ……)

 

 虎の恐るべき瞳は少女の美しい内臓までを見透かし、その正体を一目で看破した。

 紛うこと無くこの少女は自身の妹……アイシャ・グレイラット。

 アイシャを見た瞬間から、ウィリアムの心の貝殻がざわざわと波を立てていた。

 

「何用か」

 

 ざわめく心を抑え、冷然たる態度で応えるウィリアム。

 アイシャは予想もしなかった冷たい声色に怯えるも、健気に言葉を続けた。

 

「お、お名前を伺いたくて」

 

 私はいきなり何を言っているんだろうと、アイシャは思う。

 

 獣人共を素手にて血海に沈めた白髪の剣士の顔を見たアイシャは、その精悍な顔つきに自身の父、そしてもう一人の兄の面影を重ねていた。

 記憶に残る兄の髪は、おとぎ話に出てくる王子様のような美しい金髪だった。

 しかしこの剣士は白髪であり、顔が似ているというだけだったのかと、アイシャは早々に見切りをつけていたのかもしれない。

 記憶に残るあの優しい“ウィル兄ぃ”が、あのような修羅の如き様相を見せる事など、アイシャには考えられなかったのだ。

 

 しかし、その右手が常より多い六本の指(・・・・・・・・・)をしていた事に気付いた時、アイシャはリニアとプルセナを置いてウィリアムを連行した騎士団の屯所に向かっていた。

 そして日が沈みかけるこの時まで、ウィリアムを待ち続けていたのだ。

 最初は確認の為に待ち続けていた。

 よく似た他人なのだろうか。それとも、あの大好きなウィル兄ぃなのか。

 しかし、六本の指を持つ人などそういるものなのだろうか。

 

 待ち続けている間にアイシャの中で白髪の剣士がウィリアム・グレイラットなのだと断じてしまった事は、少女の家族と再会したい“願い”を考えれば仕方の無い事なのかもしれない。

 

 会った時になんて言おう。

 待ち続ける間、アイシャはどう声をかければいいかずっと悩んでいた。

 普段は聡明な知性を持つアイシャであったが、この時ばかりは年相応の少女らしく、思い悩んでいた。

 

 ずっと会いたかったよ、ウィル兄ぃ!

 

 見て、私こんなに大きくなったんだよ!

 

 がんばって、立派なグレイラットのメイドになったんだよ!

 

 ルーデウスお兄ちゃんにも、シルフィ姉にも褒めてもらったんだ!

 

 だから、ウィル兄ぃも、昔みたいにまた私の頭を撫でてほしいな!

 

 そのような事を思い、言葉を紡ごうとしたアイシャ。

 しかし記憶に残る大好きな兄とはかけ離れた冷たい声色に、それまでに思い描いていた再会の言葉が全て吹き飛んでしまった。

 

「ウィリアム・アダムス(・・・・)

 

 アイシャの問いかけに、冷然とそう言い放つウィリアム。

 アイシャはアダムスという姓を聞き困惑の表情を浮かべた。

 ウィリアムという名前は同じ。しかし、アダムスという姓は一体……。

 

 困惑するアイシャに構わず、ウィリアムは再び歩を進めようとした。

 

「あ、待って! 待ってください!」

 

 再び歩みを止めたウィリアムは、変わらず冷たい眼差しでアイシャを見る。

 アイシャは数年前、シーローン王国にてルーデウスと再会した際に、何故だかルーデウスが正体を隠していた事を思い出していた。

 もしやグレイラットの兄弟は生き別れた姉妹と会う際は、自身の正体を隠すのが決まりごとなのだろうか。

 そのような見当違いの考えが、一瞬アイシャの中を過ぎる。

 しかしルーデウスは初めて会ったのにも拘らず、アイシャを妹として見てくれた。

 兄として、妹を助ける為にその身を挺して力を尽くしてくれた。

 名を隠していても、兄妹の情は隠しきれていなかった。

 

 では目の前にいるウィリアムの名を語るこの白髪の剣士は、どのようなつもりでアイシャに対し冷たく当たるのだろうか。

 いや、冷たいというより一切の興味がないというのか。

 

 嘗て自身の母親と同じ扱い(・・・・)を受けていた事を知らぬアイシャは、記憶に残る優しい兄の幻影を追い求めていた。

 

 ここで別れたら、もう二度と会えないかもしれない──

 そんな予感に囚われたアイシャは、必死になって言葉を紡いだ。

 

「私は、アイシャ! アイシャ・グレイラット──」

 

 

 そう言った次の瞬間、ウィリアムの刀がアイシャの喉元に突きつけられていた。

 

 

「えっ──」

 

「くどい」

 

 情が一切感じられぬその一言。

 突きつけられたのは剣だけでなく、親愛の情を否定する“拒絶”

 

 アイシャは自身の大事な感情が音を立てて崩れ去っていくのを感じていた。

 もうあの優しいウィル兄ぃはどこにもいないのだろうか。

 

 剣を突きつけられた事が、悲しくて、辛くて、怖くて……アイシャはその可憐な両目から、涙をポロポロと零した。

 涙を流す度に、少女の瞳の光は消えていった。

 

 涙を流す“妹”を見て、ウィリアムは心の奥底の貝殻がちくりと痛むのを感じた。

 しかし6年前、前世での娘“三重”の事を想い、その反省から家族と穏やかな触れ合いを心がけた虎は、この涙を見ても刀を収めようとはしなかった。

 

 “異界天下無双”に至るまで、家族の情などいらぬなり──

 

 転移してからの6年間で、虎はその苛烈な価値観を再び魂の貝殻に刻みつけていた。

 

 ふと、ウィリアムの瞳の奥に前世での忠弟の姿が浮かぶ。

 その忠弟の表情は、アイシャと同じように静かに涙を流し、哀しみの表情を浮かべていた。

 

 “牛”が何故哀しんでいるのか。虎には理解出来(わから)なかった。

 

 

「ッ!」

 

 突然、ウィリアムの拳を目掛けナイフが飛ぶ。

 寸前で手を引き、それを躱したウィリアムはナイフが投げられた方向に目を向けた。

 

 次の瞬間、自身に猛然と斬りかかる“骸骨”の姿があった。

 

「何奴ッ!」

 

 迎撃すべく神速の抜き打ちを放つウィリアム。

 虎眼流の“掴み”から放たれた抜き打ちは、正しく雲耀の速度をもって骸骨を首を切断した。

 しかし確かに切断したと思われた骸骨の首は、甲高い金属音と共に両断された一本のショートソードへと変わった。

 足元に転がるショートソードの残骸を、ウィリアムは苦々しげに見つめる。

 

「“(くら)まし”……だと……!」

 

 一流の剣士の執念が吹き込まれたであろう得物は、虎の目をも欺いたのだ。

 それは、嘗ての虎眼流の──

 

 

「いたいけな少女を泣かすとは、これはいただけませんねぇ」

 

 一体いつからそこにいたのか。

 出現したのか、始めからそこにいたのか。

 眼帯を付けた骸骨が、そこにいた。

 見れば、同じくいつのまにかアイシャを抱きかかえ、ウィリアムから距離を取る剣士の姿もあった。

 

「もう心配いらぬぞ」

「……」

「可哀想に、余程怖い目にあったのだな」

 

 努めて穏やかにアイシャに語りかけるのは黄金の風を纏う黒髪の剣士。

 アイシャは突然の出来事に加え、先程感じた強い喪失感からやや自失状態に陥っていた。

 

(これは夢なのかな……そうだよね……ウィル兄ぃがあんなひどいことするわけないもんね……)

 

 ウィリアムと骸骨が対峙する様子は、アイシャにとってひどく現実感が無い光景であった。

 

 

「変わった剣の握りですねぇ……三大流派じゃなく、独自の流派ですか」

 

 骸骨がニタニタと不気味な笑みを浮かべる。

 ウィリアムは突然現れ攻撃を仕掛けて来たこの乱入者を、七丁念仏を構えたまま射抜くような視線を送った。

 骸骨の剣士は泰然とその視線を流しつつ名乗りを上げる。

 

「私は“死神”……“死神”ランドルフ・マリーアン。以後お見知りおきを」

 

 “死神”──!

 その名を聞いた瞬間、ウィリアムの瞳は爛として輝いた。

 

「七大列強“死神”か」

「はい。列強5位の“死神”とは私の事です」

 

 ウィリアムはこの望外な出来事に、思わず神仏に感謝をした。

 京の都にて吉岡一門を討ち果たし、その剣名を天下に轟かせた宮本武蔵。

 薩摩御留流である体捨流の使い手、東新九郎に打ち勝ち、その武名を九州一円に広げた東郷重位。

 同じ14歳で三島神社にて富田一放と試合して勝ち、その最強の伝説が始まった伊東一刀斎──

 

 嘗て自身が生きた戦国の世で名を馳せた剣豪達も、強者に挑戦し、それに打ち勝って名声を勝ち得ていたのだ。

 それは、濃尾無双と謳われた己も同じ。

 魔王も強者の証を立てるには良い相手。だが、七大列強5位の名は“勇者”の称号より価値があった。

 

 思いも掛けない好機に、ウィリアムは全身の毛を逆立て、闘気を溢れんばかりに放出する。

 さながら、獲物を前にした飢えた虎の如く。

 

「虎眼流、ウィリアム・アダムス……一手御指南仕りたく候」

 

 もはや、ウィリアムの頭の中にアイシャの存在は無かった。

 己が剣名を上げるまたとない好機である。

 妾腹(・・)の妹など、構っている場合ではないのだ。

 

 ゆるりと、ウィリアムは七丁念仏を“担いだ”

 

「ランドルフ、加勢するぞ」

 

 黒髪の剣士、シャンドルが背負っていた棍を構えた。

 この世界では珍しい棍術を駆使するシャンドルの業前は、息子(当代北神)に譲ったかの“王竜剣”が無くとも一流。

 元列強7位の肩書は伊達では無かった。

 

「お祖父様はその娘を見ててください。この狂虎は私が成敗いたしましょう」

「しかし──」

 

 

 そうシャンドルが言いかけた刹那、ウィリアムの“流れ”が放たれた。

 

 

 


 

 時は少しばかり遡り、アイシャが市場でリニア達と別れた時。

 白髪の剣士、ウィリアムを見たアイシャは意を決したかのような表情を浮かべ、リニア達に家族への伝言を頼んでいた。

 

『リニアさん、プルセナさん。私はあの人に会いに騎士団の屯所へ行きます。シルフィ姉と、ノルン姉に伝えてください』

『“ウィル兄ぃが見つかったかもしれない”って!』

 

 そう言い残し屯所へと駆けるアイシャの後ろ姿を呆然と見送るリニアとプルセナ。

 血海に沈む獣人達の無惨な骸を見た後では、この二人が再起動するのにやや時がかかったのは仕方のなき事。

 しばしの間、アイシャの姿が見えなくなるまで獣人乙女達は佇んでいたが、やがてとぼとぼと歩き出した。

 

「とりあえずボスんちに行くかニャ」

「なんだか知らんが、とにかくよしなの」

 

 何はともあれ、一族の宿敵である“凶獣王”は死んだのだ。

 全く何もしていなかったので何ら達成感も感じていなかった二人ではあったが。

 

「しかしあの白髪の小僧とアイシャは知り合いなのかニャ? えらい慌てて行っちゃったけど」

「わかんないなの。でもちょっとボスに似てたかもなの」

「えー、ボスに似てたかニャ?」

「リニアはくそびびりまくってたから気付かなかったなの。リニアのパンツはきっと濡れ濡れなの」

「だから濡れてねーし! つーかプルセナもびびってたニャ!」

「あ」

「なんニャ?」

「私のパンツも濡れ濡れなの……履き替えたいの……」

「はやく言えニャ!」

 

 無駄口を叩きつつ歩く獣人乙女達。端から見れば漫才にしか見えなかったが、これが彼女達の平常運転である。

 

 

 しばらく歩いた後、二人は同じくルーデウス邸へと向かう一人の黒髪の少女を見つけた。

 少女は仮面を付けておりその顔は見えない。

 しかしラノア魔法大学に在籍する獣人乙女達にとって、それはよく見知った()であった。

 

「お、ナナホシじゃニャいか」

「こんにちはなの。パンツよこせなの」

「……いきなり何言ってんのよ」

 

 ナナホシ・シズカ。

 サイレント・セブンスターという名も持つこの少女は、リニア、プルセナと同じ魔法大学の生徒であり、一部の人間の前以外では常に白い能面のような仮面を着けている。

 

 その正体は、ルーデウス・グレイラットと同じく平成日本からの迷い人。

 

 数奇な運命によって“フィットア領転移事件”を機に六面世界へと転移したナナホシの正体は、ルーデウスと“龍神”オルステッド以外は知る者はいなかった。

 ナナホシはルーデウスとは違い転生ではなく転移した人間であった。

 転移直後に出会った龍神の助けがあったとはいえ、“普通の”女子高生でしかなかったナナホシがこの何もかもが違う異世界で生きていくには、素性を隠し、他者との関わりを極力断たねばならぬ程過酷な物であったのは想像に難くないであろう。

 

 そんなナナホシであったが、ルーデウスが結婚し家を構えてからは度々ルーデウス邸へと訪れていた。

 その理由はルーデウス邸に設けられた日本式の風呂。

 平成日本への郷愁からか、同じ日本人であったルーデウスが拵えたこの風呂をナナホシは随分と気に入り、こうして風呂に浸かる為だけにルーデウス邸へと訪れる事があった。

 

「ナナホシもボスんちに行くのかニャ? あちしらも丁度ボスんちに行くところニャ」

「パンツをゲットするなの。ついでにアイシャの伝言を伝えるなの」

「だから何でパンツが必要なのよ……」

「いやーそれがニャー」

 

 リニアは先程の白髪の剣士の大立回りを饒舌に語り始める。

 素手にて屈強な獣人共を撲殺し、あげく目玉を食した件を聞いてナナホシは眉を顰める。

 もっとも『ずぶぶっ』だの『ぬふぅ!』等、難解な擬音を多用していた為いまいちナナホシには伝わっていなかったが。

 

「喰われる感半端ニャかったニャ」

「あんなの見たら天国でアッハーンなの」

 

 とにかく獣人乙女達が言うには凄惨な状況だったのだろう。

 それ故に恐怖で股間を濡らしたのでパンツが必要なのだろう。

 

 そう理解したナナホシは、後半は適当に相槌を打ちながら聞き流していたが……やがて、包みを抱えた一人の商人風の男がこちらへ近づいてくるのが見て取れた。

 

「あの、そこなお嬢さん方」

 

 包みを大事そうに抱えた商人が声をかける。

 獣人乙女と仮面の少女は、いきなり話しかけてきたこの商人の男を怪訝な表情で見やった。

 

「なんニャァ? てめェ……」

「ファックなの。ナンパならお断りなの。半死するか全死するか選べなの」

「な、ナンパじゃないですよぉ……」

 

 知らない人間には辛辣な言葉を投げる獣人乙女達。

 ナナホシに至ってはこの商人を無視して、ルーデウス邸へと歩き出した。

 ひでぇなこのガキ共……と、内心不満を感じていた商人であったが、努めてその不満を表情に出さずに腰を低くして言葉を続けた。

 

「あのぉ、この辺に白髪の若い剣士を見なかったですかね? 変わった剣を差してて目つきが鋭くて……」

「おもっくそ見たニャ」

「忘れようにも忘れらんねーなの」

 

 商人が語る白髪の剣士の風貌に、獣人乙女達は即座に応える。

 商人はそれを見て安堵の表情を浮かべた。

 

「ああ! その人です! よかったぁ……やっと見つかったよ。若先生ったら『シャリーアにいる』としか言ってくれなかったもんなぁ」

 

 で、今どこにいるんです?、と問う商人にリニアが騎士団の屯所の場所を伝える。

 プルセナは先程から大事そうに抱えている商人の包みを興味深そうに見つめていた。

 

「教えたんだから何でそんな事聞いてきたのか聞かせるなの。ついでにその包みの中身も教えるなの。パンツだったらよこせなの」

「パンツじゃないですよ……これをお渡しする為に、態々ネリスから追いかけて来たんですよ」

 

 商人は包みから一着の“羽織”を取り出し、獣人乙女達の前に広げた。

 新品の羽織の背には、とある文言が刻まれていた。

 

「お、なんニャこれ?」

「変わった服なの。おポンチな模様なの」

「ちょ、ちょっと。これ人に渡すもんなんですけど……」

 

 商人が広げる“羽織”をクンクンと嗅ぐリニア。ペタペタと触るプルセナ。

 その二人を苦笑いを浮かべて対応する商人。

 何気なく振り返ったナナホシは、その様子を呆れた顔で見た後、再び歩き出そうとした。

 

「ッ!?」

 

 しかし“羽織”に描かれてある文言を見た瞬間、ナナホシの体は電流が流れたかの如くその場で立ち竦んでしまう。

 

 “羽織”に描かれていた文言──

 それは、ナナホシが良く知る……否、ナナホシの魂に刻まれた言語にて描かれていた。

 

「あなたッ! それは!」

 

 勢い良く商人に詰めかけるナナホシ。

 先程とは打って変わったナナホシの様子を、リニアとプルセナは目を丸くして見ていた。

 

「え、いや、これは」

 

 しどろもどろに応える商人。

 その様子を見たナナホシは少しばかり逡巡していたが、やがて意を決するとこの世界では未知の言語で問いかけた。

 

『篠原秋人、黒木誠司。この名前に聞き覚えは?』

 

「え……?」

 

 日本語(・・・)にて問いかけられた商人は何を言われたのか全く理解していない様子であった。

 それを見たナナホシは仮面の下に困惑の表情を浮かべる。

 

(どういう事……転生じゃない……? でも、これって……)

 

 訝しげに“羽織”を見つめたまま思考するナナホシ。

 一連のこの行動に、リニアとプルセナは可哀想な物を見る目つきで商人を見やった。

 

「オイオイオイ。さっきのは何かの呪いの詠唱ニャ」

「死ぬわアイツなの。やっぱ半端ねぇなサイレント・セブンスターなの」

「えぇ!? の、呪い死にとか勘弁してくださいよぉ!」

「あきらめろニャ。全死しても骨は拾ってやるニャ」

「鞄に入れておくなの。英霊となって末永く暮らすなの」

「鞄!? 英霊!?」

 

 慌てふためく商人にやや憐憫の眼差しを向ける獣人乙女達。

 ナナホシはその様子を見て、商人が本当に“日本語”を解していないことを悟った。

 

(隠しているわけじゃない……つまり)

 

 商人はこの“羽織”を誰かに届けるつもりなのだと言った。

 ということは、この“羽織”を拵えた人間が文言について何かを知っているという事なのだろう。

 あるいは、この“羽織り”を頼んだ人間なのか。

 

「別に呪いじゃないわよ……あれはただの確認。それより、その文様は誰が描いたの?」

 

 ナナホシは尚も狼狽する商人にこの世界で使われている人間語にて話しかける。

 商人はナナホシの“日本語”が何らかの呪いではないと知り、再び安堵の表情を浮かべた。

 

「ええっと、これ描いたのはネリスにいる裁縫職人なんですけど、これ自体は若先生に言われて描いたんでさぁ」

「若先生?」

「これをお渡しする人ですよ。ウィリアム・アダムスって人なんですけどね」

 

 聞けば、商人はアスラ王国からネリス王国へと向かう途中、ウィリアム・アダムスという剣士に護衛を依頼していた。

 道中ウィリアムともう一人の護衛以外は壊滅したらしいが、無事ネリスへと辿り着けた為、この商人は存外に感謝の念を抱いていたのだという。

 報酬以外に出来る事があるかと問うと、ウィリアムはやたらと細かくデザインを指定した“羽織”を拵えるよう依頼した。

 急ぎシャリーアへと届けるように伝え、さっさとネリスを立ったウィリアムに、腕の良い裁縫職人と繋がりがあったとはいえ短い期間で一から“羽織”を拵えた商人の努力は推して知るべしであろう。

 

 ナナホシは商人の話を聞きながら、ウィリアム・アダムスという名前を反芻していた。

 この世界ではさして珍しくもない名前かもしれない。

 しかし、平成日本でとあるアプリゲームにハマっていたナナホシは、所謂“歴女”といっても差し支えない程、日本史……特に、戦国時代の日本史、そして刀剣類を良く知っていた。

 

 そしてこの“羽織”に描かれた文言が、明らかに自身が知る“日本語”にて描かれていた事で、ある歴史上の人物を思い浮かべていた。

 

(ウィリアム・アダムス……三浦按針……まさかね)

 

 偶然にしては気にかかる事が多すぎる。

 ナナホシはやがて商人の方に、その仮面を向けた。

 

「私も一緒に行く」

 

 商人に同行し、“羽織”の依頼主を確かめなくてはならない。

 ナナホシは決意の表情を、その白面の仮面の下に浮かべていた。

 

 

 

 “異界天下無双”

 

 

 

 “羽織”にはサイレント・セブンスター……七星静香の魂を震わせる“言霊”が刻まれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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