虎眼転生-異世界行っても無双する-   作:バーニング体位

1 / 61
幼年篇
第一景『転生(てんせい)


 

 三重──美しゅうなった(のう)──

 

 愛娘である岩本三重を見つめるのは、掛川藩剣術指南役である“濃尾無双虎眼流開祖”──岩本虎眼。

 かつての弟子であり、盲目となって更にその怪物性が増した美麗の剣士、伊良子清玄との様々な因縁の果てに行われた立合いは、虎眼流の奥義“流れ星”が清玄の秘剣“無明逆流れ”に敗れる形となり、その決着が付いた。

 

 顔面の半分を切り落とされた(・・・・・・・・・・・・・)虎眼は、立合いの場に現れた娘、三重の白無垢姿を見つめると、それまでの歪な親子の関係が洗い流されていくかのように、慈愛に満ちた表情をその半分となった顔に浮かべる。

 

 大刀が肉を貫く、生々しい音が響く。

 

 顔面の半分を切り落とされても尚、未だに両の足で立つ剣虎に対し、盲龍は止めの一撃を加えた。

 清玄の大刀が、虎眼の腹を貫く。倒れ伏す際、虎眼の大脳はうどん玉のごとく娘の眼前にこぼれ落ちた。

 

 無念、悔恨、増悪、情愛……

 様々な感情が虎眼の心の中を過ぎていく。しかし、虎眼の意識はやがて無へと達していくのであった──

 

 

 

 

 人を超えた怪物(モンスター)、亜人が跋扈する異世界

 

 

 六面世界最後に残された“人の世界”で生きるのは、魔術と闘気という異能を手にした人々

 

 

 そして、無職のニートが今生こそ本気を出すと誓い、転生した世界

 

 

 そこに、濃尾無双と呼ばれた剣鬼が迷いこんだら?

 

 

 いかな常人を圧倒する身体能力、無双と呼ばれた剣技を持ってしても異世界でそれが通用するのであろうか?

 

 

 強大な人外や、異世界の達人を相手に、虎眼流の神技は果たして太刀打ちが出来るのであろうか?

 

 

 

 出来る!

 

 

 

 出来るのだ!

 

 

 

 

 かくして剣鬼の魂は六面世界、人の世界へと──

 

 

 

 

『虎眼転生-異世界行っても無双する-』

 

 

 

 

 

 

 

 


 

(──こは如何なる事ぞ)

 

 突然現れた朧気な視界に岩本虎眼は困惑する。

 伊良子清玄との壮絶な秘剣の応酬の果て、虎眼は確かに己の命運が尽きたことを悟っていた。

 一人娘の三重の目前で、確かに自分は事切れたはずである。

 しかし、気がつけば寝台(ベッド)に寝かされた我が身。

 

 朧気な視界の中、自身を覗き込む南蛮人と思しき女性が見える。

 何かを語りかけているが、日ノ本言葉しか知り得ぬ虎眼にとっては何を言っているのか全く理解が出来なかった。

 

(黄泉路では南蛮人が出迎えてくれるのであろうか……)

 

 ふと、虎眼は既に元和の御世では禁教令が発せられた切支丹信仰の話を思い出す。

 

 人は死ぬとパライソ(極楽)へと送られ、そこでは楽園に誘われた死者の魂が安らかに過ごしているという。

 ならば自分の魂はパライソとやらへ送られたのだろうか。

 

 しかし切支丹でもない自分がなぜパライソへと送られたのだろうか。

 ぼんやりとした思考の中、虎眼はふと違和感を感じる。

 

 妙に、この南蛮人の女性が大きく見えるのだ。

 

 生前の虎眼の身長は当時の日本人の平均身長をやや超える4尺2寸(約160cm)

 どうみても目の前の女性はそれよりも遥かに大きく、まるで仏門の神々の一柱である仁王の如き体躯だ。

 伝え聞いた南蛮人の大きさを考えても、それは虎眼を困惑させるに十分だった。

 

 困惑する虎眼は唐突にその女性に持ち上げられ(・・・・・・)、腕に抱かれた。

 突然の出来事に驚いた虎眼は腕に抱かれた事でようやく自身の身体の異常に気付く。

 

(わらし)……いや、これではまるで乳児(ちご)ではないか!)

 

 鋼の如く鍛え上げられ素手での人体破壊を容易にせしめた以前の肉体は、いまや虫も殺せるかどうかという程小さく、柔らかく、頼りない物となっていた。

 驚愕と困惑の最中、女性は変わらず虎眼に何事かを囁いている。

 

 それはまるで、母親が我が子をあやすかの様に。

 

 言葉はわからずとも虎眼は悟る。

 自分はこの女性の子として生まれ変わったのだと──

 

 心地よい女性の囁きは、正しく子守唄として虎眼の意識を微睡みへと誘う。

 薄れ行く意識の中、剣鬼と称された剣豪は久しく経験していなかった安らぎを覚えていた。

 

 

 

「……あら、寝ちゃったかしら」

 

 ゼニス・グレイラットは腕に抱いた我が子を見つめ、穏やかな微笑を浮かべる。

 そのすぐ足元には、二年前に産んだ、第一子(・・・)ルーデウスが赤子の存在に興味を向けるかのように見つめていた。

 

「かあさま、ウィルは寝ちゃったんですか?」

「ルディ、起こしちゃだめよ?」

 

 ゼニスは愛おしそうに腕に抱いた赤子を見つめた後、やさしくベッドに戻した。

 

 ルーデウスはベッドに乗り出して赤子を見つめる。

 眠る赤子の柔らかい頬をつんつんと突きながら、興味深そうに見つめていた。

 そして赤子の一本多い右手の指(・・・・・・・・)を撫でる。

 

「かあさま、なぜウィルは指が一本多いのですか?」

 

 ルーデウスはウィルと呼ばれた赤子の指を弄りながらゼニスに素朴な疑問を投げかける。

 ゼニスは、少し困ったような微笑を浮かべ、ルーデウスに答える。

 

「そうねぇ……なぜって聞かれても、私にも分からないわ」

 

 でもね、ルディ。と、ゼニスはルーデウスを抱きかかえながら言葉を続ける。

 

普通(・・)とは少し違っててもウィルはルディと同じ。私達の大切な子供で、ルディのたった一人の()なのよ。もしウィルがこの指の事でいじめられる事があったら、ちゃんとお兄ちゃんとしてルディが守ってあげなきゃね?」

「はい! ウィルは僕が守ってあげます!」

「ああ! もうッ! ルディは本当に良い子ねぇ!」

 

 抱えたルーデウスに頬ずりし、くるくると回り始めるゼニス。

 母親の過剰なスキンシップにやや引きつった笑顔を浮かべるルーデウス。

 とても二児の母とは思えない程の瑞々しい肌を惜しみなくルーデウスに押し付けるゼニスは、この全く手がかからない我が子を溺愛していた。

 

「さあ、ルディ! パウロを呼んで御飯にしましょう! 今日はリーリャが作ってくれた美味しいスープがあるからね!」

「はい。かあさま」

 

 抱えられたルーデウスはベッドに眠る弟を見つつ、母親には聞こえない程度にこの世界では絶対に使われていないであろう日本語(・・・)を呟いた。

 

『多指症ってこの世界でも普通じゃ無くて珍しいんだな……しかし弟じゃなくて妹が欲しかったのになぁー……まぁパウロとゼニスには今後も頑張ってもらうか』

 

「なにか言った? ルディ?」

「いえ、なんでもないですよかあさま」

 

 母と子の穏やかな一時。

 眠る赤子の秘めおきし修羅の気質を、母と兄は気づくことは無かった。

 

 

 パウロ・グレイラットとゼニス・グレイラットの第二子、ウィリアム・グレイラットは2歳年上の兄、ルーデウス・グレイラットと同じく異世界の魂を宿した転生者である。

 前世は奇しくも同じ日本人。ただし、大きく違うのはそれぞれが生きた時代が全く異なった事であろう。

 

 ルーデウス・グレイラットは平成日本で所謂穀潰し(ニート)として無為無策な日々を過ごしていた。

 

 片やウィリアム・グレイラットは戦国末期から江戸初期にかけて濃尾一帯にその名を轟かせた剣豪。

 

 生きる時代も違えばその境遇、立場、思想、価値観に至るまで全く異なる二人。

 

 奇妙な因果が働いたのか、本来は生まれるはずでは無かった一つの命に剣豪の魂が宿ったのは、神の悪戯か……あるいは、剣豪の最後を憐れんだ神の慈悲が働いたのか。

 また、その転生先が同じく転生した魂を持つ兄がいる子とは。

 

 この何もかも違う転生者の兄弟が異世界で何を見て、何を成していくのだろうか。

 

 秘めおきし修羅の虎子は、ただ安らかに眠り続けていた……

 

 

 

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。