覚悟を決めてどうぞ。
-蒼夜 十三歳-
俺は今、相手の目の前に正座し、ある子に頼まれた事を果たす為、相手を必死に説得していた。
「……実はな、……お前に、会わせたい娘が居るんだ」
「……」
「まぁそんな嫌そうな顔をするな。 相手の娘は中々おしとやかで、静かな良い娘だったぞ?」
「……」
「まぁ無理にとは言わんが、……どうだ? 俺の顔を立てる為にも、一度呉に行かないか?」
「……フンス」
「おぉ! そうか、行ってくれるか!……じゃあよろしく頼むな、
「ぐるぅ」
よーし、じゃあ孫家でお見合いだ!
_____
そして俺と一頭の虎は建業へと降り立った。
そう、辛々とは以前山でばったり出くわし、俺と死闘を繰り広げ、俺が片目を奪ってしまったシベリアトラだ。
その後、こいつは俺に多少なつき、俺が山に入った際には、一緒に行動する仲になったのだ。
個人的には飼ってるつもりは更々無いが、一応は名前が無いと不便なので、辛々と俺は名付けた。
何故この辛々を連れて孫家を訪れるかと言うと、それは孫家の末娘であるシャオちゃんこと、孫尚香にお願いされたからだ。
いやぁ、最初にシャオちゃんを見た時は思ったね。
(あっ、そこは男じゃないんだ)
って。
てっきり性転換の世界かと思ったら関係無いから驚いたよ。
……まぁ、もしそうだったら、俺も女だったんだろうけど。
そんな事はともかく、何故シャオちゃんに辛々を連れて来る様に頼まれたかと言うと、実は孫家でシベリアトラを飼っていて、その番を探しているからだ。
名前は周々、真っ白なシベリアトラだ。
ちなみに、善々と言うパンダもいる。
この周々と善々はシャオちゃんのペット兼護衛で、大体いつも一緒に居る。
俺がシャオちゃんに初めて会った時にもこの二頭は一緒に居て、俺も少々驚いたもんだ。
無論、虎とパンダにビビった訳じゃない。
どう考えても圧倒的捕食者が隣に居るのに、平然としている幼女に驚いたのだ。
あの光景を並の人間が見たら、逃げてと叫んでもおかしくないと思う。
……俺はそんな事を考えながら、いつもの如く城へと入った。
最早建業で、俺を遮る物は無い。
一昔前までは俺も門番に止められたもんだが、いつからか素通り出来る様になった。
はっはっはっ、孫家での俺の影響力が解るってもんだ。
……どうしてこうなったんだろうな?
_____
俺は建業に来た時、必ず最初に冥琳の執務室に来る。
大体ここにいつも雪蓮と冥琳が居るからだ。
今日も案の定、雪蓮と冥琳はここに居て仕事をしていた。
「おいっす~」
「おいっ……虎?」
「……周々じゃないよな」
俺が扉を開けて挨拶すると、雪蓮がいつもの様に返そうとして、辛々の存在に気付き、冥琳もつられて辛々を見た。
「あぁこいつね、この前話した虎の辛々 シャオちゃんとの約束通り、周々の番候補として連れて来た。」
「……お前が素手で虎を倒したと言う話は本当だったのか」
俺が辛々の説明をすると、冥琳がゴクリと唾を飲んで、額に汗をかいた。
って言うか俺の話信じてなかったのかよ。
「あっははははは! 本当に連れて来たんだぁ! これはシャオも喜ぶわね~」
なんか凄いご機嫌だけど、もしかして連れて来なくても良かったの?
「この子辛々って言うのよね? あらっ、本当に右目が潰れているわね。 全く、動物相手に酷い事するわ、ねぇ~、辛々?」
「ぐらぁ」
うっさいな、当時はそれどころじゃなかったんだよ。
って言うか仲良くなるのはえぇな。
流石江東の虎の娘、虎の扱いはお手のものですか。
雪蓮は辛々の頭やら身体をこねくり回してモフモフしていて、辛々も気持ち良さそうにしている。
「……それにしても、本当に連れて来るとはな。 いや、小蓮様の為に有り難い事ではあるが」
「まぁシャオちゃんと約束しちゃったしね? それに連れて来たは良いけど、本当に番になるかは解んないし」
これで駄目だったら、また山に連れて帰らないといけないし。
「そうだな。 わかった、早速小蓮様に報告するとしよう。 お前は客室で待っていてくれ」
うぃー、了解。
_____
俺と辛々と、何故か知らぬがついて来た雪蓮は、客室でシャオちゃんと周々を待っていた。
「お前仕事は?」
「今日はもう終わりよ? いやぁ~、冥琳が居ると楽で良いわね~」
お前もう本当にいつか冥琳に刺されても知らねぇぞ?
と、雪蓮と雑談をする事数十分。
待ち人は来た。
「おっ、待たせぇ~♪ ふふん♪ シャオの為にご苦労様、蒼夜!」
「おぅおぅ、久しぶりだねシャオちゃん、元気だったかい?」
「やっだぁ~、蒼夜ったら親戚の叔父さんみたい! 当然、シャオはいつも元気だよ!」
おっふ。
叔父さんはちょっとキツい。
「ぷぷ、叔父さんだって」
うっせー、笑うな。
俺が叔父さんだったら、お前は叔母さんだかんな?
「その子が前に言ってた辛々? ふ~ん、……まっ、周々の旦那さんにするには及第点かな?」
一体どの様な点数基準なんだろうか?
……子供の、……特にこの子の考えてる事はよく解らん。
「ほれ、辛々。 あれがお前に紹介する周々だぞ?」
俺がそう言うと、今まで興味なさげに寝そべっていた辛々は、起き上がり周々をまじまじと見始めた。
周々の方もそれと呼応する様に辛々をしっかり見定め、二頭は距離を詰めて行く。
……なんかこれ、俺の方が緊張するな。
「ぐるぅ」
「がるぅ」
二頭は唸りあう、と言うよりも、なんか喋ってる様な感じで、喉を鳴らし、ぐるぐるとその場を回り始める。
……これ喧嘩になったら大変だぞ?
「へぇ。 周々が認めるなんて、やるわね辛々」
? 何言ってんだこの子?
「……おい、何言ってるか解るか雪蓮?」
「いや、私もさっぱり」
だよな?
俺と雪蓮はシャオちゃんが何を理解したのか意味が解らず、二人してこそこそ話した。
「ふ~ん。 じゃあこのままちょっと遠駆けしようか!」
へっ?
「じゃあ雪蓮姉様、蒼夜、周々と辛々と一緒にちょっと出掛けてくるね!」
シャオちゃんはそう言うと、ひょいっと周々に飛び乗って、扉からピューっと二頭と一緒に駆けて行った。
「夕飯までには、帰るのよ~」
ちょっ!
それで良いのか!?
「し、辛々! くれぐれもよろしく頼むぞ!」
いや、もう、本当、孫家の娘に何かあったら困るぞ?
俺の心配はよそに、雪蓮はあっけらかんとしていて、楽しそうにシャオちゃんを見送った。
「……行っちゃったわね~。 よし、じゃあ、飲もっか?」
「いや、まぁ、うん。 お前が良いんだったら良いんだけどさ」
俺は納得がいかぬまま、雪蓮と飲み食いし始めた。
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その後、結局辛々は周々に気に入られ、そのまま孫家に残る事になった。
どうやら辛々も満更でもないらしく、今では二頭揃って、善々と一緒にシャオちゃんの護衛をしているらしい。
……楽しそうで何よりだよ。
そして一ヶ月後、毎週の如く届く冥琳からの手紙に俺は頭を抱える事になった。
『お前が連れて来た辛々の事だが、驚く事に今では街の人気者だぞ? 奴は何処の誰に似たのか、時折ふらっと消えては山へ行ったらしく、獲物の猪等をくわえて、ふらっと城へ帰って来る。 当然街の中を獲物をくわえて虎が歩くのだから、大層目立っているな。 それが早くも建業の名物となり、今では遠くからも一目見ようと人が集まる程だ。 それにまだ数度だが、林で迷子になった子供を背中に乗せ、街に案内する事もあった。 そんな虎を連れて来たのがこれまた有名な“守護鬼”なので、今では建業の“守護虎”なんて呼ばれている。 次回お前が建業に来る事があれば、色々と覚悟する事だな。 周 公瑾』
……おいおいおい。
ど う し て こ う な っ た !
次回から少年期最後の十四歳編に入ります。