それでも俺は出して無い
-蒼夜 十歳-
「全く、雪蓮には困ったもんだ。 あいつには次期当主としての自覚が足りない。」
「いやぁ、でもさ、あの自由な所が魅力的な人物でもあるわけだしさ…。」
「……そうかもしれんが、だとしても度合いと言うものがあるだろう。」
「まぁね。」
でもね冥琳、一々俺の所に来て愚痴らなくても良くない?
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そう、常連になるのが決まったあの日から我が友冥琳は何かあるたびに俺に愚痴を言いに来る様になった。
えぇ、もう友達と認めますよ。
意外と気が合うんだよね。
それに真名で呼ぶのも許して頂きましたとも。
「蒼夜、奴を矯正する手段は無いだろうか?」
ねぇよ。
お前に出来ない事が俺に出来る訳ないだろ。
冥琳繋がりで雪蓮にも真名を許して貰って、度々行動を共にするようになったからわかるが、奴のフリーダムっぷりはおかしい。
史実でも孫策は相当自由な奴なのだが、この世界の本人は更にぶっ飛んでいるからな。
きっと、守りたい世界でもあるのだろう。
「……冥琳、良い言葉を教えてやる。……『人生は諦めが肝心』 だそうだ。」
えぇ、私も色んな事を諦めましたとも。
「……なんだ、その疲れきった大人がいいそうな台詞は。 大体、この前雪蓮と試合をして、私が止めに入った時は『諦めたらそこで試合終了だろうが!』 とかぬかして最後まで粘っていただろう?」
え? 言ったっけ?
まぁ、あの時はテンションがハイになってたからね。
人と闘うのは初めてだし、雪蓮は俺がギリギリ勝てないくらい強いし。
「……しかし、そうだなぁ。こんな君主が理想像ですよ……的な本でも書こうか?」
幸い、俺の前世の知識にはその名の通り君主論の知識もあるからな。
これをリスペクトして、この時代に合わせて書けば出来なくもない。
「……ほぅ、それは面白そうだ。 是非とも一枚噛ませて欲しい。」
「いや何言ってんの?」
「駄目か?」
「違う、違う。本にするからには万人向けに書くつもりだけどさ、元々は雪蓮に読ませる為に書く事にしたんだぜ? ……冥琳が手伝うのは当然だからね?」
寧ろ主導して欲しいまである。
「そうか、当然か。…ふふっ。そうだな、任せろ。」
なんか凄い機嫌良くなったな。
なんだったら、このままこの話中止にして帰ってくれても良いのよ?
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まぁ勿論帰るなんて事は無く、冥琳と二人して作りあげましたよ。
君主論は俺の中で色々と不味いから、名君論に名前は変えたけどね。
……うん。今回の作品は今までの中で一番不味い。名前もそうだが、内容も結構過激になってるし、何より、今まではまだリスペクトの範囲で済んでたけど、これ、もう…。
まぁ良いや。
量産してないから、どうせ雪蓮にしか見せる予定ないし。
「これはかなりの大作になったな。 正しく理想の君主像がこれには書かれている。」
おぅ。かなりご満悦ですね。
「しかし流石蒼夜だな。 一緒に作るとは言ったが私は殆ど何も出来ず、少しの助言くらいしか出来なかった。」
「そうでもないよ? 冥琳の助言が的確だからここまで早く仕上がったんだよ。 俺一人で作ってたら一週間以上は掛かるし、内容ももう少し薄くなっていただろうよ。」
「そう言って貰えると有り難い。」
いや、有り難いのは俺だからね?
将来の大都督様にアドバイスを貰いながら本を書けるなんて、どんだけ贅沢なのよ。
「……しかし、一つ疑問がある。」
「何の?」
「この本の締めの部分だ。」
神妙な顔して何を言うかと思えば。
「あぁ、この最後の 『もし、この名君論の理想通りの君主が存在するなら、その君主は最早人ではない。』 と言う一文か。」
「それだ。 何故そうなる? この本の根底を覆す一文だ。」
ここで俺はある有名なラノベの主人公の台詞を借りる事にした。
「良いか冥琳? 『理想は、理想だ。現実じゃあない。』 だからこんな君主は居たらおかしい。……わかるか?」
「……言っている事はわかる。 だが、それではこの本の主旨と矛盾していないか?」
「いや、してない。 これはあくまで理想像だからな。 目指すべき姿であって、こう成れる訳じゃない。 …寧ろ成ったら駄目なんだ。」
二次元とはいえ、理想に生きすぎて、人から理解されずに破綻した型月の騎士王を俺は知ってるからな。
古代中国で言えば、始皇帝もこれに近い。
「……例えばだが、雪蓮がもしこの名君論の君主の様に合理的で、大の為に簡単に小を切り捨て、法の元なら重臣ですら重く裁くような、私を捨て公しかないような主君になったら、……それを冥琳は雪蓮と呼べるのか?」
俺は無理だ。
「……不可能だ。」
「まぁ、当然だな。 そんなの雪蓮じゃない。 いや、例え誰であっても、人としての情が有って判断を間違えたり、特定の人物を優遇したり等々、その人の個性があるから慕われたり、嫌われたりするもんさ。」
だからって何でも個性で許される訳じゃないけどね。
「つまり、この本は正しい君主を表している訳ではなく、参考にして下さい程度なんだよ。」
「………。 ……はぁ。 お前は理論派の癖にそこに感情論を混ぜて来るな。 しかも納得出来ると来た。 ……本当におかしな奴だよ。」
なんか微笑してやれやれみたいな雰囲気出してるけど、そこまで大層な事言ってないでしょ俺。
「言っておくけど、俺は感情派の人間だぜ? 理論的思考は姉さんに植え付けられた、指導の賜物だ。」
「なら、お前は威方殿に感謝すべきだな。」
してますとも。
これ以上無く、な。
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「さて、早速これを持ち帰って雪蓮に読ませるとしよう。……しかし、良いのか? まだ複製を作ってないだろう?」
「あぁ、別に良いよ。 それを世に出すつもり無いし。」
こんなもん完全に全太守と皇帝に喧嘩売ってる様なもんだかんな。
「それよりも、問題はそれを持ち帰った所で雪蓮がおとなしく読むとは思えない所だな。」
「それについては問題無い。考えがある。」
ほぅ。流石。
「んじゃ、今度はちょっとの事で、一々来んなよ?」
「まぁ、そう言うな。 なんだかんだお前も楽しんでいるだろう?」
「……ねーよ。」
「ふっ、そう言う事にしておく。……ではまたな。」
ちっ、人を見透かした態度しやがって。
はよ帰れ。
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-数週間後-
『すまない。 孫家に仕える
……まじかよ。
何してくれてるの陸遜さん。
お前、俺がキレたら夷陵攻めすっぞ?
……失敗するけど。
まぁ、俺ってばれなきゃ良いか。
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-数日後-
「蒼夜、ちょっと良いかい?」
「どした?」
「うん。……僕の店にね名君論って書物が入荷されたから読んでみたんだけどさ、……あれ、書いたの君だよね?」
ファッ!? な、何故ばれた!?
「……何で、……わかったのさ?」
「君の文章の表現の仕方は少し癖があるからね。」
……前世の知識の弊害か。
「多分いくら発信地が別の場所で、著者の名前が無くても、わかる人には気づかれると思うよ?」
まじで?
「今回の書も面白いとは思えたけどさ、……流石に少し過激だね。…どうしてこの内容を出そうと思ったんだい?」
出すつもりなんてまるで無かったんだよ。
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「と言う訳で、俺の意思じゃない。」
俺は、姉さんに名君論が出来た経緯から量産され売り出された理由まで説明した。
「……はぁ。それは、何と言うか、……まぁ、しょうがないか。」
心配させてすまん。
「さっきも言ったけど、気づく人も絶対にいるだろうから、君も身辺に一応気を付けてくれよ?」
そうしたいのは山々なのだが、こういうのってどう気を付ければ良いんだろう?
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-一ヶ月後-
「貴方が廖 元倹ね?」
俺がいつも通り店で働いている時、ある少女に名前を問われた。
この店では、当然ネームプレートなんてしてない。
にも関わらずこの少女は俺を知ってる。
少女の体格はチンチクリンで、金髪にドクロの髪飾りをしてお嬢様風なクルクルヘアー。
それと大きい態度に強い目力が特徴的で、かなり良い家の出身に見える。
……正直、嫌な予感しかしない。
くーるー、きっとくる、彼女はくーるー。
と言う事でお待ちかねのあの人です。