あと今回は三人称です。
鋭く尖った牙を魅せびらかす様に黒い“虫”が顎を開き、咆哮する。それに呼応するかの如く、逃がさぬよう、自由にさせぬように囲んでいた檻が震えた。
八本の脚を持つ蟻によく似たそれは、“虫”と呼ばれる異形のモノだ。彼らは成虫と化すまでは宿った青少年達から養分となる“夢”を喰らい、その対価として彼らに従う。
その証拠に、人よりも大きな蟻の傍には息を荒くしている少年の姿があった。まるで囚人の様に足枷をつけられた彼は、今この瞬間も虫に夢を喰われ続けているのだ。
対し、彼の向かい側にも巨大な影がある。それは大きな茶色い
その近くには、やはり宿主と思われる少年がいた。同じように足枷をつけられる、だが蟻の少年とは異なりその顔に苦痛はなく、ただ殺意に満ちた目で蟻を睨み付ける。そして、腕を振りかぶり“虫”に命じる。
――殺れ……。
その一言が放たれると飛蝗は命令を遂行する為に、獲物目掛けて跳んでいく。
大きな後ろ脚が地を蹴ると、コンクリートの床が弾けた。その見た目以上の威力に、敵対する少年は脅威を抱き、無我夢中で自らの“虫”に防衛するように伝える。
巨大で鋭利な二つの牙が、まるでハサミの様に開き、獲物を待ち構える。一メートルにも及ぶ長い双牙――見た目もそうだが威力も凄まじく、岩をも切り裂く程の切れ味と怪力を持つ。故に、近づくモノはその
しかし、飛蝗はそんな事に意を解さず――もしくは見越した上で、文字通り跳んでいく。
――背中が抉れるも片前脚を切り。
――片前脚を切られるも背中を抉った。
一瞬の交差の間に、二体の虫は互いに手傷を負わせ、双方の宿主は苦悶の表情を浮かべる。
感情・記憶・想い、心と呼ばれるものが、虫が傷付く度に彼らの中から一つ、また一つと消えていく。虫と繋がっているが故に傷付けば夢が欠け、殺されれば欠落者へと落ちる。放って置いても宿主を殺し、殺されても道連れにする。虫から逃れる事は出来ない、それを理解しているからこそ彼らは今この瞬間も精一杯生きているのだ。
「今回のゲームはいまいち迫力に欠けますな」
死闘とよんでもいい戦いを幾百、幾千もの人々が観ていた。よく見える様に出来たドーム状の会場。その中央で行われる二体の虫の殺し合い。
血肉を削る死闘は、しかし今終わったところだ。飛蝗に貫かれた蟻が液体を撒き散らしながら倒れ、同時にその宿主の顔から生気がなくなる。
欠落者になったのだろう。そう思った矢先に、隣に座っていた男が先の言葉を投げた。
「おや、そうなのですか? 私は十分に楽しめましたが」
その言葉に三十代後半と思わしき男性は首を傾げた。どんなに非力な虫憑き同士の戦いでも一般人から見たら十分異常だ。下手な怪獣映画より迫力はあるだろう。
「そういえば……貴方は此処に来て、まだ日が浅いのでしたな。では、知らないのも無理はない」
しかし隣の男は未だに満足していないらしく、まだ馴れていない様子の『会員』に話し続ける。
……どうでもいい事かもしれないが、ビール腹が気になる。もう少し健康管理を考慮した生活をするべきだ。と、場違いな感想を抱いてしまった。
「あんなモノ、此処では前座にすら過ぎませんよ。真にメインを務めるモノ――」
逸れた思考を直そうとした瞬間――男の言葉が途切れる程、大きな音が聞こえた。それが歓声だと理解するのに一時の時間を有した。
騒々しくも活気に溢れる会場。『観客』の視線は全て、ある一点に集中している。皆の視線を追う、すると先程まで戦っていた二人は退かされ、代わりに黒いフードを被った二人組が会場の真ん中に立っていた。
「彼らこそ、このアンダーグラウンドにおける絶対的強者、“底王”なのです」
隣の男は嬉々として、そう告げる。
いつから居たのかはわからない。ただその内の一人からはとてつもない威圧感を感じた。
ただそこにいるだけで気圧されそうな圧倒的な存在感を放つそれを、男は本能的に恐怖した。
その時だ、何処からともなく羽音が耳に入る。この歓声の中で聴こえた事を不思議に思っていると、次いで赤い線が目の前を横切った。
男が確認出来た所から音と色が離れていく。『それ』が向かう場所――否、相手はフードの内の一人だった。
彼、もしくは彼女は『それ』を確認すると黒衣の中から腕を差し出す。白い――まるで死人の様な真っ白な手には、一本の
そして、『それ』――オオカマキリに似た赤い“虫”は迷うことなくナイフの刃先に止まった。
その姿に
――いや、待て、そんなはずはない。『アレ』はそう簡単にいていいものではない。ただ似た種類というだけだ……だから、そんな事があっていいわけがない!
そんな男の願望は、次の瞬間にはあっけなく砕け散った。
オオカマキリの躯が歪んだ。鎌が、羽が、足が、躯全てがまるで溶ける様にナイフに吸い込まれていく。今にも折れてしまいそうなナイフは、刃の長さだけで一mにも及ぶ凶器へとその姿を変えた。刃だけでなく柄の端まで印された赤い模様が、宿主の身体をも侵食していく。武器も宿主も、戦いに最適な道具へと変わっていく。
その光景には覚えがあった。
何度も見た、知識としても知っている。何より知り合いの一人がそうなのだから……。
「同化型――!」
“三匹目”と呼ばれる原虫が生み出す虫。その名が示す通り、宿主に――場合によっては武器となる物にも――同化し、戦闘能力を引き上げるタイプだ。
現在までに確認された固体は“かっこう”を含め、片手で数える程しかいない。その希少性に恥じぬ圧倒的な戦闘能力は他の随を許さず、単純な戦闘力は一号指定にさえ届くだろう。
「おや? よくご存知で」
あまりの出来事に驚き、つい呟いたその言葉に興味を持ったのだろう、隣の男が尋ねてきた。
「……ええ、実は此処に来る前から
「なるほど、噂通りの勤勉家だ。しかしどのように?」
「それこそ愚問というもの……金で買えぬモノがこの世にありましょうか」
どんな物も情報も、地位も権威も、そして人でさえ金で買える。それが彼の――いや、“彼ら”の共通認識なのだ。
現に、隣の男は今の答えに気を良くしたらしく、高笑いとともに「正にその通り!」と絶賛同意している。
――権力者とは、どうしてこうも醜いのか……。
勤勉家と称された男は軽く頭痛を感じた、合わせる方の身にもなって欲しい……そう思い頭を振るう。その際近くに置いていた二人のボディーガードに視線を送る。群青色のコートを羽織った上でもガタイがいいのが分かる少年。彼は視線に気付くと小さく首を振った。
もう一人の方、顔全体に白粉を掛け、奇抜な格好をした……俗にピエロと呼ばれる者は混乱しているのか、はたまた単純に“底王”を恐れているのか、こちらの視線には気付かずあたふたしている。
「おお、そろそろ始まるようですぞ」
男がそう言った視線の先には、虫と同化した“底王”を囲む様に数人の虫憑きの姿があった。
一体何が始まるのか、そんな疑問を持ったのもつかの間、虫憑き達が一斉に虫を出す。そして、何の合図も無しに一体の虫が“底王”に向かって突撃する。
カマドウマに似た虫は、先程見た角付きの飛蝗と同等かそれ以上の速度で“底王”に向かって行く、その姿はまるで弾丸だ。生身の人間があれに当たれば肉は潰れ、骨は砕けるだろう。
だが相手は虫憑き。しかも三種の中で最も個体能力値が高い同化型だ。故にその一撃には余裕も慢心もなく、ただ殺すべく全力を込めた。
“底王”に接近し、ぶつかるまで二秒にも満たない。
そして衝突する刹那――サクッと、まるで果物を切る様な軽い音が会場に響く。
当たったと思われたカマドウマは“底王”を『通り抜けていた』。何が起きたのかわからない、この場にいるほとんどの人がそう思った瞬間――カマドウマは頭から綺麗に裂け、液体を散らしながら残骸と化した。同時に宿主である少年の顔から生気が消える。
欠落者になった。それを理解した時には新たな液体が宙を舞う。モンキチョウに似た虫が、その黄色い羽ごと横一閃に両断されていた。いつ移動したのかわからない。ただ、二人目がやられたという現実だけがそこにはあった。
それが恐怖となり虫憑き達に伝播していく。ある者は死にもの狂いで立ち向かい、ある者は逃げ出そうと檻を壊そうとし、またある者は全てを諦め呆然としている。
……それからは戦闘と呼べるものはなく、ただ一方的な虐殺が続いた。“底王”が一振りすると両断され、捕まればその超人染みた握力で握り潰され、距離を取れば近づく“ついでに”殴り殺される。そうして一人、また一人と欠落者が出来上がっていく。
そして最後の――ハサミムシの虫が憑いた少年だけになった時、終わりを間近に感じた瞬間、それは起きた。
突如、少年が苦しみ出したのだ。だが虫には一切傷が見当たらない、会場の大半がどうしたのかと首を傾げる中、ただ一人――男だけは気付いていた。ハサミムシの躯が大きく変質していってるのに……。
「……成虫化」
虫憑きの末路。夢を食い尽くされた者の終着点。
“成虫化”を果たした彼らは宿主を必要としなくなる。姿を変え、力が増し、宿主という
躯は膨れ、ビキビキと殻が変質する。ただでさえ巨大なハサミは更に大きくなる。
力を試す様に放った一撃が檻の一部を両断する。その鋭さは、先程までのとは比ではないのだろう。怪物が檻から出て来れると理解した客の何人かはパニックに陥っていた。
しかし、半分以上は動じていない。何せ此処には、この地底の王がいるのだから――。
今まで不動を保っていたもう一人の“底王”が動き出す。ハサミムシに向かって歩き始めると同時に黒衣から腕を出す。そこに一本のナイフが握られている。
時同じく、今まで同化していた“底王”からオオカマキリが離れた。羽音を発てながら、もう一方に向かって飛んでいき、そしてナイフの柄に止まる。
――まさか……!?
男の顔が青ざめた。
それはあってはならない事だ。
同化型どころか、虫憑きの前提を覆す諸行だ。
故に起こりうるはずがない。
そう断定し、目の前で起こるだろう現象を否定したかった……。だが現実は無情にも結果を男に知らしめる。
――同じ虫が、もう一人の“底王”と同化した。
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オオカマキリの躯が歪む。鎌が、羽が、足が、躯全てが、まるで溶ける様にナイフに吸い込まれていく。一般的な大きさのサバイバルナイフは刃の長さだけで一mにも及ぶ凶器へとその姿を変えた。刃だけでなく柄の端まで印された赤い模様が、同化した人間の身体も侵食していく。
つい先程と同じ光景が目に入る。だが、今回は同化している人間が違う。体格が違う、血色も良い、何より……。
――にぃ。
何より、フードの隙間より覗かせるその吊り上がった不気味な口が、先程とは別人である事を示唆していた。
嫌という程に禍々しい威圧感を放つ『それ』にハサミムシは気付いたらしく、檻の外に出る前の障害と認識した様だ。
巨大なハサミを振り上げ、獲物を捉えると一気に振り下ろす。人一人どころか十人は纏めて葬れるであろうそれは、一切の狂いなく“底王”ごとステージの一部を粉砕する。
その威力は凄まじく、大量の砂塵が舞い、一瞬会場が揺れたような錯覚すら覚えた。
「これが成虫化した虫……」
あまりの迫力につい男の口から声が漏れる。
……いや、正確には成虫化“しかけている”か……。
宿主である少年に視線を向ける。横たわり、痙攣こそ起こしているがまだ生きている。完全に成虫化が果たされた場合宿主は死ぬ、それは絶対だ。故にあのハサミムシはまだ未成虫なのだろう。
だがそれも時間の問題だ。暴走したという事はつまり彼の夢が残り僅かである事を示している。完全な成虫化を果たせば、如何に上位クラスの虫憑きだろうと苦戦は必須。だから、出来る事なら今倒すべきだ。
「…………………………」
最悪の事態を想定し、背後の二人に視線を送る。
少年は静かに――だが力強く頷く。
ピエロはぶんぶんと首を横に振る。
……どうしてこの二人はこんなに両極端なのかと頭を悩ませた瞬間――虫の咆哮が会場に響いた。
何があったのか、ステージに目を向ける。砂塵が晴れたそこには、ハサミを片手で受け止めている“底王”の姿があった。
同化しているとはいえ、成虫化しかけている虫の一撃を逃げずに真っ向から受け止めるとは……無茶をするにも程がある。現にハサミムシの一撃を受けた“底王”の周りの床は衝撃に耐えきれず壊れ、沈没している。
その姿は何処か知り合いと似ていた。その所為か、同化型はこういう戦い方しか出来ないのかと一瞬でも思ってしまう。
そんな男の呆れた視線を知ってか知らずか、“底王”はハサミの片側を掴み、思い切り力を入れる。
すると、強度が上がっているはずのハサミが握り潰され、ハサミムシは悲鳴を上げる。次いで、残っている片側は同化したナイフで切り落とす。まるでバターの様に呆気なく切られた箇所から液体が噴き出す。
――脆い。
不完全とはいえ、成虫化しかけているのだ。だからもっと手こずるかと思いきや……その実呆気ない。
これでは力試しにもならない。やはり、完全に成虫化してから倒すか……。
そう思い、敢えてハサミムシに止めを……やはり刺す事にした。
そう言えば、オーナーに『宿主は殺すな』と忠告を受けていたのだった。恐らく『商品』として売る為だろう……全く面白くない理由だが、仕方ないと割り切り、ナイフを振り上げる。
瞬間、赤い模様が脈打つ様に光り、刃から“風が溢れた”。よく見ると刃の中心を走る様に一筋の溝があり、そこから出ている様だった。
それは定まらない波から刃を覆う鞘の様にナイフの周りで固定化される。そして……。
「失せろ」
そのまま距離が離れているはずのハサミムシ目掛けて振り下ろす。
本来なら空振りで終わるはずのそれは、文字通り『空を切った』。
ナイフが纏った風の鞘は刃となり、まるで軌跡を描く様に斬撃へと変じ、標的であるハサミムシを頭から尻尾の先まで両断する。
そして、悲鳴を上げる事すら許さず、ハサミムシは絶命した。同時に、痙攣が起きていた少年の動きが止まり、顔から生気が消えた。
その圧倒的な強さに暫し会場は静寂に包まれる。だがそれも十秒もしない内に破れ、歓声が沸く。
“底王”の今の戦闘は、端から見れば怪物を倒す英雄そのものだった。そして今まさに彼らの目にはそう写っているのだろう。……ただ一人を除いて……。
「あれが……“底王”」
男は恐怖する。
同化型の恐ろしさは理解しているはずだった、何せ『悪魔』と呼ばれる少年の戦いを何度も見てきたのだから。
だが、どうやらそれでもまだ認識が甘かったらしい……そんな自分に嫌悪感を抱く。
その時、ポケットに入れていたケータイに着信が入る。場所が場所という事もあり、電話ではなくメールの様だ。
確認を終えると男は席を立つ。
「おや? どうかしましたか」
その行動を不審に思った隣の男は疑問を口にする。
「申し訳ない。どうやら急用が入ったようで、私は此処であがらせて頂きます」
「そうなのですか、それは残念だ……では、また」
「はい、必ず」
隣の男に理由を言い、軽く会釈をすると男はボディガードの二人を引き連れ会場を跡にした。
薄暗いドームから機械的な通路に出る。やはり向こうとは違い、明るい。
ケータイを使い、迎えの車を呼ぶ。恐らく二十分かそこらで到着するはずだ。そうした所で、ふと後ろが気になり視線を送る。
後ろの二人は静かに付いてくる。少年の方はともかく、ピエロに関しては何かしらのアクションを取るかと思っていたのだが、これといって特になし。恐らく二人とも、先の戦闘の事を考えているのだろう。
そう判断した男は、余計な事は言わず、静かに歩みを進めた。
暫くすると頑丈そうな扉が見える。その近くには係員と思わしき人達がいた。
来た時にも感じたが、やはりセキュリティは厳重の様だ。
「すみませんが、カードの確認よろしいですか?」
今分かっている範囲で一つしかない出入口。そこに差し掛かると、二人の係員が寄って来る。
面倒だなと思いつつも、内ポケットから『会員カード』を差し出す。まだ会員になって間もない為カードの色はブロンズだ。
渡されたカードを係員が真偽する。一人は材質等の見える範囲で、もう一人は会員ナンバーを専用の機械に打ち込み本物かどうか確認している。
「はい、ありがとうございます」
その結果、本物である事が分かった。当たり前だと半ば呆れつつカードを受け取る。
どうぞ、そう促され頑丈な扉――その脇にセットされている電子パネルの前に立つ。パネルに手を乗せて数秒、指紋による識別のようだが、無論何の問題もなく扉が開く。
「またの御越しを」
そう言って、綺麗な礼をする係員達。そんな彼らに見送られ、男は会場を跡にする。
予定より早く
――さて、どうしたものか。
そう思うのは無論“底王”の事とあの“イベント”についてだ。意図的に作り出された檻の中で無理矢理戦いを余儀なくされる虫憑き達。恐らく、この街での目撃例の低さが関係しているのだろう。逃げる事は決して出来ず、待っているのは勝者か欠落者。しかも、仮に勝利しても自由は与えられず下手をすれば、あの“底王”と一戦交わす事になり、それは事実上の死刑宣告に等しいだろう。
酷いものだ。そんな思いと、僅かに込み上げる怒りを感じた瞬間。
「な――ッ!?」
突如、首に何かが巻き付いた。
鞭の様にしなり、蛇の様に締め上げるそれは、男の首を圧迫する。
――敵。
それを瞬時に理解するとボディガードの一人、少年は身構える。虫を出すべきかとも思ったが、下手に反抗的な態度を見せ、守るべき対象の首が折れてしまっては適わない。故に今は静かに敵の出方を伺う。
ちなみに、ピエロの方はどうしていいか分からず、混乱しているらしい。バタバタと両手を振っている。
「ちょっと、訊きたいことがあるんだけど」
地下の駐車場に女と思わしき声が響く。
男の首を締め上げている鞭の様なもの、それを辿った先に一人の少女がいた。
黒いシャツに白い上着、ホットパンツにスニーカーという見ただけで動き易いと思われる格好の少女。目を引く程綺麗な金色の髪、それを隠す様に帽子を被っている。
「アンタ達、この辺で女の子見なかった? 灰色髪のかわいい女の子なんだけど」
ただし、その腕には無骨ともいえる籠手の様なものが一つ――鞭の出所だ。光沢のない褐色に黄色の斑紋と筋が入ったそれは――。
「ラナちゃん!」
その姿を捉えた瞬間少年の口から、とても男性が出せると思えない高い声で少女の名前を呼ぶ。
「え――?」
その時、ラナと呼ばれた少女は二重の意味で驚く。
一つは、会ったこともない少年が自分の名前を知っていた事。
もう一つは――。
「ほのか……?」
少年の声が、ラナが探していた少女の声そのものだった事だ。
その一瞬、僅かに生じた隙を男は見逃さなかった。
ダンッ、と思い切り床を蹴り、少女に近付く。気が逸れていた少女はその音に驚き、次いで男の取った行動に慌てて対処しようとする。
しかし、そんな付け焼き刃の動きでは間に合わず、男の接近を許してしまう。
「うッ――!」
そして鳩尾に強烈な一撃が叩き込まれた。だが、なんとか踏ん張り、口を横一文字に噛み締めて耐える、そして――。
「ッッッ――――!?」
反撃する直前、強力な『何か』が身体を走り、少女の意識を奪った。
「ふぅ……危なかった」
少女が倒れ、首の拘束がなくなるのを感じると男は安堵の息を漏らす。その手には、保険として隠し持っていた小型のスタンガンが握られている。ただ殴るだけでは気絶させるのは困難だと思い、咄嗟に使ったのだが、どうやら正解だったようだ。
「心配はいらない、気絶させただけだよ」
駆け寄る少年に気遣うようにそう言う。
その時、まるで計った様に迎えの車が到着する。胴の長い、その『如何にも』な車から一人の男が降りた。
「何かあったのかね?」
「いえ。ただ、彼女の仲間が接触してきたようで……」
三十代後半のスーツ姿の男性は、“自分と全く同じ姿”の男に質問すると、もう一人の自分が同じ声色でそれに応えた。
「そうか……では、その子も連れて行こう」
その際、視線を少年に向けていた事に、当然気付いていた男は続けてそう述べる。その言葉に頭を下げるもう一人の自分。本当は自分がそうしたい所だが、生憎と今は余計な混乱が起きる前にこの場を離れる方が先だ。
「ご苦労だった」
故に、今は簡潔な労いだけに留める。
「――“大蜘蛛”」
そして、彼のコードネームが静かに響いた。
勢いで書いた感があるから変な所ありそう……。
……ところで、総合評価とお気に入りが結構増えてたんだけど……何があったの?(混乱中)