何気に重要な話だったんだけど、ある事情により普通に更新するのが難しかったので回想のように本編がある程度進んだらこっちも更新していきます。
※ムシウタ風のラブコメです。
『満』
「うたかた……?」
「そう、暫定名称“うたかた”。今度キミが監視に当たることになる虫憑きだ」
六月の始め。長い訓練期間を終えたばかりの頃。
三野元は配属初日に支部長室にて、東中央支部長の土師圭吾と対面していた。
着いたその日に任務を与えるその手際の良さは流石と言えるが、正直な所元はさっさと休みたかった。
三月の終わりに特別環境保全事務局に捕まり、それから二ヶ月以上にも渡る訓練の日々。自衛隊にも負けないのではないかと思われたスパルタ教育も昨日でようやく終わりを迎え、さぁのんびりしようと思っていた矢先に呼び出されたのだ。本来であれば不満の一つも言いたい所だが、生憎と相手はあれでも上司だ。もし、万が一にも機嫌を損ねた場合、更に過酷な任務に就かされるかもしれない……となれば、選択の余地などある訳もない。
呆れと諦めを半々に、資料に視線を落とす。
そこには一人の少女の写真と詳細データが記載されていた。
――水無月
ざっと流し読んだくらいだが大体はこんなものか、更に細かい所は後で見ればいい。そう思い、顔を上げると最初から抱いている疑問を口にする。
「それで、どうして俺なんですか?」
正直、自分にこの任務は向いていない気がする。何しろ元は感情的で有名な分離型だ、軽く自己分析するもやはり合わないのではないか?
それに対し、土師の出した答えは――。
「不服かい? なら、戦闘班に行けるように取り計らってあげよう」
一見、まるで“いい上司”の様な対応を見せる。だが、元は知っている。この土師圭吾という男が如何に腹黒く、どうしようもない皮肉屋なのを。
「…………………………」
現に今だってそうだ。彼は元の虫が戦闘向きでない事を知っていながら敢えて先の言葉を口にした。弱い虫を持つ元の答えなど最初から決まっているというのに……本当に性格が悪い。
虫は生まれる際、宿主の想いとその強さを受けて、形状や能力が決まる。
例えば“かっこう”なら『居場所が欲しい』という願望から、それを手に入れる為の力が身につく。
強い
しかし、全ての人間がそんな想いを持っている訳ではない。例えば、そう……何処かの黒い蜘蛛は『失いたくない』という夢から生まれたが、その根底にあるのは――恐怖だ。喪失を恐れ、無くす事を拒絶した者の片割れだ。
故に、そんな臆病者から生まれた虫が戦えないのは当然と言えるだろう。なくす事、なくなる事の恐怖から生まれた怖がりな虫はせいぜい自分の領域で罠を張り、近付いた敵から逃げる事しか出来ない。
脆弱で怖がりな人間から生まれたちっぽけな虫――それが“大蜘蛛”なのだ。
「……それで、その“うたかた”ってのは何で監視しなければいけないので?」
もはや避けられない任務だと悟った元は改めて件の虫憑きについて訊く。監視が付く、その理由は大雑把に分けると二つ。
一つは虫が特殊、もしくは希少な能力を持っている場合。
もう一つは、その人物が虫や虫憑きと何かしら関係がある場合。
両者共虫が関係しているが、それが虫そのものか人かの違いによる所が大きく、それぞれで対応も異なる。今回は相手が虫憑きである事が事前に分かっている為、恐らく特殊な虫だと推測できる。ただし問題はその対応だ、まさか本当にただ見ていろという訳ではあるまい。
「ボクも全てを把握している訳じゃないんだが……」
まるで勿体振るように一息置き、「ただ」と続ける。
「どうやら彼女――“うたかた”は、『成虫化を抑える』能力を持っているらしい」
「な――!」
ニヤリと嫌味ったらしい笑みを浮かべる上司。それにどんな思惑が籠っているのかわからないが、これだけははっきりした。
これまでの前振りは全て、その言葉を言う為の前座で、彼は今元の顔を見て愉快な気持ちになっているという事だ。
――――――――――
ある春の日の事だ。
少女は友達の家から帰っている最中だった。太陽が西に沈み、朱に染まる街を眺めながらいつも通りの道を歩く。
春休み、例年通りなら家に着けば宿題が待っており、少し陰鬱とした気持ちが彼女を襲う。しかし今年は違う。少女の足取りは寧ろ軽く、スキップしてしまいそうな程気持ちは晴れやかだ。
何故なら、そう……彼女はついこの間小学生を卒業したばかりだからだ。故に宿題などある訳がない、毎日が遊び三昧だ。
こんな日がずっと続けばいいのに。そう思うと同時に後二週間足らずでなるだろう『中学生』という未知の領域にわくわくしている自分もいた。
少女の心は今、その名を表すかのように満たされていた。
だからだろう、彼女は前から抱いていた想いが日増しに強くなっていくのを感じた。
「ねぇ、貴女の夢をきかせてくれない?」
丁度そんな時だった、あの赤いコートの女性と出会ったのは。
朱に染まった世界で、赤を身に纏った美女。それだけなのに異質な存在である事はすぐに分かった。
彼女の『直感』が告げている。関わるな、逃げろと。
しかし少女は本能に逆らい、逆にその問いに応えてしまった。別段怖かったからとか、催眠術にかかったといった事ではない。……ただ、その質問に応えなければ少女は『自分らしくない』と思ったから。何より、彼女にとって夢は隠すものではないと思ったからだ。
故に、少女は誇るように高らかに、誓うように応えた。
「わたしの夢は――」
――――――――――
ベッドの上で少女――水無月満は目を覚ます。
随分懐かしい夢を見たものだと起きた後も尚鳴り続けるアラームを止めて思う。実際の所、そんなに古い記憶ではないが毎日が刺激的で『あの時』の事が霞んで、つい忘れてしまうのだ。
それはそうと。満は最近日課に成りつつある恒例行事を済ます事にした。
不意に、彼女の前にある気配が現れた。顔を上げるとそこには薄い水の膜に覆われた、アワフキムシという虫に似た“何か”が満の眼前で浮かんでいる。
「おはよう」
本来なら異常なのだろうが、彼女にとっては既に日常の一つになったモノ。それに向け挨拶を送ると、異形の存在はまるで応える様に小さく縦に揺れた。
“虫”――主に思春期を迎えた青少年に取り憑き、宿主に異常な力を与える代わりに、彼らの夢や記憶、想いを喰らう異形の存在。
巷では都市伝説として
春休み、あの赤いコートの女性と出会ってから姿を現した所を見るに、あの女性が虫を生み出しているのだろう。出来れば二度と関わり合いになりたくないものだ。
「……よし」
思考もそこそこに学校に行く準備を済ませる。
学校指定のブレザーに袖を通し、鞄を持ってリビングに向かう。道中顔を洗ったり、軽く身だしなみを整えた後目的地に到着。テーブルの上には既に朝食が出来上がっているが、家の中に人の気配はない。
満の両親は共働きをしている。父は普通のサラリーマン、母はそこそこのデザイナーだ。一見関係性がなさそうな二人だが、実は幼なじみというものらしく、彼らが結婚に至ったのも仕事からではなく近所付き合いからだ。
忙しい二人だが月に二、三日は休みを取り、家族サービスをしてくれる。朝食は毎朝欠かさず作ってくれるし、学校行事にも参加してくれる。共働きの家庭にしては珍しく、水無月家は至って良好に回っていた。
「いただきます」
出来立てではない為熱くはないが、どちらかというと猫舌の満にとっては程好い温かさが籠っていた。この様子から察すると、十分くらい前には出来てた様だ。それから自分が起きるまでの僅かな時間に仕事に出掛けたという所だろう。
(そろそろかな)
白米をもぐもぐと口にしながらケータイを開く。すると計ったかの様なタイミングでメールを二件受信した。それは両親からので内容はいつも通り『気をつけて行ってらっしゃい』という家では言えない挨拶と『最近物騒だから早く帰ってくるように』という娘の身を案じた内容の物だった。
心配性だなと思いつつも、自分が愛されている事を再確認。
『行ってきます。なるべく早く帰ってくるね』
そして、いつも通りそう返信すると食事を再開する。
家に居てもあまり顔を合わせられない水無月家だが、どんな時でも毎日朝の挨拶は欠かさない。本当は面と向かってしたいのだが、彼らの境遇がなかなかそれを許されない為最低でもメールでこういうやり取りをしているのだ。
半ば作業と化してる気がするが、実際挨拶は大切なのだ。うんうんと一人で納得し、最後の一口を口にする。
食器を水に浸し、時間を確認。
七時二十分。このまま家を出れば余裕で間に合う。何せ満の通う学校は、自宅から歩いて行ける距離にあるのだから。
余裕余裕と気楽な気持ちを持ち、景気点けを兼ねて、この時間帯にやっている占い番組を観てみる。
今日は朝からコンディションが高い、きっと運勢も良いはずだ。
そんな満の期待とは裏腹に、どうやら本日の運勢は最悪らしい。その中でも恋愛運は悪く、『最悪な出会いを果たす』と出ている。
「む……」
これは気に食わなかった。只今絶賛『恋愛募集中』の満にとって、『最悪な出会い』とは聞き捨てならない。
もうあのテレビ局の占いは見ない、絶対に。そう密かに思い、テレビの電源を切る。
「いってきます」
鞄を片手に、誰もいない家に向かって小さくそう言うとドアノブを握り外へ出る。そして、いつも通り満は学校に向かって歩き始めた。
――――――――――
よく自分の名前は面白いと言われる。
水無月満――『水』の『無』い『月』が『満』たされるという矛盾を孕んだ名前。しかし満はその名前を気に入っていた。水無月という苗字は格好いいと思うし、『満』という名前に関しては単純にその言葉が好きだ。
しかし、現在彼女はどうにも満たされない。春先までは充実している様に感じたが、中学に上がり環境や視点が変わった事で何かが足りないと常日頃から思う様になった。
原因は分かっている、恐らく同年代の子どもならほとんどが既に経験している感情を自分だけが理解できていないからだ。故に、今満は欲している。
――『恋愛』という甘酸っぱい想いを……。
「――ということがあったんだよ」
予定通り、予鈴が始まる十分前には学校に着いた満は、教室に入ると小学校からの友人である緒川つぐみに今朝の占いの内容を愚痴る。
「そう思うなら、いい加減付き合えば? まだ懲りずに告白してくる人いるんでしょ?」
机に俯き、まるで何かのマスコットキャラクターの様にダレている満に、つぐみは何度目かわからないがいつもと同じ言葉を言う。だがそれに対する満の答えもいつも決まっている。
「ん〜……なんかさ、これじゃない感な人しかいないんだよね」
これだ。何とも要領を得ない返答だが、長年の付き合いからつぐみはその言葉の心意を理解していた。つまるところ、好みの異性に巡り合えていないのだ。
水無月満は普通の子どもと違い、少し変わった感性を持っている。その中でも、一際彼女自身に影響を与えているのが『直感』である。
物心がついた頃……いや、もしかしたらつく前からかもしれないが、満は直感が普通の人と比べ鋭かった。それは既に第六感や超能力と言っても差し支えないと思える程だ。
ある時は危険を察し、ある時にはテストのヤマを当て、またある時は啓示の様に選択を示すそれを満は信頼していた。
しかし、それは同時に弊害も生み出していた。例えばそう……今満が絶賛苦労中の『恋愛』もその一つだ。
本来なら恋愛は感情以外にも少なからず相手の外見や能力が関わるのだが、彼女はそれを完全に度外視し、無意識の内に『直感』に頼ってしまっている。
普通の人ならそれでも構わない。何せ『感』だ、外れる事の方が多いだろうし、そうなったら自然と頼らなくなるだろう。しかし彼女の場合はその例ではない、何故なら満の感は“外れる方が少ない”からだ。
だからこそ彼女は直感で『合わない』、『違う』と思った時点でバッサリと切り捨てる。
見た目が良く、明るくて、すぐ誰とでも打ち解けてしまう満は昔から人気者だがそういった経緯により、恋愛経験はおろか実は初恋すらまだ済ませていないのだ。
「はぁ……」
自然とつぐみの口からため息が漏れる。
確かに自分が信頼している直感で運命の人と巡り合えたら、それは素晴らしいのだろう。……しかし、そんな事では出会えるのは一体いつになる事やら……。ただでさえどんなタイプが好きなのかもわからないのに、直感だけで決めようとするとは……つぐみから見て満は色んな意味でチャレンジャーだった。
「そういえば、今日うちのクラスに転校生が来るの知ってる?」
本人が直感に対しての認識を変えないとどうしようもない為友人の事は一先ず置き、話を変える意味も込め、先日から話題に上がっている『転校生』について訊く。
「あ、うん、知ってる。珍しいよね、この時期に転校なんて」
それに対し興味を持った満はがばっと顔を上げる。
満の言うように確かにこの時期に転校生は珍しい。まあ、五月に転校よりは現実味はあるが、それでもやはり珍しい。今転校してくるとは即ち、前の学校には一ヶ月ちょっとしか通っていなかったという事だ。二年生や三年生なら納得できる所はあるが、相手は自分達と同じ一年生……つまり入学してすぐの転校だ。それなら最初からこちらの学校に入学した方が早い。親の急な転勤など家庭的な事情だと思うが、それでも作為的なものを感じてしまうのは恐らく最近『彼ら』の襲撃を受けた所為だろう。
「……どうしたの?」
急に物思いに耽った満を心配してつぐみは顔を覗き込む。
「ううん、なんでもないよ。ちょっと考え事してただけだから……」
流石に一般人のつぐみに“あの事”は言えないので、代わりに『大丈夫』と伝える。ただ、それだけだけと怪しまれそうだったのでついでに「ところでその転校生って男子? それとも女子? 男子ならわたしの運命の人だと信じたい!」とハイテンションで且つ個人的な願望も少し込めて付け加えた。
そのいつも通りの姿を見たつぐみはくすりと笑い、「ふっふっふー、それはねぇ……」と意味あり気に溜める。
しかしその瞬間チャイムがなり、同時に担任の先生が入ってきた。
「お前ら座れー」となんともやる気の抜けた声の持ち主たる男性教員だが意外と時間には厳しいらしく、大抵チャイムとともに現れ、チャイムとともに消えていく。
そんな彼の登場により、つぐみの言葉は遮られるが、代わりに解答が目の前に姿を現す。
「あー……知ってる奴もいると思うが、今日からこのクラスに新たな仲間が増える事になった」
相変わらずやる気のない声色で淡々と語る担任の横に立っているのは見覚えのない男子生徒だ。
所々跳ねたクセっ毛が特徴的な黒髪が気になる程度の、“どのクラスにも一人は居そうな”雰囲気を持つ少年。その少年の名前が男性教員の手によって黒板に書き出された。
「三野元です、よろしく」
担任に顎で促された男子生徒は簡潔に、社交的な笑顔を浮かべて自己紹介をする。それを見届けた担任は「仲良くしろよー」とクラス全体に淡白に言う。
それから元に席を教えた後はいつも通りに点呼が終わる。他に連絡事項がなかった為か、チャイムが鳴ると担任は教室から出ていった。
さて、転校生の恒例行事と言えば、質問責めだろう。まだ若く、遠くの世界を知らない彼らから見たら、転校生とは正に別世界の住人に近いだろう。
「前は何処で暮らしていたの?」
「何でこの時期に転校してきたの?」
「趣味は?」
「好きなタイプは?」
「恋愛経験は?」
故に僅かとはいえ、休憩時間に入ればこうなるのはある意味必然だった。
「前は氷飽に住んでいたよ、この時期に転校してきたのはよくある話親の都合なんだ。趣味は色々あるけど、最近はネットサーフィンかな。好きなタイプは大人し目な子かな……て、何言わせんだ! 恋愛経験に関しては、昔から転々としてたからそういうのとは無縁だったよ」
矢継ぎ早に訊かれた内容を全て返す元。大体何を訊かれるのかは予想出来ていたので、事前に容易していた答えをまるで友達にでも接する様な感覚で自然に話す。
「はい!」
十分ちょっとの僅かな時間しかない為そろそろチャイムが鳴るだろうと思い、さりげなく授業の準備を始めようと思った矢先、一人の女子生徒が手を挙げる。
その少女――水無月満と視線が合うと彼女はにっこりと可愛らしい笑顔を浮かべ、
「わたし、元くんの彼女に立候補します」
「ああ、うん、別に良い…………え?」
爆弾を投下し、元の頭をフリーズさせた。
この日の朝、一年B組から驚嘆の声が学校内に響き渡った。
泡沫編は趣味全開で書きます。本編の話がある程度進んだらこちらも更新する予定。
あまり関係ないけど、自分の虫に関する引き出しが少なすぎる……誰か本編とかで使えそうな虫知らないかな……。