ムシウタ~夢捕らえる蜘蛛~   作:朝人

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前回まで一部時間設定にズレがあったので直しました。




 次に目が覚めると、そこは医務室のベッドの上だった。折れた左腕にはご丁寧にギブスが付けられている。此処で「不幸だ」と嘆けば主人公補正とか付かないだろうか……やっぱり止めておこう、代わりにとんでもない事に巻き込まれそうだ。そんなものよりも俺は生存補正が欲しい、もしくは今からでも転生特典を……無理か……。あの神、結構適当だったからな。

 はあ……気が滅入る、考えるのはよそう。

 それより……。

 

「――痛ッ!?」

 

 自分がどれほどの時間眠っていたのか確認しようと身を起こすと、折れた腕と左の肋から痛みが走る。予想以上の鈍痛に顔がしかめ、身を縮めてしまう。

 

「おお、ようやく起きたのかねー」

 

 その瞬間、何処かで聴いた高い声が耳に入った。

 

「それにしてもキミはやっぱり弱いね、もっと精進したまえー」

 

 語尾を伸ばす独特な口調に、この上から目線の偉そうな態度。

 ――間違いなくあのバカだ。

 

「……何の用ですか、『ワンコ』さんや」

 

「ふん」

 

「がふ!?」

 

 相手の姿を捉える前に半ば条件反射的にそう言った瞬間、後頭部に痛みが走る。多分殴ったのだろう、あの凶器(ホッケースティック)で。

 

「怪我人……てか腕折れてる奴殴るか……普通……!?」

 

 新たに出来た怪我を右手で押さえながら抗議する。……というか、普通に病室で長物を振り回さないでください。

 

「今のはキミの方に非がある、反省したまえー」

 

 まるで『自分は一切悪くない』という態度で、ベッドの近くにあった椅子に座る。

 

 --体は小さいのに態度だけはデカイこの『カッパ娘』は獅子堂戌子(ししどういぬこ)。黄色いレインコートにホッケースティックというふざけた組み合わせの格好をしているが、これでも異種二号で“あさぎ”というコードネームを持つ。分類は特殊型の虫憑きで、実力に関しては“かっこう”と同格と言っていいだろう……いや状況によっては“かっこう”以上かも。

 ちなみに戌子(いぬこ)という名前からか、大助や俺、一部の東中央支部の方々からは『ワンコ』の愛称で親しまれている。小柄だし見た目も可愛いからそう呼ばれるのだが、当人は酷く嫌っており、特に俺が言うと決まって殴られる。……名付けたのは大助のはずなのに……。

 

「だって、ワンコはワンコだし……」

 

「ふん!」

 

「ごふ!?」

 

 今度は額にピンポイントでジャストミート。左腕や肋を狙わない辺り、ある程度は気遣ってくれているのかもしれないが……ピンポイントって、めっちゃ痛いんですけど……。

 

「……なにやってんだ、お前ら……」

 

 俺達のやり取りを見ていたのか“かっこう”……もとい、大助が呆れながら病室に入ってくる。学校帰りなのか制服を着て、右手には彩り鮮やかなフルーツが入ったカゴが握られている。

 

「おお、珍しく気が利くではないか、“かっこう”」

 

「お前のじゃないぞ、ワンコ」

 

 俺と同じく、カゴに視線がいってた戌子に注意すると、件のカゴはベッド付近の小棚に置かれた。中にはメモ用紙が入っており、短いが丸っこい文字で『見舞いに行けなかった』事と『体を大事にする』事とが書いてあった。

 メモ用紙の最後には少し小さく『千莉』と書かれていた。……ホントあの娘は、兄と違っていい娘だよね……。

 

「だから、そのワンコと言うのを止めたまえー。キミたちがそう呼ぶから皆ボクの事を小動物扱いするのだ、責任を取りたまえー」

 

 人知れず、千莉の優しさを噛みしめていると、同じ女の子でも少々……というかかなり(?)やんちゃな戌子が、膨れっ面で抗議していた。正直、童顔で可愛いから見ているだけなら怖くはないのだが……後で色々としごかれそうなので、仕方なく保険を掛けておこう。

 こう見えてこいつ、俺に戦闘技術教えた先生です。……あれ? てかいつ東中央支部(こっち)に来たんだ? ……まあ、いいか。

 

「なら、謝罪の意を込め、この大助をあげよう」

 

「オイ!」

 

 いつもとは逆に俺の方が偉そうな態度を取り、近くにいた大助を引っ張って言った。確か大助は戌子ともフラグが立っていたはず、ならこいつを差し出せば問題ないはず。

 さらば大助、俺の為に死んでくれ。

 

「いるかそんなもの」

 

 だが、怒り狂ったワンコには効かなかったらしく、一蹴されてしまう。

 

「え……一体何が不満なんだ、ワンコ?」

 

「何だ、その『まさか断られるとは思わなかった』みたいな顔は。それに言ったそばからまたワンコと……キミは反省という言葉を知らないのか?」

 

「うん!」

 

「無駄に良い笑顔で頷くな!」

 

 爽やかな笑顔で頷いた俺に戌子は憤りを感じたらしい。しかし悪ノリに関して言えば、俺に『自重』や『反省』という文字はない。

 まあ、なんだかんだでノリのいいワンコは下らないコントに付き合ってくれるから好きだ。

 

「お前らな……」

 

 それに比べ、大助は深くため息を吐いていた。

 

「ノリワリぃぞ、大助ぇ〜」

 

「うむ、相変わらず空気を読まないなぁ、キミは」

 

 さっきとは打って変わって、矛先は大助に向かう。

 

「何でオレが悪い流れになってんだ……」

 

 その後――暫く大助を弄った後、二人は帰ったのだが……退室の時「怪我が治ったら再特訓だから覚悟したまえー」と嬉々として不吉な事をワンコが言い残していった。

 うわぁ……治りたくねぇ……。

 

 

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 ――きっかけは些細な事だった。

 

 この世界で飼っていた犬が死んだ、ただそれだけの事。だが、愛着のある身近なものが『死んだ』――それが俺にある強い想いを生んでしまった。

 一度芽吹いた『それ』は瞬く間に俺の思考を乗っ取り、日に日に肥大化していった。そして、『それ』は“大喰い”を呼ぶ程にまで膨れあがった。

 

 ――貴方の夢をきかせてくれない?

 

 『夢』かどうかは今でも分からない。でも『失う』事を恐れた俺はその問いに応えた……応えてしまった。

 

 ――大切なモノを失わないこと。

 

 そう応えた直後意識が途切れ、次に目が覚めた時には“虫憑き”と呼ばれる存在になっていた……。

 

 

「あぐッ!?」

 

 頭に激しい痛みが走り、意識が現実へ戻る。

 視界が暗闇から色を取り戻すと、目に入ったのは見慣れた訓練所の天井だった。この時点で俺が倒れているのはよく分かった。ひんやりとした床が背中に当たって気持ちいい。

 

「目が覚めたかねー、全くキミは本当に弱いな」

 

 次に目に入ったのは黄色いカッパとホッケースティック。そこでようやく思い出した。

 

 ――俺は戌子の特訓を受けてたんだっけ……。

 

 

 左腕を骨折し、肋骨も三本折れていた俺だったが、偶々こっちに来ていた他の支部の治癒能力を持った局員に治され、一週間も経たない内にベッドから追い出された。

 そんな病み上がりの俺に待っていたのは、地獄の様な戌子との特訓の日々。完治しているとはいえ、一応安静にしているよう言われたのだが……。

 

 ――敵はそんな事を言っても、待ってはくれないぞ。

 

 と軽く一蹴して、訓練所に引っ張り出された……。正直、戌子の訓練は冗談抜きでキツイので、自分から志願した時以外は極力勘弁して欲しい……。

 しかし、戌子本人はそんな事はお構い無しに毎日俺を引き摺っていく。逃げようともしたが……磁力使って残像残す程の高速で動くヤツからどう逃げろと……。おまけにアイツとは付き合いが長い為か、俺の性格を熟知しており、罠の類いもほとんど意味をなさない。

 つまる話、俺は詰んだ状態だった訳で、仕方なく訓練を受ける事になった……ほぼ一週間ぶっ通しで。飯食う時と寝る時以外は基本訓練。いや本気で死ぬかと思った……現に今だって意識を失っていた訳だし……。

 訓練最終日だからってやり過ぎだろ、おかげで懐かしい夢を見てしまった。

 

「ん〜? ちゃんと起きているかね、返事をしたまえー」

 

 返事がないからか、疑問に思った戌子はホッケースティックを振り上げる。

 

「待て待て!! ちゃんと起きてるから、意識あるから! だからそのホッケースティックは降ろせって!!」

 

「ふむ、そうか……」

 

「何でそこで残念そうな顔をするんだよ!!」

 

 ホッケースティックを振り上げた時には嬉々としていた表情が一瞬で変わる。しょんぼりという言葉が合う程影が落ちた。……そこまでして殴りたいのか、コイツは……。

 そんな事を思いながらも、長いようで短かっ…………凄く長かった戌子との特訓がようやく終わったのだった。

 




とりあえず、今回で序章みたいのは終わりで次からbug……の前にオリジナルの話を入れて、大蜘蛛を強くしてから行きます。……そうでもしないと、分離型にとっての鬼門--bugでは生き残れないから……。

ところで、一応設定とかって必要ですかね? 自分で言うのもなんだけど、少し面倒な設定なので、もし必要という人がいれば作りますが……。

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