ムシウタ~夢捕らえる蜘蛛~   作:朝人

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今回からbugの原作沿いである欠片編入ります。
所々原作とは違う箇所があるのでご注意を。



二章『夢寄り添う欠片』
プロローグ


「現時点を以て、“大蜘蛛”を火種十号から異種九号へと認定します」

 

 呼び出された元を迎え入れたのは昇進の通達と鎖の微笑だった。

 

 

 黒い特環のコートに身を包んだ元は現在赤牧市にある中央本部に来ていた。『本部』と名が付いてる通り、特環の大元であり総本山、虫に関する実験や研究等も行われており、創設者もいる。

 その内の一人に魅車八重子という人物がいる。中央本部の副本部長である二十代後半の女性で、初対面ですら『危険』だと思わせる何かを宿している美女だ。

 転生者であり、この世界の事を幾分か解っている元は知ってる。彼女が虫、ひいてはそれを生み出している『原虫』と呼ばれる三匹を誕生させてしまった元凶であることを……。

 故に、この世界の住人より深く彼女のことを知っているが為に接触したくないと願っていたにも関わらず、元は今その人物と対面していた。

 本来東中央支部所属の元が中央本部にいるのには理由がある。

 一つは元の……“大蜘蛛”の号指定が変化した為だ。号指定とは単純な危険性や強さの他に、任務の達成率や新たな能力の開花によっても変動する。元の任務に対する姿勢はともかく達成率はかなりのものだった。それ故にその功績が認められ位が一つ繰り上がったのだ。火種ではなく異種なのは単純な戦闘力ではなく、その能力が浮き彫りになったためだろう。

 本来なら支部長に連絡が行き、それから正式に通達されるのだろう。故にこれは呼び出した“ついで”と見るべきだ。

 

 もう一つの理由は至ってシンプル、任務だ。

 東中央支部所属の元が中央本部に来る理由はそれか移動くらいしかない。しかし精鋭揃いの中央本部の一員になれる程元の能力は高くない。そうなれば必然任務ということになる。

 他局同士での人員不足の補い合いは珍しくもなく、偶々元に適した任務をあけ渡されるだけなのだろうと思い至った。

 そして、その予想は当たっていた。

 

「“大蜘蛛”、貴方には三つの任務を与えます」

 

 一度に三つもの案件を言い渡されることに顔が一瞬引き攣った。

 

「一つはある重要人物の監視にあたっている一号指定“かっこう”の補佐。一つは捕獲したとある虫憑きへの説得と交渉。そして最後に、“彼女”の再教育をお願いしたいのです」

 

 背筋が凍りつくような微笑を浮かべながら魅車八重子はそう告げた。

 与えられた三つの任務、それは全てたった一つの『bug』によって発生した延長線にあるものばかりだった。

 この時点で既に逃れられない地獄に片足を突っ込んでいたことを元は理解し、心の中で悲鳴をあげることになった。

 

 

 ひんやりとした冷気が頬を撫でる。

 そろそろ初夏に差しかかろうというのにも関わらず、冷たい風が肌を刺した。それは“此処”が室内で、更に日の光が一切入らない為だろう。

 暖かみなどなさそうな一面コンクリートで出来た部屋が幾つもあり、その全てが鉄格子によって閉ざされている。それだけでも窮屈そうなのに、そこにいる住人は皆セイフティネックと呼ばれる拘束具をつけられていた。不審な動きや反抗的な態度をした場合ボタン一つで電流が流れる仕組みになっているらしい、その所為か辺りは静寂が支配していた。

 正に牢獄と呼んでも差し支えない所を元は進んでいく。

 そしてある部屋の前にたどり着く。そこは他の部屋と違い一枚の鉄の扉だけで隔てられている。

 渡された鍵を使い中に入ると、そこには四肢を鎖で繋がれた一人の少女がいた。歳は元と同じくらいだが、平均身長より低い彼に対して彼女は高い、その所為か少し上に見える。

 扉が開かれた音で誰かが入ってきたのか分かったのだろう。ここ暫くまともに食事を取れていなかったから虚ろな目が向けられた。最も憎い相手が来たと思っていたからか憎悪に染まったその目は、しかし次の瞬間には驚愕に変わる。

 同時に元は壁に備えられていた薄く小さな長方形の空間にカードキーを差し込む。すると四肢を拘束していた鎖は音を立てて弾け、少女の体は一瞬の自由の後、重力に従い膝から崩れ落ちた。

 驚きと疲労感から力が入らずへたり込んでいる少女へ元は近付く。

 

「“大蜘蛛”たん……」

 

「よ、久しぶりだな、“からす”」

 

 そうして実に二ヶ月ぶりに元はコードネーム“からす”――白樫初季と再会を果たした。

 

 

 無指定の頃から実は“大蜘蛛”は何かと頼りにされることがあった。

 それは一号指定とは対を成す『弱者』の証明でもある無指定にも関わらず、“かっこう”や“あさぎ”という特環のツートップについて行き、ある時には意見すら述べることがあったからだろう。

 戦力としては申し分ない二人だったが些細なことで喧嘩することが多く、そうなった場合止める役目は上司である土師か同行が多かった元しかいなかった。しかし、任務終わりの現地や帰還途中に多発した為そのほとんどは元が収める他なく、土師に関しては本当に稀にしか止めない。「喧嘩するほど仲が良い」のだろうが、如何せん相手は特環局内で一、二を争う虫憑き。下手な口出しは命を縮めると大多数が思っていた為か、唯一場を収め、時には諌めるその姿は余程頼りになったようだ。

 そんな事があった所為か、一部上層部の中には「問題児は“大蜘蛛”に任せればいい」という風に考える者がいるらしく、度々その『教育』に駆り出されることもあった。

 その内の一人が“からす”だ。“からす”は同化型だ、しかしそれにあるまじき弱さから無指定の烙印を押されている。その為本来なら普通の教育者でも問題はないのだが、あの“かっこう”と同じ同化型という時点でほとんどの者は足踏みしてしまう。おまけに当初は捕獲の際の『ある出来事』によって心身ともに憎悪で溢れていた。結果、任務として命じても請け負ってくれる者は少なく、仮に受けても同化型である部分がやはり引っ掛かるらしく成果は芳しくなかった。

 いつまで経っても表面上でも分かる程に反抗的……寧ろ敵対的な態度。これが有象無象の分離型なら欠落者にされていただろうが、相手は特殊型より更に稀少な同化型。データが圧倒的に少ないそれをなくすのは惜しいと考えた結果、そういったことに物応じしない“大蜘蛛”に白羽の矢が立ったのだ。

 結果から言えば特環に組みすることには成功した。ただし表面上からは見えなくなっただけで内心は未だ特環に……特に魅車八重子に対する憎悪は消えていない。しかしそれは大半の虫憑きが抱いてるものであり、然程重要視するものではないと思われたらしい。

 ――その考えが楽観であったことを後に思い知ることになる。

 経緯はともかく結果を出したはずだったが、数日前に問題を起こしたらしく独房に監禁されていたらしい。

 

「そんなわけで、ついででまたお前の再教育を任されたわけなんだが……」

 

 そういう顛末になった経緯を話す元の額に青筋が浮かび上がる。

 肝心の初季は元の差し入れ(事情を聞いて作った)であるおにぎりを頬張りながらコクコクと首を揺らしている。頷いているように見えるが恐らくは聞いていないだろう。久しぶりの真っ当な食事に夢中になってそれどころではないらしい。

 

「聞けよ!」

 

 美味しそうに食べるのは嬉しくもあるが、代わりに見事なまでに元の話をスルーしたその姿に腹が立ち、つい声を荒げた。

 静かな牢獄にその声が響いたのは言うまでもなかった。

 




とりあえずプロローグです。
正直言って青播磨島関連の時系列が分からなくて初季の扱いが……。
誰かその辺り分かる人います?

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