ムシウタ~夢捕らえる蜘蛛~   作:朝人

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ちょっと短いです。


『蟲毒』--4

 “小那多(こなた)”とは即ち『此方』という意味から取られた名前だった。いつも誰かの傍にいてくれる、そんな優しい女の子になって欲しいという願いから名付けられたらしい。

 その名が示す通り彼女は物心つく頃から最も好きな人の傍にいた。

 自分と時同じくして生まれた片割れ、鏡のような存在。ほんの少しだけ先に生まれた男の子、兄の傍に。

 二卵性双生児故に似つかない容姿だったが、そんな事は気にせず仲良く過ごしていた。時には喧嘩をする事もあったが、それを含めても楽しかったと言える毎日だった。

 一緒にゲームしたり、外で駆け回ったり、勉強もした。体を動かすことなら兎も角、頭を使うことが苦手だった小那多はいつも兄に教えてもらっていた。目線が同じだったこともあり、学校の先生よりも分かりやすかったと思う。

 兄妹ということを除いても年中一緒にいることが多く、故に二人の絆は相当のものだった。

 だからだろう、異変にはすぐに気付くことが出来た。

 今から四年前、中学に上がった頃だろうか、兄はよく独り言を呟くようになった。本人としては隠していたつもりなのだろうが、血を分けた半身からするとバレバレだ。他のどんな人間に通用しようと小那多の前ではそれは意味を為さない。

 気になって耳を傾けると聞こえてくるのは「うるさい」、「絶対に嫌だ」、「キミの言う通りにはしない」とかなり否定的且つ反抗的なものだった。

 ――まるでそれは、(いざな)うものを拒絶するかのような態度だった。

 そのことについて訊いたことは何度もあった、しかしその悉くをあしらわれ有耶無耶にされてきた。

 自分達はたった一人の兄妹のはずなのに……。両親が不仲になったと同時に芽生えた想いが、疎外感と共に大きくなっていく。

 限界だ。

 まるで冷戦しているかのような静か過ぎる関係に小那多は耐え切れなかった。それは兄も同じだった。

 兄の独り言が始まってから二週間が流れていた。

 そこで初めて二人は本気の兄妹喧嘩をした。

 いや、正確にはそれは喧嘩とは呼べなかった。何故ならどんなに小那多が声を上げ責め立てようとも、ただ一言「ゴメン」としか応えなかったのだから……。

 日が暮れ、辺り一帯が暗闇に覆われるまで続けられたが、埒が明かないと思い踵を反そうとした時――。

 

「小那多、キミは夢を持っているかい?」

 

 突拍子も、脈絡もなく唯一兄が発した言葉だった。

 

「もしあるのなら……キミの夢を僕に教えて」

 

 「ふざけるな」と食って掛かろうとしたが、予想以上に真面目な面立ちに小那多は気圧され、暫しの葛藤の後折れた。そして密かに抱いていた想いを吐露する。

 

「お兄ちゃんを……大切な人を守りたい。それがボクの夢だよ」

 

 些細なことで不仲になり喧嘩が絶えなくなった両親。酷い時は子どもにまでその被害は及んだ。そうした時必ず怪我をするのは兄だった、妹である小那多を庇い傷を負う。それにより両親は頭が冷えることもあるが、そんなのはその場凌ぎに過ぎなかった。

 そんな兄の境遇と環境を見ていたからか、いつの間にか小那多はそう願うようになっていた。

 「大切な人を守りたい」と……。

 その言葉を聞き、兄の頬を涙が伝った。

 ああ、自分はこんな優しい子にこれから酷いことを行なう。「忘却」という最も残酷な仕打ちを。

 唐突に顕れた同居人、アリア・ヴァレィ。彼の所為で兄の日常は壊された。常に妹から発せられる、むせかえるような濃厚な甘い香り。日を増す毎に芳醇化され、いっそ鼻を削ぎ落とそうかと思ったほどだ。そんな度胸は同居人の説得により止められ、今に至るまで我慢し続けていた。

 しかしそれも限界だ。理性では止められない、想いだけでは抑えつけられない。

 なんて弱いのだろう。自責の念が込み上げると同時にこんな運命を敷いた同居人を呪った。

 耐え切れず妹を抱きしめると、その瞬間身体を碧い輝きが包む。

 

 ――絶対に赦さないからな……アリア・ヴァレィ……!

 

 その光景に困惑する中、兄が虚空に向かって忌々しくそう告げる。

 それが“小那多が知っている兄”の最後の言葉だった。

 

 

 -----------------

 

 

「う、あ、ああ……ああああああ!!」

 

 身体を覆う赤い模様がより一層の輝きを増す。

 炎を消すべく機能したスプリンクラー、そこから降り注ぐ雨に赤い光が映え酷く神秘的な光景が見える。

 だがそれを観賞する暇はなく、寧ろ忌々しげに睨む者がいた。

 

「ぐ……ッ! まさか、アイツ!?」

 

 胸を押さえつけるようにしてこなたを見るアキラの瞳には今まであったはずの余裕はない。狼狽し、焦ってすらいる。

 何が起きているのか? 外側からだけでは分からないそれは、しかし目に見えてくるようになる。

 こなたの身体の表面をミミズがのたうち回ったかのような腫れが幾つも浮かび上がり、呼応し赤い光が更に強くなる。

 絶叫と共に数秒続くと、こなたの左肩が突起する勢いで腫れ上がる。

 輝きと共に腫れ続けるそれはついに限界に達し突き抜けて出てきた。

 噴水のように噴出した血と共に現れたのは白く細長い、十cm程の虫だった。その虫はハリガネムシという寄生虫によく似ていた。

 それが自らの身体から抜け出し、宙に躍り出たのを見るとこなたは赤い剣を握り締め、風の斬撃によって消し飛ばす。

 

「がぁッ!? ……き、っさまぁぁ!!」

 

 それによって虫の宿主、アキラは胸を抉られるような感覚に襲われる。

 

 アキラの虫は分離型のハリガネムシだ。

 虫や他人に取り憑き、その人間の持つ最も強い想いを利用する虫。それを叶える為の手段を与え、判断力を奪うことで願いを果たす為だけの傀儡にしていたのだ。完全な洗脳とは異なり、この能力は強力な思考誘導とも言えるもので、元からその人間の中にある願いを利用している為憑かれたら最後、自力で解くことは不可能に近い。宿主を通すことで虫自体も操る非常に厄介な虫で、特にその性質上、強い想いを持つ者……虫憑きなら上位指定の力を持つ者にとっては天敵とも言えるべき存在だ。欠点はあくまで人の願いを利用する為成虫化した虫には効果がないということ、あとハリガネムシ自体には戦闘力がないことだろう。

 

 自身の虫の有用性、そして一度も破られたことのない自信。それがアキラの余裕の正体だった。

 しかしその虫が破られたことで冷静さを無くしたアキラは手当たり次第の虫を使ってこなたとラナ達を襲わせようとした――瞬間。

 赤い剣が今までに見たこともない程の目映い輝きを放ち、風が逆巻いた。宿主の夢だけでなく、その風すらも食らい更に輝く。

 

「消し飛べええええええ!!」

 

 そして宝剣の如き輝きを放つそれを振り下ろすと、赤い閃光が奔りコロッセオごと会場を“真っ二つに切り裂いた”。それだけではない、余波で生まれた真空波によって集めた虫は跡形もなく細切れにされ吹き飛ばされてしまった。

 今までアキラによってセーブされていたのとは比較にならない破壊力。後先考えず、残っている全ての夢を食らわせた文字通りの『最後の一撃』。

 

「ク、ソ……があぁぁ!!」

 

 しかしそれでもアキラは倒れない。咄嗟に早条の虫により壁を作り防御したのだ。無論早条の虫は死にはしないものの大きなダメージを負い、宿主である早条は耐え切れず倒れてしまう。

 渾身の一撃を放ったこなたも膝をつき虫との同化が解けてしまった。赤い剣がひび割れたナイフに戻ると虫が力なく地面に転がり落ちた。

 

「小那多!」

 

 そんな彼女の下に駆けつけたい衝動に駆られた四季だったが、まだ元の治療が済んでいない。悔しさから唇を噛み締める。

 アキラにより酷使され続け、四年間という長い年月を生き続けてきた代償。そして最後に跡形も無く夢を虫に食わせたことで小那多は既に限界だった。

 本来なら成虫化をきたしてもおかしくはないが、見ると赤いオオカマキリもボロボロの状態だった。両鎌は折れ、足は千切れ、(はらわた)は裂けていた。成虫化どころか死ぬまで秒読みの段階だ。

 虫と完全に一体化する同化型故に、先ほどのハリガネムシの呪縛からの脱出がかなり効いてるらしい。

 

「お、兄……ちゃん……」

 

 もはやまともに見ることも出来ない目でこの場にいないはずの人を探す。

 四年も前に別れ、もう思い出しては貰えないはずの人。

 例え忘れられても夢は変わらない。自分がいなくなることで彼を守れるのならば喜んでいなくなろう。そう思ってあの人の前からいなくなったはずだった。

 それなのに今尚こうして探してしまう。それほどまでに焦がれる人を求めていた手は、力なく垂れ下がり、小那多自身も倒れてしまった。

 地に伏したことで見える視界。ぼやけたその先に黒い蜘蛛がいた。襲うこともなく鎮座していた蜘蛛、看取るように小那多の姿を黒い目に映している。

 探し人はいなかったが、何故か独りではない気がして、安堵する。

 そして静かに目を閉じると、赤いオオカマキリも力尽き崩れ落ちた。

 死んではいない。しかし彼女は二度と夢を見ることも感情を宿すこともが出来ない人形――欠落者となった。

 看取るようにそれを確認すると、黒い蜘蛛は残骸と化した赤いオオカマキリの下へ向かう。

 そして丁寧に糸で包み、球体に変えると静かに呑み込んだ。




はい、そんな訳でアキラの虫はハリガネムシでした。実は何気にチート。予想が当たった人は挙手。

たぶん次回で蟲毒戦は終わると思う。

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