赤い閃光が奔る度に有象無象の虫がバラバラに切り裂かれていく。
振るうことによって生まれる余波も馬鹿にならず、防御力が乏しいものはそれだけで負傷する。正に小型の竜巻と言っていいほどの荒々しさ、正面から戦うことは自殺行為に等しい。
それが分かっている元は、まずは逃げ回って隙を窺うことにした。糸を天井に向けて放ち、その勢いを持って大きく後方へさがる。その合間にもコートから拳銃を取り出し、数発こなたに向けて放つ。一発ずつの間に多少のタイムラグを加えることで防御するタイミングもずらそうという魂胆も籠めての連射だ。
そしてそれはある意味予想通りに防がれた。
こなたの周りに風が生まれると、まるで鎧のように纏い、触れるもの全てを薙ぎ払った。その中には無論先に放った銃弾も含まれている。
舌打ちの代わりに弾が切れるまで撃ち尽くすと役目を終えた拳銃は相手に向け投げ捨てる。それは無論粉々に砕け散ったが 、代わりにコートから球体状の物を取り出す時間を作れた。
それをこなた……ではなく、地面に叩きつけると目映い光が会場に飛び散った。
閃光弾という強力な目眩ましに使うものだ。
目蓋が焼けそうなほど目映い閃光は勿論使用者である元をも襲う。
しかし元はゴーグルを遮光モードに切り替え難を逃れる。一般支給されているゴーグルにはない機能は、無論これも特注品だからだ。万一に備えて追加してもらった機能の一つに過ぎない。
炸裂した光によって大多数の者が目を瞑らなければならない状況に追いやられる。それは虫にも影響しているのかクマバチに似た大きな虫がふらふらと元に目掛けてやってきた。
元は糸で一度高く跳ぶと落下の勢いを利用してクマバチを蹴り飛ばす。その方向には例に漏れず目を瞑っているこなたの姿があった。
本来ならその巨体に押し潰される最期を迎えるはずだが、現実はそれを裏切った。恐らく羽音のみで察したのだろう、目を閉じた状態で眼前に迫ったクマバチを横一閃に切り捨てたのだ。
綺麗な断面を残し、絶命するクマバチ。
そうしてただの残骸と化した虫の後ろには一つの影が張り付いていた。
蹴り飛ばした後すぐにクマバチを盾にして接近していた元は仕込んでいたもう一つの拳銃を取り出すとこなたの腕目掛けて引き金を引く。
先のとは違い今回のは何の変哲もない実弾。当たり所が悪ければ即死すらありえるが、そんなことを考慮する余裕はない。最低限の注意だけを払い、射出された弾丸は狙い通りこなたの腕を捉えた。
クマバチを切り捨てたことによる僅かな硬直時間を狙っての渾身の一撃。
「ちッ!!」
しかしそれは超人的な反応速度の前に無に帰してしまう。
硬直時間など存在しないかのように反す剣で銃弾を払い除けるこなた。
その「予想を超えた想定内の動き」に悪態をつきながらも今度は装備されている大蜘蛛を向ける。
常に二手三手先は想定すべきもの、それが出来ない弱者はただの有象無象と同じだ。故に元は失敗した後の手を幾つか考慮している。
今回に関しても同化型という規格外が相手なのだからこのくらいの対処はされるだろうと思っていた。しかし流石の同化型といえど無理矢理動いた後では隙が生じるはず。少なくともまた剣を反すようなことはされないはずだ。
だからこそこの瞬間を元は狙っていた。一体化している虫を倒すのは困難な為まずは動きを封じるべく装備した大蜘蛛を突き出す。
そしていざ射出しようとした瞬間、元は見逃さなかった。
――こなたの空いた手に一本のカッターナイフが握られていたのを……。
「――ッ!?」
本能と今まで培ってきた経験から危険を察した元は、即座に姿勢を攻撃から防御に替える。壁にするように「面」として硬度の高い糸を出し、その上で自分も防御体勢を取る。
そして元の感じた予感の通り、絶望的な光景が目に入った。
赤い模様がカッターナイフを侵食するとそれはこなたの持ってる剣と全く同じ姿にその身を変えたのだ。
マズイ!?
そう思った時には既に遅く、新たに生まれた赤い凶刃が禍々しい煌めきを発していた。
横一閃に振り抜かれると衝撃波を思わせる斬撃が飛び、容易く糸の壁を切り裂き元を檻の端まで吹き飛ばした。
背中から叩きつけられた激痛とそのショックから息が吐き出されたことにより、一時的に目の前がブラックアウトする。
無様に地面に伏すも、何とか一命を取り留める。特別製のコートでなければ全身バラバラになってもおかしくなかっただろう。その証拠に着用者を守るという大任を果たしたコートは全身ズタボロの状態だった。幸いにしてかすり傷は負えど虫は無事だ。
意識を取り戻した元は、しかし体に力を入れることができない。
二つの得物を使う同化型。見たことも聞いたこともないその存在に元の内心は焦りと恐怖を感じている。
元々埒外とも言える性能を誇っている同化型、その彼らが持つ爆発的に攻撃力を引き上げる武器。それがまさか二つ同時に使われることになるなど夢にも思っていなかった。
持てる原作知識、そして経験とイメージトレーニングにより、もし同化型と敵対する際最も危険視するのがその武器であり、且つ唯一隙ができると睨んでいたものだった。一つの強大な力として具現化しているそれらは強過ぎるが故に反動も半端ではない。虫憑きになる際身体を作り変えられる彼らだが、それを込みにしても多少の反動や隙は出てしまう。だからこそ、そこが唯一無二の弱点だと踏んでいた。
しかしそれは目の前のイレギュラーによって呆気なく崩れてしまった。
一つの武器だから生まれる隙、その大前提を覆されたのだ。
こうなればもう元に打てる手はない。火力、スピード、耐久性、その全てにおいて負けている。できることといえば道具を使った小賢しい悪足掻きのみ。しかもそれも時間稼ぎ程度にしかならないだろう。どれほど稼げるのかは正確には分からないが、長くても数分が限界だ。四季との戦闘の時に使った道具は生憎補充できていない、閃光弾も一つしか持ち合わせがなかった。その状態で虫の能力を合わせ、乱戦を利用しても数分も持つか怪しいところだ。
しかもそれは万全の状態であれば、の話である。
背中を強打し、上手く身体に力が入らない元に逃げ続けられる余力はない。これでは一分も逃げることはできないだろう。
万事休す。それを体現するようにこなたの目は静かに開く、閃光弾の効果が切れたのだ。鋭い視線が手こずらされた獲物を捉える。
いよいよを持って年貢の納め時かもしれない。
目の前の絶望に心が折れかけ、唇を噛み締め目蓋を閉ざす。
どんなに頑張っても、足掻いても嘲笑うかのように現実はその努力を無に帰す。そんな非情な世界の洗礼に元の心に小さな諦めの感情が根付き始めた。
それは徐々に元の心身を侵し、生きる活力を奪っていく。
そして……。
「はじめぇぇぇぇぇ!!!」
全てを投げ出す直前に声が届き、生きる希望が蘇る。
会場の観客が漏らす下卑た歓声の中、甲高い声がそれを裂いて元の耳に届いた。
見るとそこには息を切らせ、肩を上下させているラナの姿があった。コロッセオに入る通路の入り口で息も絶え絶えに片手に元のケータイを持っている。過呼吸になっている所を見るに走ってきたのだろう。
袖で額の汗を拭い、大きく深呼吸した後自身の虫を呼び装備する。そして躊躇いなく檻を攻撃するが肝心の檻はビクともしない。
「退きなさい」
舌打ちするラナの後ろから姿を現したのは着物を纏った少女、四季だった。身を乗り出し空中を舞うように躍り出ると人差し指に一匹の白い蝶が止まる。元とこなたの間を差すように向けると、狙いを定めた蝶が一筋の光となって軌跡を描いた。
それは遮る物を全て貫くレーザーに等しく、ラナの攻撃に耐えた強固の檻にすら小さな穴を刻むに充分だった。
元に歩み寄っていたこなただったがその閃光に気付いたのか後ろに飛び退く。するとさっきまで彼女がいた所をレーザーが貫き、綺麗な小さい穴を空けた。もし回避していなかったら今頃体に風穴が空いていたことだろう。
「元!」
『“大蜘蛛”ざぁぁぁん!』
こなたが距離を取ったのを見計らいほのかと“まいまい”が駆け寄る。未だに檻に阻まれている為手も肩も貸すことはできないが、それでも心配して来たようだ。“まいまい”に至っては泣いてすらいる。
「ったく、遅いっての……」
『うぅぅ……ず、ずびばぜん……“大蜘蛛”さんのケータイ、機能が多すぎて……』
檻に手を掛け、なんとか体を起こす。
口では文句を言うものの、正直な所助かった。
あの時四季に渡した物の正体は元のケータイだった。技術班に改造を施してもらい多機能化したそれには発信機を辿るレーダーとしての機能も備わっている。元がラナから回収し、攫われる時も身に着けていた帽子に付けていた発信機も無論対象内の物だ。
地下だが以前来た時も電波は届くようだったし、大丈夫だろうと見越し此処に来る途中の通路に帽子を落としてきたのだ。問題は元自身が耐えられるかという所にあったが、なんとか間に合ったようでお互いに安堵の息を漏らす。
「まあいい、それより頼みがある、ほのか」
出られないと分かってる檻に近付きながらほのかを呼び寄せる。恐らく現状をどうにかする為には彼女達の力が必要になるはずだ。その為の策を元はほのかに伝える。
「やあ、これはこれは大所帯で、歓迎するよ」
唐突な乱入者に、しかしアキラは不快感を表に出さずに腕を広げる。
その演技染みた行動に苛立ちを覚えたのは四季だった。
「早条は何処!」
アキラに大切なものを奪われ続けた四季は殺気を隠そうともせず、声を荒げる。檻の中に嘗ての友人の姿を見た所為か気持ちが昂っている。
その姿ににやりと口元を歪ませる。
「ああ、彼かい? 彼なら……ほら」
そう言って視線を四季の足元にやると、そこには片方の前足がないケラがいた。それが地面に溶けるように消えると足場は瞬く間に砂地へと変わり、巨大な蟻地獄が生まれた。
直前、大きく跳躍すると虫の力を使い宙に浮かぶ。
蟻地獄の中心から姿を現す早条を認識すると、思いっ切り歯を噛み締め、懐から赤い扇子を取り出す。それを広げると数多の赤いミカドアゲハが現れた。それらは一目散にアキラに向かい爆炎に姿を変える。
本来ならひとたまりもないであろう炎の爆発に、しかしアキラは無傷で生還する。彼を護るように砂の障壁が盾となったからだ。その結果砂の盾は傷付き、壊れ、虫の宿主にも少なからず影響が出る。
「こ、の…………外道がぁ!!」
「きひっ。いいねぇ、もっと怒ってくれよ四季。もっともっと怒って強くなって貰わなくちゃなぁ?」
嫌悪と憎悪しか与えない笑みを浮かべるアキラと怒りで周りが見えなくなっている四季。
四季が様々な色の蝶を出しアキラを狙うも、その悉くを色々な虫が盾となって防いでいく。中には耐え切れず死んでしまう虫もいるが、アキラにとって捨て駒の一つに過ぎない物の為かさして顔色を変えることなく傍観するように佇んでいる。
対してアキラを護る為に虫を使っている早条はその影響からどんどん夢が失われていく。
「早条ッ……!?」
耐え切れず膝を屈すると、それに気付いた四季は攻撃の手を止める。これ以上行えば欠落者になる虞があったからだ。
しかしアキラはそんなことお構いなしに早条の虫の力を使い三日月状の刃を四季に向ける。苦虫を潰したように歯軋りを鳴らし、それを避ける。反撃を行いたいがそれでは早条を傷つけるのみ、一体どうしたらいいのかと一瞬思考が飛ぶとその僅かな隙を突いて砂の刃が眼前にまで迫っていた。
しまった!
そう思うよりも早く四季の体は引き寄せられるように下に引っ張られ、刃はただ空を切っただけに終わった。
「もう! 一人で突っ込み過ぎないでよ」
引っ張られた四季の体を受け止めたのはラナだった。寸前の所で四季の体に触覚の鞭を巻き引き寄せたのだ。
「……止めないでいただけますか? あの男だけは私の手で……!」
友人であるこなただけでなく、早条まで奪われた四季の頭は既に冷静ではなかった。ただ一刻も早くアキラを殺し、彼らを解放したいという想いに駆られていた。
「ふん!」
「あぅ!?」
その気持ちは痛いほど分かるが、現状無理を通してどうにかなる相手ではない。それを思い出させるためにラナは四季の頭を殴った、それも思いっきり、力を込めて。
堪らず頭を抱えしゃがみこむ四季、脳天から響くその鈍痛に暫しの間悶絶することになる。
「いい? 確かにアタシ達の最終目標はアイツの打倒よ。でもその前にやることがあるでしょ? まずはそっちが先、いいわね!」
「うぅぅ……は、はい……」
その間ラナのビシッと指差しながら説教混じりの説得をする、頭が冷えた四季は頭を撫でながらも何とか立ち上がりそれに応えた。
そうだ、まずは彼を助ける方が先決だ。
改めて目的を思い出し、気合を入れ直す。情けない姿を見せてしまったラナの礼を言った後四季は視線を元の方に向ける。
「四季ちゃん、こっち!」
それと同時に自分を呼ぶ声が聞こえ、彼女はそれに導かれ駆けて行った。
「何もしてこないのね、意外」
四季が去った後、ラナは戦闘態勢を崩さぬまま何のアクションも起こさなかったアキラに問いかけた。攻撃するチャンスは幾らでもあったのに関わらず、彼はただ静観しているだけだった。
「ああ、現状お前らがどうこう出来るはずがないからな。寧ろこれを打開できる程強くなって貰わなくちゃオレとしては困るんだよ」
不敵な笑みを浮かべそう言い放つアキラ。そこにあるのは絶対的な自信と期待、それを手に入れる為なら例え今ある最強の切り札を捨てることも厭わない。こちらから手を出さない限りは仕掛けるつもりもないのだろう、今は。
破綻して狂ってる。そのことを再認識したラナは抱いた嫌悪感を振り払うべく、身を翻し四季の後を追った。
「きひっ。そうだ、強くなれ、オレの為にな」
気味の悪い笑みを浮かべながら、アキラはその姿を見送った。
書いてて改めて思った、本当に同化型はチートだと。
タイマンだと瞬殺されるから乱戦にしたはずなのになぁ……。
それはそうと、思いつきで虫憑き診断ゲームというものを作ってみました。活動報告に載せているので興味ある人はやってみてね。正確性は正直分からないけど。