ムシウタ~夢捕らえる蜘蛛~   作:朝人

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終わりに向け加速する……予定。


『蟲毒』--1

 

「……何処だ?」

 

 目を覚ますとそこは全く見覚えがない場所だった。

 暗く密閉された空間。冷たい石造り、窓はなく、薄暗い蛍光灯が一本頭上にあるだけ。まるで地下室のようなそこで目を覚ました元は意識を失う前のことを思い出し、悪態をついた。

 そうだ、確か自分は早条の手によって地面に沈められたはず……。あの時の四季の動揺を見るにあれは早条の本意ではないのだろう。更に言動が怪しかったことを踏まえると考えられるのは一つ。

 --洗脳……既にアキラの手に落ちていたのか。

 何時からかは分からないが、少なくとも最近までは泳がされていたことは確かだ。そして今それを止め捕まえた……そのことが意味するのはつまり……。

 

「--ッ!?」

 

 不意に背後に気配と物音がし、反射的に振り向き袖から仕込んでいた拳銃を取り出す。銃口を向けた先には見慣れない少年の姿があった。敵とも味方とも断定はできない、しかしこんな所にいるものが一般人な訳がない。

 故に、元は躊躇わずにその引き金を引いた。咄嗟とはいえ、撃ち出された弾は狂わず少年を--しかし射抜くことはなかった。

 高速で動く白く細長いものに遮られると、まるで金属音のような甲高い音が木霊し、銃弾は弾かれた。

 

「怖いなぁ、そんなに睨まないでくれないか?」

 

 たった今起きたことなどなかったかのように振舞いながら笑顔を浮かべてそういう少年。しかしその笑顔は背筋が凍るほど気味が悪く警戒が解けることはなく、寧ろ強くなった。

 目の前の少年、直接見たのは初めてだが写真でその存在は知っていた。早条に気をつけるようにと言われたこの町での元凶--アキラだ。

 確信した、やはり彼の仕業なのだろう。一体何故自分のような力のないものを捕まえたのかは分からない。もしかしたら特環だから、とも思ったがなら何故“まいまい”と一緒の時を狙わなかったのか? お互い戦闘には不向きの虫な為早条ほどの力を持つ者なら成す術なくやられるだろう。各個撃破しなくてはならない要因はないはずだ。

 思考を巡らせていると、アキラは元に向かってある物を投げ渡す。しかし警戒した元は受け取らず、結果その物は通り過ぎ落ちた。

 何事もなかったので落ちた物に視線を向けると、そこには見覚えのあるものがあった。近付き、触れて確認してみると、それは確かに元の特環のコートとゴーグルだった。

 今更何故とは思わない。人知れず早条に仕込みを入れる程の曲者だ、自分の装備品くらい入手するのはわけがないだろう。

 だがしかし、何故わざわざそれを自分に与えるのか? 元のそれは、他の局員のとは異なり防備ではなくまごうことなき装備である。いくつもの武器が仕込まれており、虫だけでなく自身も攻撃手段を持てるようにしているからだ。それを渡すとは、敵に塩を送るようなものだ……。

 何か細工が施されていないかと疑うが、その痕跡は見当たらない。更に付け加えるようにアキラが「何も手は加えていない」と言ったこともあり、身に付けることにした。

 アキラの言葉を信用したわけではないが、これを渡す以上は「装備しろ」ということなのだろう。

 素直に従うのは遺憾だが、危険な状況に身を置いているこの状況だ。使えるものは使わなければ後が危ない。

 幸い、本当に細工は施されていないようで、問題なく装備を終える。

 

「きひっ。さあ、連いてきなよ……案内するからさ」

 

 不気味な笑みを浮かべたアキラはそう言うと部屋の扉を開ける。その先には早条を含めた数名の虫憑きが待機していた。

 拒否権はなく、逃げる術も道もないことを思い知った元は渋々アキラについて行く。

 

 

 『蟲毒(こどく)』というものを知っているだろうか?

 中国に伝わる古い呪術の一つであり、名前からも分かる通り「蟲」を使うものである。壷にあらゆる虫……毒性の強いヘビやムカデ、サソリなどを入れ共食いさせ、最後に残った一匹を呪いの道具として扱う。その虫の用途は色々とあり、富を得る為や純粋に人を殺したくて使うものもいる。

 どちらにしろ、この『蟲毒(こどく)』というものは人を殺す程の強大な力を秘めているということである。

 特に『金蚕蠱(きんさんこ)』と呼ばれる蚕の蟲毒は、術者に莫大な富を与えるが代わりとして定期的に贄を欲するとされている。定期的に人を殺さねば術者を食い殺し、手放すには『金蚕蠱』によって得た富の数倍の財産を利息としてつけなければならないらしい。ちなみこの『金蚕蠱』は不死とされ、如何なる方法を持っても殺すことはできず、先の方法でしか逃れる術はないとされている。

 さて、実はこの『蟲毒』と同じような現象が今起きている。

 コロッセオという閉ざされた空間で数多の虫憑きを殺し合わせる。端から見ればただの殺し合いだ。しかし、一度この呪法を聞けば嫌でも連想してしまうのではないだろうか?

 幾重ものの無念と怨念を喰らい、最後まで生き残った者は正真正銘の『蟲毒』となるだろう……ただ殺しを行うだけの呪いの権化、そのものに--。

 

 コロッセオの場内に響いたのは感情の篭っていない機械的なアナウンス。

 それはあまりに馬鹿馬鹿しく突拍子もない夢想だった。夢を消費して使役される虫、彼にとって宿主の夢こそが極上の餌であり贄。他の虫を喰らうことで強くなることなど本来ならありはしない。そのような事が出来る虫は極一部しかおらず、大半はその型から外れることはない。

 ある意味予想していた展開、コロッセオの巨大な檻に閉じ込められた元は先のアナウンスを反芻すると唇を噛み締めた。

 周りを見渡すと辺りには何十という虫憑きの姿があった。皆自分の置かれた立場を理解し、脱出を試みるもこの悉くは失敗に終わっている。よく見るとその中には元と同じ特環のコートを身に纏った者もいる。あらゆる手で現状集められるだけの虫憑きを此処に収容したようだ。

 その光景からこれから起こりうることは容易に想像が着いた、わざわざ『蟲毒』を例に出したのだ。恐らくそれを行うつもりなのだろう……簡単に言うとバトルロイヤルだ。最後の一人になるまで殺し合わせると見て間違いはない。

 そんなことをしても『蟲毒』は生まれないというのに……檻の外でゲラゲラ笑っている下衆の娯楽の為だけにこんな下らないものをするつもりなのか?

 『喰らう』という条件だけなら元の虫が存在するが、あれは喰らうだけで自らの糧にはしていない。よって望みの蟲毒にはなりえない。

 それは如何に強い者でも同じだ、このような混沌とした場を乗り越えるものなどそれこそ--

 

「……まさか……」

 

 一見下らない催し物、しかしそうすることでアキラが欲しいものが現れるということなのだろうか? 力を欲する彼が喉から手が出る程欲しい最高の戦力()……一号指定が。

 確かにこのような状況、それこそ一号指定なら切り抜けることは可能だろう。つまりアキラの目的は一号指定の素質を持つものを見つけることと考えられなくはないだろうか……?

 

「……いや、だが待て、流石にそれはおかしい」

 

 だが元は自らが辿り着きかけた答えを否定した。

 何故なら強さ“以外”で一号指定に必要な条件を知るものは限られているからだ。このような所で燻っている者がそれを知ることは不可能に近い。自分のような知識を持っているならいざしらず、この世界でその真実に辿り着くことは生半可なことではないのだ。

 ならば、一体他にどんな意図があるのか?

 霧に隠れるように見えかけた答えはその姿を眩ます。そのことに苛立ちを覚えるものの、気持ちと意識を切り替える。アキラの目的は気になるが、今はこの現状をどうにかするのが先決だ。

 

 改めて状況を確認する。

 今元はコロッセオの檻の中に囚われている。檻は強固で細かく出るのは難しい、強い虫の力を使えば壊せるかもしれないが檻の表面に砂のようなものが見受けられる。恐らくだが早条の虫の力によって強化されているのだろう。他にも何か細工がされているのか見た目に反しビクともしない。

 此処にいるのが無指定の虫憑きだけなら切り抜けることは不可能ではない。しかし、中央に鎮座するように佇む少女が問題だ。

 赤毛混じりの茶髪が目を引く彼女はこなた。早条の嘗ての仲間であり、基礎能力が最も高い種類の虫……同化型の虫憑きだ。同化型は基本的に一号指定にも退けを取らない力を持っている。そのような相手と正面切って戦うなど自殺行為に等しい。しかし罠の類を張ろうにも開けた所の所為で仕掛けることができない。

 正に八方塞がり。

 そんな危機的状況に陥っているにも関わらず、更に追い討ちを掛けるかのようにアナウンスが響いた。

 

『紳士淑女の皆様、御初に御目にかかります。私は当コロッセオの支配人、アキラと申します』

 

 それはアキラ本人の声だった。

 思いの外近く、それこそ檻のすぐ傍に彼はいた。道化のような白々しい大袈裟な動作、完璧に作り上げられた外面。間違いなく本人だ。

 支配人を名乗ったその少年に一瞬会場はざわめくも、すぐに収まる。意外ではあったものの、それよりも今は目先のイベントの方が楽しみなようだ。その様子にアキラは口の端を吊り上げる。

 

『これより過去最大のイベント、『蟲毒』を始めたいと思います。『蟲毒』は簡単に言うとバトルロイヤルです、どの虫憑きが生き残るか……とくとお楽しみ下さい』

 

 そう言って深々と礼をする。その仕草は様に成り過ぎていて腹が立つ。

 遠目からだが観客の手には何枚かの紙が握られている。大方賭ける対象の書かれたリストか何かなのだろう。反吐が出るほど腐った性格のものばかりだ。

 不快感が込み上げると同時にその元凶がこちらに--檻の中にいる虫憑き全員を見渡しながら喜悦を浮かべる。

 

「では、たっぷりと殺し合ってくれ」

 

 殺意を抱くその言葉が始まりを告げる合図だった。

 

 瞬間、断末魔が会場に響き渡る。

 空を切るように閃が奔ると一匹の巨大な虫が両断された。断面からは噴水の如く溢れ噴出する体液が、雨のように降り注ぎ地面を濡らす。

 嫌悪感を抱くその雨に当てられようとも、すぐ横の人間が欠落者になろうとも気にも止めずに、ただ歩みを進める少女がいた。

 血のように赤い刃を手にした最悪の存在。目に付いた瞬間無慈悲に虫を葬る様は正に「死神」と称してもいいだろう。

 逃げるもの、立ち向かうもの問わず一切を切り伏せるその姿に多くの虫憑きは畏怖と恐怖に駆られる。

 それは元も同じだった。強力な虫筆頭の同化型、その上説得の見込みもなく、退路もない。

 このような絶望的な状況にいて、気丈に保てるほど元は強い人間ではない。恐怖で体が震え、無意識に後ずさる。

 

「痛っ……!」

 

 その時、右手の甲から鋭い痛みが走る。見ると大蜘蛛がその鋭い牙で皮を挟んでいた。

 頼りない宿主に渇を入れたのか、それともさっさと戦闘態勢に移れと急かしているのかは分からないが、どちらにしても僅かながらに恐怖は薄れた。

 まさか虫に活気付けられるとは……不甲斐無い自分に呆れながらも元は大蜘蛛を装備する。

 アキラの意図も目的も未だに見当は付かない。しかしこの状況を脱しなければ自分の未来はない。

 準備を整えた元は決意を固めた。その瞳には諦めとは無縁の強い意志が宿っていた。

 




無理ゲーの始まり。

ちなみに『蟲毒』に関する知識はグー○ル先生を使って調べました。いや正確には『金蚕蠱』の方だけど……。

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