「まいったな」
行き交う人混みを眺めつつ、俺は頭を掻きながらそうごちる。
ラナのことを意識しないようにし過ぎた結果、どうやらはぐれてしまったらしい。
はぐれてから十分、恐らく向こうも気付いているはずだが現在進行形で開拓が続いている町だ。相当広い上人も多い。見つけ出すのは一苦労と言えるだろう。
こういう時本来ケータイで連絡し合えばすぐ片付くのだが、追われる身であったほのかとラナがGPS塔載のそれらを持ち続けているわけがなく、“まいまい”に関しては一度連絡が取れたもののすぐにバッテリーが切れ、以降沈黙状態。
とりあえず一度マンションに戻るように言っておいたので、恐らく帰っていってるはずだ。だから俺もすぐに向かえばいいのだが……。
「気のせい……じゃないな」
さっきから纏わりつくような視線を感じる。舐めるように、這うように絡みつくそれは断じて勘違いなどではない。敵意は感じないが、だからといって良い感情を向けられてもいない。
このまま戻るのは
撒くにしても土地感は相手の方が上だろうし、戦闘なんて持っての外だ。
どうするか?
そう頭を悩ませていると聞きたくない声が耳に届く。
「あれ? 元?」
嫌々ながらも声のした方に首を向けると、そこには最も嫌いな奴--早条駆がいた。その横には相当手こずらされた相手、四季の姿もあった。相も変わらず高そうな着物を着ている彼女は俺を見ると微笑を浮かべて会釈した。その姿は
「どうしたんだい?」
「お前には関係ない」
「……まあ、うん。そうなんだし、言いたくないならいいけどさ……なんか怒ってない?」
「そりゃ、ただでさえ嫌いな奴がイチャついて来たからな、腹も立つさ」
「えぇぇッ!?」
遠目から見ただけでもデートと判断できる程リア充臭がした。とりあえずくたばれ。
しかし、そう一蹴したにも関わらず食い下がってきた早条。仕方ないので現状について説明したが……。
「気のせいじゃない?」
「黙れ脳筋」
案の定そんなことをのたまった。半端に強い力を持っているから多少の余裕が生まれ、結果こういう所が愚鈍化する場合は多々あることだ。対して俺のように這いつくばってでも生きようすると自然にそういう所が敏感になる。ドシっと構えるかチョロチョロ逃げ回るかの違いは意外とこういう所に表れるものだ。
……最も“かっこう”とかのように力を極めた者なら話は別だろう。そういう意味ではやはり特環の三号指定以上の上位局員は別格なのだ。
「じゃあどうするの?」
「ほっとけ。お前らまで目付けられるぞ」
シッシっと手で追い払うようなジェスチャーをすると早条は一瞬驚いように表情を浮かべる。大方俺が身を按じたと思ったのだろうが、これは戦力的に見て妥当な判断だ。
“まいまい”のように戦闘力はないが特殊な能力を持つものを除くと、純粋な戦闘能力に関して俺は断トツで低い。最悪の事態を想定した場合そんな雑魚を切り捨てるのが適切だろう。
そう思って言ったにも関わらず早条は何か考え込んでいる。そして閃いたのだろう、ムカつく程に爽やかな笑顔を浮かべて言ってきた。
「じゃあさ、僕達も一緒に行くよ」
……ホントに人の話を聞いてんのか? コイツは……。
「そんな訳で漸く目覚めた四季を迎えに行ってたんだよ」
別に聞いたわけでもないのに四季と一緒だった言い訳をする早条。そんな早条を微笑みながら眺める四季。そしてその二人に半ば無理矢理付き合わされる形になった俺の三人は今、マンションに向けて歩いている。
何度も忠告はしたにも関わらず、「もう元に声掛けたし、多分それでもう僕らのこと知られただろうからね、今更だよ」そう言ってコイツは俺を連れ出したわけなのだが。まあ、言い分は尤もと言えるかもしれないが、それでも
何せ早条に関して言えば俺は憎んでいる。表立って見えなくても胸の奥の憎悪が消えるわけではない。そこは当人も知っているはず、妙なことをしようものなら俺は躊躇いなく首を刎ねる。……にも関わらず共に行動するとは……肝が据わっているのか、馬鹿なのか、それとも罪滅ぼしのつもりなのか。
どんな思惑があるにせよ、今は共にあるべきか……。
早条の話を右から左へ受け流しながら思案していると、いつの間にか建物の間に出来た道に踏み込んでいることに気付いた。
目線を上げると件のマンションが見える。そのことで近道なのだろうと思うも町のざわめきが聞こえなくなっていくと違和感を覚えた。
纏わりつくような視線、その状態での再会、人気のない道。
考えれば考えるほど嫌な予感は確信に姿を変える。
さり気なく四季を覗き見ると、彼女も早条の様子が何処かおかしいことに気付いたらしい。視線が絡み合うと俺達は言葉もなく頷く。
「……どうかしたのかい?」
押し黙っていたことに漸く気付いた早条は俺達に疑問の声を投げ掛ける。
それに応えるよりも早くポケットに忍ばせていたケータイの着信音が鳴り、慌てて出る……振りをする。
「なんだ?」
『……………………』
耳に当て通話をするが返ってくるのは無音のみ。
それはそうだろう、何せ先程のはフェイク着信を利用したものであり、実際に連絡は来ていないのだから。
しかし俺はあたかも本当に話している風を装い通話を続ける。潜入やスパイ紛いなことをしていた所為か人を騙す技術はそれなりに上がっているようだ。おかげで早条は余計な口出しはせずに静かに見守っている。
「……ああ、分かった。すぐに戻る」
そして切る振りをして即座にケータイを耳から放す。
「悪いな早条、急用だ。俺は先に戻る」
「え!? 大丈夫なのか!」
「大丈夫だっての、援軍が来るだけだ」
無論嘘だ。未だに援軍の報せはない。
本気で心配しているのか慌てた様子の早条を見て、「もしや考え過ぎか?」と思いつつも今は一刻も早く此処から離れることを優先する。
もし早条が敵の刺客ではないにしてもこの場所はマズイ。前と後ろを塞がれたら、実質上にしか逃げ道がない。恐らく複数人を操れるアキラにとっては格好の袋でしかないだろう。“巣”に反応はないが、こんな所に長居するのは得策ではない。それは特殊型であるこいつ等にも言えることだ。四季が早条を怪訝に思ったのはこの辺りが強いのだろう、二人とも特殊型でそこそこ広い範囲が必要なタイプだ。こんな狭い一本道に、しかも監視されているかもしれないと分かっているのに望んで来るだろうか?
早条が奇策を用いる人間なら分かるが、こいつはそこまで器用ではないし頭も回らない。言ってはなんだが馬鹿の類だ。故にそんなことは九割九分ないと言える。だからこそ芝居を演じ、この場を抜け出そうとした。
「来るのは全員特環の局員だ。お前らは来るなよ、ややこしくなるんだから」
暗に「着いて来るな」と言い放ち先行していた早条の脇を通り抜ける。
その際にあいつの表情を覗き見たが、そこにあるのは安否を気遣うものだけ。純粋に心配していることが窺える。
やはり過剰に考え過ぎただけなのか?
そんな自問を振り払うように次の一歩を強く踏み込んだ--瞬間、俺の体は沈んだ。
視界が一気に低くなり、浮遊感にも似た落下が身を襲う。
奈落の底に落とそうとするそれは砂だった。それが放さないように脚に絡み付き地面に呑み込んでいく。
「--ダメだよ、キミは特環にいちゃあ」
既に肩まで呑まれた俺の耳に届いたのは、やはり早条の声だ。
「キミがいなくなったら誰が『彼女』の支えになるんだ!」
しかしそれはよくある洗脳され傀儡となった者とは違い、はっきりと感情が篭っている。いや寧ろ過剰なほどあると言っていい。
「テメ……何言って……!」
「約束しただろ! 『どんなことをしても彼女を救う』と!」
その言葉で体に衝撃が奔った。
それは嘗て早条とした約束。今とは違い憎むこともなく、まるで友人の様にも接していた頃。『彼女』に救われたアイツは、最も『彼女』の近くにいて同じ気持ちを抱いていただろう俺に悩みを打ち明け、誓い合った。
だが結果は無残なものでしかなかった。「護りたい・救いたい」と願っていたにも関わらず俺達の行動は全てが裏目に出てしまった、そして--
「ッ!! 四季ぃぃぃぃぃ!!!」
思い出しかけ、意識すら奪われる寸前。
俺は持てる力の全てを使って、糸で包んだそれを四季目掛けて投げつけた。
早条のことでショックを受けていたのか、軽く放心状態だった四季は俺の声で我を取り戻すと虫の力を使ってそれを手繰り寄せる。
その姿を視界に収めたところで俺の意識は途切れてしまった。
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「早条……どうして?」
元からの受け取ったもの、ボール状の毛玉を手にしつつ四季は早条に疑問の言葉を投げ掛ける。
何故このようなことをしたのか? 早条が元を巻き込みたくないという思いを持っていたのは水野から聞いていた。何かしらの繋がりがあったことは用意に予想が着く。
しかし、何の前置きもなくこのようなことをするとは思えない。やはり、原因は……。
--きひっ。
そこまで思考が辿り着くと彼女の耳に不快な笑い声が届いた。
それは上から--建物の屋上から聞こえ、見上げると予想通りの人物がいた。
Yシャツにジーンズ、そして弛んだネクタイ。その特徴だけでも嫌気が差すというのに、今日は一段と愉快そうに口の端を吊り上げている。
「ほんっっと馬鹿だよね、早条はさ。オレに攻撃しておいて何もされないとマジで思ってたのか? きひっ! なら本当におめでたいよな!」
見下し、げらげらと腹を抱え、馬鹿にして哂う。
そう、実は早条はとっくに洗脳を受けていた。正確に言えば、あの日元達を助ける際に足止めとして砂の津波を起こした時に仕込まれていたのだ。
平気で裏切るような狡猾な性格が災いして、アキラは洗脳できる数には余裕を持たせるようにしていた。いつ如何なる時、どんな相手でも洗脳できるように……。故にあの時、アキラの前で虫を使ってしまった時点でこうなることはある種の必然だった。
見ず知らずの相手ならともかく、ある程度見知った仲である早条を操ることは容易だった。しかし元が全快していないことを知って今まで様子を見てきた。
そして今日、元が完治したと知ったアキラは行動に移したのだ。
「アぁぁキラああぁぁぁ!!」
友であるこなただけでなく、愛しいと想っていた早条すら奪われた四季の怒りは頂点に達した。
病み上がりだなんだという事情は一気に彼方に消え去り、消し炭にするべく無数の赤いミカドアゲハが舞い踊ろうと--した瞬間横から強烈な力で四季は街道近くまで弾き飛ばされた。
「はッ!?」
咄嗟に黒いミカドアゲハを盾にして勢いを殺し、なんとか人通りの多い所までは行かなかった四季。
その彼女を襲ったのは早条だった。大量の砂がまるで鉄槌のような質量と速度で四季を打ち飛ばしたのだ。
「ごめん、四季。でも、これも『彼女』を救う為なんだ」
「何を言って……!?」
訳の分からない言葉を言いながらも今度は足元から無数の刃と化した砂が襲ってきた。
黄緑色のミカドアゲハの力で風を操り、即座に回避した四季。アキラに憎悪の視線を送り付け、飛び掛ろうかとも思ったが、近くにボロボロのナイフを持った少女の姿を視認すると血が出るほど歯を食いしばるが、その場から身を引いた。
そうだ、今此処で自分が敗れようものなら、誰も救えなくなる。元もこなたも、そして早条も。他の仲間達もだ。
それはダメだ、それだけはダメなのだ。
紅蓮に焦がれる体を必死に冷まし、四季は自分に何度もそう言い聞かせた。
そして、必ず取り戻すと誓い直し全力で逃げ出した。
その逃亡を、しかしアキラは許した。
目的のものは手に入った。あの程度の相手ならわざわざ自分が追う必要はない。この地域の特環は既に手中に収めたも同然、なら追跡は彼らに任せよう。
それよりも今は……。
「『仕上げだ』」
そう言ったアキラの口は三日月を描き、顔は喜悦に歪んでいた。
アキラはゲスキャラ目指して書いています。ムカついてくれたら私的には本望です。
元の名前の元ネタですが「三野元」の名前を逆から読み、変換や一文字付け足してみたら分かると思います。転生とかなんかよりもある意味で本当に元の「始まり」ですから。