ムシウタ~夢捕らえる蜘蛛~   作:朝人

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一応日常回


帽子

『じゃーん! どうですか、生まれ変わった私の姿は!』

 

「うん、似合うよ。やっぱりラナちゃんってセンスいいんだね」

 

「別に、そんなことはないでしょ」

 

「…………」

 

 試着部屋から勢いよくカーテンを引いて登場した“まいまい”はいつもと違う格好をしていた。良い意味で子どもらしさを際立たせる麦わら帽子とワンピース。黙っていれば似合っているが、服が変わっても性格も変わるわけはなく、相も変わらず騒がしい。その上「褒めてもいいですよ」と言わんばかりに視線を送ってくる……正直うぜえ。

 

「夏場なら違和感もなく辺りに溶け込めるだろうが、生憎とまだ時期的に早い。肌寒い日も続いてるし風邪引くかもな--なんだ気に入ったのか? なんなら買ってやるぞ。ほら、そのまま着て帰ってもいいんだぞ?」

 

『わーい、元さんが未だかつてないほど優しいです! それでは早速レジに持って行きますね! ……ところで今日は強風警報が出ていたと思うのですが、気の所為でしたか? ……やっぱり惜しい気もしますが今回は諦めるとしましょう。えっと私の服は…………あれ? 大変です、元さん! 私の服がどこかにいってしまいました! このままだと私暴風に曝されて明日には風邪を引いてしまいます!』

 

「大丈夫だろ? 馬鹿は風邪引かないから」

 

『のおーっ!?  やっぱり元さんは意地悪ですーー!』

 

 一々大げさな反応をする“まいまい”、見るだけならまだしも相手をすると酷く疲れる。第一こっちは半日も頭使って精神的に余裕なんてないんだよ。息抜きに来たはずなのになんで反って疲れなきゃならんのだ。

 

 

 午前一杯使ってもまともな案が浮かばず、根を煮詰めていた俺を按じてかラナとほのかに気分転換に買い物に行こうと誘われた。袋小路に陥っていたので渡りに舟といった感覚で俺は付いて行くことにし、除け者は嫌だと“まいまい”は勝手に付いてきた。

 そうして現在女性陣の服選びに付き合わされている。この歳で既にファッションにうるさいとは……将来有望な女子力の持ち主だ。声には出さないがぼーっと眺めながらもラナに賛辞を送る。

 まあ、流石に派手な立ち振る舞いはさけようとしているのか、それとも懐事情なのか、試着のみで買う気配がまるでない。

 正直その程度のものなら余裕はあるから本当に欲しいものがあったら買えばいいと言っているんだがな。ブラック企業特環の手当金という名の給料をなめてはいけない、普通の学生なら逆立ちしても手に入らない額が毎月振り込まれるのだから……。

 一年生き延びている俺は数年は働かなくてもいい程には余金がある。特環なんかに属していなければ今頃遊び呆けていることだろう、しかし生憎と忙しいのでゲームとか買っても余裕で積まれている状態。戦闘や潜入・工作以外にも雑務とかも押し付けるとか……一回マジでメガネ割れろよ土師(アイツ)

 

「元は? 何か買わないの?」

 

 今までの不当な扱いを思い出し、心中で恨み言を吐いているとラナがやってきた。“まいまい”の面倒はほのかに任せているようだ。

 気晴らしに連れ出したのに特に参加することなく傍観していた俺の姿は何か思案しているように見えたのだろうか?

 あながち間違ってはいないが、アキラのことは一旦置いている。無理して出した作戦なんて穴だらけに決まっているからな。

 あとつまらなそうに見えたのなら仕方ない。基本的にはファッションに感心がないのだ。目に付いて気に入ったものなら買うこともあるが、ファッション誌とかを進んで読むことはない。

 なによりああいうのはモデル体型の人が着るから似合うのであって、俺のような凡人且つ低身長の人間が着ても「馬子にも衣装」にしかならないのだ。一度着させられたことがあったがその時の同僚(あいつ等)の生暖かい視線……子どもが背伸びをしている時に向けるようなあの空気は今でも忘れない。

 だから買わない、絶対買わない、背が伸びるまでは買わない。

 

「……小さい方がかわいいのに」

 

 うるさい。

 「伸びるなー」と(まじな)いでも唱えそうなほどジト目で視線を送るラナ。流石に相手をする気はないので逃げるように店内を散策することにした。

 経済革命に見舞われているだけあり町中の店の大半はオープンしてから数年も経っていない所が多く、この店も例外ではない。老朽による傷はなく、一般的な店よりも綺麗だ。店自体が大きいこともあってか置いてる種類も多い。

 俺が普段使っているところとは天地の差だな……。尤も、俺はそういうのはあまり気にしない方だし、種類が多いと反って選ぶのが面倒になり、探す時間と労力も考慮すると小さい方がいいのだが……。

 

「ま、偶の息抜きとしてならこういう所に来るのもいいかもしれないな」

 

 そう独り言を呟きながら歩いていると衣服のジャンルを通り過ぎ帽子のコーナーに来てしまった。

 

「帽子か……」

 

 そういえば、と思い出すのはラナの衣服についてだ。逃走していたラナの身なりはお世辞にも清潔とは言えなかった。だから気絶していた時に南条家の使用人の手により綺麗に洗われ、着ていた服も新しいものに代えたのだ。その際衣服に細工ついでに発信機を忍ばせていたのだが……実はこれ、まだ付いたままだったりする。

 その理由は至って簡単。俺が意識を失っていたこととラナが人を信じ易いという性根の持ち主だからだ。恐らく四季との戦いの一件で俺のこともそれなりに信用してしまったのだろう、そうでなければあんなに毛嫌いしていた特環の俺に対して先の様な態度は取らないはずだ。そしてその結果動き辛くなったり、言い出す切欠がなくなったりしたのだ。

 流石に「ちょっと貸して」と言うと怪しまれるし、無理矢理取ろうものなら晴れて『変態』の烙印を押されることだろう。まあ、本来ならほっといても問題がないと言えばないのだが……いつかバレた日には信用がガタ落ちするのが目に見えてしまい、僅かばかりの罪悪感が心中にあるのだ。

 無論それは避けるべきことだろう、私的要因以外にも今下手に関係が悪化するのは悪手でしかない。

 

「……これならいいかな?」

 

 故に、一応使える手立てを行う為にそれに必要なものを手に取り、レジに持っていくことにした。

 

 

「あ、来た」

 

 買い物を終え店内を見渡してもほのか達の姿がなかったので、もしやと思い外に出ると案の定そこにいた。

 向こうも俺を見つけたらしくほのかが視線を向ける。

 

「結局買ったの?」

 

 手に握られていた紙袋を凝視しての質問に「ああ」と応える。まあ、俺が使うわけではないし大きさからもわかる通り服でもない。

 「なんですか? なんですか?」と鬱陶しく聞いてくる“まいまい”は無視して、その紙袋をラナに突き出す。

 突然のことにラナは「え?」と驚きの声を上げ、困惑と色を深める。

 

「まあ、色々と手伝ってくれたからな。その礼だよ」

 

 そういうが、釈然としないのか戸惑いながら受け取った。

 何が入ってるのか? そんな疑問が好奇心を刺激してか、ラナは「見ていいか」という視線を投げ掛ける。別に特別な物ではないし、後生大事に取っていられても困るので迷うことなく首を縦に振る。

 

「あ、これ……」

 

 がさごそと音を鳴らしながら紙袋を開けて取り出すとそこには帽子があった。種類はハンチング帽と言うやつで昔は猟師とかが使っていたものだ。現代では普通にファッションとして被っていた人もいるので贈り物としても大丈夫だろうと判断して選んだのだ。……というか今ラナが被っているのは普通の野球帽に近いやつであり、流石に女の子には合わないのでは? と思いこれにした。

 

『ああーー!? ラナさんだけズルイです! “まいまい”ちゃんにも、“まいまい”ちゃんにもプレゼントをプリーズ!』

 

「ああ、服見つかったんだな、よかったな。ちなみに働いていないのでお前にはやらん」

 

『のおーっ!? 』

 

 ねだる“まいまい”を一蹴する。その後ぶつぶつと何か愚痴っているがコイツのことだ、お菓子とか与えれば簡単に機嫌を直すだろう。故に今はあえて放置することにした。

 

「え……えっと、そのー……あ、ありがとう」

 

 慣れていないのか、恥ずかしそうに礼を言うその姿にいつもの勝気な様は何処へ行ったのか? なんというか本当に美少女の類なんだなと思えるほど可愛いかった。これがギャップ萌えか? ……違うか。

 

「ん、じゃあこっちは貰うぞ」

 

 ひょいとラナの頭から件の発信機付きの帽子を掠め取る。

 

「ちょっと!?」

 

「いいだろ? それ意外と高かったんだぜ。だからこれくらい貰っても問題ないだろ?」

 

「…………もう」

 

 有無を言う前に取った帽子を頭に被りそう言うとラナは頬を赤くしながらも呆れたのか反論はしなくなった。

 

 ふぅ、なんとかこれで帽子は回収し終えた。あとはこっそり処分すれば問題は解決だ。

 ……しかし、何故こんなにいい匂いがするんだろ? 帽子(これ)。暫くの間あの部屋にいたってことは風呂とかは普通に使ったんだよな? 俺の知らぬ間にシャンプーとか変えたんだろうか?

 ラナの匂いが鼻腔を燻り、少し恥ずかしくなった。だが流石に持ち歩くのは不審に思うだろうし、何より面倒だ。

 まあ、暫くしたら慣れるだろう。

 そう自分に言い聞かせるも、しかしなるべくラナを視界に入れないようにしていた。

 

 

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「よかったね、ラナちゃん」

 

「笑顔が怖いって、ほのか」

 

 元がなるべくラナを意識しないように努力している端でほのかは贈り物を貰った張本人に笑顔を向けた。そこには「一人だけ貰ってずるい」という子どもらしい嫉妬心が見えた。

 ラナ本人が強請(ねだ)ったわけではない上、当の本人も驚いているのだから流石に許して欲しい。

 それにあの元のことだ、口では「お礼」と言っていたが実際は何か裏があるのではないだろうか? 無論自分に害を為すものではないだろうが、それでもそう思わずにはいられない。そうしなければ変に勘ぐってしまそうになる自分がいるのだ。

 色恋とは言わない、しかしそれでも自分を特別視しているのでは? と考えてしまうのはやはり自惚れだろう。だから変な方に思考しないようにしなければ。

 そう思い、まるで振り切るように次の目的地を求めさっさと進んでいく。

 久しぶりに誰かから貰ったプレゼント。その事実に顔が破綻しそうになったり、口の端が吊り上りそうになるのを必死に抑えて歩むスピードを僅かに上げる。

 

 思う所は違えど、お互いに相手の顔を見辛くなっていた。

 故にその姿を見失ったのはある意味仕方なかったことかもしれない。

 --きひっ。

 生に貪欲な獣の笑い声が静かに耳に届いた。




実はラナは昔の……黒歴史時代の時に出来たキャラだったりします、当時からスタイルがいいよかったり、帽子被ってたり、電気使ったりと面影が結構残ってるキャラです。今回の帽子イベントもその時のものを応用してたり……。
黒歴史も使いようですね!(身悶えながら)

ちなみに元の名前の元ネタに関しては次回以降にする予定です。

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