○月×日
今日から
唐突だが、多分今俺が置かれている状況を知ったらほとんどの人は同情する事だろう……。
結論から言おう…………特環に捕まりました。
あの日、俺の“虫”について調べた日。何がどういう訳か、家に強盗が押し入りました……。
今すぐにも人を殺しそうな雰囲気で、冗談なんて一切通じなさそうな切羽詰まった感じだったな……。恐らくは借金か何らかの理由で金が欲しかったのだろう、この世界での俺の両親はそれなりに稼いでおり、一軒家も持っていた。だからウチに押し入ったのだろうが、それが悪かった。
色々と問答があり、埒が開かないと思った犯人は子どもの俺を人質に捕ったのだ。
これには俺も両親も焦った。まさかそんなドラマみたいな展開になるとは思わなかったし、犯人には本当に後がない気配があった。
そして、身の危険を感じた俺はつい無意識に“虫”を使ってしまった。
突如現れた大人一人程の大きな蜘蛛。犯人の驚いた隙を逃さず、蜘蛛の糸で拘束。強盗に関してはそれで終わったのだが……息子が“虫憑き”であった事のショックと“虫”の恐怖からか、両親は怖れて警察に通報してしまったのだ。
それからの展開は大方予想が着くだろう。
特環に捕まりたくなかった俺は何とか逃げ出すものの、個人と組織では明らかに個人の方が不利だった。粘るだけ粘ったが、結局は囲まれて万事休す。罠とか張ったりもしたけど、基本数で押されたら負ける自信がある。何せ一体分の火力からして違うからね……。
そして、追い討ちをかけるかの様に、アイツ――“かっこう”まで出て来た。この時点で降伏したよ、当たり前だけど……。
相手、一号指定の原作主人公。俺、転生者だけど特典なしの分離型。どう考えても百%負けます。
そんな訳で、大人しく捕まりました。そして……。
「何をしている?」
「ん?」
不意に声が聞こえ、視線を上に上げるとそこには、絆創膏以外特に特徴のない、見た目『普通』の少年――薬屋大助がいた。
人畜無害そうな少年だが、一方裏では敵味方問わず『悪魔』と呼ばれ恐れられている最強の“虫憑き”――“かっこう”である。
ちなみに、“虫”の種類はかなりレアな『同化型』……羨ましい……。
「見て分からないか、日記だよ」
「オレが聞きたいのは、何で今更なのかって事だ」
まあ、大助の言う通り今更ではあるか……何せ、俺が特別環境保全事務局――通称、特環に所属したのは今から一年前だ。
……えぇ、なんだかんだで何とか一年生き延びていますよ……ついでにこの間、無指定から十号へと昇格しました。やったね!
「十号に昇格出来たからその記念?」
「何でオレに聞くんだ」
……まあ、戌子にしごかれてこれだから……
「それより、お前こそどうしたんだ?」
特環の東中央支部。今俺達がいる所はそこだ。……正確に言えば、更にそこの休憩室みたいな所か。
基本的に一人でいる事の多い“かっこう”は、常に誰かしら一人以上はいる休憩室にはなかなか近寄らない。なのに、わざわざ今俺がいる時にやって来たのだ……絶対何かある、それも悪い感じの物が……。
「仕事だ、“大蜘蛛”」
確信めいた直感を感じ取った瞬間、“かっこう”の口から俺のコードネームが紡がれた。
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――“大蜘蛛”。
実際には存在しない妖怪化した蜘蛛の総称。通常の何十、何百倍もの巨大な蜘蛛の事を表した言葉だ。
特環でも俺の“虫”について調べた様だが、結局は俺と同じで分からず仕舞い。だからか、俺のコードネームは安直だが“大蜘蛛”という事になったらしい。
――時は深夜、雲一つない空に丸い月が浮かんでいた。ビルの屋上にいるお陰か、遮る物がなく良く見える。今が秋なら絶好の月見日和だろう。
春の始めなので夜はまだ若干肌寒い季節だろうが、今は特環のコートを纏っているので然程寒さは感じない。
『準備は出来たかい? “大蜘蛛”』
ゴーグル越しに聴こえる男性の声。俺のコードネームを言ったのは、東中央支部の支部長である土師圭吾だった。
「今からやる所ですよ、『アレ』は精神削るんで、話しかけないで下さいよ」
他の“虫憑き”とは違い、俺は彼を嫌う理由は特にない。だからか偶に話す時もある、しかし“かっこう”程親しい訳ではないから二言三言の返事で終わる事が多い。
そして、今から俺は仕事をしなければいけないので、一々構ってる暇はない。
『健闘を祈るよ』
「それは前線にいる“かっこう”にでも言って下さい」
『彼は強いから問題ないよ、キミと違ってね』
「はいはい、どーせ俺は雑魚ですよー」
むかつく言い方だが、それはアイツの性根がねじ曲っているから仕方ない、軽くスルーしよう。
「んじゃ、今から“巣”を使うんで切りますよ」
『ああ、わかっ――』
返事を待たずに通信を切る。
いつからいたのか、右肩に乗っていた黒い蜘蛛がそこから飛び降り、地面に着地。俺のコードネームと同じ名前の“虫”――“大蜘蛛”は、まるで風船が膨らむ様に、一瞬で俺よりも大きな身体へとその姿を変える。
そして針の様に鋭利な脚を適当な場所に突き刺すと、細くて薄い糸の束が“大蜘蛛”の脚に纏わりついた。
昼間、“かっこう”から仕事の話を聞いた後、俺は急いで下準備に入った。街のあちこちに俺の“虫”の糸を張ったのだ。街は常に並木の様に建物が立ち並んでいる。だから糸を張り易い。
このビルを中心として作った巨大な“巣”。その中に数体の獲物が入る気配があった。
特環の作戦メンバーは既に入っており、新たな戦力が入る場合は一番に俺に連絡が来る様になっている。故にこれは……。
「――敵か」
糸が数本切れた感覚が、蜘蛛を通して伝わる。
「“大蜘蛛”より各班へ、獲物が“巣”に入った。細かい情報は追って連絡する……逃がすなよ」
“かっこう”も出てるから大丈夫だと思うが、一応念を押しておく。
“巣”は一から作る場合最低でも数時間は時間を要する。首都クラスなら、最悪丸一日以上は掛かる面倒な物だ。
わざわざ昼から任務が始まる二時間前までずっと走り続けて作ったのに、逃げられたとあっては俺の努力が無為になってしまう。そんな事は許さない……逃がしたやろうは殴る、絶対に。
「――掛かったか」
その時、断続的に糸が切れる感覚が伝わる。恐らくはターゲットの内の一人だろう。
感知用の糸は、基本百m間隔に一本ずつ設置している。よくアニメや映画のダンジョンにある罠の様な感じに張ってある……地上から三m以上の位置に。
そうする理由は、無論一般人が引っかかり無駄に切れない様にする為と、もう一つ。今回のターゲットは複数で全員が分離型の“虫”らしい。しかも飛行能力を有する。
「……切れる間隔が早くなった……他の奴らも“虫”を使い始めたか」
逃げる為……ではなく、恐らく奇襲する為に出したのだろう。
持たらされた情報によると、今回の奴らはかなりの過激派との事。無指定とはいえ、特環の“虫憑き”を数名『欠落者』にしている。もしかしたら号指定クラスの実力者もいるかもしれないな。
再び糸が切れる感覚が伝わる、今度は数秒間に複数。到底常人には出せない速度だ……ま、お陰で位置は大体検討が着いた。
「“大蜘蛛”よりA班へ……」
回線を開き、ターゲットが仕掛けるであろう班と情報処理班全てに次々と連絡を入れる。
これで彼らの奇襲は既にその意味をなくした。“巣”によって得られる情報は正直そこまで正確ではない。しかし多少正確でなく、ある程度誤差が生じても、そこは情報処理に特化した後方の方々が修正し、再度正確な情報を持たらすので今の所問題はない。
「始まったか……」
数分もしない内に公園の方で大きな爆音が一つ、恐らくは“かっこう”のだろう。それを皮切りにあちこちで破壊音や“虫”の咆哮が聞こえ始めた。
「さて、あとはドンパチが終わるまで……見物……」
役目を終え、“虫”をしまおうとした瞬間、感知用の糸に反応があった。それだけなら然して何もない、いつもの事なのだが……その反応が段々近づいて来るのだ……こちらに向かって。
車に例えると時速六〜八十km程の速さだろう、かなりの速度で俺がいるビルに向かって来る。
「マジかよ……」
糸の中には感知用の脆いやつの他にも、罠用に鋼糸やピアノ線の様に鋭い物も存在する。実体のある無指定の“虫”なら、問題なく両断出来る程の切れ味だ。……だが。
「マズイな……」
ちゃんと鋼糸が切れる感覚は伝わるのに、対象のスピードは尚も落ちない。ダメージはほとんど与えられていないだろう……確実に号指定クラスだ。
「どっかの奴らがミスったのか、それとも単純に隠れていただけか……とりあえずは、逃げるに限る!」
糸の維持と切断、消滅は俺の意思一つでどうにでもなる。故に“大蜘蛛”の脚に絡まった糸の束をすぐに全て解き、その背中に乗る。
そして、その巨体からは想像出来ない脚力で屋上のフェンスを飛び越える。
直後、大きな爆発音が後ろから聞こえた。落ちる間際、音の発信源と思わしき砂埃が舞う中心にコクワガタの様な姿をした“虫”を一瞬視界に捉えた。
――落ちる。重力に従い下に……地面に落ちる。
「――ッ!!」
空が遠退き、地面が近づく。俺と“虫”が危険を感じたのはほとんど同じだった。
声が出た瞬間、“大蜘蛛”は糸を地面に向かって吐き出す。それは良く言って毛糸、悪く言えば毛玉の様な形で、地面に触れた瞬間弾ける様に球体からマット状の形に姿を変える。自分の躯よりも少し大きなそれに“大蜘蛛”は寸分狂わずど真ん中に着地する。
低反発顔負けの衝撃を吸収するそれのお陰で、“虫”も俺も無傷だった。
「やっぱ……三十階からの飛び降りはキツイな……」
なかなか慣れそうにない感覚とその恐怖に軽く身震いする。一応訓練で落下上昇は何度かやった事があるが、それでも最高十階程の高さが限界だった。
練習なしのぶっつけ本番でよく成功したものだ。我ながら褒めてやりたい所だが、今は逃げるのが先決だ。
「はぁ……」
“虫”に乗ったまま近くの横道に入り込むと、安堵の息が漏れた。しかし、まだ危険な事に変わりはない。だから俺は――“虫”から降りた。
そして、“大蜘蛛”に右手を添えると、“虫”の躯は次第に小さくなり、三十cm程の大きさになると長い脚を使い器用に右腕にしがみ着く。
八本の長い脚ががっちりと腕を捕らえ、ちょっとやそっとでは全く離れる気配がない。
俺の“虫”――“大蜘蛛”は純粋な分離型だ。躯を大きくし、糸によって相手を捕らえる。ただそれだけの普通の分離型。
ただ、糸の材質を自在に変えられる事が唯一の利点だろう。餅の様に柔らかいものからゴムの様に伸縮性を持つもの、鋼糸の様に鋭いものまで様々な糸を出す事が出来る。
しかし、それだけでは生き残る事が困難な為どうするか悩んだ結果、装備タイプの“虫”を参考にした。“虫”その物が一つの武器になる、分離型の中でも珍しいタイプだ。
色々な装備タイプのデータを見て、試行錯誤した結果、たどり着いたのがコレだった。
腕をがっちりとホールドした姿は、まるでガントレットの様にも感じられる。
純粋な装備タイプと違い、“大蜘蛛”そのものは武器としての意味はあまりなさない。だが、ただ一つ――糸を操るという一点にだけ特化している。
「ちッ――!!」
“虫”の羽音が聴こえ、振り返ると先程のコクワガタが見えた。照準を定める様に、俺にハサミを向けた瞬間、まるで爆発したような加速力で一気に距離を詰めた。
そして、次の瞬間には凄まじい轟音を発て、地面にクレーターを作る。
普通に考えて即死級の威力だ。今の威力を考慮してもコイツが無指定な訳がない……俺の予想だが、八号クラスの力を秘めていると思う。恐らく、今までこの方法で多くの虫憑きを倒してきたのだろう。
『一撃必殺』――正にその言葉を体現した様な“虫”だ。
「ま、俺はそう簡単にやられてやらないけど」
獲物がいない事に気付き、すぐに捉えようとキョロキョロと辺りを窺う。その動きが少し面白くて、つい吹き出してしまう。
「あ……」
それに気付いたのか、コクワガタが上――ビルの中腹に文字通りぶら下がっている俺を見つけた。
右腕に着いた蜘蛛の口から出た糸が、ビルの屋上の柵から垂れている。この形態の扱い方は何度も練習したので、咄嗟の事でもこれ位の回避は出来たりする。
宙吊りになっている俺にコクワガタが照準を合わせるのと、俺が糸を切ったのはほぼ同じタイミングだった。
重力に従い、地面に吸い寄せられる様に落ちる俺の少し上をコクワガタが通過する。そして、その爆発的な加速力により、ビルの中へと突っ込んでしまった。
「……………………」
これの損害賠償って俺の給料から引かれないよな……とか思いつつも、俺は隣のビルに右腕の照準を合わせると蜘蛛の口から新たに糸が吐き出された。それは屋上の縁に当たると、勢いよく縮んでいく。
後少しでぶつかりそうなところで糸を切り、新たな糸で他のビルの縁に当て、そしてまた……以下略。ほとんどこんな感じで移動する。気分は木から木へと飛び移る猿のようだ。
コクワガタが突っ込んだビルからある程度離れると、後ろで大きな爆発が聞こえた。
見ると、件の“虫”が勢いよくビルから飛び出して来た。先程凄いスピードでビルに突っ込んだというのに、その躯には傷一つ付いていない。
“かっこう”等、一号指定が相手の場合どうしても雑魚に感じてしまうが、分離型の中でも甲虫の姿をした“虫”は、実の所かなり性能が良い。十号やその辺りの強さの者には十分に脅威になる。
並の攻撃を遮る重く強固な躯、そしてそれを飛ばせる羽。特殊型とは違う、象や熊の様に重く巨大な“虫”が自由に空を飛ぶ。分かると思うが、そんな巨大なものが自動車並の速度で空を駆る、最早それだけで脅威だ。
――特にそれが、クワガタやカブトの様に凶器を持つものなら尚の事……。
「――ッ!?」
風を切る音の中、また羽音が聴こえた。反射的に後ろを振り向くとコクワガタが既に俺を照準に捉えていた。そして、瞬きをする暇もなく突撃してきた。
糸を支点に『俺』という重りを振り子の様に振る。単調な動き故にそのパターンを読まれたのだろう……。俺が次糸を切るタイミングまで読んで、コクワガタがハサミを大きく広げながら迫ってくる。
無論、空中で且つ命綱とも言える糸が切れたタイミングで来られたのだ。回避する事などほぼ不可能だし、相手もそれを理解していた。だからこれで終わると思っていた……お互いに。
「え……?」
だが次の瞬間、“大蜘蛛”が俺の意図とは別に新しい糸を出したのだ…………八本ある脚の内一本から。
それにより、軌道とタイミングが大きく変わった事でコクワガタは標的を失い、そのまま街道の空を駆けていく。
それを見送ると、俺の体は大きな衝撃に襲われる。
「かぁッ――!?」
左腕から伝わる痛み。それが最初は何なのか全く理解できなかった。だが、痛みで途絶えていた意識と視界が戻るとようやく自分が状況を理解した。
どうやら俺は無理な軌道変更をされた為、ビルに打ち付けられたらしい。それもかなりの速度で。
結果、左腕から叩き付けられた俺はあまりの痛みと衝撃で一瞬意識を失った様だ。
「――ぎぃッ!?」
このままでは危ないと思い、降りようと体を動かすと左腕と肋からハンマーで叩かれた様な鈍い痛みが走り、奇妙な悲鳴を上げてしまった。
「ぉ……折れ、て……ぅぅッ!!」
最低でも左腕は折れているのが分かる。何故なら動かそうとしても全く微動だにしないくせに、痛みだけはよく響くのだから。
「ッッッ――――!!!」
襲い来る痛みにひたすら耐え、声を押し殺しながら俺は地上に降りた。
この状態では思う様に逃げられない。でも逃げないとまたあの“虫”が襲ってくる。しかし、逃げたくても走る事が出来る程の体が無事な訳ではない……恐らく歩くので精一杯だ。
詰んだな……そう思いながら、こんな状況に追いやった原因に目を向ける。
四つの目玉を持つグロテスクな外見の俺の“虫”。そいつが今嘲った様な気がしたのは気のせいではないだろう。元々戦闘に特化している訳でもないのに、八号指定並の“虫”に追われるとは…………運がなさ過ぎる。早く“かっこう”が来てくれる事を祈りたいが……。
――そんな願いは虚しく砕け散った。
耳に例の羽音が入る。
次いであのコクワガタが空から舞い降りてきた。止めを刺せる程弱かっているからか、堂々と現れ見下す。
大きく開いたハサミが今は死神の鎌に見える。
「ぅく――」
流石に死ぬのは嫌なので、最後の悪あがきに“大蜘蛛”を腕から外し、巨大化させる。
痛いまま死ぬのと、“欠落者”となり痛みを忘れるか。俺に残された結末はこの二つだけ……。
――呆気ないな……。
そう思うと、まるで俺の心情を読んだ様に、コクワガタがハサミを広げて突撃してきた。
ただの巨大な蜘蛛を殺すには十分過ぎる加速力。十分過ぎる得物。下手をしたら“虫”ごと両断されてしまうかもしれない。
それでも腹をくくり、静かに目を閉じる。
死刑の宣告を受けた罪人の様に、ただ来るべき“無”を待つだけだ。
そして……
――“虫”の羽音が一瞬消えた。
「……………………?」
いつまで経っても来ない痛みや“無”に疑問を感じ、静かに瞼を開く。
そこには信じられない光景があった。
例の“虫”――コクワガタがいた。これだけなら然して当たり前の事だ。だが問題は、そのコクワガタに糸が絡まったいた事だ。
その“糸”とは、無論俺の“虫”の物だ。それがコクワガタの躯を雁字がらめに捕らえ、動きを封じていた。あの小煩かった音を出していた羽ですら、惨めに羽ばたく事すら出来ずに……。
何故こんな状況になったのか考えていたら、不意に“大蜘蛛”に視線が行く。
――まさか、コイツが……?
そう思うと、意図を察したのか“大蜘蛛”の目が動いた……ような気がした。
その視線の先には破れた“蜘蛛の巣”があった。それは普通の物に比べたら遥かに巨大な、しかし薄く細い糸で組まれた結果注視しない限り、決して見抜く事が出来ない物だった。
「そういえば……」
“巣”を作る際、罠も同時に作るのだが、撃退用の他に捕縛用の罠も作っていた事を忘れていた……。
基本的に撃退用のみが反応する事が多く、多用するのもそちらで、捕縛用はなかなか使わないし引っかからないから、その存在を忘れてしまうのだ…………今回の様に。何せ捕縛用はその性質上、下手をすると味方すら捕らえてしまうから多くは設置出来ないのだ。
「く……はは」
惨めに地面を転がる“虫”、惨めに生き延びた俺。どちらも惨めで無様で、本当に酷いものだ。だからだろう、つい笑ってしまった。
「悪いな」
無様に生き残った俺は容赦なく“虫”に指示を出す。
俺の意思に従い、蜘蛛がその長い脚を振り上げる。
次の瞬間糸によって閉じれなくなった羽の“内側”を突き刺した。そして、槍の様に鋭利な脚は意図も簡単にコクワガタの躯を貫く。
甲虫が防御に秀でていると言ったが、それは身を守る殻があるからだ。だが逆を言えば、その下は殻がなければいけない程に脆い。
一度では絶命しなかったのか、“虫”の悲鳴が夜の街に響く。仕方なく、二度三度と貫くとコクワガタの目から光が失われた。恐らく死んだのだろう……如何に号指定並の力を持っていても躯の自由を奪われろば、こんなにもあっさりと殺されてしまう。
「う……」
安心したからか体から力が抜け、そのまま倒れてしまった。折れた左腕から鈍い痛みが伝わるが仕方ない、命あっての物種だろう。
「あ――」
一瞬意識が飛びかけてたが、不穏な物音が聴こえ、辛うじて保つ。
満身創痍なのか体は動かず、首だけを音がした方に向ける。そこには、殺したコクワガタを糸で何重にも丸めている“大蜘蛛”の姿があった。
「なんだ……」
『いつもの光景』、それを見て安堵する。“大蜘蛛”は強固な糸で圧し潰して小さくした“虫”の団子を、器用に口元に持っていくと『パクッ』という擬音が聞こえそうな程、呆気なく呑み込んだ。
その光景は本来なら異常なのだろうが、俺にとっては既に見慣れた物の一つになっていた。
“大蜘蛛”は自分が倒した“虫”を食べる習性を持っているようだ。もっとも、食べると言っても何処ぞの“不死”の様に喰った“虫”の能力を使えるとかいうチート能力はない。“ただ食べる”それだけだ。
何故こんな事をするのかは一切不明。無指定・号指定を問わず、かれこれ八匹程は食ったはずなのに強くなる予兆すらない所を見ると、やはりただの習性としか思えない。
「やば……」
体力の限界なのか、激しい睡魔が襲う。未だに左腕は痛むが、それより睡魔の方が勝っているらしい。
ゆっくりと瞼が降り、視界が暗闇に覆われる。完全に閉じる際、特環の局員の姿が端に見えた。その姿を確認すると、ようやく終わったのだと安堵し、暗闇に意識が沈んでいった。
一応これでもオリ主なのでこれから強くしていく予定です。