ムシウタ~夢捕らえる蜘蛛~   作:朝人

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「支配人」

 何もない空間が歪み、雪が溶けるように見えない境界が崩れると、一時的に世界から隔離されていた少女と異形のモノ達が帰ってきた。

 

「四季ちゃん!?」

 

 異形達に変化は見られない、隔離される前と全く同じだ。しかし少女の方は大きく変わっていた。

 着物から色と呼べるものはほとんどなくなり何百年も昔のもののように風化している。出血自体はある程度収まっているものの、体そのものが青ざめており体温も低い。素人目から見ても分かる危険な状態だ。

 

「ラナちゃん上着!」

 

 戻ってきた四季に駆け寄り容態を見ていたほのかは、そう言ってラナに手を伸ばす。唖然としていたラナはその声で我に返り、上着を渡す。

 受け取るとすぐに四季の体を包み温めた。虫の力を使い過ぎた為の貧血と体温低下、それを抑えるためだ。十二分な知識がない上テレビや本で見た見様見真似の拙い手当て、ないよりはマシという程度のそれを終えるとドサッと何かが落ちるような音が聞こえた。

 振り向くと繭が裂け、その中からずぶ濡れの元が姿を見せていた。どういう訳か傷は完全に完治していたが、まだ意識がなく倒れている元の下に白い大蜘蛛が近寄る。まるで空気の抜けた風船の様に躯がどんどん小さくなっていく。それと同時に色も元の黒に戻っていき、最後はビー玉程の大きさにまでなると自らの宿主の服の中に消えて行った。

 唐突に現れ、好きなだけ混乱を撒き散らした後、役目を終えたとばかりに消えて行った不可思議な虫。それをただ呆然と眺めていたラナは、「なんだったのよ……」と誰に言うでもなく呟いた。

 

「とにかく、急いで此処から離れようラナちゃん。あれだけ派手に暴れてたんだからきっと--」

 

 --居場所がバレてしまう。

 そう言おうとした瞬間、パチパチと叩く音が耳に入った。それは手を叩く様に一定のリズムを持っており、事実その通りだった。

 

「いやぁ、凄い凄い。まさか四季が敗れるとは」

 

 ギクリと、その声を聞いたほのかの顔が一気に青ざめた。

 まるで人を小馬鹿にしたような調子で軽く語るその声は、何処か人として嫌悪感を抱いた。耳に入るだけでおぞけが走るそれは彼女達の丁度真後ろから聴こえてきた。

 恐る恐る振り返るとそこには数人の少年と少女がいた。

 

「……アキラ」

 

 その中の一人、Yシャツにジーンズ、そこに申し訳ない程度に弛く結んだネクタイをした茶髪の少年にほのかは睨みをきかせた。

 今まで見たことない程殺気に満ちた顔にラナはたじろぐが、当のほのか本人はそんなことには見もくれず尚睨み続ける。

 今にも飛び掛かりそうなほのかと、ヘラヘラと薄笑いを浮かべるアキラ。詳しい事情を知らないラナはおろおろと二人を見比べていた。

 「おやぁ?」とようやくラナの存在に気付いたかのような態度を示したアキラは気味が悪いほど口を吊り上がらせた。

 

「キミ見たことないねぇ? もしや新入りかなー? では通例行事として挨拶でもしよう」

 

 おどけた道化(ピエロ)の様に大袈裟な身振り手振りで自らの存在を誇張する。

 

「どうもはじめまして、(わたくし)は地下闘技場『コロッセオ』の支配人、アキラでございます。以後お見知りおきを」

 

 そうしてアキラと名乗った少年はお調子者の如き口調でニヤリとラナに笑い掛ける。その笑みを見た瞬間ゾクッと背筋が凍るような感覚に見舞われた、得体の知れないそれはただただラナに恐怖だけを残した。

 --『コロッセオ』。その名だけは聞いている、この町で捕まった虫憑きが送られる死刑場。虫憑きを見世物として扱う最低最悪の非公式娯楽施設、金と権力を持った下衆共の渇きを潤す為に作られた物の事だ。

 元達とは別にその実体を見た訳ではないラナですら、それを聞いただけでアキラに強い嫌悪感を抱いた。それもそうだろう、何せそこは本来ならラナとほのかが送られるはずの場所だったのだから。逃げなければそこで見世物として死ぬか虫の限界が来るまで戦わされていたはずなのだから。

 --目の前の少年がそれを行っている元凶なのか?

 そんな疑問が沸き立つと共に怒りが込み上げてきた。

 一体自分達を、虫憑きを何だと思っているんだ。商売道具として見るなど、怪物と呼ばれ忌み嫌われるよりも尚質が悪い。

 憤慨するラナを他所にアキラは再度ニヤリと気味の悪い笑顔を浮かべる。

 

「さて、ここでちょっとした取引をしないかい? なぁに悪い話じゃないさ」

 

「何を言って--」

 

「そこの彼をこちらに渡してくれないかな? そうしたらキミたちは見逃してあげよう。勿論特環からも逃げ切れるように手を回してあげるよ」

 

 紡がれたのは悪魔の囁きだった。

 倒れている元を差し出せば自分達を見逃すと、おまけに特環からも逃げ切れるように手配するとの事だ。

 本来ならどう考えても真っ赤な嘘だと思うだろう。非公認とはいえ特別環境保全事務局は国の組織だ。この国にいる以上、何の権力も庇護もなく彼らから逃れる術はない。故にアキラの出した先の条件は実現不可能な嘘八百だと考えるのが普通だろう。現に彼のことを知らないラナは敵意剥き出しで「ふざけるな!」と怒鳴り返している。

 だが……。

 

「嘘なんかじゃない、オレの力なら実現可能さ。お前なら知ってるはずだろ? なぁ……ほのか」

 

 きひっ、と牙を剥くように歪んだ笑みを浮かべてほのかを見やる。すると当のほのかはバツの悪そうに顔を顰める。

 何故ほのかに同意を求めたのか、一瞬分からなかったがすぐにあることを思い出した。

 そうだ、ほのかはかつて底王と仲間だったはずだ……。

 その事を思い出すと同時にほのかに視線を向ける。問い(ただ)すように真っ直ぐ向けられたそれに耐えきれず観念して素直に応えた。

 

「……確かに、アキラならそれは可能だよ」

 

 開いた口から出たのは肯定の言葉だった。それにラナは信じられないといった表情を浮かべ、アキラは「ほらな」と言わんばかりに口の端を吊り上げた。

 嘗ての仲間の言葉はそれだけで説得力がある。

 

「でも、そいつだけは信じちゃ駄目」

 

 だからほのかは彼の言葉や力ではなく彼自身を否定した。

 そうだ、確かにほのかは彼を知っている。あのグループにいる期間はそんなに長くはなかったが、彼の実力と性格を理解するには十分過ぎた。

 最初は気さくな少年かと思っていたがそれはほのか達を偽る為の仮面だった。その本性は自分の為なら人を利用し、切り捨てる外道。例え仲間でも一切容赦せず容易く騙し、背後から討つ。人情や道徳が欠如した破綻者。

 それがほのかが……いやほのか達がアキラに抱いている認識だ。故に、彼の言葉は全て疑ってかからないといけない。隙など絶対に見せてはいけないのだ。

 

「どうやら、交渉決裂のようだ」

 

 敵意を剥き出しに睨みつけている二人を見て、ヘラヘラと笑いながら「いやぁ残念だー」と肩すら落とさず明らかな棒読みで落ち込んだ振りをする。

 そして、喜悦に歪んだ口で一人の少女に命じた。

 

「そういう訳だ。あいつらを欠落者にしろ、こなた」

 

 アキラの言葉に応じるように数人の少年達の一人、元達がコロッセオで目撃した底王と同じ黒いフードを被った少女がボロボロのナイフを片手に、ほのか達と対峙するかのように前に出た。

 

「こなたちゃん……」

 

「………………」

 

 フードの隙間から赤みを帯びた茶髪が覗いた。その少女もかつてはほのかも属していたグループの仲間の一人だった。しかし、ある日彼女はグループから離反したのだ。理由を問い質した者、説得した者すら切り伏せてアキラと共にその姿を眩ませた。次にほのか達が彼女を目にした時には秘密裏に町の地下で作られていたコロッセオにて虫憑き達の処刑人として、底王と呼ばれ恐れられる存在になっていた。

 そうして悪魔のように恐れられているこなたの瞳にはしかし何処か迷いがあった。短い間とはいえ、嘗て仲間であった少女を倒すのは抵抗があるのだろうか。

 彼女の思いを察したアキラはやれやれと肩を(すく)め、しかしこれから起こりうるであろう展開を予想しほくそ笑む。

 

「彼は特環の局員みたいだからね……“三匹目”について何か知ってるかもよ」

 

 愉快と言わんばかりの声色で告げられたその言葉を聴いた瞬間こなたの纏っていた空気ががらりと変わった。

 

「“三匹目”……アリア・ヴァレィ……!」

 

 一瞬で成りを潜めた迷いの代わりに、一目見ただけでわかる夥しい怒気と殺気が溢れた。それに誘われるように現れた赤いオオカマキリがナイフに止まり、宿主と同化を果たす。

 同化型の特徴とも言える模様が侵食を進める度にナイフを鋭い剣に、自身を最適な戦闘マシンへと変える。模様が身体を被うと怒りが暴発でも起こしたかのように赤い風が吹き荒れる。

 暴風と称していい程の勢いを持つ風を纏い、小型の竜巻と化したこなたは、尚も模様を赤く輝かせほのか達に接近した。

 

「っ!?」

 

「ほのか!!」

 

 同化型特有の人間離れした脚力と風による加速にり、一歩踏み込んだと思った瞬間には赤い刃が目の前に迫っていた。

 同化した時に警戒して作った壁はあっさり切り裂かれ、あまりの速度にラナの鞭では捕らえることすら叶わない。

 速すぎる。そんな感想すら抱く前に血を彷彿させる赤い剣は振り下ろされほのかの頭を……しかし両断することはなかった。

 その寸前で剣の軌道が逸れ、同時にほのかの姿が消えた。

 何が起きた?

 理解することが出来ず辺りを見渡すと、ほのかだけでなくラナや身動きが取れなかったはずの元や四季の姿も消えている。

 一瞬混乱に陥るものの、すぐに足下に違和感を覚えて視線を向けると、そこには砂で出来たケラが靴に張り付いていた。

 

「!?」

 

 見覚えのあるそれに、「まさか」と僅かに思考を奪われた瞬間、ケラが地面に潜り瞬く間にコンクリートの路面を砂の海に変える。虚を突かれたこなたはすぐに反応することが出来ず、蟻地獄のように足を絡め捕られ身動きが取れなくなった。

 動きを封じられたこなたから傍観していたアキラ達に標的をかえたケラは砂の海に津波をお越し、大規模な大波を起こす。

 道路の一面を覆うほどのそれに、しかしアキラは一切の脅威を抱かない。そしてその心中を察したかのように一人の少年が前に出る。

 こなたと同じフードを纏っている彼は、現在の底王の片割れだ。その右手に紺色のトホシテントウムシに酷似している虫が止まっていた。それは瞬く間に30cm程の円盤へと姿を変えると脚を触手の様にし、少年の腕へと侵入する。

 分離型の中でも珍しい装備型の虫。虫と同化し真価を発揮する同化型とは異なり、虫そのものが武器となるもので、中には同化型程ではないにしても身体能力を引き上げることが出来る虫もいる。

 例えば、そう……遮る盾のように大きくなった紺色のトホシテントウムシなどもその類いの一つだ。宿主を隠せるほどの大きさに姿を変え、いっそ盾というよりは壁に等しくなったそれは迫り来る砂の津波の前に悠然と立ち塞がる。

 本来なら容易く呑みされるであろう障害物は、しかし砂の奔流に巻き込まれて尚傾きすら見せない。

 いや、正確には巻き込まれてすらいなかった。

 砂が当たる直前、まるで意思を持ったかの様に盾を避けているのだ。盾として形を持っているものの、自らに触れることを許さない、そんな性質を持った虫の為せる技だ。

 結果彼の後ろにいたアキラ達は一切の無傷。大掛かりな攻撃をしたにも関わらず無為に終わってしまったと思われたそれに、しかしアキラが舌を打った。

 

「逃げられたか」

 

 砂の津波が終わるとそこには自分達の他に姿はなかった。先の派手な攻撃は逃げる時間を稼ぐことこそに意味があったのだろう。

 そう結論付け、深追いはせず一先ず退こうとした時、突然トホシテントウの宿主の少年が苦しみのあまり叫び出した。

 視線を向けるとトホシテントウが歪に歪みながら少年の腕と一体に成ろうとしていた

 成虫化だ。それを瞬時に理解したアキラの心中には落胆が生まれた。

 

「使えないな」

 

 まるで玩具に飽きた子どものように吐き捨てる。

 希少であり、且つ虫の性質が近いと思った為に同化型の虫を使わせてみたのだか、やはりというかなんというか数回ともたずに限界がきたようだ。それでも他の虫憑きよりは持った方だから、アキラの試みは少なからず成功したことにはなるが……。

 普通に使うのならもっと持っただろうが、やはり同化型はかなり特殊な部類と見るべきか。

 やれやれ、仕方がないな。そんな心境で死への秒読みが始まった少年に手を差し向ける。

 

「成虫化した虫は使えないんだよ」

 

 そして、何かを握り潰す様に拳を握るとトホシテントウの躯に亀裂が入り、次の瞬間には断末魔とともにバラバラに引き裂かれていた。

 ひとりでに起きたそれに周りの少年達は気にも止めない。仲間の一人が欠落者となったら、本来は何かしら反応があってもいいはず。そうならないということは彼らは俗に『仲間』と呼ばれる分類のものではないのだ。

 折角の希少な装備型を失い、同時に視界の隅で苦しみながらも何かに耐えているこなたの姿を見て「あーあ」とため息混じりに肩を落とす。

 あの様子ではこなたの方もそろそろ限界が近いのだろう。それは以前より解っていたことであり、故に成虫化を迎える前に彼女に代わる戦力が欲しかった。

 その為に、この前わざと数人の虫憑きを脱走させ追いやり、あの最強の悪魔がいる支部にちょっかいを掛けたというのに……おまけに態々情報まで漏洩させ、否応にもこちらに目がいくようにもしたというのに……。それにも関わらず求めていた一号指定(最強)が来ないことに当初アキラは心底気落ちしていた。

 早条(さじょう)や四季が何か企んでいることにもとっくに感づいていたが、所詮純粋な火力頼りの戦法しか取れない彼らではアキラやこなたに対抗できるはずがない。だから座興として好きに動かしていたのだが……。

 

「きひっ」

 

 鋭い歯を見せるように口が三日月状に歪んだ。

 しかし自分はついている。あのような“面白いもの”に遭遇できるとは……。

 狂気、喜悦、愉悦、憎悪、崇拝。ありとあらゆる感情がごちゃ混ぜになり混沌とした笑みにその姿を変える。

 常人であれば見ただけで逃げ出してしまいそうな表情を浮かべ、アキラはただただ愉快に、愉しそうに笑い続ける。

 

 --ああ、これでまた生き延びれる。

 

 そんな、狂おしくも純粋に、そして歪んでしまった欲望()を抱きながら、月のない空の下道化はただ哂った--。




終わったーー!!
正確には違うけど、予定していた四季戦は今回で終わりです。ここまで長かったね、ほんとごめんね!
今回までで伏線やら何やらをふんだんにばら撒いたつもり、回収できるかは別問題。まあできる限りは拾っていくつもりです。

実はこの作品五月十三日に連載してから一周年迎えてました。いやほんと、時間の流れって早いね……(遠い目)
原作もついに終わったし……。

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