ムシウタ~夢捕らえる蜘蛛~   作:朝人

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最近寒くなってきましたね。今年もふたるさんが荒ぶりそうなので願掛けも込めて言おうと思う。

詩歌かわいいよ詩歌(懇願)

ウチの作品だと出番ほんとうにないけどね……あれなんか雪が(ry


『四季』--2

「さて、此処までくれば大丈夫かな……」

 

「痛ッ!」

 

 どのくらい連れまわされたのかわからない。目と口を封じられた少女の荷物のような運ばれ方は、しかし唐突に終わりを迎えた。

 ドンと、なんの前触れもなく鈍痛が身体を突き抜ける。恐らく抱えられた状態から急に落とされたのだろう。それを行った犯人に文句を言おうと視線を上げるとそこには予想していた通りの少年--元がいた。

 場所はどこかの路地裏だろうか、少し薄暗いそこに黒いコートとゴーグルに身を包んだ姿を見て、「やっぱり特環なんだ」と一瞬再認識した後、すぐに睨み付ける。

 

「なんでアンタが此処にいるの! なんでアタシの居場所が解ったの! なんで来たの! なんでよ! なんで!」

 

 なんで。文句だけを言うつもりが気付けば喚き散らしていた。そんなラナの言葉に文字通り耳を塞ぎながら「うるさいな」などと思っていると次の瞬間、張り詰めた表情は一気に破綻する。

 

「……なんで来ちゃったのよ……あの子のこと護ってよ……お願いだから……」

 

 掴み掛かるほど怒っていたかと思うと途端に泣き崩れた。挙句には「お願い」とまで言ってくる程に懇願さえする。

 分離型はお人よしが多いと聞く、それは能力が異なる装備型も同様だ。しかし、流石にここまで入れ込むとは、自分が薄情なだけかもしれないがそれでも珍しいと思う……。

 

「まったく……口どころか目も見えるようになったかと思えば、怒ったり泣いたり……忙しい奴だな、お前は」

 

 呆れたように語る口振り、その中に懐かしむように……しかし何処か虚しいような哀愁が含まれていたことにラナは気付く余裕がなかった。それとは別に気になる言葉があったからだ。

 『口どころか目も見えるようになったかと思えば』。今確かに彼はそう言った。

 そうだ、今までいつものように当たり前だと思っていた光が、いつの間にか視界に戻っている。口に関しては元の登場後ということもあり、大方糸か何かで塞いだのだろう。そこは予想がつく。

 しかし、視界に関しては話は別だ。あれはあの少女の虫の力なのだから。

 

「どうやって--」

 

「ほれ」

 

 疑問を完全に口に出す前に元はある物を投げ渡す。

 それは野球ボール程の大きさの白い毛玉だった。僅かに表面が薄く、目を凝らすと辛うじて中が見えた。

 黒い物体が揺れ動いている……更に意識を集中し凝視するとその正体が判明した。

 それは、先ほどまでラナを苦しみ続けてた少女の虫--黒いミカドアゲハだった。

 

「お前の頭に付いていた、目が見えなくなったのは多分その所為だろう」

 

 そう言ってラナから毛玉を回収すると、まるで握り潰すように力を入れる。するとそれに呼応するように毛玉はどんどん小さくなっていき、最後にはBB弾ほどの大きさになると跡形もなく消滅する。

 

「凄い……」

 

「虫の形状を維持できなくなるまでただ媒体を圧縮し続ける力技のどこが凄いんだよ」

 

 実際の所、物理的な攻撃手段しか持たない虫の場合特殊型を倒すのは難しい……というより実質「無い」と言える。その特殊型の虫を一匹だけとはいえ、完全に消せる元にラナは驚くが、当の本人はそうは思わないらしい。……というのも、この方法を考えたのは元ではなく、彼の教官なのだ。

 昔、特殊型に対して自分はどう対処すればいいかと聞いたことがある。“かっこう”ほどの力はないくせに物理的な干渉しかできない自分。そんな自分がもし逃げることすら出来なくなったらどうすればいいのか? そう自らの教官に問いかけたことがある。

 

『諦めたまえー』

 

 一秒にも満たない時間でそれを言われた時は流石に「おい」と突っ込みを入れたのは今でも覚えている。

 

『うん? 冗談ではないのだがね。まあいいか、そうだね……キミの能力なら糸で包み込んで“媒体諸共()し潰す”ということが出来るだろうね。……おや? なんだい、その顔は? 勘違いしないで欲しいのだが、確かに特殊型の媒体は実態がないものが多い。しかしだからといって虫自体が物理的干渉を全く受けないというわけではないのだよ』

 

 事実、“かっこう”も殺すことは出来ないが傷付けることはできると経験から言っていた。あくまで相性が悪いというだけで対処は可能なのだとか。……まあそれでも、やはり殺せないことに代わりはないのだが。

 

『“かっこう”の場合はどうしても一点打--強力な一方通行の攻撃しかできない為虫は弾けるか完全に消し飛ぶかの二択しかないわけだ。対してキミはその攻撃力こそないものの変則的な動きが出来る。全方位、全くの逃げ場を無くしそのまま()し潰すことも出来るというわけなのだよ。幸いなことに実態を持たない特殊型の大半は耐久性というものがほとんどないと言える、つまりキミの虫の力でも十二分に倒すことが可能なのだよ』

 

 無論全ての特殊型に当て嵌まるわけではない。鉄や鋼のような元から硬い物質を媒体にするものや、何処かの戦闘狂のように元は脆いのに能力として凶悪で強固な爪にして使うものもいる。故に「絶対」とは言い難い……しかし教官の言う通り耐久性の低い虫の方が多いのだ、特殊型は。

 一見強いように見えるが、その実姿を形成している物のなんと儚いものか……それは特殊型の持つ心の弱さの表れなのかもしれない。

 小さい教官の講義を受ける中、当時ふとそんなことを元は思っていた。

 

『さて、そうとなれば今日の訓練内容(メニュー)は決まりだ。「特殊型の虫を一匹潰す」--これにしよう。なに心配はいらないさ、ボクが責任を持って胸を貸そうではないか。--さあ、では始めようか』

 

 感慨深くなっていた元を無視して、一人で勝手に本日の訓練メニューを決めた戌先生の嬉々とした笑顔は今でも忘れられないトラウマだ。「貸せるほど胸ないだろ、お前」とつい口走った所為か、結局一匹倒すだけで六時間も費やされ、感電死一歩手前にまで追いやられたのも完全なトラウマだ。

 故にその経験から、もう二度と戌子の指導は受けないと心に誓った。

 

 

 嫌なことを思い出した頭を振り、今の現状(現実)に目を向ける。

 まず、ラナを見つけられた理由だが……これは(あらかじ)め代えの服に発信機を付けていたためだ。普通は疑問の一つも抱くだろうが思っていたより純粋らしい、おかげで簡単に居場所を探り当てることが出来た。……発信機を付けていたことは伏せて置いた方がいいだろう。

 その為、実は思いの外早くラナの下に辿り着いていたのだが、相手の目的が不明であったこと、相手が明らかに四号指定以上の力を持っていたことから助け出すタイミングが掴めなかった。

 少女の意識が別の方にいったのを見逃さなかった元は、逃走・撹乱用として技術部に作らせた発煙筒を糸で消火器に付けて少女に投げ放ったのだ。あの時、もし仮に迎撃されなかったとしても、そこは西中央支部の特別製--ある程度の衝撃を加えれば起動するようになっていた。

 想定通り迎撃された消火器から大量の煙幕が発生し、その煙に紛れてラナを回収。

 それからひたすら逃げ続けて、一段落。そして今に至るのだ。

 

「……ほら」

 

「え……?」

 

 不意に元が何かをラナの頭に被せた。いきなりで驚くも、取って確認するとそれはいつも被っているトレードマークの帽子だった。爆風で吹き飛んでいたのだが、何故か狙ったように元目掛けて飛んできた為ついでに回収していたのだ。

 

「休息は済んだろ? なら行く--」

 

 唐突に言葉を切る元に、再度疑問符が浮かぶ。だが、尋ねるより前に当人は頭に手を当て深いため息を吐いた。

 

「……なんで迷わず、一直線にこっちこれんだよ、おい」

 

 逃げる際、念のため用心として新たに作った“巣”に反応があった。

 来る方向的にまず間違いなく例の和服の少女だろう。どういう原理か不明だが、糸の切れる間隔を計ってもこの間のコクワガタ並の速度でこちらに向かっている。

 軌道に全くのブレがない所を見るに恐らく感知能力に優れた仲間でもいるのだろう。彼女自身が持っているのであれば、元の奇襲は成功していないはずだ。故に仲間がいると考えるのは妥当な線と言える。

 

「ともかく、この場から離れるぞ」

 

「わ、わかった」

 

 焦るように急いでラナの手を引く。引かれた本人は状況がわからず、且ついきなりの接触で内心穏やかではないが、元の顔に余裕がないことに気付くとなんとか頷く。聞きたいことはあるがどうやら今は一刻を争うらしい。

 どこからともなく現れた二匹の虫。黒い蜘蛛と手負いのシロスジカミキリがそれぞれの宿主の腕に触れると武器の様な形体に変わる。

 片や真正の装備型、片や見様見真似の紛い物。しかして奇妙なことに二匹の虫の能力は似通っていた……主に移動関連で。

 それぞれが移動の準備を始めると--赤いミカドアゲハが二人の間に舞い降りた。

 

「くッ--!」

 

「なッ!」

 

 反射的に同時に跳ね除けた二人。一人は糸で、一人は鞭で、跳ぶ速度を速める。

 そして次の瞬間。赤いミカドアゲハはその身を業火に変え、路地裏に灼熱の灯りをともした。

 伸縮性の高い糸で咄嗟に後ろの建物にまで離れる元。肌を焼くような業火から逃れた彼はそのまま糸を建物の屋上にある手摺に当て上へ昇ると、自分が跳んだのと反対側へ移動する。その際、暗くて解らなかったが、ここがほのかと会った場所の近くであることに気付いた。奇妙な縁もあるものだと思いながらデパートを通過する。

 器用に糸を使い進む元の目に倒れているラナの姿が飛び込む。

 糸とは異なり鞭は対象物に『巻きつく』為多少のタイムラグが発生する。その微かな時間で元より回避が遅れたラナは僅かに爆炎の余波を受けてしまったのだ。

 

「大丈夫か?」

 

 近くにまで寄ると肩を揺らして安否を確認する。「ん……」と声が漏れた後瞼が開き、最初は定まらなかった焦点が徐々に眼前の人物を捉える。

 

「うん、思ったほどダメージはないみたい」

 

 元の手を借りて体を起こすラナ。実は意識が飛んでいたが今言ったところで余計な心配をかけるだけなので黙っておく。

 

「そうか。なら、一応コーティングを掛けておいて正解だったか」

 

「? ……コーティング?」

 

「ああ、その服には俺の虫の糸を覆わせているからな、そこらの市販の服より強度は高いぞ」

 

「……納得」

 

 どうりで壊れにくかったり、ミカドアゲハの攻撃の余波に巻き込まれても尚ダメージが少ないと思ったら……そういうことだったらしい。

 用意周到というか、手が込んでいるというか、心配性というか……ともかく、今回は元のその性分に助けられたということなのだろう。

 

「……さて、どうやら無駄話はここまでみたいだな」

 

 ラナが無事であったにほっとする暇もなく、諦めたように肩を落とし、観念した元の言葉に答えるように二人の前に黒い着物の少女が降りてきた。

 赤い和傘を差しながら、まるで令嬢でも思わせるかのように優雅な振る舞いで降りたった少女の表情は今、喜悦に満ちていた。

 

「初めまして、私は“四季”と申します。苗字・名前・渾名(あだな)・コードネーム、どの認識でも構いませんがそれが私を示す言葉だと思ってください」

 

 傘を畳み、まるでお辞儀でもするように頭を下げるとそう名乗った。本当の名前かはともかくとして、どうやら彼女は“四季”と呼ばれているらしい。

 『四季』--春夏秋冬を表し、こと日本においては切っても切れない言葉の一つである。もし仮にこれが彼女のコードネームのようなものだとしたら、彼女の虫の能力はそれに起因する何かなのだろうか?

 

「それで、その四季が一体俺達に何の用だ?」

 

 目的も実力差も明白である以上、少しでも時間を稼ぐ為とぼけた振りをする。推定だが確実に上位号の虫憑き……しかも特殊型の相手なんて御免だからだ。故に悪知恵……もとい策を練る時間を少しでも稼ぎたい。

 そんな意図があることを知ってか知らずか四季は口元に笑みを浮かべ元の問いに答えた。

 

「では単刀直入に。私は貴方を迎えに来ました」

 

「………………は?」

 

 予想打にしない言葉に元の頭は一瞬フリーズを起こしてしまった。

 優しく囁くように、だが確かにはっきりと彼女はそう言った。「貴方を迎えに来た」と。

 その言葉の意味自体は深く考えなくてもわかる、そのままの意味だろう。しかしだ、それだと矛盾というものが発生する。

 まず、元は四季と名乗るこの少女と会った(ためし)がない。人間の記憶なんて曖昧であまり信用できるものではなく、絶対とは言わないが、少なくともこんな目立つ格好の少女なら僅かにでも覚えていそうなものだ。しかし、いくら遡っても彼女についての記憶がない。故に、恐らく初対面なはずだ。

 そうなると、つい先日まで無指定の虫憑きだった自分との接点が思い浮かばない。

 現在、十号指定になったものの、戦力と見るなら明らかに自分よりも強く引き抜きやすい者が他にいるだろう。その他の能力に関しても同じことが言える。

 罠と感知を両立できる“巣”はあるが、準備そのものに多くの時間が掛かる上、無いよりマシというのが現状に近い。なら単純に、どちらか片方に特化したものの方が普通に優れているだろう。潜入・工作ならそこそこの成果は出せるが、それでも幻覚作用をもたらす者を使った方が効率はいい。

 どれを取っても中途半端、器用貧乏な自分を欲する理由が一切見当たらない。

 

「人違いだろ? 生憎、俺に希少性や特殊性はねぇよ。だからさっさと帰ってくれ」

 

「いいえ、間違いありません」

 

「……どうしてそう断言できる」

 

 即答。それも確信を持ってはっきりと断言した。

 そこまで言い切るのであればちゃんとした理由があってのことだろう。

 

「私の仲間には未来を知ることの出来る能力者がいます。彼女の見せてくれた映像(ヴィジョン)の中に貴方が私達を率いる存在として映し出されていたのです」

 

 ……………………。

 言葉が出ない。今、なんと言った。

 未来を知ることが出来る能力だと?

 もしそんなものが実在するのなら、実質彼女達を捕まえることは誰にも出来ないのではないか?

 未来を知っているという意味では転生者である元もある意味同一とも言える。しかし、元の場合はある一定の時期、しかも世界において重要なことのみしか知りえない、これは予知というより「予言」に近い。

 しかし、四季の言う彼女とは現在進行形で起こりうる事象を予め知ることができる……文字通りの「予知」だ。仮にそうなら今まで……いや、これからも特環の手から逃れ続けることが出来るのではないか?

 

 --そして気になることがもう一つ。

 彼女は今、「自分が彼女達を率いる存在」だと言った。

 馬鹿馬鹿しい、そうはき捨てるほどにありえないことだ。四季の実力、その秘匿性を見ても恐らく彼女の仲間も号指定並の力を持っている可能性が高い。そんな実力者達を高々十号の自分がどうやって率いるというのか?

 ……自分の無力さは「あの時」嫌というほど思い知らされた。自分が特別でないということは元自身がよく知っている。

 だから……。

 

「……そんな未来、ありえねぇよ」

 

 自傷染みた笑みを浮かべ、元は大蜘蛛の口を地面に向ける。

 一瞬、風船のように膨らんだ後、口から大量の糸が地面に敷き詰められていく。

 不規則なようでいて、その実規則的に地面を這うその姿はまるで波のようであり、それが収まると元とラナ、そして四季の三人を逃さないように巨大な蜘蛛の巣が地面に出来ていた。




はい、今回は説明回っぽいものでした。
敵側がチート? 大丈夫、ムシウタではよくあること。
次回辺りで媒体の種明かしは出来るかな……。

詩歌かわいいよ詩歌(洗脳済み)

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