雄英体育祭を終えてから一週間。
襲撃後の混乱はあったものの、誰一人欠けることなく1-Aの生徒たちは日々の生活を取り戻していた。
さすがはヒーローの卵といったところであろうか。
そんな彼らに新たなイベントが待ち構えていた。
「えー、社会の状況は混乱しているが、君たちには職場体験をしてもらう」
「職場体験……ヤベ、俺どこなんだろ」
「ウチ、そんなにアピールできなかったしなぁ」
「先生! 体験先はどうやって決めるのですか?」
相澤から告げられた職場体験の連絡にどよめきが起こる。
ヒーローを目指す生徒にとって、憧れのヒーローと仮とはいえ一緒に働ける職場体験は待ち望んだイベントだ。
むろん、現実的な面でも、職場体験の経験が今後のヒーローとしての活動に大きく影響を与えることも、関心事の一つだろう。
「おまえら、静かにしろ。説明ができん。非合理的だ」
とはいえ、相澤がざわついた教室を許すはずもなく。
ひと睨みして生徒たちを黙らせた。
それだけで静まり返るのは相澤が優秀な教師だからだろう。けっして恐怖政治などではない……はず。
「例年であれば体育祭の活躍や成績でヒーロー事務所から指名が入るところだが、知ってのとおり今年は事情が異なる」
毎年行われる職場体験は、体育祭の様子を見たヒーローたちが自分が良いと思った生徒を指名し、生徒がその中から行き先を決める。
しかし、今年は体育祭がヴィランの襲撃で途中で中止になってしまっている。
そこで雄英教師陣は特別な対応をとることとなった。
「今年は一年生の指名はなしだ。全員あらかじめこちらがオファーした受け入れ先の事務所から選んでもらう」
「えー、せっかく頑張ったのにー!」
「おい、俺に指名が来てねーはずねーだろ! ふざけんな!」
「私の希望に合った事務所はあるのかしら?」
全員指名なし。
学校側の思い切った判断に1―Aの生徒たちからは不満と不安の声があがる。
また騒がしくなる教室に相澤がキレそうになったとき、ドアが勢いよく開けられて注目がそちらに集まる。
「はいはい、それぞれ言いたいことはあるでしょうけど、対策はしたから安心しなさい」
ピシッと鞭を鳴らして18禁ヒーロー「ミッドナイト」が入室してきた。
呆気にとられる皆をよそに、ミッドナイトは教壇に上がって説明を始めた。
「昨年は学校からオファーをかける事務所は指名が入らなかった生徒用だったけれど、今年は全員ということで大幅にオファーの数を増やしたわ。
その数、なんと400事務所よ!」
「400!? やっぱ、すげえな雄英高校」
切島がその数に驚き、感心した声を上げる。
その様子に、ミッドナイトは少し報われた気持ちになる。
なにせ昨年はオファーをかけた受け入れ先は40件。
今年はその10倍もの事務所を用意することになったのだ。その苦労は10倍どころではない。
指名を出した事務所一つ一つに事情を説明し、受け入れ可能か条件を確認し、生徒の体験先の判断のために簡単な説明文を作る。
指名を出した事務所は4ケタを超えており、この作業をしかも時間の限られた中で行うのは殺人的なスケジュールだった。「過労死」の三文字が頭をよぎるくらいには。
ちなみに、彼女の隣にいる合理主義者は学校に愛用寝袋で泊まりこむという手段で乗り越えている。
たしかに効率的だったが、真似したくないと思った教師は彼女だけではなかったが。
「というわけで、『コードネーム』、ヒーロー名を決めてもらうわよ!」
「「「「胸ふくらむヤツきたああああ!!」」」」
ヒーローネーム考案に湧き上がる。
ヴィランの襲撃があれど、ここには平和な時間がまだ流れていたのだった。
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授業後、受け入れ先の事務所のリストを片手に職場体験の話題で盛り上がる生徒たち。
そんな騒がしい教室を後にする爆豪と轟がいた。
向かった先は仮眠室。
オールマイトがよく利用する、いや、ほぼオールマイト専用に作られた部屋だ。
そう、二人はオールマイトに呼び出されていた。
「やあ、よく来たね。二人とも」
「ウス」
「何の用だよ、オールマイト」
マッスルフォームで出迎えるオールマイトに返事をする轟と爆豪。
席を進められ、真正面から向かい合う。
「君たちを呼び出した理由は職場体験に関わることでね。爆豪少年、轟少年、ひとつ提案があるんだが……
職場体験先を私の師匠のところで受けてみないか?」
「「オールマイトの師匠!?」」
オールマイトからの提案に二人そろって驚く。
そのハモりっぷりに爆豪が少しイラッとしたが、なんとか抑えて言葉をつづけた。
「で、どんなヤツなんだ? あんたの師匠ってのは」
「かつて雄英で一年間だけ教師をしていた、私の担任だった方だ」
「雄英の? さすがオールマイトの師匠ってところか。だが、なんで俺たちにそんな提案を?」
轟が疑問を向ける。
オールマイトの師匠に指導を受けるのは願ってもないことだが、なぜ自分たちなのか分からなかったのだ。
その疑問はもっともだと、オールマイトが理由を告げる。
体育祭で活躍し、注目をあびたというのもある。
が、一番の理由は骸無――ヴィラン連合の改造人間と深く関わっていることだ。
USJ襲撃、体育祭襲撃。二度にわたって骸無と戦い生き残った。
そして状況が重なったとはいえ骸無の右腕を破壊して撃退した実績がある。
すぐに脅威となるわけではない、だが、将来性を危険視して狙われる可能性が否定できないのだ。
ついでに言えば、轟はNo.2ヒーローの息子というネームバリューがあり、現在エンデヴァーが意識不明の重体の今、彼が後継者と目されている。
爆豪は骸無の正体――緑谷出久と浅からぬ因縁があり、骸無本人から個人的に敵意を向けられている。
つまりは、事件に関わった生徒の中で最も狙われる可能性の高い二人を思っての対応である。
「ついでに言えば、私の師匠が君たち二人の活躍を見て言いだしたことでもあってね。ぶっちゃけると、断りきれなかったんだけどね!」
HAHAHA
と、笑うオールマイトであったが、冷や汗が止まらない様子。
いかにNo.1ヒーローと言えど、師匠には逆らえないらしい。
「ですが、今回は全員が指名なしで職場体験を受けるということになっています。これは、実質指名を貰ったのと同じではないですか?」
「細けえことはいいだろうが! 俺は乗ったぜ。……アイツに勝つにはもっと強くならなきゃならねえんだ」
疑問を口にする轟だったが、爆豪がそれを無視して提案を受け入れる。
その様子に轟も、爆豪の「嫌ならてめえは降りろ」という言葉にすぐさま承諾の返事をした。
二人の意思を聞いたオールマイトは満足そうに頷き、
「分かった。師匠にはよろしく言っておこう。
せっかくのご指名だ……存分にしごかれてくるくく……るといィいィィ」
『『オールマイトが怯えているだと!? いったいどんな人間だ』』
震えながら告げるオールマイトに不安がよぎり、二人は思わず顔を見合わせてしまった。
オールマイトが怯える人物が想像できなかった。
その二人を気にした様子もなく、オールマイトが頼みごとを口にする。
「さて、さきほど轟少年が言った通り、本来なら教師が特定の生徒をひいきするようなことはご法度だ。
だから、私がこの話を持ってきたことは秘密にしておいてくれないか」
二人は即座に承諾。
憧れのオールマイトが自分たちのために骨を折ってくれたのだ。たとえ、拷問を受けたとしても口にすることはないだろう。
墓まで持っていく秘密だった。
……もっとも、「グラントリノ」というマイナーな事務所を二人が同時に選んだことを不審に思った相澤によって、オールマイトは締め上げられ、お説教をくらうのだが。
教室では生徒たちが思い思いに職場体験への希望を語り、笑い合っている。
仲の良い麗日・蛙吹・飯田の三人もまた、希望に満ちた未来を描いて語り合っていた。
「しかし、意外だったな。麗日君がバトル―ヒーローのところへ職場体験とは。だが、その考えは理解できる。いや、むしろ立派な考えだろう」
「そうね。しっかり考えて出した結論だもの。すごいわ、お茶子ちゃん」
「そんな、照れるわぁ」
二人からの賛辞に顔を赤くする麗日。照れくささに思わず、話題を変えた。
「私よりも飯田君のほうがすごいと思うよ。『インゲニウムヒーロー事務所』って、本当に大手だもん。お兄さんなんだっけ?」
「そうさ。混乱の続く今の情勢を受けて事務所の規模も拡大しているらしい。うむ、弟として誇らしいな」
自慢の兄について語る飯田はいつもより輝いて見えて、女子二人は思わず笑ってしまった。
「飯田ちゃん、本当に好きなのね。お兄さんのこと」
「あぁ、僕の誇りさ!」
蛙吹の言葉に飯田は胸を張って言う。
――――その後に待つ、兄の運命を、その時はまだ知らなかった。
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職場体験当日。
飯田は兄「インゲニウム」と共に東京保須市にてパトロールに出かけていた。
兄と共に仕事ができるということもあって気になることがあればすぐに質問を投げかける飯田。
その勉強熱心な弟に、兄インゲニウムもはりきって答えてやることにした。
「よし、熱心なお前のためにちょっと詳しく解説してやろう。
基本的にヒーローは依頼が来るのを待ってることが多いんだが、こうしてパトロールに出ることも仕事の一つだ。なぜだかわかるか?」
「ヒーローがパトロールすることで犯罪の抑止になるからではないのか? ヒーローの目の前でわざわざ犯罪を犯そうとするものなどいないだろう」
「その通りだ」
弟の返事に満足そうに頷くインゲニウム。
ついでに実際に現場に出ている身としての意見を交えて解説を続ける。
「パトロールが犯罪の抑止につながるのはいま言った通りだ。それに、最近はヴィランが活発化してきたことからその重要性が上がってきたからなぁ」
「なるほど。事務所でスケジュールを確認したときにいつも誰かがパトロールに出ていることになっていたのはそういうわけか」
ポンと手を打って納得した様子の弟に、兄は仮面の下で笑みを浮かべた。
『自分のスケジュールだけでなく、他人のスケジュールまでしっかりみているとは、我が弟ながら生真面目な奴だ』
そんな弟のために、ますます詳しく解説をしてやりたくなった。
「ああ、だがヴィランが活発化してパトロールも危険が上がった。一人でパトロールをしていたヒーローが集団のヴィランに囲まれてやられたって話も出てきてなぁ」
「なに、ヒーローが!? しかし、パトロールは大切だ。なくすわけにはいかない」
「そう、だからうちの事務所ではツーマンセル以上でチームを組んで行動させている。まぁ、自分で言うのもなんだが、大手の事務所だからできることだな」
チームで動くことで、複数人の敵に対処する。
当たり前と言えば当たり前の考えだが、それだけに有効に違いない。
二人以上ならば、最悪片方が援軍を呼びに行くという手段も取れる。
なんだかんだといっても、やはり数は力なのだ。
「しかし、少人数の事務所やフリーのヒーローはどうするのだ?」
「んー、各ヒーローによって様々だけど、もっぱら事務所同士での連携が多いな。ただ、最近では事務所の合併・吸収もでてきたよ。
フリーもどこかに所属しようとする動きが多いな。うちに新しく入った
急に雇用が増えたせいで、一時期は総務が死にそうになっていたなぁ。履歴書の山に埋もれて。
面接地獄を思い出して遠い目になるインゲニウム。
面接はする方もされる方も大変だったりするのだ。受ける方は一度だけだが、面接官は何度も面接を行うのだ。
ついでに言うと、下手なことを聞くと圧迫とか言われる時代だからして。
「そうか。そこまでヒーローが危機感を持つほどヴィランが活発化しているのか。いや、それだけなのか?」
兄の解説に理解を示しつつも、どこか納得しきれない飯田。
その様子にインゲニウムは解説を追加する。
「鋭いな、天哉。ヒーローが逆に襲われて困るのは市民の皆さんだ。それは分かるな?
治安を守るヒーローが負ける姿は市民に不安を与える、だからヒーローは負けるわけにはいかない。で、集団化したヴィランに負けないためにはどうするかっていうと……」
「実力はすぐにはつかないが、結束はすぐできる……ということか」
「そういうことさ。まぁ、それでも市民の不安はなくならなくてね。ヒーローが頼りにならないー、って、ことで『
“ヒーロー”が国家によって制度化された今では、れっきとした犯罪者であり、少数しかいない化石のような存在であった。
「ヒーローが頼りないから自分たちが、という考えは分からなくもないし、ヒーローを目指すものとして反省しなければならない。だが、法を犯していることは違いないから止めなければならないな」
「ヒーローと違って行動の規範となる法が存在しないからね。刑法も無視して個人の判断基準で活動するから、その行動が過激化しやすいのも怖いところさ。
ぶっちゃけ、法を無視して犯罪者を裁くのは
自警団とヴィランの争いは、あくまで逮捕を目的とするヒーローと違い、容易く殺し合いに発展するのだ。
裏社会で鉄火場を渡り歩くヴィランはもちろん、自警団側も実は戦える人物が多い。
このヒーロー飽和社会、ヒーロー科を卒業してもヒーローになれなかった“卒業生”たちは多く、また、そもそもヒーロー科の厳しさに諦めて転科する人も多くいる。
これらの人々は普通の一般人として生活していたり、ヴィランになってしまっていたりするわけだ。
「そんなわけで、自警団が改めて注目され始めてきているのさ。有名どころで言えば……『ナックルダスター』とか『苦労マン』が有名かなぁ。あ、最近だと『ヴィラン殺し』なんかも名前がよく挙がるね」
「『ヴィラン殺し』!? ずいぶん物騒な名前だな」
聞くからに危険そうな異名『ヴィラン殺し』に、飯田は眉をひそめる。
兄に詳しく聞けば、名の通りヴィランを殺して回っている自警団だという。
聞くところによると、刃物を複数扱う覆面の男で、個性は不明。『ステイン』を名乗っている。
戦闘能力も高く、複数のヴィラン相手に無傷で勝利したとの情報もあり、ステインによるものと思われる“身無”の斬殺死体も発見されている。
分かっていることを並べただけでも、普通の自警団とは一線を画することがわかる。
殺害という過激な手段で容赦なく犯罪者を断罪する姿が、ヒーロー不信の一部の人々から支持を受けている自警団。
それが“ヴィラン殺し”『ステイン』だという。
飯田はその話を聞き、仮面の下で顔をしかめた。
『たとえ相手が犯罪者であろうとも、殺害や私刑は犯罪だ。それが一部とはいえ市民に支持されるなど……いや、それもヒーローへの不信が招いたこと。 皆が信じられるヒーローを目指し頑張らねば』
そうやる気を燃やす飯田の耳のインカムに通信が入る。
『二丁目の商店街で複数のヴィランによる集団強盗事件発生。近くにいるヒーローは至急現場に向かってください』
「了解。インゲニウム、すぐに現場に向かう。さあ、天哉、事件だ! ついてこられるか?」
「もちろんだ、兄さん!」
「いい返事だな。だが、無理はするなよ!」
事件現場へ、自慢の個性を使って駆け出す二人。
この後、ヴィランとの戦いの中で兄と別れた飯田。
彼が兄と再び会えたのは病院の中。物言わぬ亡骸となった姿であった。
インゲニウムの殺害現場で目撃された容疑者は、改人・骸無。
「骸無……おまえは、俺が殺してやる!」
飯田の胸に、骸無への復讐の火が燃える。
「ヴィラン殺し」と書いててついつい「ヴィラン・スレイヤー」と読みそうになるのは自分だけでしょうか?
ヒロアカ二次の先輩の影響は大きいですね(笑)
さて、最近は何かと忙しくて執筆時間が取れないので投稿は遅くなりそうです。
3月中には投稿したいところです。
相変わらずの遅筆ですが、なにとぞ、よろしくお願いいたします。