体育祭の襲撃から一週間後。
雄英高校の教師陣が会議室に集まり、警察の塚内警部より事件後の報告を受けていた。
普段ならば当事者の高校教師といえど、機密の保護の観点からわざわざ警察から報告がいくことなどない。
だが、雄英の教師たちは全員がヒーローの資格をもったプロであること。また、状況の悪化から今後協力の必要性が予測されるため報告会の開催となった。
「さあ、報告会をはじめようか」
根津校長の校長の号令により報告会が始まる。
最初の発言者は相澤だ。
「では、私の方から生徒の状況について報告を」
包帯だらけの体でよろよろと立ちあがり、クリップボード片手に報告を始める。
語られる内容は予想通り、あまり良いとは言えない内容であった。
「体育祭の襲撃事件、および前回のUSJと二度に渡る襲撃事件を許してしまった失態から保護者より不安の声があがっています。
すでに一部では転校の手続きを申請してきた親御さんもおられます。
早急に対策をとる姿勢を見せなければ、雄英高校ひいてはヒーローに対する信頼がなくなることにつながりかねません」
「そうだね。この件に関しては警備のシステムの更新に加えて、以前から計画していた全寮制の導入を早めることとしよう。
先生たちみんなには負担がかかるけれど、各クラスの家庭訪問も頼むよ」
相澤の報告を受けて、保護者と生徒の不安を減らすための対策を告げる根津校長。
その言葉に教師陣は頷き、次の議題に移る。
「えー、生徒の不安ということに関してなんですが、ヒーロー科の1年生は職場体験を控えています」
1-B担任のブラドキングが職場体験について発言する。
例年、体育祭の活躍をかんがみてヒーロー事務所より指名が入る職場体験。
しかしながら、襲撃事件の影響を受けて前年に比べて遅れが生じてしまっている。
というのも、ヴィラン活性化によるヒーロー事務所の受け入れ先の減少。また、事務所側が受け入れを許可しても、状況が悪化している状態ではおいそれと大切な生徒を預けることはできない。
そんな事情もあって、職場体験の生徒の希望と事務所の希望両方を学校側で考慮しマッチングを済ませるという手間に時間がかかったのだった。
その作業もようやく終わり、職場体験を次週から開始できることを告げてブラドキングの報告は終わった。
去年にはなかった作業が終わり、一段落ついたと教師陣には少し安堵の表情が灯る。
「まったく、ハードでシヴィーなスケジュールだったよな。ヒーローが過労死とか冗談じゃないぜ」
「おまえはラジオの仕事を減らせばいくらか余裕だったろうが。こんな時に合理性に欠ける」
「HeyHeyHey! イレイザーヘッド、それは無理ってもんさ。なんせ俺の番組を楽しみにしてくれているリスナーがいるからな!」
ため息を吐く相澤にプレゼントマイクがハイテンションで応えるいつもの風景に穏やかな空気が流れる。
だが、そんな暖かな空気も塚内警部による報告が始まった時から重い空気に変わり始めた。
「それでは、警察を代表して私から捜査結果の報告を。
まずは会場を襲撃していた改人二種についてですが、脳無と呼ばれた複数個性を持つ異形の改人を身元を判明させるためにDNA検査を行いました」
「それで、結果はどうだったのでしょうか?」
脳無をDNA検査したことを告げる塚内に未だ頭から包帯の取れない痛々しい姿のミッドナイトが尋ねる。
彼女は骸無に倒されてしまったこともあって、対ヒーロー用の改人について強い興味を示していた。
彼女の視線を受け、塚内が詳細を語る。
「はい。彼らを調べた結果、素姓は街の裏路地にいる、いわゆるチンピラと呼ばれているような奴らでした。
しかし、彼らの体から複数の別人のDNAが検出されたことが確認されています。個体によっては4つ以上検出されたものもいます」
「それ、本当に人間なのか?」
「少なくとも人間性は完全に失っています。いろいろ試しましたが、彼らは口がきけないなんてレベルではなく、完全な思考停止状態。無反応でした」
異常な検査結果にオールマイトが思わずつぶやく。
彼だけでなく、他の教師たちも顔をしかめて報告を聞いていた。
「ううむ、やはり複数の個性を使っていたことと関係があるのだろうな」
「その可能性が高いです。脳無の体は全身薬物等でいじくりまわされていることが分かりました。
安っぽい言い方をすれば『複数の“個性”にみあう身体にされた改造人間』といったところでしょうか」
「umm……他人に複数の個性を与えるなんてどんな方法を使ったのか考えたくもないぜ」
行われた非人道的な所業を想像し、全員が顔をしかめる。
一部のワン・フォー・オールの秘密を知るメンバーたちは、ある存在の影をとらえていた。
なにより、オールマイトは体育祭の時に骸無を通して“ヤツ”と言葉を交わしている。
巨悪の関与は決定的であった。
脳無の報告は終わり、身無の報告に移る。
その内容もまた身の毛のよだつようなおぞましい物だった。
「続いて身無と呼ばれる改人についてですが、彼らの全員が身体の機械化による改造……つまり、サイボーグ化が行われていました」
「サイボーグゥ!? そりゃアンビリーバボーだな」
「にわかには信じられませんね。いえ、現実に目の前で起きたことではあるのですが、サイボーグだなんてSFの世界のようです」
サイボーグ化という言葉にマイクと13号は戸惑ったような声をあげた。
人の身体を機械に置き換える手術というものが想像できず、どうにも現実に思えなかったのだ。
「それを言ったらいまや常識となっている“個性”だって昔は空想の産物だったさ。これからは先入観は捨てていかないと前には進めないよ」
根津校長が場をまとめたことで、浮ついた空気を引き締めた。
常識の通用しない相手なのだ。これから敵対するであろう人物・組織は。
場の雰囲気が切り替わったのを見計らって、ケガから復帰したばかりのセメントスが質問を投げかけた。
「それで、彼ら身無の素姓もわかったのですか? やはりチンピラのような犯罪者でしょうか?」
「いえ、それが……彼らの素姓は行方不明になっていた“無個性”の人ばかりでした。全員ここ2年以内に失踪した方ばかりです」
「行方不明になっていた“無個性”だって?」
身無たちの素姓を聞き、驚きを隠せない教師たち。
オールマイトはとっさに骸無となってしまった緑谷出久のことが思い浮かんだ。
彼らの性別・年齢・地域はバラバラで共通点は“無個性”であること。
骸無のように“複数個性”とサイボーグ化の両立が不可能だったからか、はたまた、単純にサイボーグ化のみでどこまで戦力化できるかの実験だったのか……
その目的は推測するしかないが、骸無の
今後、さらに強力な戦力が投入されることを考えれば実験体にされる犠牲者は増えると思われた。
この日本において一年の行方不明者の数は約10万人にもなると言われている。
果たして、このうちのどれだけがこの件の犠牲者となっているのだろうか……
身無に関しての報告は続く。
「身無ですが、洗脳系の個性を受けた形跡があったため、同じく洗脳系・心理系の個性持ちに洗脳解除を依頼しました」
「それで、何か情報は得られたのかい?」
「いえ、不可能でした。洗脳を解除した途端、身無は死亡しています」
死人に口なし。
命よりも情報漏えいが大切という命を軽視した思想が見て取れる処置に、今日何度目かわからない怖気を感じる。
塚内警部からの報告では、洗脳を解除された途端に苦痛に狂って死んだという。
『痛い、体中が痛い!』
『ワタシの身体じゃない。無くなった身体が痛い!』
洗脳を解除された身無はそう言って死んだという。
“元の身体は既に無い”
話を聞いたヒーローたちには、改人・『身無』という名前にはそんな皮肉が込められているような気がしてならなかった。
姿形を異形に変えられ、精神の人間性さえも失った『脳無』
姿形は人のまま、身体の中身を別物に置き換えられた『身無』
この先新たな改人の出現が予想され、ヴィラン連合の脅威が強まっていく。
ヒーロー側も何か対策が必要だった。
この会議の中で、オールマイトが一つの提案を示すこととなる。
これがヒーロー側の戦力を整えるものとなると同時に、ヴィラン連合との壮絶な戦いが避けられなくなるものとなっていくのだった。
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次章予告(っぽいもの)
「爆豪少年、轟少年、ひとつ提案があるんだが……」
――――オールマイト
「兄さんが……ヴィラン連合の改人に殺された!?」
――――飯田天哉
「ハァ……徒に力を振りまく犯罪者は粛清する……」
――――ステイン
「あなたは邪魔だ。ここで死ね、“ヴィラン殺し”」
――――骸無(緑谷出久)
「おまえのやりたいことは本当にそれか?」
――――轟焦凍
「てめぇじゃねえ! てめぇが人を殺せるはずがねえ! デクゥゥゥ!」
――――爆豪勝己
~次章 『ヴィラン紛争・保須三勢力乱戦』編 ~
襲撃事件により原作よりも全寮制と家庭訪問は早まりました。
生徒の受け入れ先は一部変わりますね。
特に轟君はエンデヴァーが……
次回は研究員の手記2です。
その後に次回予告? の第3章に入ります。